労災で健康保険を使ってしまったら?労災保険への切り替え方法と注意点――弁護士が解説
【この記事のポイント】
仕事中や通勤中のケガなのに、病院の窓口でつい健康保険証を出してしまった――。仕事中・通勤中のケガや病気に健康保険を使うことは、制度上認められていません。誤って使ってしまっても、後から労災保険に切り替えることができますが、受診した月を過ぎると、いったん治療費の全額を立て替えて健康保険に返す手続きが必要になり、負担が大きくなります。すでに労災認定を受けている場合には、立て替えをせずに切り替える方法もあります。本記事では、状況別の切り替え手順、立て替えが難しいときの対処法、会社から「健康保険を使え」と言われたときの考え方、そして労災保険だけでは補償されない損害について解説します。

1. 結論:早急に切り替え手続きをしましょう

1. 結論:早急に切り替え手続きをしましょう

そもそも労災で健康保険は使えない

健康保険は、仕事とは関係のない病気やケガ(私傷病)に対して給付を行う制度です。仕事中や通勤中のケガや病気は労災保険の対象であり、健康保険の給付の対象から除かれています。厚生労働省も「業務中や通勤途中のケガに、健康保険は使えません」として、労災の場合は必ず労災保険を請求するよう呼びかけています。

労災なのに健康保険を使い続けると、本来負担すべきでない医療費を健康保険が負担することになり、後から返還を求められることになります。また、労災保険を使わないことで、休業補償や後遺障害の給付など、ご本人が受けられるはずの補償を受けられなくなるおそれもあります。

誤って使ってしまっても、後から変更できる

とはいえ、事故の直後は気が動転していて、いつもの健康保険証を出してしまうことは珍しくありません。「労災かどうか分からなかった」「会社に言われるままにした」という方もいるでしょう。誤って健康保険を使ってしまった場合でも、後から労災保険に切り替えることができます。ただし、時間がたつほど手続きの負担が大きくなるため、気づいた時点ですぐに動くことが大切です。

2. 【状況別】健康保険から労災保険への切り替え手順

2. 【状況別】健康保険から労災保険への切り替え手順

切り替えの方法は、受診した病院で切り替えができるかどうかで大きく変わります。まずは受診した病院に、健康保険から労災保険への切り替えができるかを確認してください。

パターンA:受診から間もない場合(目安:同月内)

病院が健康保険への請求(レセプトの提出)をまだ済ませていない段階であれば、病院の窓口で労災保険に切り替えられることがあります。目安は、受診した月のうちです。

  1. 受診した病院に「仕事中(通勤中)のケガだった」と伝え、労災への切り替えを依頼します。
  2. 労災保険の請求書(業務災害は様式第5号、通勤災害は様式第16号の3)を記入して、病院に提出します。
  3. 病院が健康保険での処理を取り消し、労災保険に請求し直します。窓口で支払った自己負担分(3割)は返還されます。

この方法であれば、ご自身で健康保険の保険者とやり取りする必要はなく、負担はほとんどありません。請求書の事業主証明欄は、会社に記入してもらいますが、会社が証明を拒んだ場合でも、その旨を書いて提出することができます。

パターンB:病院での切り替えが間に合わなかった場合

病院がすでに健康保険に請求を済ませている場合は、病院では切り替えられません。この場合は、いったん治療費の全額を自己負担したうえで、労災保険に請求する手続きが必要になります。

  1. 健康保険の保険者に申し出る:加入している健康保険の保険者(協会けんぽ、健康保険組合、国民健康保険なら市区町村)に、仕事中(通勤中)のケガだったことを申し出ます。
  2. 返還通知書が届いたら、返還額を支払う:保険者が負担していた7割分の返還通知書(納付書)が届きます。病院から保険者にレセプトが届くまで2〜3か月かかるため、通知書が届くまでに時間がかかることがあります。
  3. 労災保険に請求する:労災保険の請求書(業務災害は様式第7号、通勤災害は様式第16号の5)に、返還額の領収書と病院の窓口で支払った分の領収書を添えて、労働基準監督署に提出します。保険者からレセプトの写しを取り寄せて添付します。
  4. 労災保険から治療費が支払われる:労災と認められれば、立て替えた治療費の全額が、ご本人の口座に振り込まれます。

複数の病院や薬局を受診している場合は、医療機関ごとに請求書を作成します。領収書と診療明細書は必ず保管しておいてください。

【注意】切り替えの前に、まず労災の請求を
健康保険からの切り替えは、労災保険で治療費を受け取るための手続きです。労災と認められなければ、立て替えた治療費は戻ってきません。切り替えの手続きと並行して、事故の状況を記録し、労災の請求を早めに進めてください。事故直後の動き方は、当サイトの「労災事故に遭ってしまった時、まず何をすればいいの?」をご覧ください。

3. 手持ちのお金がなく、一時的な立て替え(7割返金)が難しいときは?

3. 手持ちのお金がなく、一時的な立て替え(7割返金)が難しいときは?

パターンBでは、治療費の全額をいったん自己負担することになります。入院や手術があった場合、7割分だけでも数十万円に及ぶことがあり、休業中の方には大きな負担です。

この点について、厚生労働省は、すでに労災認定を受けている場合に限り、全額を自己負担することなく請求する方法を案内しています。手順は次のとおりです。

  1. 労働基準監督署に、全額を自己負担せずに請求したい旨を申し出ます。
  2. 労働基準監督署が保険者と調整を行い、保険者への返還額を確定します。
  3. 保険者から返還通知書などが届いたら、労災保険の請求書(様式第7号または様式第16号の5)に返還通知書などを添えて、労働基準監督署に請求します。

この方法では、保険者が負担した7割分は労災保険から保険者に支払われる形になり、ご本人が立て替える必要がなくなります。ただし、窓口で支払った自己負担分(3割)については、別の請求書を用意して、通常どおり労働基準監督署に請求します。

まだ労災認定を受けていない段階では、この方法は使えません。その場合は、先に療養の請求や休業補償の請求を行って労災の認定を受け、保険者には返還の時期について相談するのが現実的です。保険者によっては、返還通知書の送付を労災の決定まで待ってくれることもあります。一人で抱え込まず、労働基準監督署や弁護士に相談してください。

4. よくある不安・疑問

4. よくある不安・疑問

Q. 会社に「健康保険を使え(労災にするな)」と言われた

A. 会社がそのように言うのは、労災の発生を労働基準監督署に知られたくない、労災保険料が上がるのを避けたい、といった会社側の事情によることがほとんどです。しかし、労災かどうかを決めるのは会社ではなく労働基準監督署であり、会社が労災の報告をしない「労災かくし」は、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金の対象になります。健康保険を使い続けても、ご本人には何の得もなく、後から返還を求められるリスクを負うだけです。会社が協力しなくても、労災の請求はご本人ができます。詳しくは、当サイトの「会社から『労災申請をしないでほしい。会社がお金を支払いますので大丈夫です。』と言われている。どうすればいい?」をご覧ください。

Q. 労災と健康保険、どっちがお得なの?

A. 労災保険の方が、補償の内容ははるかに手厚くなっています。

項目労災保険健康保険
治療費の自己負担なし(通勤災害は初回に200円のみ)原則3割
休業中の補償給付基礎日額の80%(休業4日目から、治るまで)傷病手当金として標準報酬日額の3分の2(最長1年6か月)
後遺障害が残った場合等級に応じて年金または一時金なし(障害年金は別の制度)
亡くなった場合遺族への年金・一時金、葬祭料埋葬料(5万円)のみ
保険料への影響ご本人の保険料は変わらないご本人の保険料は変わらない

治療費が全額補償されるだけでなく、休業中の補償も健康保険の傷病手当金より手厚く、期間の上限もありません。後遺障害が残った場合の補償があるのも、労災保険だけです。「得か損か」という比較以前に、仕事中のケガに健康保険を使うこと自体が認められていませんが、補償の面でも労災保険を使わない理由はありません。

Q. 労災保険に切り替えれば、損害はすべて補償される?

A. 補償されません。労災保険からは、治療費と休業中の補償の一部、後遺障害や死亡の場合の給付は出ますが、精神的な苦痛に対する慰謝料は一切支給されません。休業中の補償も給料の8割までで、通院の交通費なども一定の条件を満たすものに限られます。労災保険でカバーされない損害は、会社に責任がある事故であれば、会社に損害賠償として請求できます。この点は、次の章で解説します。

Q. 通勤中の事故でも、健康保険は使えませんか?

A. 使えません。通勤中の事故は「通勤災害」として労災保険の対象になるため、健康保険ではなく労災保険で治療を受けます。相手のいる交通事故の場合は、相手方の自賠責保険や任意保険と労災保険の両方を使うことができ、どちらを先に使うかは選べます(当サイトの「通勤災害と認定されるのはどのような場合ですか」もご覧ください)。

5. まとめ:労災保険だけでは慰謝料は出ない!適正な補償は弁護士へ

5. まとめ:労災保険だけでは慰謝料は出ない!適正な補償は弁護士へ

仕事中・通勤中のケガに健康保険は使えません。誤って使ってしまった場合は、受診した病院で切り替えられるかをすぐに確認し、間に合わなければ、保険者への返還と労災保険への請求を進めてください。立て替えが難しい場合は、労災認定を受けたうえで、労働基準監督署に相談する方法があります。

そして、労災保険に切り替えても、受け取れるのは法律で決められた給付だけです。慰謝料や、休業中の補償の不足分、後遺障害による将来の収入の減少など、労災保険では補償されない損害は、会社に安全配慮義務違反などの責任がある場合に、会社に請求することになります(当サイトの「労災で会社への損害賠償請求をお考えの方へ」をご覧ください)。

「会社に労災を使わないよう言われている」「切り替えの手続きが分からない」「会社に請求できるのか知りたい」――どの段階でも、お気軽にご相談ください。

グリーンリーフ法律事務所からのメッセージ
私たちは、開所以来35年以上、地域の皆様の法律問題に一貫して寄り添って参りました。仕事中の事故やケガ、病気でお困りの方とそのご家族が、適正な補償を受けられるよう、法的な専門知識と経験を活かして全面的にサポートいたします。あなたの不安を解消し、前を向くきっかけ作りをお手伝いさせてください。お客様満足度は92.9%となっており、多くのお客様にご満足いただいております。私たちの持てる知識と経験を活かして、みなさまの明日が少しでも明るいものになるように親身に寄り添い、真剣に対応させていただきます。まずはグリーンリーフ法律事務所にご相談ください。
初回相談は60分まで無料です。弁護士による10分無料電話相談もあります。会社への損害賠償請求と後遺障害等級認定のサポートは着手金0円です(弁護士費用)。通院中の方は、電話・LINEビデオ通話・Zoomでのご相談も可能です。お電話(048-649-4631/平日9:00〜20:00・土曜9:00〜17:00)のほか、メール・LINEでもお問い合わせいただけます。

【出典・参照条文】

  • 健康保険法第1条(目的)・第55条(他の法令による保険給付との調整)
  • 労働者災害補償保険法第12条の8(保険給付の種類等)・第13条(療養補償給付)
  • 労働安全衛生法第100条(報告等)・第120条(罰則)、労働安全衛生規則第97条(労働者死傷病報告)
  • 厚生労働省リーフレット「労働災害の場合は、必ず労災保険を請求しましょう」
  • (注)本記事は一般的な解説であり、切り替えの手続きや返還の方法は、加入している保険者や受診状況により異なります。実際の対応にあたっては専門家にご相談ください。
ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志

労働災害(労災)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
平成27年12月登録後、労働災害に関する損害賠償請求案件を多数担当。安全配慮義務違反に基づく会社への賠償請求、後遺障害等級の認定対応、休業損害・逸失利益の算定など労災全般に精通。脳疾患等も取扱い、賠償額1億円超えの解決実績もある一方、1級~14級までぬかりなく対応。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、「労働災害と従業員からの損害賠償」をテーマにしたセミナーでの講演実績もあり、実務と理論の両面から被災者を支援する。