
職場における「ハラスメント(パワーハラスメント・セクシャルハラスメント・マタニティハラスメント等)」は、被害を受けた労働者の心身を深く傷つけ、精神的苦痛を与えるばかりか、退職や休職を余儀なくさせる深刻な労働問題です。
ハラスメントの被害に遭った際、「加害者や会社に対してどのような法的請求ができるのか」「具体的にどうやって請求すればよいのか」と悩まれる方は少なくありません。
本コラムでは、弁護士の視点から、職場でのハラスメントに対する「損害賠償請求(慰謝料等)」、請求を認めてもらうための要件、有効な証拠の集め方、具体的な請求手続きの流れに加えてそのほかに法的に認められる可能性のある請求の内容について徹底的に解説します。
職場のハラスメントで認められる「損害賠償請求」とは?

職場でのハラスメント被害に対して労働者が行える請求の代表格が、金銭による「損害賠償請求」です。
法的根拠としては、加害者個人に対する不法行為責任と、加害者を雇用・監督する会社に対する責任の2つが存在します。
加害者本人に対する不法行為責任(民法709条)
ハラスメント行為(暴言、暴行、侮辱、不当な不利益扱い、性的な嫌がらせなど)は、個人の人格権や感情を不当に侵害するものであり、民法上の「不法行為」に該当します。そのため、被害者は加害者個人に対して直接、損害賠償(慰謝料等)を請求することができます。
会社(使用者)に対する法的責任
ハラスメントが職場内で行われた場合、会社に対しても以下の法的責任を追及できます。
使用者責任(民法715条)
事業の執行に関して従業員が第三者(他の従業員)に加えた損害について、会社が代わりに賠償責任を負うものです。加害者が業務時間内や業務に関連してハラスメントを行った場合に追及します。
安全配慮義務違反
会社は、労働者が安全かつ健康に働けるよう職場環境を整える「職場環境配慮義務(安全配慮義務)」を負っています。ハラスメントの存在を知りながら放置した場合や、相談窓口の不設置など適切な防止措置を怠っていた場合、会社自体の債務不履行責任を問うことができます。
損害賠償請求で請求できる金銭の内訳と相場

ハラスメントの損害賠償請求においては、以下に記載のとおりの精神的苦痛に対する賠償金である「慰謝料」及びその他実際に生じた様々な損害・実費を請求することが可能です。
慰謝料(精神的苦痛に対する賠償金)
ハラスメント行為によって受けたストレスや精神的苦痛を金銭に換算したものです。
治療費・薬代・通院交通費:
ハラスメントが原因でうつ病や適応障害などの精神疾患を発症した場合、病院での精神科・心療内科の診療費や薬代、通院にかかった交通費の実費を請求できます。
休業損害
ハラスメントによる精神的疾患が原因で休職を余儀なくされ、給与が減額・無支給となった場合、本来得られるはずだった給与額と実際の支給額との差額を請求できます。
逸失利益(退職に追い込まれた場合など)
ハラスメントによって退職せざるを得なくなった場合、一定期間の収入減少分を損害として請求することが認められるケースがあります。
弁護士費用の一部
裁判に発展した場合、認められた損害額の1割程度を弁護士費用相当額の損害として請求に乗せることができます。
慰謝料額の相場と金額を左右する要素

ハラスメントの慰謝料額は一律に決まっているわけではなく、ハラスメントの態様や被害の深刻さによって大きく変動します。
- 軽度〜中度のハラスメント(暴言・威圧的な指導など): 30万円 〜 100万円程度
- 重度のハラスメント(長期間の嫌がらせ、休職・退職に至った場合):100万円 〜 200万円程度
金額を大きく大きく左右する要素
- ハラスメント行為の悪質性・頻度・期間(継続的か単発か)
- 被害者の役職や立場、加害者との関係性(過度な上下関係の悪用など)
- 被害者の心身の被害状況(通院歴の有無、診断書の内容、休職・退職の有無)
- 会社の対応(被害の申告を受けた後の会社の調査対応や処分などの適切さ)
損害賠償請求以外の「そのほかの法的請求」

職場でのハラスメントに対して損害賠償請求を行う場合、併せて以下のような請求を行うことが可能な場合がありますので検討することが望ましいです。
未払い残業代・未払い賃金の請求
ハラスメントの一環として「タイムカードを早押しさせてサービス残業を強要された」「業務量に見合わない過酷なノルマを与えられて時間外労働を強いられた」「不当な見せしめ降格により基本給を大幅に減額された」などのケースが存在します。これらは労働基準法に違反する行為であり、ハラスメントの損害賠償請求とは別に、過去の未払い残業代や不当に減額された賃金の支払いを会社に請求できます。
不当解雇・雇止めの撤回および地位確認請求
「ハラスメントの被害を社内窓口や外部機関に相談したこと」に対する報復として解雇や契約更新拒否(雇止め)をされた場合、あるいは「ハラスメントによる体調不良で欠勤したこと」を理由に解雇された場合、その解雇・雇止めは公序良俗に反し、また労働契約法上も無効となる可能性が高いです。この場合、解雇の無効を主張して労働者としての地位確認を求めるとともに、解雇期間中に支払われるはずだった給与(バックペイ)の全額支払いを請求できます。
労災(労働災害)認定の申請請求
ハラスメントによってうつ病や適応障害などの精神障害を発症した場合、労働基準監督署に対して労災認定の申請(労働災害保険給付の請求)を行うことができます。
労災と認定されれば、治療費(療養補償給付)が全額支給されるほか、休職中の給与の約8割が補償(休業補償給付)されます。また、労災休業期間中およびその後30日間は、解雇が法律上禁止されるため(労働基準法19条)、身分の安定にもつながります。
請求が認められるために必要不可欠な「客観的証拠」

ハラスメントに基づく損害賠償請求を行う際、最も重要なポイントとなるのが「客観的な証拠」の有無です。
加害者や会社は、請求を受けた際に「指導の範囲内であった」「そのような発言はしていない」「本人の被害妄想だ」と言い逃れを図ることが少なくありません。客観的な証拠が不足していると、法的な主張が認められないリスクが高まります。
有効となる証拠の具体例
- 録音・録画データ: スマートフォンやICレコーダーで録音した暴言、脅迫、威圧的な発言、セクハラ発言などの音声データ。
※当事者間の会話を相手に黙って録音する「秘密録音」であっても、ハラスメントの立証においては裁判で有効な証拠として認められるのが一般的です。 - メール・チャットツールの履歴: LINE、Slack、Teams、社内メールなどでの不適切な指示、暴言、深夜・休日の過度な業務強制のやり取り。
- 医師の診断書・通院歴: 精神科や心療内科の診断書(初診日、病名、原因として職場環境やハラスメントの記載があるとなお良い)や処方箋、医療費の領収書。
- 詳細な被害日記・メモ: 「いつ(日時)・どこで・誰から・どのような発言(行為)をされたか・周囲に誰がいたか・その時どう対応したか」を日記帳やパソコンに細かく記録したもの。改ざんを疑われないよう、継続して記録されていることが重要です。
- 同僚や目撃者の証言:ハラスメント現場を目撃していた同僚の陳述書や、社内の相談窓口・人事へ相談した際のやり取りの記録・録音。
- 業務上の資料・タイムカード:不当な業務量を証明する指示書や、過度な残業時間を証明するタイムカード・打刻データ。
具体的な請求の方法と手続きの流れ

実際にハラスメントに対する損害賠償請求やそのほかの法的請求を進める場合、以下のような段階的なステップを踏むのが一般的です。
【STEP 1】証拠の収集と現状の整理・準備
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【STEP 2】会社への社内申告・交渉(社内窓口・人事)
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【STEP 3】弁護士への相談および内容証明郵便による書面請求
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【STEP 4】裁判外での示談交渉
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【STEP 5】法的観点からの裁判手続き(労働審判・民事訴訟)
STEP 1:証拠の収集と現状の整理
在職中、または別居・休職に入る前の段階で、前述した録音、メール、日記、診断書などの証拠を可能な限り収集します。また、治療費の領収書や休業中の給与明細など、生じた損害の金額を特定できる資料も集めておきます。
STEP 2:社内窓口や人事への相談・申告
まずは会社のハラスメント相談窓口や人事部、コンプライアンス担当部署に対してハラスメント被害を申告します。事実関係の調査、加害者への指導・処分、配置転換などの環境改善を求めます。会社側が真摯に対応し、加害者が謝罪や補償に応じる場合は、この段階で社内解決に至ることもあります。
STEP 3:弁護士による内容証明郵便の送付
社内での解決が困難な場合や、会社自体がハラスメントを隠蔽・放置している場合、弁護士を代理人として選任し、加害者および会社に対して「損害賠償請求書」を内容証明郵便で送付します。
内容証明郵便を送る効果
- 請求の意思表示を法的かつ確実な形で証拠に残せる。
- 「期限内に回答がなければ法的措置(裁判)へ移行することを検討する」旨を記載することで、相手方に強いプレッシャーを与え、回答や交涉を促せる。
- 当事者同士では感情的になりやすい話し合いを、弁護士を介して冷静かつ法的な論点に絞って進められる。
STEP 4:裁判外での示談交渉
内容証明郵便の送付後、相手方(加害者・会社)または相手方の代理人弁護士との間で交渉を開始します。 ハラスメントの事実の認否、慰謝料などの賠償金額、未払い賃金の支払額、退職条件や今後の接触禁止条項などについて話し合います。
合意に至った場合は、必ず「示談書(合意書)」を作成します。示談書には以下の重要条項を盛り込みます。
- 相手方がハラスメント事実を認め、謝罪する旨
- 損害賠償金(慰謝料等)の正確な金額、支払期日、振込口座
- 加害者に対する接触禁止・連絡禁止の誓約
- 第三者への口外やSNS等への書き込みを禁止する秘密保持・口外禁止条項
- 清算条項(本件に関し、示談書に定めた内容以外にお互いに金銭等の請求を一切行わないことの確認)
STEP 5:法的裁判手続き(労働審判・民事訴訟)
示談交渉で不成立となった場合や、相手方がハラスメントの事実を全面的に否定して支払いを拒絶した場合は、裁判所の手続きへ移行します。
労働審判
裁判官1名と専門的な知識を持つ労働審判員2名が介入します。原則3回以内の期日で審理が行われるため、通常の裁判よりも迅速に解決を目指すことができます。
未払い残業代の請求や不当解雇の撤回、会社に対する損害賠償請求などをまとめて扱うことが可能です。
民事訴訟(裁判)
労働審判で決着がつかない場合や、加害者個人に対する損害賠償請求を主とする場合は、民事訴訟を提起します。双方が出訴・主張書面や証拠を出し合い、最終的に裁判官による判決、あるいは判決前の裁判上の和解によって決定が下されます。
まとめ

- ハラスメントを受けた場合、加害者本人だけでなく、安全配慮義務違反や使用者責任に基づき「会社」に対しても損害賠償(慰謝料・治療費・休業損害など)を請求できる。
- 損害賠償請求だけでなく、「未払い残業代の請求」「不当解雇・雇止めの撤回」「労災申請」といった多様な法的権利を行使できる。
- 相手方の言い逃れを防ぎ、有利な条件で請求を成功させるためには、録音、メール、診断書、詳細な被害日記などの「客観的証拠」が極めて重要となる。
- 手続きは社内申告から始まり、弁護士を通じた内容証明郵便の送付、示談交渉、労働審判や民事訴訟といったステップで進める。
ハラスメントの被害に直面したとき、「自分が悪かったのではないか」「声を上げても揉めるだけではないか」と一人で思い悩み、抱え込んでしまう方が少なくありません。しかし、ハラスメントは明確な人権侵害であり、法律上認められた正当な権利を主張することは当然の選択です。
加害者や会社と直接やり取りすることは精神的に大きな負担となるため、初期段階から労働問題やハラスメント問題に精通した弁護士へご相談いただき、適切な見通しと戦略のもとで手続きを進めることを強くおすすめします。
※恐縮ですが、2026年現在パワハラ・セクハラのみのご相談はお受けしておりません。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 椎名慧
労働問題
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和7年登録後、不当解雇、残業代請求、ハラスメント問題など、労働事件全般において数多くの案件を担当。最新の労働判例に精通し、労働者・使用者双方の視点を踏まえた戦略的な紛争解決を得意とする。現場の実態に即した迅速な初動対応と、緻密な証拠分析を通じて、適正な労働環境の実現と依頼者の利益保護に尽力している。




