
労災の請求書を労働基準監督署に提出してしばらくすると、「お話を伺いたいので監督署までお越しください」という連絡が入ることがあります。これが、労災の聞き取り調査です。
「何を聞かれるのだろう」「うまく答えられなかったら不支給になるのではないか」「会社と言い分が食い違ったらどうなるのか」——初めて経験される方にとって、不安は尽きないと思います。
聞き取り調査は、労災が認められるかどうかを左右する極めて重要な場面です。ここでの説明の仕方ひとつで、結論が変わることが実際にあります。しかし、調査の趣旨と聞かれる内容をあらかじめ知っていれば、落ち着いて、正確に、自分の経験を伝えることができます。
本記事では、労働基準監督署の聞き取り調査がどのようなものか、ケガ・通勤災害・精神疾患のそれぞれで何を聞かれるのか、そして本人が失敗しないために何を準備すべきかを、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
労基署の聞き取り調査とは?

まず、聞き取り調査がどのような位置づけの手続なのかを整理しておきましょう。
労災認定の可否を判断するために、調査官が行う事実確認の場です
労災保険の給付は、労働基準監督署長が「業務上の災害である」と認定して初めて支給されます。その認定の前提として、監督署の労災担当の調査官が、請求書に書かれた内容が事実かどうか、本当に業務が原因なのかを確認する作業を行います。これが労災の調査です。
調査は、請求書や添付資料の確認、会社から提出させる資料(出勤簿、賃金台帳、作業手順書、安全教育の記録など)の精査、現場の実地確認、医療機関への照会、そして関係者からの事情聴取という形で進められます。聞き取り調査は、この事情聴取にあたります。
調査は労働者災害補償保険法にもとづく手続であり、調査官には関係者に報告や出頭を求める権限があります。正当な理由なく応じなかったり、虚偽の説明をしたりした場合には罰則の対象にもなり得ますので、会社側も真剣に対応せざるを得ません。
会社関係者だけでなく、申請した「本人」へのヒアリングも重要な証拠になります
聞き取りの対象は、被災した本人、会社の担当者や上司、事故を目撃した同僚など、事案に応じて幅広く選ばれます。
このうち本人への聞き取りは、「被災者がどのような状況で、どのような作業をしていて、どのように被災したのか」を、当事者の口から直接確認する唯一の機会です。会社側の説明と食い違いがある場合には、どちらの説明が客観的な資料と整合しているかが丁寧に検討されます。
聞き取った内容は、調査官が「聴取書」という書面にまとめ、本人に内容を確認させたうえで署名を求めるのが一般的です。この聴取書は、認定の判断資料となるだけでなく、後に不支給決定を争う場面でも重要な証拠として扱われます。だからこそ、署名の前に内容を必ず読み返し、事実と違う部分があればその場で訂正を求めることが大切です。
呼び出しの時期と所要時間
請求書の提出後、資料の確認がひととおり終わった段階で連絡が入ることが多く、提出から数週間から数か月後になることもあります。通常は監督署に出向いて行われますが、入院中などの事情があれば病院や自宅で行われることもあります。
所要時間は事案によりますが、業務中のケガであれば1時間前後、精神疾患や過労による疾病では2時間を超えることも珍しくありません。
聞き取り調査で聞かれる内容

聞かれる内容は、災害の種類によって大きく異なります。代表的な三つの類型について、具体的に見ていきます。
ケガ(業務災害)の場合:事故発生時の詳細な状況、当時の作業手順、安全教育の有無
業務中のケガでは、事故が「仕事をしている最中に、仕事が原因で」起きたことを確認するため、次のような点が聞かれます。
事故の日時と場所、そのとき行っていた作業の内容、誰の指示でその作業をしていたのか、使用していた機械や工具、事故が起きた瞬間の身体の動きと周囲の状況、事故直後に誰に報告し、どのように病院に行ったのか、といった事実経過です。
さらに、その作業の手順はどのように決められていたか、安全装置や保護具は備えられていたか、作業について安全教育を受けていたか、といった点も確認されます。これらは業務起因性の判断に関わるだけでなく、後に会社の安全配慮義務違反を問う場面でも重要な事実となります。
なお、「休憩中」「作業の準備中」「作業後の片付け中」の事故については、業務との関連がより丁寧に問われます。何のために、誰の指示や会社の慣行にもとづいてその行動をしていたのかを、具体的に説明できるようにしておきましょう。
通勤災害の場合:自宅から会社までの経路、寄り道(逸脱・中断)の有無とその具体的な理由
通勤災害では、「住居と就業場所との間を、合理的な経路および方法で往復していたか」が中心的な論点です。
そのため、当日の出発時刻と到着予定時刻、普段使っている経路と当日の経路、利用した交通手段、事故が起きた正確な地点が詳しく聞かれます。
特に厳しく確認されるのが、寄り道の有無です。通勤の経路を外れること(逸脱)や、通勤を中断して通勤と関係のない行為をすること(中断)があると、その後の移動は原則として通勤と認められなくなります。
ただし、日用品の購入、病院での診察や治療、選挙権の行使、要介護状態にあるご家族の介護など、日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により最小限の範囲で行う場合には、通勤経路に戻った後は再び通勤として扱われます。寄り道をしていた場合には、「何のために」「どのくらいの時間」「どこに」立ち寄ったのかを、正確に説明できるようにしておくことが重要です。
精神疾患(過労・ハラスメント)の場合:発症前数か月の業務量、残業時間、職場の人間関係や具体的なハラスメントの言動
うつ病や適応障害などの精神疾患では、認定基準にもとづき、発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷があったかどうかが判断されます。そのため、聞き取りは長時間かつ詳細なものになります。
まず、発病の時期と経緯、いつから、どのような症状が出て、いつ医療機関を受診したのかが確認されます。
次に、業務の量と質です。所定の始業・終業時刻と実際の出退勤時刻、休日出勤や持ち帰り仕事の有無、業務内容の変化(異動、昇進、新規プロジェクトへの配属など)、ノルマや納期の状況が、月ごとに細かく聞かれます。長時間労働については、認定基準に時間数の目安が定められているため、タイムカードやパソコンのログなどの客観的な記録と照合しながら確認されます。
そして、職場の人間関係とハラスメントです。誰から、いつ、どこで、どのような言動を受けたのか、それは一回限りか繰り返されたのか、目撃者はいたか、会社に相談したか、相談後に会社はどう対応したか——こうした点が、一つひとつ具体的に問われます。「ひどいことを言われた」という抽象的な説明ではなく、「〇月〇日の朝礼で、〇〇という言葉を、他の社員の前で言われた」という具体性が求められます。
脳・心臓疾患(過労死・過労による脳出血や心筋梗塞など)についても、発症前の労働時間や業務の過重性を中心に、同様に詳しい聞き取りが行われます。
本人が調査で失敗しないための注意点

聞き取り調査には、気をつけるべき点がいくつかあります。実際のご相談でよく見られる失敗例を踏まえて、三つに絞ってお伝えします。
曖昧な回答をしない:記憶が不確かな部分は推測で語らず、「わからない」と正直に答える
最も多い失敗が、記憶が曖昧な部分について、その場の雰囲気で「たぶんこうだったと思います」と推測で答えてしまうことです。
調査官は、本人の説明を、会社の資料や同僚の証言と突き合わせます。推測で答えた内容が客観的な資料と食い違っていると、「本人の説明は信用できない」という評価につながり、他の部分の説明まで疑われてしまいます。
覚えていないことは「覚えていません」「確認して後日お伝えします」と答えて構いません。正直に答えることが、結果として最も信用される対応です。
また、聞かれていないことまで自分から長々と話す必要もありません。聞かれたことに、事実にもとづいて、簡潔に答えることを心がけてください。
客観的な証拠を持参する:タイムカードのコピー、業務メモ、LINEの履歴、医師の診断書などを準備する
口頭の説明だけでは、どうしても記憶の限界があります。説明を裏づける資料を持参すれば、説明の信用性が格段に高まります。
ケガの事案であれば、事故直後の現場やケガの写真、事故を家族や同僚に伝えたメッセージの履歴、診断書や診療明細書です。通勤災害であれば、定期券や交通系ICカードの履歴、事故証明書、経路が分かる地図です。
精神疾患や過労の事案では、タイムカードやシフト表のコピー、パソコンのログイン記録、業務メールの送信時刻、自分で付けていた業務日誌や手帳、ハラスメントの内容を記録したメモや録音、上司や人事とのやり取りのメールやLINE、そして医療機関の診断書と診療録が重要です。
資料は原本ではなくコピーを持参し、どの資料が何を示すのかを自分でも整理したうえで臨んでください。資料を手元に置いて説明することで、日付や時間を正確に答えることができ、「曖昧な回答」を避けることにもつながります。
弁護士のサポートを受ける:主張の整理や調査への同席が可能です
聞き取り調査は、一人で対応しなければならないものではありません。弁護士に依頼すれば、次のようなサポートを受けることができます。
第一に、事前の準備です。事実関係を時系列で整理し、認定基準のどの要件に対応する事実なのかを踏まえたうえで、何をどのように説明すべきかを一緒に確認します。この準備があるかないかで、当日の説明の分かりやすさは大きく変わります。
第二に、調査への同席です。聞き取り調査は任意の手続ですので、監督署の運用にもよりますが、代理人である弁護士が同席することを求めることができます。同席が認められれば、質問の趣旨が分かりにくいときの補足や、聴取書の内容確認をその場で行うことができます。
第三に、意見書や証拠の提出です。聞き取りの場で伝えきれなかったことや、認定基準に照らして重要と考える事実を、弁護士が書面にまとめて監督署に提出します。精神疾患や過労の事案では、この書面による主張が認定を左右することも少なくありません。
そして第四に、不支給となった場合の対応です。万が一不支給決定を受けたときは、決定を知った日の翌日から3か月以内に審査請求を行う必要があります。弁護士が調査段階から関与していれば、争点を把握したうえで速やかに不服申し立てに移ることができます(詳しくは労災の不支給決定・等級認定に納得できないとき|審査請求と再審査請求の進め方を弁護士が解説をご覧ください)。
会社と言い分が食い違うときはどうなるのか

聞き取り調査でご相談者が最も不安に感じるのが、「会社が自分に不利なことを言っているのではないか」という点です。
調査官は双方の説明を客観的な資料で検証します
会社側が「安全教育は十分に行っていた」「本人の不注意だ」と説明していても、調査官はそれを鵜呑みにするわけではありません。教育記録が存在するか、作業手順書はあったか、同僚は何と言っているか、現場はどのような状態だったかを確認し、どちらの説明が裏づけられるかを判断します。
したがって、本人としては、会社の主張に感情的に反論するよりも、ご自身の説明を裏づける資料と具体的な事実を淡々と示すことが、最も効果的な対応になります。
会社が調査に非協力的な場合
会社が資料の提出を渋ったり、事業主証明を拒否したりするケースもあります。しかし、会社の協力がなくても、監督署は独自に調査を進めて判断することができます。会社の協力が得られない場合の対応については、会社が労災申請に協力してくれない場合どうする?労災隠しをされたらどうすれば良い?弁護士がわかりやすく解説で詳しく解説しています。
調査にかかる期間と、その間の生活
業務中のケガのように業務との関連が明確な事案では、請求から1か月から数か月程度で結論が出ることが多いのに対し、精神疾患や脳・心臓疾患では、調査に半年から1年以上かかることも珍しくありません。
その間、休業補償給付は支給されませんので、生活費の確保が課題になります。休業補償の仕組みと申請手続については、労災の休業補償とは?申請手続きと金額を弁護士がわかりやすく解説をご参照ください。また、労災保険給付の請求権には時効がありますので、調査が長引く場合でも、他の給付の請求時期には注意が必要です(労災の請求には期限があります|労災保険の時効と会社への損害賠償請求権の消滅時効を弁護士が解説)。
当事務所のサポート内容

当事務所の労災チームでは、聞き取り調査を控えた方について、次のような形でご支援しています。
①事実関係の整理と想定問答の作成
事故や発病までの経過を時系列で整理し、認定基準に照らして重要な事実を明確にしたうえで、当日に聞かれるであろう事項への答え方を一緒に確認します。
②証拠の収集と整理
持参すべき資料の選別、会社が開示しない資料の取得方法の検討、同僚の陳述書の準備など、説明を裏づける証拠を整えます。
③調査への同席と意見書の提出
監督署との調整のうえ調査に同席し、聴取書の内容を確認します。あわせて、認定に向けた意見書を作成して提出します。
④認定後の会社への損害賠償請求
労災保険からは慰謝料が一切支払われません。調査の過程で明らかになった会社の安全配慮義務違反をもとに、慰謝料や逸失利益の請求を行います。
まとめ

労災の聞き取り調査は、調査官が事実を確認するための手続であり、被災者を疑ったり責めたりするための場ではありません。しかし、ここでの説明が認定の結論を左右することは間違いなく、十分な準備なしに臨むのは危険です。
覚えていないことは正直に「わからない」と答える、客観的な資料を持参して具体的に説明する、聴取書は署名前に必ず読み返す。この三点を守るだけでも、結果は大きく変わります。
「監督署から呼び出しがあったが、どう答えればよいか分からない」「会社と言い分が食い違っていて不安だ」という方は、調査の前に、一度ご相談ください。準備の段階からお手伝いいたします。
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グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働災害(労災)
弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。




