
外国人社員に日本語の契約書へ署名してもらっても、労働条件が正しく伝わったとは限りません。翻訳した書面を渡すだけでは解消できない誤解もあります。賃金や控除の説明、母国語と平易な日本語の使い方、理解の確認、安全教育、条件変更時の対応を具体的に説明します。
書面を渡すことと理解してもらうことは別

外国人社員との労務トラブルでは、会社が雇用契約書を交付していたにもかかわらず、本人は内容を理解していなかったという場面が珍しくありません。日本語の契約書に署名があれば、すべて説明済みになるわけではありません。反対に、契約書を機械翻訳して渡すだけでも十分とは限りません。
翻訳が不自然で、残業代の計算、固定残業代、契約更新、試用期間など重要な部分の意味が変わることもあります。労働条件の明示は、会社が一方的に書面を保管するための手続ではなく、働く人が条件を把握し、合意内容を確認できるようにするためのものです。採用時には、書面の交付と、本人が理解できる方法による説明を組み合わせる必要があります。
特に説明すべき労働条件
まず確認したいのは、契約期間、更新の有無と判断基準、就業場所・担当業務とそれぞれの変更範囲、始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、賃金、退職に関する事項です。求人時の説明と雇用契約の内容が変わる場合は、その理由も明確にします。賃金については、総額だけでなく、基本給と手当の内訳、残業代の計算方法、締日・支払日、欠勤控除、税金や社会保険料などの控除を説明します。
寮費、食費、制服代などを給与から控除する場合は、法令上必要な手続を確認したうえで、金額と根拠を具体的に示します。母国で一般的な雇用慣行と日本の制度が異なることもあるため、日本人社員には当然と思える内容ほど、言葉にして説明する姿勢が求められます。
母国語と平易な日本語の使い分け
すべての社内文書を完全に翻訳することが難しい会社もあります。その場合でも、重要事項を母国語でまとめた資料を用意する、通訳を利用する、平易な日本語に言い換えるなどの方法があります。平易な日本語では、一文を短くし、主語を省きすぎず、二重否定や曖昧な表現を避けます。
例えば「シフトによってはお願いする場合があります」ではなく、「会社が事前に依頼し、本人が確認した場合に勤務します」のように、誰が何をするのかを示します。専門用語は、単にやさしい言葉へ置き換えるだけでなく、具体例と結び付けると伝わります。翻訳アプリは補助として便利ですが、法的な意味が重要な条項は、翻訳結果を確認できる人を介する方が安全です。
理解を確認する方法
説明の最後に「分かりましたか」と尋ねるだけでは、十分な確認にならないことがあります。質問すると採用を取り消されるのではないかと心配し、理解していなくても「はい」と答える人がいるからです。重要な項目について、本人に自分の言葉で説明してもらう方法が有効です。例えば、給与の支払日、休日、残業を命じられた場合の扱い、退職を希望するときの連絡先を答えてもらいます。
誤解があればその場で修正できます。質問時間を設け、家族や支援者と確認する時間を与えることも考えられます。説明に使用した言語、資料、通訳者、日時、質問内容を記録しておけば、後に説明の有無が争われた場合の確認資料にもなります。
入社後のルールと安全教育

雇用契約だけでなく、就業規則、服務規律、休暇申請、遅刻・欠勤の連絡方法、ハラスメント相談窓口も理解できるように伝えます。工場、建設、運送、介護、飲食などでは、安全衛生教育が特に重要です。危険な機械の操作や保護具の使用方法を、日本語の説明書を渡すだけで終わらせると、重大事故につながりかねません。
写真、動画、実演を使い、本人に操作してもらって理解を確認します。文化や宗教上の配慮が必要な場合もありますが、危険を避けるための手順は曖昧にしてはいけません。安全教育を行った記録を残し、配置転換や設備変更があったときは改めて説明します。伝わる方法を選ぶことは、本人のためだけでなく、周囲の社員と会社を守ることにもなります。
条件を変更するときこそ丁寧に説明する
入社時に丁寧な説明をしても、契約更新、賃金改定、配置転換、勤務時間の変更などの場面で説明が不足すると紛争が起こります。会社が一方的に変更できるかどうかは、労働契約や就業規則、変更の内容と必要性などにより判断が分かれます。本人が日本語の通知に署名したことだけを根拠に、自由な同意があったと決めつけるのは危険です。
変更前後の内容を比較できる資料を用意し、いつから、なぜ、どの部分が変わり、給与や生活にどのような影響があるかを説明します。在留資格によっては仕事内容の変更が許容範囲に影響することもあります。書面、説明、理解確認、記録を一つの手続として定着させることが、長く働ける職場づくりにつながります。
署名がある場合も説明を確かめる
Q. 日本語の契約書に署名があれば、理解したものとして扱えますか。
A. 署名だけで、すべての条件を理解し有効に同意したと決まるわけではありません。説明の方法、本人の理解、条項の内容などを確認する必要があります。重要事項を本人に説明し直してもらい、誤解があれば補ってください。
Q. 会社の書類はすべて母国語に翻訳しなければなりませんか。
A. 全文書の一律の翻訳が求められるわけではありません。ただし、労働条件の明示義務や安全教育の義務は別に果たす必要があります。重要な賃金条件や危険回避の指示ほど、通訳、平易な日本語、実演などを使い、理解できる方法を選びます。
説明の準備から記録まで

1. 労働条件通知書と就業規則を照合し、賃金控除、安全上の手順など、誤解が不利益につながる事項から説明資料を用意する。
2. 本人が理解できる方法で説明し、具体例を使って理解を確かめる。質問しやすい担当者も伝えます。
3. 使用した資料、言語、日時、質問と回答を保存し、日本語版を改訂したら翻訳版の版番号も更新する。
固定残業代の条項や賃下げへの同意は、翻訳が正しくても法的な効力が別に問題となります。弁護士は原文と説明経緯を確認し、条項の有効性、必要な明示事項、変更手続を検討します。採用時の説明と本人の認識が食い違った場合も、契約書、求人票、面談記録をそろえると争点を整理しやすくなります。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
企業が直面する様々な法律問題については、各分野を専門に担当する弁護士が対応し、契約書レビューも特定の弁護士が行います。このような専門性により、企業法務において大きな強みを持っています。企業法務を得意とする法律事務所をお探しの場合、ぜひ、当事務所との顧問契約をご検討ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
入管法
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所(埼玉弁護士会)所属。
平成24年の登録以来、入管法をはじめとする、外国人関連法務に注力。外国人に関連する周辺法令まで幅広く対応しています。韓国語での対応が可能であり、言語の壁を超えた法的アドバイスを提供。委員会活動や専門家とのネットワークを活かし、個々の事案に即した最適な解決を追求します。




