従業員の行為が原因で使用者に損害が発生することがあります。このような場合、従業員に対して賠償を求めたくなるところですが、できるのでしょうか。今回は、従業員に対して、賠償請求ができるか、また、全損害のうちどの程度の金額まで賠償請求ができるのかについて解説をいたします。

賠償請求をすることができるが、金額には制限がある。

従業員の行為が原因で発生した損害について、使用者は従業員に対して、賠償請求をすることができます。

ただし、使用者は、従業員の労働を利用して会社の収益を上げていますので、従業員の行為が原因で発生した損害について、すべての賠償を従業員に求めることができないという考え方があり、実際に、すべての損害を従業員に対して請求することは難しい傾向にあります。

具体的に言えば、損害の4分の1程度までは賠償を認めることが多い一方で、2分の1程度まで賠償を認めるケースと言うのは従業員の行為に重大な過失がある場合等に限られています。裁判例では、従業員の過失の程度や、過失の原因となった従業員側の有利な事情等を考慮して、賠償金額を決めています。

裁判例

最高裁判所の昭和51年7月8日判決

有名な判決であり、この問題で参考とされる判決です。以下のような経緯に基づいて、賠償の範囲は全損害のうちの4分の1とする判断がなされました。

・使用者は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本金八〇〇万円の株式会社であつて、従業員約五〇名を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を二〇台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき対人賠償責任保険にのみ加入し、対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかつた

・従業員は、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当時、同被上告人は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突した

・本件事故当時、従業員は月額約四万五〇〇〇円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であつた

・以上の事実関係のもとにおいては、使用者がその直接被つた損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により被つた損害のうち、従業員に対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の四分の一を限度とすべきである。

2分の1の賠償請求を認めた裁判例

従業員に重大な過失があることを理由に、2分の1の賠償請求を認めた裁判例は、以下のような事例でした(東京地方裁判所平成15年12月12日判決 労働判例870号42頁)。

・使用者は中古車販売業の会社であった。

・従業員は、客に車両を販売する際には代金全額が入金されてから納車するという、会社における小売りの場合の内規を熟知しながら,この内規に反し,入金が全くない段階で,原告の従業員でもない顧客に対し,短期間のうちに次々と商品である車両を多数引き渡し,その結果,本件車両15台の価格相当の損害を生じさせた

・上記の取引と同様にして従業員が問題となった顧客に引き渡した車両12台分は代金が決済され,原告はこれにより1台あたり20ないし30万円程度の販売利益を得てい
・問題となった顧客は元会社の従業員であったところ、退職時に会社に対し負担していたオデッセイの代金約305万円は本来回収不能となるはずのところ,顧客が前記一連の行為によって得た金員により返済がされている

・本件は店舗の売上げ実績を上げたいという従業員の心情を、顧客に利用された結果であって,従業員が直接個人的利益を得ることを意図して行ったものではないと認められる

・従業員が店長に就任する前,店舗は業績の上がらない店舗であったが,従業員は,店長に就任した後同店の販売実績を向上させた

・ブロックマネージャーは,各店舗毎に販売目標を設定した上,各店長に対し「とにかく数字を上げろ。手段を選ぶな。」等と申し向けるなど,折に触れては目標を達成するよう督励し,売上至上主義ともいうべき指導を行っていた
・会社は,直営販売店には,他の直営店が仕入れたものの買い手がつかない在庫車両の販売をノルマとして割り当てており,問題となった顧客との取引対象となった27台の中にはこのような車両も含まれていた

 

債権回収にミスがあった場合に4分の1の賠償請求を認めた裁判例

債権回収の事例では、以下のような経緯で4分の1の賠償請求を認めた裁判例があります。
(東京地方裁判所平成15年10月29日判決 労働判例867号46頁)

・顧客先への請求書未提出が発生したのは,従業員に対する平成13年秋以降の過重な労働環境にも一因がある

・債権回収不能額はそのすべてが従業員の担当する顧客先への請求書未提出と相当因果関係があるわけではないこと,すなわち,債権回収不能額の約1割は価格交渉での通常の値引額と考えられる

・会社は法的には顧客先に対し債権回収不能額と主張する債権について支払を請求することができたのに,今後の取引関係への影響等を考えて値引きに応じたことも債権回収不能の一因となっている

・会社では平成11年にも本件と同様の事件が起きているのに,再発防止のために適切な体制をとっているとはいい難い

・会社の主張する債権回収不能の事態が発生したのは従業員だけの責任ではなく,上司である丙田部長,乙川専務の監督責任でもあること,殊に,丙田部長は,営業成績表等により,従業員の長期債権未回収案件が数多く発生しているのに,早期に顧客先に照会したり調査をする等の適切な措置を採っていない

・丙田部長は,平成13年12月末には,従業員が担当する顧客先に対し請求書を出しておらず,顧客先から会社に対し請求書未提出について苦情の電話があったことを知っていたのに,同14年3月になるまで,直接顧客先等への調査をせず,そのため事案解明が遅れ,損害の拡大に繋がった

・これらの事実に照らすと,会社の主張する損害額のうち,約4分の1である200万円をもって,従業員が会社に対し信義則上賠償しなければならない損害賠償額であると解するのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠はない

まとめ

従業員の行為によって損害が発生するケースには様々なものがあり、機械の操作ミスと言ったものから、社内のルールに違反した行為など、過失の程度によって、損害賠償の範囲が変わってきます。また、従業員の労働環境や、使用者側の従業員の管理の内容も影響します。

そのため、従業員の行為が原因によって発生する損害については、発生した具体的な事案において、どこまで賠償請求ができるのか分からないという場合もあり得ると思います。このような場合、弁護士にご相談を頂ければ、過去の裁判例の内容や具体的なケースに特有の事情を考慮して判断をすることが可能ですので、お悩みの場合は弁護士にご相談を頂けますと幸いです。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 村本 拓哉
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