こんにちは。弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の弁護士 渡邉千晃です。

深刻な人手不足を背景に、競合他社や業務提携先との間で「お互いの社員を引き抜かない」という紳士協定を結ぶ企業が後を絶ちません。しかし、こうした善意の申し合わせが独占禁止法の禁じる「カルテル」に該当し、巨額の課徴金や企業名公表のリスクを招くことをご存知でしょうか。公正取引委員会は、2018年の報告書以降、労働市場への独占禁止法の適用を明確化しており、プロ野球組織への警告など具体的な法執行も相次いでいます。

そこで、採用市場に潜む法的リスクと防衛策を、弁護士が徹底解説します。

I.「引き抜き禁止の約束」は本当に無害か

深刻な人手不足のなか、競合他社や提携先との間で「お互いの社員を引き抜かない」と約束を交わす企業が増えています。経営者や人事担当者の感覚としては、良好な関係を維持するための紳士協定であり、無用なトラブルを避けるための知恵と映るかもしれません。

しかし、公正取引委員会は2018年2月15日に公表した「人材と競争政策に関する検討会」報告書において、労働市場も独占禁止法の適用対象であることを明確化しました。

「良かれと思って」結んだ約束が、実は独占禁止法上の「カルテル(不当な取引制限)」に該当し得るという法的リスクを、本稿で解説します。

II. なぜ「引き抜き禁止」がカルテルとなるのか

独占禁止法第3条は、事業者が他の事業者と共同して取引条件を人為的に決定する「不当な取引制限(カルテル)」を禁じています。前記報告書は、この考え方が労働市場にもそのまま及ぶことを示しました。すなわち、人材獲得市場において、本来は各企業が個別に決定すべき取引条件(採用の可否、賃金水準等)を、複数の発注者・使用者が共同して人為的に決定する行為は、原則として独占禁止法上問題となるとされています。

具体的にアウトとなりやすい行為類型

・相互引き抜き禁止協定:競合他社との間で「お互いの従業員には声をかけない」と取り決める行為
・給与水準の暗黙の同調:業界内で「初任給や昇給幅を横並びにしよう」と申し合わせる、実質的な賃金カルテル
・採用に関する紳士協定:業界団体や勉強会等の場で「中途採用は互いに遠慮しよう」と口頭で確認し合う行為

ここで注意すべきは、正式な契約書として書面化されていなくても、事業者間に「意思の連絡」があれば独占禁止法上のカルテルと評価され得るという点です。価格カルテルと同じ構造で、労働力の対価である賃金・雇用条件を複数の企業が共同でゆがめる行為として、厳しく規制されています。

III. 見過ごされがちな規制:業界団体を通じた採用制限

個別企業間の合意だけでなく、業界団体や協会が構成員(会員企業)の採用・人事活動を制限する行為も独占禁止法違反となり得ます。

実際に、2024年9月、公正取引委員会は日本プロフェッショナル野球組織に対して警告を行いました。同組織が各球団に対し、選手契約交渉における代理人について、既に他の選手の代理人となっている弁護士を自チームの選手の代理人として選任することを認めないよう制限していたことが、独占禁止法第8条第4号に違反するおそれがあると判断されたものです。

このケースはスポーツ界に限った話ではありません。業界団体や協同組合が「会員企業同士は人材を融通しない」「業界内での引き抜きは控える」といった内部ルールを設けることは、他業種でも起こり得る典型的な落とし穴といえます。

IV. 採用市場で「加害者」にならないための3つのポイント

対策1:他社との人材・採用に関する取り決めを結ばない

書面はもちろん、業界の懇親会や勉強会での口頭の「紳士協定」であっても、複数の競合他社との間で採用や賃金に関する意思の連絡があれば違法となり得ます。したがって、営業・人事担当者に対し、こうした場での不用意な発言に十分注意することが必要と考えられます。

対策2:提携契約の相互引き抜き禁止条項は必要最小限に

業務提携やM&Aの交渉過程で「相互引き抜き禁止条項」を契約に盛り込む場合は、対象者の範囲・期間・地理的範囲を必要最小限に絞り、その制限が提携の目的達成のために真に必要かどうかを個別に検証することが不可欠といえます。

対策3:業界団体活動のコンプライアンス点検

自社が加盟する業界団体・協会の内部規則やガイドラインに、採用・人材に関する制限的なルールが紛れ込んでいないか、定期的に点検する体制を整えることも重要と言えます。

V. まとめ:人手不足の時代こそ、採用の「暗黙の了解」に要注意

人手不足が深刻化するほど、企業間の「暗黙の了解」が独占禁止法違反の入り口になりやすくなります。

採用競争の激化は今後も続く見通しです。だからこそ、正しいルールの下で人材を獲得できる体制を整えることが、企業の持続的な成長を支える最良の防衛策となり得るといえます。

人材確保に関する取り決めや提携契約の内容にご不安がある場合は、ぜひお気軽にご相談ください。

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この記事を書いた弁護士:弁護士 渡邉千晃

独占禁止法

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。法科大学院において、独占禁止法を専攻し知見を深める。令和4年登録後、顧問会社からの独占禁止法に関する多数の相談に応じる。公正取引委員会の指針や審決例を熟知し、優越的地位の濫用や再販売価格維持などといった現場特有のリスクに対し、理論と実務の両面から即効性のある提言を行う。経営戦略と法遵守を両立させる専門家であることを身上とする。