
| 【この記事のポイント】 「300万円を一括で支払え」と言われても、そんな大金はすぐには用意できない――慰謝料を請求された方の多くが直面する現実です。しかし、払えないからといって放置すれば、訴訟、判決、そして給与や預貯金の差押えへと進みかねません。支払いが難しいときこそ、早い段階で分割払いや減額を交渉することが重要です。本記事では、分割払いの示談で確認すべき条項、支払わなかった場合の強制執行の仕組み、そして自己破産をした場合に不倫慰謝料が免責されるのかについて、請求された側の視点から解説します。 |
1. 「払えない」からといって、放置が最悪の選択である理由

不倫慰謝料の請求額は、200万円、300万円、ときには500万円といった高額になることがあります。手元にそれだけの資金がなければ、「どうせ払えないのだから」と連絡を絶ってしまいたくなるかもしれません。しかし、それは最も避けるべき対応です。
請求を放置すれば、相手方は訴訟を起こすことが考えられます。訴訟でも対応しなければ、請求どおりの判決が出るおそれがあり、判決が確定すれば、相手方は強制執行によって給与や預貯金を差し押さえることができるようになります。「払えない」という事情は、放置すれば解決するものではなく、むしろ交渉の材料として早い段階で使うべきものなのです。
| この記事のポイント ・支払いが難しいことは、放置せずに交渉で伝えることで意味を持つ。 ・分割払いの示談では、期限の利益喪失条項や公正証書の扱いに注意が必要。 ・不倫慰謝料は自己破産で免責されることが多いが、例外もあり、破産には別の不利益もある。 |
2. 分割払いは交渉できる

慰謝料は一括で支払うのが原則ですが、当事者が合意すれば分割払いにすることができます。相手方にとっても、支払能力のない相手に一括払いを求めて訴訟や強制執行に進むより、確実に回収できる分割払いの方が現実的な場合があります。
分割払いを交渉する際には、収入や生活費、他の借入れの状況などを踏まえ、無理なく支払い続けられる計画を示すことが大切です。できもしない高額の分割に応じて途中で支払いが滞れば、かえって不利な状況に陥ります。最初に一定額をまとめて支払い(頭金)、残りを分割にするといった組み立ても考えられます。
なお、慰謝料の金額そのものは、法的には不貞の期間や態様、婚姻関係への影響などによって判断されるもので、支払う側の資力によって直接決まるものではありません。ただ、実際の交渉では、支払能力は現実的な着地点を探るうえで重要な事情になります。
3. 分割払いの示談で、必ず確認したい条項

分割払いの示談書には、一括払いの場合にはない重要な条項が盛り込まれるのが通常です。内容を理解しないまま署名すると、後で大きな負担を負うことになりかねません。
| 条項 | 内容と注意点 |
| 期限の利益喪失条項 | 分割金の支払いを1回(または2回)でも怠ると、残額全部を直ちに一括で支払わなければならなくなる。何回の遅滞で喪失するのか、猶予があるのかを確認する |
| 遅延損害金 | 支払いが遅れた場合に上乗せされる金額の割合。高すぎる設定になっていないか確認する |
| 懈怠約款による増額 | 「期限どおり支払えば減額後の金額でよいが、遅れたら当初請求額全額を支払う」といった定め。遅滞のリスクが大きく膨らむ |
| 公正証書の作成 | 強制執行を受け入れる旨の文言(執行認諾文言)付きの公正証書にすると、支払いが滞った時点で、裁判を経ずに差押えを受け得る |
| 【注意】公正証書の作成を求められたら 執行認諾文言付きの公正証書は、確定判決と同じように、それだけで強制執行が可能になる書面です。分割払いに応じる条件として求められることがありますが、支払いが一度でも滞れば、裁判を経ずに給与などを差し押さえられるおそれがあります。自分が確実に守れる支払計画なのかを慎重に見極めたうえで判断してください。 |
4. 「一括なら減額」という交渉の考え方

交渉の場では、「分割なら当初の金額、一括なら減額に応じる」という形で話がまとまることもあります。相手方にとって、一括で確実に受け取れることには、将来の不払いのリスクがなくなるという大きなメリットがあるからです。
親族からの援助や、手持ちの資産の整理などで、ある程度まとまった金額を用意できる見込みがあるなら、一括払いを条件に減額を求めることも選択肢になります。逆に、無理をして借入れをしてまで一括払いにすることが本当に得策かどうかは、利息の負担も含めて冷静に検討する必要があります。どの形が自分にとって最も負担が小さいのかを、全体像を見て判断することが大切です。
5. 支払わずにいると――判決と強制執行

判決や執行認諾文言付きの公正証書、裁判上の和解調書などがあるにもかかわらず支払いをしないと、相手方は強制執行を申し立てることができます。代表的なのが、給与と預貯金の差押えです。
| 差押えの対象 | 内容 |
| 給与 | 原則として手取り額の4分の1まで差し押さえられる。手取りが月額44万円を超える場合は、33万円を超える部分全額が対象となる(民事執行法152条)。勤務先に裁判所から通知が届き、会社が差し押さえた分を相手方に支払う |
| 預貯金 | 差し押さえられた時点の口座残高が対象となり、相手方が取り立てることができる |
| その他の財産 | 不動産、自動車、生命保険の解約返戻金なども対象となり得る |
給与の差押えでは、勤務先に裁判所からの書類が届くため、職場に事情を知られてしまうおそれがあります。「職場にだけは知られたくない」という方にとって、これは深刻な問題です。強制執行に至る前の段階で、話合いによる解決を図ることが、結果的に自分を守ることにつながります。
6. 財産を隠しても逃げられない――財産開示と情報取得

「財産がどこにあるか相手には分からないだろう」と考えるのは危険です。2020年4月施行の改正民事執行法により、債権者が債務者の財産を把握するための手続が強化されています。
一つは財産開示手続です。裁判所に呼び出された債務者は、自分の財産を明らかにしなければならず、正当な理由なく出頭しなかったり、虚偽の陳述をしたりすると、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金という刑事罰の対象となります(民事執行法213条)。もう一つは第三者からの情報取得手続で、金融機関から預貯金の情報を、登記所から不動産の情報を取得することができます。
なお、市町村や年金機構などから勤務先の情報を取得する手続は、養育費などの扶養に関する請求権や、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権に限られており(民事執行法206条)、通常の不倫慰謝料はその対象外とされています。とはいえ、相手方がすでに勤務先を知っていれば給与の差押えは可能ですし、預貯金の情報は取得され得ます。「隠していれば大丈夫」とは考えないでください。
7. 自己破産すれば、不倫慰謝料は免責されるのか

借金が多く、慰謝料の支払いもとても無理だという場合、自己破産を考える方もいるでしょう。自己破産して免責許可決定を受ければ、原則としてすべての債務の支払義務がなくなります。ただし、破産法は免責されない債権(非免責債権)を定めており、その一つが「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」です(破産法253条1項2号)。
ここでいう「悪意」は、単に故意(わざと)というだけでなく、他人を害する積極的な意欲(害意)を意味すると解されています。不倫慰謝料についても、不倫相手が一方的に配偶者を篭絡して家庭の平穏を侵害する意図があったとまでは認められず、積極的な害意がないとして、非免責債権に当たらないと判断した裁判例があります(東京地方裁判所平成28年3月11日判決)。このように、不倫慰謝料は自己破産によって免責されることが多いといえます。
もっとも、例外がないわけではありません。相手方の家庭を壊すことを積極的に意図していたと評価されるような事情があれば、非免責債権と判断される可能性もあります。また、債権者名簿に相手方の請求を記載しなかった場合には免責の効力が及ばないこともあります(同項6号)。さらに、自己破産には、一定の財産の処分、一定期間の資格制限、官報への掲載、信用情報への登録といった不利益も伴います。慰謝料の支払いのためだけに自己破産を選ぶべきかは、他の債務の状況も含めて慎重に検討する必要があります。
8. まとめ――「払えない」は、早く伝えるほど意味を持つ

高額な慰謝料を一括で払えないことは、決して珍しいことではありません。大切なのは、その事情を放置せず、交渉の早い段階で伝え、現実的な解決策を探ることです。分割払い、一括払いを条件とした減額、支払計画の見直しなど、選択肢はいくつもあります。
一方で、分割払いの示談書に盛り込まれる期限の利益喪失条項や公正証書の作成には、大きなリスクも潜んでいます。支払わずにいれば、給与や預貯金の差押えに進むおそれもあります。自分にとって最も負担の少ない解決を実現するために、署名する前に、まずは弁護士にご相談ください。
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【出典・参照条文】
・民事執行法第152条(差押禁止債権)・第196条以下(財産開示手続)・第204条以下(第三者からの情報取得手続)・第206条・第213条
・破産法第253条第1項第2号・第6号(非免責債権)/東京地方裁判所平成28年3月11日判決
・民法第709条(不法行為)
・(注)本記事は一般的な解説であり、個別の事案における判断は事情により異なります。実際の対応にあたっては専門家にご相談ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志
不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
平成27年12月登録後、不貞行為を原因とする慰謝料請求案件を多数担当。請求する側・される側のいずれの立場からも対応が可能で、証拠収集の方針から示談交渉・調停・訴訟まで一貫してサポート。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、離婚問題とも連携した一体的な解決を得意とし、依頼者の精神的負担の軽減にも配慮した対応を心がけている。




