
厚生労働省が公表した令和7年の労働災害発生状況によれば、休業4日以上の死傷者数のうち「動作の反動・無理な動作」を原因とするものは2万2,166人にのぼり、転倒に次いで二番目に多い災害類型となっています。その中心を占めるのが、業務による腰痛です。
ところが腰痛は、「もともと腰が悪かった」「年齢のせい」「日常生活でも起こる」と言われ、労災として扱われないことが非常に多い災害でもあります。会社に相談しても、「腰痛で労災は無理だよ」と一蹴されてしまう。そんな経験をされた方は少なくないはずです。
しかし、業務による腰痛は、明確に労働災害として認定される余地があります。本記事では、腰痛の労災認定基準と、会社に対する損害賠償請求の可能性について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
業務上の腰痛には二つの類型がある

労災認定の実務上、業務上の腰痛は「災害性の原因による腰痛」と「災害性の原因によらない腰痛」の二つに分けて判断されます。この区別を理解しておくことが、労災申請の第一歩です。
類型① 災害性の原因による腰痛
重量物を持ち上げた瞬間にぎっくり腰になった、荷崩れを支えようとして腰をひねった、転倒して腰を打ったといった、特定の出来事をきっかけとして発症した腰痛がこれに当たります。
認定の要件は、①腰部への急激な力の作用が業務遂行中の突発的な出来事によって生じたこと、②その力の作用が腰痛を発症させ、または既存の疾病を急激に悪化させたと医学的に認められることの二つです。
この類型は比較的認定されやすいのですが、それでも「いつ、どこで、どのような作業をしていて、どのように痛めたのか」を具体的に説明できるかどうかが結論を分けます。
類型② 災害性の原因によらない腰痛
特定の出来事があったわけではなく、日々の重量物取扱い作業や不自然な姿勢での作業の積み重ねによって、徐々に発症した腰痛です。
この類型はさらに、おおむね3か月以上にわたって腰部に過度の負担のかかる作業に従事したことによる筋肉等の疲労を原因とするものと、おおむね10年以上にわたって重量物を取り扱う業務に従事したことによる骨の変化を原因とするものに分けられます。
認定のハードルは高いものの、作業内容と従事期間を丁寧に立証することで認められる余地は十分にあります。
腰痛が発生しやすい業務
重量物の運搬(運送業、倉庫業、建設業、製造業)、介護・看護における移乗介助や体位変換、長時間の中腰・前かがみ姿勢での作業(農業、清掃業、調理業)、長時間の座位や振動を伴う車両運転などが、腰痛のリスクが高い業務として知られています。
特に介護・看護の現場では、人力による移乗介助が日常的に行われており、腰痛が職業病といえるほど広がっています。
会社が講じるべき腰痛予防対策

労働安全衛生規則は、事業者に対し、作業行動から生ずる労働災害を防止するために必要な措置を講じる義務を定めています。これを具体化したものが、国が定めた「職場における腰痛予防対策指針」です。
この指針は平成6年に策定され、平成25年に大幅に改訂されました。改訂の際、それまで製造業や運送業を中心としていた対象が、福祉・医療分野等における介護作業まで明確に含まれるものへと拡大されています。
対策① 重量の制限
人力のみで重量物を取り扱う場合の重量には、明確な基準があります。従来から、満18歳以上の男性が人力のみで取り扱う重量は55キログラム以下とすべきとされてきました。
現在の指針では、さらに踏み込んで、満18歳以上の男性が取り扱う重量は体重のおおむね40パーセント以下となるよう努めることとされ、それを超える場合には二人以上で作業するか、リフター等の機械を用いて省力化を図ることが求められています。女性については、労働基準法に基づく規制により、さらに厳しい制限が設けられています。
この基準を大幅に超える重量物を、一人で、しかも繰り返し取り扱わせていた場合、会社の義務違反は明白です。
対策② 作業姿勢・作業方法の改善
腰をひねる動作や、中腰・前かがみの姿勢を避けられるよう、作業台の高さを調整する、荷物の置き場所を見直す、台車やコンベア、リフトを導入するといった対策が求められます。
介護作業については、指針は「原則として人力による人の抱え上げは行わせない」という考え方を示し、スライディングボードやリフトといった福祉用具の使用を求めています。「人手が足りないから」「機械を買う予算がないから」という理由で人力の抱え上げを続けさせていた場合、それは会社の判断の誤りです。
対策③ 健康管理と労働衛生教育
重量物取扱い作業や介護作業など、腰部に著しい負担のかかる作業に常時従事する労働者に対しては、配置前およびその後定期に、腰痛の健康診断を実施することが求められています。
また、作業開始前の腰痛予防体操の実施、正しい姿勢や動作についての教育も、事業者が講じるべき措置に含まれます。
「もともと腰が悪かった」と言われたときの対応

既往症があっても労災は否定されない
腰痛の事案で最も多い会社側の反論が、「もともと椎間板ヘルニアがあった」「加齢による変性が原因だ」というものです。
しかし、加齢に伴う脊椎の変性所見は、年齢を重ねた人の多くに見られるものであり、それが直ちに業務起因性を否定する理由にはなりません。既存の疾病が業務によって自然的経過を超えて著しく悪化したと認められれば、労災と認定されます。
素因減額の主張への対抗
会社への損害賠償請求の場面では、「被災者側の身体的素因が損害の拡大に寄与している」として賠償額の減額(素因減額)が主張されることがあります。
もっとも、判例上、疾患に当たらない身体的特徴は原則として減額の理由にならないとされています。弁護士は、医学的な資料と裁判例に基づき、不当な減額主張に反論します。
確保すべき証拠
作業内容と負荷の実態を示す資料が鍵となります。取り扱っていた物の重量が分かる納品書や仕様書、一日あたりの取扱い回数が分かる作業日報、勤務シフト、担当していた利用者の人数と介助内容が分かる記録、職場に福祉用具や台車が備え付けられていたかを示す写真などを集めてください。
また、腰痛を訴えて配置転換や人員増員を求めたのに応じてもらえなかった、という経緯があれば、そのやり取りの記録は非常に重要です。
弁護士に依頼するメリット

「腰痛は労災にならない」という誤解を正せる
会社の担当者が労災の知識を持たないまま、「腰痛は無理」と申請を拒むケースは非常に多く見られます。弁護士が関与することで、要件に沿った申請を行うことができます。
長期間の作業実態を立証できる
災害性の原因によらない腰痛では、長年にわたる作業実態の立証が必要となり、被災者ご本人の記憶だけでは足りません。弁護士は、弁護士会照会などの手段を用いて、必要な資料を収集します。
退職・解雇の問題にも同時に対応できる
腰痛で働けなくなると、休職期間満了による退職や、事実上の退職勧奨を受けることがあります。業務上の負傷・疾病の療養のために休業する期間およびその後30日間は、原則として解雇が禁止されています。弁護士は、こうした労働問題も含めて一体的に対応します。
腰痛の労災申請で失敗しないための実務ポイント

腰痛の労災は、申請の入り口でつまずくことが非常に多い分野です。次の点に注意してください。
①受診時に「仕事で痛めた」と明確に伝える
最初の受診時に「腰が痛い」とだけ伝えて健康保険で受診してしまうと、後から業務起因性を立証するのが難しくなります。いつ、どのような作業で痛めたのかを、医師に具体的に説明してください。診療録の記載は重要な証拠になります。
②発症の経緯を時系列で整理する
災害性の腰痛であれば、その日の作業内容、持ち上げた物の重量と形状、姿勢、痛みが走った瞬間の状況を、できるだけ具体的に記録してください。
災害性によらない腰痛であれば、いつからどのような作業に従事してきたか、一日あたりの取扱い回数や介助人数はどれくらいかを、年単位で整理する必要があります。
③同僚の証言を確保しておく
同じ作業に従事していた同僚の陳述は、作業実態を裏付ける有力な証拠です。時間が経つと連絡が取れなくなったり、記憶が薄れたりしますので、早い段階での確保が重要です。
④画像所見だけで判断しない
レントゲンやMRIに加齢性の変化が写っていることを理由に、「業務とは関係ない」と言われることがあります。しかし、画像所見と症状は必ずしも一致しません。医学的な評価は、症状の推移や作業内容と併せて行われるべきものです。
当事務所のサポート内容

当事務所の労災チームでは、業務上の腰痛について、次のような形でご支援しています。
①労災申請の可否の判断とサポート
災害性の腰痛か、災害性によらない腰痛かを見極め、それぞれの認定要件に沿った形で申請を進めます。
②作業実態の立証
取り扱っていた重量、一日あたりの回数、従事期間、介助人数などを、記録や同僚の陳述によって立証します。
③腰痛予防対策指針違反の主張
重量の制限、作業姿勢の改善、福祉用具の導入、健康診断の実施など、指針が求める措置の不履行を具体的に指摘します。
④素因減額の主張への反論
加齢性変化や既往症を理由とする不当な減額の主張に対し、医学的資料と裁判例に基づいて反論します。
おわりに

腰痛は、目に見えない痛みであるがゆえに、周囲から理解されにくい災害です。「大げさだ」「気持ちの問題だ」と言われ、一人で苦しんでいる方が数多くいらっしゃいます。
しかし、法令とガイドラインは、腰痛を明確に「防ぐべき労働災害」として位置づけています。会社がその対策を怠っていたのであれば、責任は問われるべきです。
まずは、これまでどのような作業をどれだけ続けてこられたのかをお聞かせください。取り得る手段を一緒に検討いたします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働災害(労災)
弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。






