【弁護士が解説】事業場外労働のみなし労働時間制とは?

営業職や直行直帰型の外回り業務、出張、テレワークなど、オフィスの外で働く労働者の労働時間管理において、多くの企業が導入を検討するのが労働基準法38条の2に規定された「事業場外労働のみなし労働時間制」です。

みなし労働時間制を適用すれば、「実際の労働時間にかかわらず、所定労働時間働いたものとみなす」ことができるため、時間管理の負担軽減や残業代の固定化を目的として導入されるケースが少なくありません。

しかし、判例において「みなし労働時間制」の適用要件は極めて厳格に解釈されています。そのため、みなし労働時間制の適用は違法であるとして未払い残業代を請求できる可能性のあるケースが多く見られます。

本コラムでは、事業場外労働のみなし労働時間制の基礎知識を整理した上で、同制度の適用可否に関する実務上の決定的なメルクマールとなった阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)と、その判断枠組みを確固たるものとした最新の判例である協同組合グローブ事件(最判令和6年4月16日)の2つの最高裁判決を踏まえ、事業場外のみなし労働時間制がどのような場合に適用されるのか、されないのかといった点について解説します。

事業場外労働のみなし労働時間制とは

事業場外労働のみなし労働時間制とは

労働基準法第38条の2第1項は、事業場外労働のみなし労働時間制について次のように規定しています。

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」

上司や管理者の直接的な指導・監督が届かない事業場外で業務を行う場合、労働者が実際に何時間働いたのかを正確に把握することが物理的に困難な場合があります。このような場合における時間管理の不全や過度な負担を防ぐ目的で設けられたのが、この「みなし労働時間制」です。

みなし労働時間の算定方法

事業場外で業務を行った場合、原則として会社の「所定労働時間(例:1日8時間)」働いたものとみなされます。

みなし労働時間制における深夜・休日における労働

事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合であっても、深夜労働(22時から翌日5時まで)又は休日労働(法定休日)(22時〜翌5時)をした場合は、割増賃金の支払義務が生じます。

核心となる要件「労働時間を算定し難いとき」とは

核心となる要件「労働時間を算定し難いとき」とは

実務上、残業代請求訴訟などで最も激しく争われるのが、「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たしているか否かという点です。

単に「社員が会社外で働いている」「直行直帰が多い」「営業職である」といった外形的な事情だけでは、この要件を満たすことにはなりません。裁判例においては、「使用者の指揮監督が及んでいるか」「実質的に労働時間を把握・管理できる状態にあるか」という観点から、極めて厳格に判断されます。

具体的には、以下のような環境がある場合、労働時間の算定は可能と判断されやすく、みなし労働時間制の適用は無効となる可能性が高いです。

  • 携帯電話・スマホ・チャットツール等により、常時連絡や指揮命令が可能な場合
  • 事前に行動計画書を提出させ、事後に詳細な業務報告書(日報・週報等)の提出を義務付けている場合

モバイル端末や通信技術が高度に発達した現代のビジネス環境においては、完全に指揮監督が及ばず労働時間が把握できないという状況は、極めて限定的になっているのが実情です。

阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)

阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)

事業場外労働のみなし労働時間制の解釈において、実務上最も重要な判断を示したリーディングケースが阪急トラベルサポート事件(最高裁平成26年1月24日第二小法廷判決)です。

事件の概要

Y社に雇用され、A社に派遣され募集型企画旅行の添乗業務に従事したXが添乗業務に時間外労働があったとして未払い賃金の支払いを求めました。これに対しY社が添乗業務の労働基準法38条の2第1項の適用を主張し、「労働時間を算定し難いとき」の該当性が争われた事案です。

ツアー添乗業務は海外などの遠隔地に滞在し、ツアー参加者の誘導やトラブル対応などを行うため、一見すると会社からの直接的な指揮監督が及びにくく、労働時間の算定が困難な職種の典型に見えます。

最高裁判所の判断

「労働時間を算定し難いとき」の該当性は、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときはその方法・内容や実施の態様・状況等を総合して、使用者において労働者が労働に従事した時間を把握することができるかどうかの観点から判断すると、Y社が、Xの添乗業務の勤務の状況を具体的に把握することは困難であったとは認め難く「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと判断し、労働基準法38条の2第1項の適用を否定し残業代の支払請求を一部認めました。

理由

裁判所がY社がXの添乗業務の勤務の状況を具体的に把握することが困難だったとは認められないと判断をした理由は以下のとおりです。

  • 本件添乗業務は、旅行日程が定められており業務の内容があらかじめ具体的に確定されていることから、Xが自ら決定できる選択の幅が限られていた。
  • ツアー開始前には、A社は添乗員に対し、アイテナリー等により具体的な業務の内容・手順を示し、これらに従った業務を行うことを命じていた。
  • A社はツアー中添乗員に携帯電話の電源を常時入れておくことを指示し、契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合、A社に報告して指示を受けることを求めていた。
  • ツアーの終了後、A社は添乗員に添乗日報を提出させ、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問い合わせることによってその正確性を確認することができる。

協同組合グローブ事件(最高裁第三小法廷令和6年4月16日判決)

協同組合グローブ事件(最高裁第三小法廷令和6年4月16日判決)

阪急トラベルサポート事件の後、「労働時間を算定し難いとき」に該当するかが争われた判例である協同組合グローブ事件について紹介します。

事件の概要

被告は外国人技能実習生等の監理事業等を行う協同組合(Y組合)であり、原告(X)はその職員です。職員は受入企業への訪問、実習生の指導・面談、訪問録の作成などの業務を行っており、頻繁に出張や事業場外での業務に従事していました。

Y組合側は、直行直帰や社外での個別対応が多く、移動時間や実際の作業時間の把握が困難であるとして事業場外労働のみなし労働時間制を適用していました。これに対しXが、適用要件を満たしていないとして未払い割増賃金等の支払いを求めて提訴しました。

下級審の判断

裁判所は、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かは、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときはその方法・内容や実施の態様・状況等を総合して、使用者において労働者が労働に従事した時間を把握することができるかどうかの観点から判断することが相当であると阪急トラベルサポート事件と同様の判断基準を示しました。

本件では、Y組は、Xに対し、業務後の報告として、就業日ごとの始業時刻・終業時刻・休憩時間、訪問先、訪問時間等のおおよその業務内容が記載された業務日報を提出させていました。そして、本件業務は第三者と接触することがほとんどのため、虚偽の記載をした場合第三者に確認することで発覚する可能性は高いことを指摘しました。また、Y組は、業務日報に基づいて指導員の労働時間を把握し残業時間を算出していました。よって業務日報の記載についてある程度の正確性が担保されていると評価できます。

以上から、Y組は、本件業務についてXの具体的な勤務状況を把握することが困難であったとはいえず、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは言えないと判断されました。
→裁判所は、本件業務について未払賃金の支払いを認め、原審でもこの判断は維持されました。

最高裁判所の判断

  • 本件業務は、実習実施者に対する訪問指導や、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳であった。
  • また、Xは自ら具体的なスケジュールを管理し所定の休憩時間以外の時間に休憩を取ることや自らの判断で直行直帰をすることも許されていたなどY組から随時具体的に指示を受けたり報告することもなかった。

→以上の事情の下では、Y組合は労働者の事業場外における勤務状況を具体的に把握することが容易だったとは直ちにはいえないと裁判所は判断しました。

しかし裁判所は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとした原審の判断には、同項の解釈適用の誤りがあるとし、原審に差し戻しました。

差戻審

業務日報の正確性について客観的に担保されていたとは評価できないことと、訪問指導記録との整合性等も考慮すると「労働時間を算定し難いとき」に当たると裁判所は認定しました。

2つの最高裁判決が企業実務に与える影響とリスク

2つの最高裁判決が企業実務に与える影響とリスク

阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)および協同組合グローブ事件(最判令和6年4月16日)という2つの判例より、以下の事情があると事業場外のみなし労働時間制の適用は否定される可能性が高まります。

「日報」や「事前スケジュール提出」がある場合

多くの企業では、外回り営業や訪問業務を行う社員に対して「日報」「週報」「Googleカレンダー等での予定共有」を義務付けています。 判例の基準に照らすと、これらの報告・管理ツールが存在すること自体が、逆説的に「会社は労働時間を把握しようとすれば把握できた」という決定的な証拠になってしまいます。

IT・通信機器支給による「把握可能性」の増大

スマートフォン、タブレット、チャットツール(Slack, Teams等)、営業車のGPS管理などを導入している場合、裁判所からは「常時連絡や位置情報の確認が可能であり、時間管理が容易であった」と判断されやすくなります。

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この記事を書いた弁護士:弁護士 椎名慧

労働問題

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和7年登録後、不当解雇、残業代請求、ハラスメント問題など、労働事件全般において数多くの案件を担当。最新の労働判例に精通し、労働者・使用者双方の視点を踏まえた戦略的な紛争解決を得意とする。現場の実態に即した迅速な初動対応と、緻密な証拠分析を通じて、適正な労働環境の実現と依頼者の利益保護に尽力している。