
八〇代の母が横断中にはねられ、大腿骨を骨折して寝たきりになった。七〇代の父が自転車で転倒させられ、頭部外傷で認知機能が低下した。
高齢の方の交通事故は、同じ衝撃でも重い結果になりやすく、そして回復に時間がかかります。入院が長引けば筋力が落ち、自宅での生活に戻れなくなることも珍しくありません。
ところが、賠償の場面では「高齢だから仕事をしていない」「もともと骨がもろかった」「もともと認知症の傾向があった」といった主張が次々に出され、賠償額が大きく値切られる傾向があります。
本記事では、高齢の方が重傷を負われた事案について、争われやすい論点と対処の方法を、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
「無職だから損害はない」は誤り

家事従事者性を主張する
高齢の方が就労していない場合、保険会社は休業損害も逸失利益もゼロだと主張してくることがあります。しかし、家族のために炊事・洗濯・掃除・買い物を担っていれば、家事従事者として賃金センサスの女性全年齢平均賃金を基礎とする損害が認められます。
一人暮らしの場合は、自分のためだけの家事は損害として評価されにくいところですが、別居の子や孫の世話をしていた、週に何度か家族の家に行って家事をしていたといった事情があれば、主張の余地があります。
立証のためには、事故前にどのような家事をどの程度担っていたかを、ご家族の陳述書として具体的に書いておくことが有効です。
就労していた場合
高齢でも働いている方は増えています。事故直前まで就労していた事実があれば、実収入または年齢別平均賃金を基礎として逸失利益が認められます。
赤い本の基準では、就労可能年数は原則として六七歳までですが、六七歳を超える方については簡易生命表の平均余命の二分の一とし、六七歳までの年数が平均余命の二分の一より短くなる方についても平均余命の二分の一とするとされています。
したがって、たとえば七五歳の男性であれば、平均余命の二分の一に相当する年数について逸失利益が認められることになります。「高齢だからゼロ」ではありません。
なお、裁判例には、個別の事情を踏まえて七〇歳まで、あるいはそれ以上の就労可能年数を認めたものもあります。
年金の扱い
後遺障害の事案では、年金の受給そのものは続きますので、年金は逸失利益の対象になりません(死亡事案とは異なります)。
これに対し、死亡事案では、老齢年金や退職年金について逸失利益性が認められます。年金部分についても生活費控除が行われます。赤い本は、年金部分についての生活費控除率は通常より高くする例が多いとしており、裁判例では年齢や生活状況に応じて三〇パーセントから六〇パーセントの幅で判断されています。
なお、遺族年金については、受給権者の生活保障のためのものであるとして、逸失利益性は否定されるのが原則です。
慰謝料も年齢で減額されるものではない
後遺障害慰謝料は、赤い本の基準では第一級二八〇〇万円、第三級一九九〇万円、第五級一四〇〇万円、第七級一〇〇〇万円、第九級六九〇万円、第一一級四二〇万円、第一二級二九〇万円が目安です。この基準に年齢による区分はありません。
裁判例には、植物状態となった単身独居の方(女・症状固定時八五歳)について、後遺障害の内容、年齢、生活状況、事故の態様、介護の可能性を総合的に判断して三〇〇〇万円を認めたもの、遷延性意識障害(別表第一第一級一号)の不動産賃貸業の方(男・症状固定時七〇歳)について、逸失利益が認められない点や、金銭的利益を度外視して尽力していた調停委員・民生委員・町内会長の役職を果たせなくなった点を慰謝料で考慮するのが相当であるとして、傷害分四〇〇万円のほか、ご本人分三〇〇〇万円と妻四〇〇万円を認めたものがあります。
逸失利益が認められにくい分を慰謝料で調整するのが実務の傾向です。逸失利益がゼロと言われても、そこで終わりではありません。
入通院慰謝料と入院雑費
高齢の方の重傷事案では、入院が数か月から一年に及ぶことがあります。入通院慰謝料は赤い本別表Ⅰによって算定し、たとえば入院三か月・通院六か月であれば二一一万円、入院六か月・通院六か月であれば二八二万円が目安です。
さらに、傷害の部位・程度によっては二〇パーセントから三〇パーセント程度の増額、生死が危ぶまれる状態が継続した場合や手術を繰り返した場合には別途の増額が認められます。
入院雑費は一日につき一五〇〇円が目安です。入院が三〇〇日に及べば四五万円になります。おむつ代などの実費が別途認められた裁判例もあります。
素因減額との戦い

骨粗鬆症を理由とする減額主張
高齢の方の圧迫骨折や大腿骨頸部骨折では、保険会社から「わずかな外力で骨折したのは骨がもろかったからだ」として素因減額を主張されることがあります。
最高裁は、疾患にあたらない身体的特徴は原則として減額の理由にならないとしています。加齢に伴う骨密度の低下は、年齢に応じた通常の身体的特徴の範囲にとどまることが多く、直ちに減額の根拠にはなりません。
反論の柱は、事故前の生活実態です。事故前は自分で買い物に行き、家事をこなし、趣味の活動に参加していた。そうした事実を、ご家族の陳述書、通院歴、介護認定の有無、サークルや地域活動の記録によって示します。
既往症・認知機能を理由とする減額主張
脊柱管狭窄症、変形性関節症、脳梗塞の既往、軽度の認知機能低下。こうした既往を理由に、因果関係の否認や素因減額を主張されることがあります。
これに対しては、事故前の症状の有無と程度を、カルテや健康診断の結果で確認し、事故を契機として症状が出現または著しく悪化したことを立証します。
特に認知機能については、事故前に介護認定を受けていたか、受けていたとすれば要支援・要介護のどの区分であったかが重要な資料になります。事故後に区分が上がっていれば、それ自体が悪化の証拠になります。
平均余命の短縮という主張
将来介護費や将来治療費の算定期間について、「高齢だから余命は短い」として期間を短く見積もる主張がなされることがあります。
裁判例の多くは、特段の医学的根拠がない限り簡易生命表の平均余命を前提としています。実際の裁判例でも、八〇代の被害者について平均余命までの期間で将来介護費を認めたものがあります。
介護と生活の問題

症状固定までの付添費と自宅付添費
高齢の方の入院では、転倒・転落の危険やせん妄のため、ご家族の付添いが必要になることが多くあります。赤い本の基準では、入院付添費は職業付添人が実費全額、近親者付添人が一日につき六五〇〇円、通院付添費は一日につき三三〇〇円が目安です。
退院後、症状固定までの間に自宅で介助が必要であった場合には、自宅付添費が認められます。裁判例には、腰椎圧迫骨折等の後の脊柱変形(第一一級七号)、右下肢疼痛等(第一四級九号、併合第一一級)の被害者(女・症状固定時七七歳)について、歩行やADLが困難となり常に監視と介助が必要な状態になったとして、症状固定までの自宅等付添費を日額一〇〇〇円で二九二日分、合計二九万円余、症状固定後死亡までの将来介護費として日額一〇〇〇円で約三年分、合計九九万円余を認めたものがあります。
また、骨盤骨折による右股関節の可動域制限(第一二級七号)の被害者(女・事故時八一歳)について、転倒の危険があり家事や屋外の歩行に娘の見守りが必要であったとして、日額三〇〇〇円で一七四日分、合計五二万円余を認めた例もあります。
将来介護費
赤い本の基準では、将来介護費は職業付添人が実費全額、近親者付添人が一日につき八〇〇〇円を目安とし、具体的看護の状況により増減することがあるとされています。
高齢の方の場合、介護を担うご家族自身も高齢であることが多く、近親者介護を前提とした低額の算定では実態に合いません。訪問介護やデイサービスの利用実績、ケアプラン、介護事業者の見積書を積み上げて、職業介護を前提とした主張を行います。
介護保険との関係
六五歳以上の方は介護保険を利用できます。四〇歳以上六五歳未満の方は、加齢に起因する特定疾病による要介護状態に限られますので、交通事故による障害は原則として対象外です。
介護保険を使った場合、その給付部分については損害から控除される余地があります。他方、介護保険の給付を受けてもなお自己負担が生じる部分、あるいは介護保険の支給限度額を超えて利用する部分は、損害として請求できます。
また、要介護認定の区分変更の記録は、事故によってどれだけ状態が悪化したかを示す客観的な資料になります。必ず取得しておいてください。
施設入所と住宅改造
自宅に戻れず施設に入所することになった場合、入所費用が損害となります。他方、自宅で生活を続けるために手すりの設置、段差の解消、浴室・トイレの改造を行う場合は、家屋改造費が損害となります。
どちらを選ぶかはご家族の意向にもよりますが、賠償額に大きく影響しますので、方針を決める前にご相談いただくことをお勧めします。
過失相殺でも配慮される
高齢の歩行者が被害者となる事案では、保険会社から「横断歩道以外を横断した」「夜間に暗い服装で歩いていた」として高い過失割合を主張されることがあります。
もっとも、別冊判例タイムズの基準では、被害者が児童・高齢者である場合には修正要素として被害者側の過失が減算されます。おおむね六五歳以上が高齢者として扱われます。
また、歩行者と自動車の事故では、そもそも自動車側に重い注意義務が課されています。提示された過失割合をそのまま受け入れる必要はありません。刑事記録やドライブレコーダー映像を確認して検証すべきです。
手続上の注意点

判断能力が低下している場合
ご本人の判断能力が低下していると、示談や訴訟を自分で行うことができません。成年後見人(または保佐人・補助人)の選任が必要になります。
申立てから選任までに数か月かかりますので、早めに準備してください。申立費用、鑑定費用、将来分を含めた後見人報酬が損害として認められた裁判例があります。
ご本人が亡くなられた場合
症状固定後、示談成立前にご本人が亡くなられることもあります。この場合、損害賠償請求権は相続人が承継します。相続人全員で手続を進める必要がありますので、戸籍を取り寄せて相続関係を確定させることが最初の作業になります。
事故と死亡との間に因果関係があれば死亡事案として、因果関係がなければ後遺障害事案として、それぞれ損害を算定します。
当事務所のサポート内容

①事故前の生活実態の立証
ご家族の陳述書、介護認定の記録、通院歴、地域活動の記録などを整理し、家事従事者性と素因減額への反論を組み立てます。
②介護の実態を数字にする
ケアプラン、訪問介護の記録、介護事業者の見積書を積み上げ、将来介護費の日額と期間の根拠を具体的に示します。
③成年後見の申立てのご案内
判断能力が低下している場合には、家庭裁判所への申立てからお手伝いし、申立費用と後見人報酬も損害として請求します。
④被害者請求と示談交渉・訴訟
被害者請求により自賠責保険金を先に確保したうえで、赤い本の基準に基づく請求書を作成して交渉し、折り合えない場合には訴訟を提起します。
おわりに

高齢の方の事故では、「もう働いていないのだから」「もう年なのだから」という言葉が、賠償の場面でしばしば使われます。しかし、法律は年齢で損害を切り捨てていません。
家事をしていた価値、介護が必要になったことによる負担、残された日々の生活の質。いずれも損害として主張できるものです。そして、それを支えるのは、事故前にどのような生活をされていたかという具体的な事実です。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
交通事故
弁護士登録後、交通事故による後遺障害・慰謝料増額・保険会社との示談交渉など多数の事案を担当。不当要求防止責任者講習の講師として培った毅然とした交渉力を武器に、保険会社との粘り強い折衝を得意とする。交通事故問題について、テレビ朝日「グッド!モーニング」出演歴があり、また中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。




