労災の打切補償とは?サインする前に知るべき解雇リスクと対処法を労災被災者向けに解説

労災で療養中に、会社から打切補償の説明や合意書への署名を求められても、受け取る金額だけで判断しないことが大切です。打切補償は、直ちに解雇や労災給付の終了を意味するものではありません。制度の条件、平均賃金1,200日分の計算、解雇制限との関係、退職・請求放棄条項を確認する際の注意点を解説します。

療養中に打切補償や合意書を提示されたら

療養中に打切補償や合意書を提示されたら

会社から「打切補償を払うので、この書類にサインしてください」と言われたときは、何への署名なのかを確かめてください。補償金を受け取ったという確認と、退職への合意、事故に関する損害賠償請求の放棄は、それぞれ意味が異なります。

その場で結論を出さず、文書一式と金額の計算書、回答期限を確認します。「これで一切解決」「今後何ら請求しない」といった条項がある場合は、治療や後遺障害の見通しと照らした検討が必要です。会社の担当者による説明だけでなく、書面に何が書かれているかを確認することが出発点です。

打切補償の仕組みと解雇制限との関係

打切補償の仕組みと解雇制限との関係

労働基準法81条の打切補償は、業務上のケガや病気について、療養を開始してから3年が経過しても治らない場合に、会社が平均賃金の1,200日分を支払い、その後の同法上の災害補償を打ち切ることのできる制度です。対象は業務上の傷病であり、私傷病や通勤災害を同じ制度として扱うものではありません。

労災保険の療養補償給付を受けている人についても、会社が打切補償を行える場合があります。最高裁判所も、平成27年6月8日の判決で、このような労働者が打切補償の対象となり得ることを示しています。「国から給付を受けているので、会社は打切補償を使えない」とは言い切れません。

解雇制限の解除と解雇の有効性は別の判断

業務上の傷病の療養のため休業している期間と、その後30日間は、原則として解雇が禁止されています。法定の打切補償を支払った場合は、この労働基準法19条の解雇制限の例外に当たります。しかし、支払っただけで雇用契約が自動的に終了するわけではありません。

解雇には、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。会社の就業規則、回復や復職の見込み、担当できる業務など、具体的な事情を検討します。解雇予告などの手続も別に確認します。「解雇制限が外れた」ということと、「どのような解雇でも有効」ということを混同しないでください。

復職について話し合う際は、現在できる作業と避けるべき作業、通勤上の制約、必要な勤務時間の調整などを具体化します。会社に新しい職務を無条件に作る義務があるわけではありませんが、雇用契約の内容や職場の実情によって、担当できる別の業務がないかが問題になることがあります。主治医の意見を、実際の職務内容に結び付けて整理してください。

傷病補償年金によって支払ったものとみなされる場合

療養開始から3年を経過した日に傷病補償年金を受けている場合、解雇制限の適用については、その日に会社が打切補償を支払ったものとみなされます。3年経過後に傷病補償年金を受けることとなった場合は、その受給に至った日に同様の扱いになります。

この仕組みでは、会社から現金で1,200日分を受け取っていなくても、解雇制限の例外に当たる場合があります。傷病補償年金は、症状固定後の障害補償年金とは異なる給付です。療養が3年続いたというだけで全員が該当するものでもないため、給付の名称と決定通知を確認してください。

打切補償の金額と平均賃金の確認方法

打切補償の金額と平均賃金の確認方法

会社が法律上の打切補償を実際に支払う場合の金額は、「平均賃金×1,200日」です。例えば、平均賃金が適正に8,500円と算定されるケースなら、8,500円×1,200日で1,020万円となります。これは計算例であり、誰でもこの金額になるという意味ではありません。

平均賃金は、原則として算定事由が発生した日以前3か月間の賃金総額を、その期間の総日数で割って求めます。災害補償では事故が起きた日や、診断によって疾病の発生が確定した日を基準とし、賃金締切日があれば直前の締切日から起算します。会社の計算期間と賃金台帳を照合し、長期療養中で最近の給与がゼロだからといって、その3か月だけでゼロと計算しないようにしてください。

業務上の傷病による療養のために休業した期間などは、原則として日数と賃金を算定から除きます。日給・時給制の最低保障、雇入れから3か月未満の場合などには別の計算上の定めもあります。長期の療養で通常の計算が難しいときは、法令上の特例や監督署への確認が必要です。

  • 賃金の範囲:基本給だけでなく、残業代や各種手当を反映しているか。臨時に支払われた賃金や、3か月を超える期間ごとに支払われる賃金などは原則として算入しません。
  • 算定期間と日数:働いた日数だけで割ったり、除外すべき休業期間を入れたままにしたりしていないか。
  • 別の給付との違い:労災保険の給付基礎日額や、退職金、解雇予告手当を、そのまま打切補償と同一視していないか。

療養開始日と、労災と認定された日、会社を休み始めた日が同じとは限りません。会社がどの日から3年を数えているのか、診療記録や給付関係の資料で確認してください。また、打切補償を払う予定だという説明だけなのか、既に支払や供託をしたという説明なのかによっても、確認する資料は変わります。

労災給付や会社への損害賠償はどうなるか

労災給付や会社への損害賠償はどうなるか

打切補償によって打ち切られるのは、会社の労働基準法上の災害補償です。国の労災保険からの給付が、会社の支払だけで当然に終了するものではありません。療養の必要性や休業の状態など、それぞれの要件を満たす間は、給付を受けられる場合があります。

ただし、症状固定により療養・休業に関する給付の扱いが変わるなど、別の理由で変更されることはあります。労災給付の打切り通知と、会社からの打切補償の提案は別のものです。どこから、何について通知されたのかを分けて確認します。

安全配慮義務違反による慰謝料や逸失利益の請求

安全装置が不十分な機械を使用させた、危険な作業に必要な教育や装備を用意しなかったなど、会社の安全配慮義務違反が事故の原因となった場合は、損害賠償請求を検討できます。長く療養していることや労災認定を受けたことだけで、会社の責任が自動的に決まるわけではありません。

安全配慮義務は、労働者が生命や身体の安全を確保して働けるように、会社へ必要な措置を求める義務で、労働契約法5条にも定められています。何らかの事故が起きたという結果だけで判断せず、会社が認識できた危険と、その危険を防ぐために実施すべきだった措置を具体的に考えます。

長期療養中には、事故現場の設備が交換されたり、担当者が異動したりすることがあります。事故時の写真、作業手順書、会社への報告、目撃者の説明、事故直後の診療記録を早めに整理してください。会社が作成した事故報告書に本人の説明と異なる記載があれば、どこが違うのかを記録しておくことも重要です。

損害には、治療関係費、休業損害、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、逸失利益、必要な将来介護費などが考えられます。打切補償を受けたことだけで、これらの請求がすべてなくなるわけではありません。もっとも、受領した補償や労災給付と損害賠償との調整、本人の過失なども検討が必要です。

会社の計算書に「打切補償」「退職金」「解決金」がまとめて記載されている場合は、各金銭の根拠と金額を明らかにします。将来の損害まで含めた示談なのか、法定の補償だけを受領するのかによって、判断すべき内容は変わります。

治療費・慰謝料・逸失利益を個別に検討する

治療関係費には、必要な医療費に加え、通院交通費、装具、必要性のある付添費などが問題になります。重い障害で将来も介助が必要な場合には、将来介護費や住環境の整備費用等を検討することもあります。領収書だけでなく、医師の意見や生活上の支障を確認し、事故との関係と費用の相当性を示します。

休業損害は、事故がなければ働いて得られた収入と、実際に受けた賃金を確認して検討します。長く休んでいる場合も、事故による休業がどの期間まで続いているかが問題になります。会社を退職したことだけで、その後の減収がすべて事故の損害になるとも、逆にすべて請求できなくなるとも限りません。

入通院慰謝料と後遺障害慰謝料は、それぞれ治療による苦痛と、障害が残ったことによる苦痛を補う費目です。会社が支払う金額を一括して補償金と呼んでいても、これらの慰謝料を含めた額かどうかは内訳を確認しなければ分かりません。法定の打切補償と慰謝料は、根拠も計算の考え方も異なります。

慰謝料と後遺障害による損害の金額の目安

会社に賠償責任がある場合、骨折などの外傷に対する入通院慰謝料の裁判実務上の目安は、1か月入院後に3か月通院した場合で115万円、2か月入院後に6か月通院した場合で181万円です。入院なしで6か月通院した場合は116万円が目安になります。

他覚所見のないむち打ち症や軽い打撲等では別の目安を用い、入院なし・通院6か月なら89万円となります。長期療養では、療養期間すべてが同じ密度の治療だったか、通院頻度や治療内容も確認します。療養が3年続いたことだけで、短い期間の慰謝料を単純に3年分へ引き延ばすわけではありません。

後遺障害慰謝料の代表的な目安は、14級110万円、12級290万円、10級550万円、8級830万円、7級1,000万円、1級2,800万円です。これは後遺障害慰謝料だけの金額で、将来の減収を補う逸失利益や介護費等は別に検討します。

法定の打切補償額を適正に計算していたとしても、会社が提示する総額にこれらの損害がどの範囲まで含まれているかは、別に確かめる必要があります。慰謝料は法定の固定額ではなく、障害や事故の事情、過失相殺等で変わります。療養中で障害がまだ定まっていない段階では、将来の等級を決め付けた示談にも注意してください。

後遺障害による逸失利益は、一般に「年額の基礎収入×労働能力喪失率×喪失期間に対応するライプニッツ係数」で検討します。将来分を一括で受け取るため中間利息を控除するもので、年齢、職業、障害が仕事に及ぼす影響などによって判断します。療養中で障害の状態がまだ定まらない段階では、将来の損害まで確定させることに慎重な検討が必要です。

逸失利益にも具体例を挙げます。症状固定時40歳、年額の基礎収入400万円、労働能力喪失率27%、喪失期間27年、年3%の中間利息控除という仮定では、27年のライプニッツ係数18.3270を用い、400万円×27%×18.3270=1,979万3,160円となります。

仮に10級相当の後遺障害慰謝料550万円を合わせると、この二つの費目は約2,529万3,000円です。これは給付等との調整や過失相殺前の後遺障害に関する損害の計算例であり、打切補償の全額にそのまま上乗せできる額ではありません。喪失率・期間・係数は事故の時期等も踏まえて個別に検討し、慰謝料と逸失利益、法定補償を分けた計算書で比較することが重要です。

労災給付、会社の補償、賠償金を比較する際は、金額とともに、その対象となる損害や期間を並べて整理します。休業の補填と慰謝料を混同したり、給付を受けたという理由だけで同額をすべての費目から引いたりしないことが大切です。会社の計算に疑問があれば、控除の根拠と内訳の説明を求めてください。

サインする前に確認したい合意書と対応の順序

サインする前に確認したい合意書と対応の順序

まず、書類が金銭の受領を確認する領収書なのか、雇用を終わらせる退職合意書なのか、事故の賠償を解決する示談書なのかを読み分けます。書類の表題が確認書であっても、本文に退職や請求放棄が書かれていれば、その条項の意味を検討する必要があります。複数の書類が同時に渡されたときは、一式を確認してください。

例えば、所定の金額を受領したと確認する条項と、会社との間に債権債務がないと確認する清算条項は、同じ内容ではありません。清算の範囲に、未払賃金、退職金、事故による損害賠償が含まれるか、将来判明する障害まで対象にしているかが問題になります。文書の一部だけを見て安全だと判断しないことが重要です。

退職するつもりがない場合には、その意向を会社に伝え、金銭の計算に関する協議と退職への同意を区別して進めます。他方、退職を希望する場合も、退職日、支払時期、保険や貸与品の手続、残す請求の範囲を確認します。署名済みの文書がある場合は、署名に至った説明や当時の体調も含め、早めに相談してください。

  1. 書類の写しと回答期限、平均賃金の計算書を受け取り、療養開始日、給付の種類、会社が示す制度の根拠を確認する。
  2. 退職日や請求放棄・清算の条項を探し、退職への合意と金銭の受領が一体の条件になっているかを確認する。
  3. 主治医に治療と復職の見通しを確認し、就業規則、給与資料、給付決定通知とともに弁護士へ相談する。回答期限が迫っていれば、検討のための猶予を会社へ求めます。

Q. 合意書にサインしなければ、解雇制限はずっと続きますか。
A. そうとは限りません。法定の打切補償による解雇制限の解除に、本人の退職合意は必須ではありません。傷病補償年金によるみなしの制度もあります。署名の有無だけで判断せず、支払や供託の状況と法定要件、解雇理由を確認する必要があります。

Q. 療養が3年続けば、会社から必ず1,200日分をもらえますか。
A. 3年が経過しただけで、当然にその金額の支払請求権が生じるわけではありません。会社が法定の打切補償を行う場合と、傷病補償年金の受給により支払ったものとみなされる場合を区別します。会社からの提案や給付決定通知で、自分がどの場面にいるのかを確認してください。

Q. 会社へ賠償を請求するには、先に退職しなければなりませんか。
A. 退職は損害賠償請求の一般的な要件ではありません。在職したまま請求を検討することもできます。ただし、会社との関係や復職の方針を踏まえ、誰にどのような資料を求め、どの順序で交渉するかを整理するとよいでしょう。請求のためだけに退職届を出す必要があると決めつけないでください。

弁護士は、解雇制限の例外に当たるか、提示額が適正か、退職や請求放棄の条件に問題がないかを整理します。会社との交渉では、法定補償の計算だけでなく、復職の可能性、雇用の継続、事故による損害賠償を含めて検討し、本人に代わって条件の調整を進めることができます。

打切補償への不安を、受け取るか拒むかの二択で考える必要はありません。文書、金額の根拠、治療・就労の見通しをそろえ、どの権利に影響するのかを確認してから判断することが大切です。

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グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。