
試用期間とは、企業が新入社員の能力や適性を見極める期間のことを指しますが、自由に本採用を拒否したり、期間を延長できるわけではありません。この記事では、試用期間を運用する際の法的な注意点を解説します。
その「試用期間」は適切ですか?
4月に新入社員が入社し、多くの企業で研修やOJTなどが行われている時期ではないでしょうか。
この時期の新入社員は、「試用期間」中であるということが珍しくありません。
一般に、試用期間と言えば、「入社後3ヶ月から6ヶ月程度の期間を定め、その間に業務を遂行するための適性や能力などを評価して、本採用(正式採用)するかどうかを判断する」というような制度のことを指すと思われます。
しかし「試用期間」という言葉は法律用語ではなく、明確な定義があるわけではありません。
そのため、期間が1ヶ月であったり6ヶ月であったり、本採用されるための要件が異なったりなど、各企業で様々な制度設計で運用されているのが実情です。
一方、様々な運用状況があるからこそ、トラブルが多いのもこの試用期間となっています。
そこで、この記事では、「試用期間」を運用する際の注意点について、法的な観点から解説していきたいと思います。
試用期間の法的位置づけ

上記でも述べたとおり、「試用期間」の定義については、法律上明確に定められているわけではありません。
一方、実務上では、「解約権留保付労働契約」であると解説されることが多いかと思います。これは、過去にあった三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)に由来するものです。
難しい言葉が出てきましたが、この「解約権留保付労働契約」を平たくいうと「一定期間(試用期間中)は、会社側が本採用を拒否できる権利(解約権)を留保していて、採用の過程では調査できない能力や適格性を判断する。もし能力や適格性に問題があると判断された場合には、この留保していた解約権を使って、労働契約を終了させる」というものになるでしょうか。
こう説明すると、新入社員側からすれば、「せっかく厳しい競争を勝ち抜いて内定を得たのにもかかわらず、まだ採用選考中みたいなものではないか」という感想を抱くかもしれません。
しかし、採用選考中(内定前)と、試用期間中では、法的には全く立場が違います。
試用期間は、あくまで「労働契約」が成立していることを前提とするものです。
労働契約は「契約」、すなわち労働者側・会社側の双方を縛るものになります。
そのため、例え試用期間中だとしても、企業側が自由に労働契約を解約したり「無かったこと」にできるわけではありません。
「試用期間だからといって自由に解雇や本採用拒否ができるわけではない」ということを、覚えておいて頂ければと思います。
なお、上記でも出てきたように、試用期間というのはあくまで「労働契約」の一内容です。
すなわち、誰かを雇用した場合に当然に試用期間が発生するというのではなく、会社・労働者の間の契約としてその内容が定められる必要があります。
したがって、雇用契約書や就業規則に明記した上で、制度の内容についてしっかり周知するようにしましょう。
本採用拒否はどのような場合に許される?

では、本採用の拒否はどのような場合に許されるのでしょうか。
実務で「解約権留保付」と言われているからには、試用期間後(本採用後)の解雇とは何かが違うはずです。
この点について、上記の三菱樹脂事件では、「通常の(本採用後の)解雇よりも広い範囲の解雇が認められるべき」との最高裁の考え方が述べられています。
問題は、「『広い範囲』と言うけれど、現実として、結局どこまで許されるのか?」というところです。
この「範囲」の問題について、上記最高裁は、採用決定後の調査や試用期間中の勤務状態などから、企業側が当初知ることができないような事実を知り、その事実に照らすと雇用を続けることが適当でないと企業が判断することが、解約権留保の趣旨・目的を考えたときに客観的に相当である場合には、本採用拒否が許される旨述べています。
何だかややこしいですね。
特に重要なのは、「(本採用拒否をすることが)客観的に相当かどうか」という部分です。
このような最高裁の判断枠組みは、本採用後の解雇の有効性を判断する「解雇権濫用法理」という考え方と同様のものであると言われています。
結論として、本採用拒否については、「理屈としては」本採用後の解雇の場合と比べてやや緩やかに認められると言われているものの、「実際の裁判実務としては」あまり変わらない判断をされている、というのが現実的なところかもしれません。
したがって、「本採用は自由に拒否できる」という考えは誤りで、通常の解雇の場合と同様に、適切な手順や手続きを踏んでいかなければならないということになります。
能力や適性を理由とする本採用拒否の考え方

それでは、実際に本採用拒否をしようとした場合のことを考えてみましょう。
おそらく、試用期間の途中や最後に「この新入社員は本採用できない」と企業側が判断するパターンの多くが、実際に勤務が始まったら能力が足りなかった、適性が無かった、勤務態度に問題がある、といったものではないでしょうか。
こういった事情によって本採用拒否をするには、どのように制度を整え手順を踏んで行けば良いでしょうか。
上記の最高裁は「客観的に」「相当かどうか」ということを判断基準に上げています。
これをヒントにすると、以下のようなやり方が考えられると思われます。
① 新入社員の能力や適性を具体的かつ客観的に評価する。
② 求められるレベルを設定する。
③ 新入社員を②に近づけられるよう、指導等を行う。
④ 上記①~③について記録を残す。
※必ずしも数字で表す必要はありませんが、なるべく客観的な指標を用いるようにしましょう。
例えば、「注意しても同じミスを繰り返す」のが問題なのだとすれば、注意した内容や回数について記録を残すことになりますし、「何度も遅刻する」ことが問題なのだとすれば、遅刻の回数やその時間、理由、注意・指導の内容などを記録することになると思われます。
上記①~④を繰り返し、それでも新入社員が求められるレベル(最低限のレベル)に達することができなかった場合に、はじめて本採用拒否ができる可能性が出てくるということになります。
最後に試験(登用試験など)をするのも一案ですね。
逆に、「上司や同僚と馬が合わない」「何となく期待していたほどの働きぶりでない」「何となく積極性が足りない」など、主観的・抽象的な理由で本採用を拒否することは、無効と判断される可能性が高くなります。
こういった事情については、例えば、「意見や指導・助言を聞き入れず誤ったやり方を続ける」「振られた仕事を行わない」「手持ちのタスクが終わったら次の指示を受けるように指導しているにも関わらず指示をもらいにこない」など、客観的・具体的に問題点を特定し、改善を促す必要があるということになります。
こういった評価や指導の状況を逐一記録に残すことは大変かもしれませんが、後にトラブルになったり、裁判になったりした場合には、とても重要な資料・証拠となります。
これも会社のために必要な業務なのだと考えて、取り組んで頂ければと思います。
ちなみに、新入社員はそもそもが「将来に期待」して採用される存在です。
つまり、入社の時点では能力が無く(低く)、今後仕事を続けることで成長または習得していくという存在であるという前提があります。
そのため、能力不足を理由とした本採用拒否や解雇は認められ難い傾向にあります。
能力不足の程度が他の者と比べても顕著で、会社にとっても損害が大きく、注意・指導・教育を行ったとしても今後の改善が期待できないような場合でないと、能力不足を理由にした本採用拒否は難しいと言われています。
また、本採用拒否は法的には「解雇」の一種となります。
したがって、就労して14日を超えた場合には、本採用拒否(解雇)の30日前に予告する義務があります(労働基準法第20条、21条。または30日分以上の賃金(解雇予告手当)の支払いが必要になってきます。)。
こういった手続も忘れずに行うようにしましょう。
試用期間の延長について

最後に、試用期間の延長について少し触れます。
試用期間の長さについては法律上の明文での定めはありませんから、原則としては、労使者間で合意をすれば、自由ということになります。
しかしながら、試用期間の延長を無制限に認めるとすると、当該従業員を長期間不安定な立場に留めておくことになりますから、これは不当ということにもなります。
そこで、試用期間の延長は「合理的な事由」のある場合でないと認められないとする裁判例があります、
この判断はケースバイケースとなると思われますが、例えば裁判例では、「通常の試用期間中の状況としては不適格(本採用拒否)と判断されるが、今後の態度や反省の状況次第では本採用となる可能性があることを考慮して、試用期間を延長すると判断した」というケースで、「合理的な事由」があるとされたものがありますので、ご参考までに紹介します(大阪読売新聞社事件。大阪高判昭和45年7月10日)。
したがって、試用期間の延長を考える場合には、
・就業規則等に延長に関する定め(延長があり得ること、延長の理由、延長する期間など)を置くこと
・試用期間を延長する「合理的な事由」があること
の2点を満たすかどうか、検討する必要があると覚えておいて頂ければと思います。
まとめ

いかがだったでしょうか。
「試用期間」の存在は企業にとって当然過ぎて、あまり深入りして検討したことが無いという会社もあるかもしれませんが、特に本採用拒否(解雇)の場面ではトラブルにもなりやすいため、法的にも適切なかたちでの運用・制度設計が必要となってきます。
無用なトラブルを防ぎ、スムーズに人材を配置・定着させるためにも、試用期間の在り方について一度検討してみてはいかがでしょうか。
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