【裁判例分析】川口市訴訟 重大事態を「認知すべきとき」と、教員の不適切発言の違法性――被害生徒の立場から弁護士が解説
【この記事のポイント】
部活動内でいじめを受け、体罰や長期の不登校に苦しんだ中学生が、市に損害賠償を求めた「川口市訴訟」で、さいたま地裁は令和3年12月15日、市に55万円の賠償を命じました。裁判所は、教員が体罰を加えたこと、重大事態を認知すべきときに調査を行わなかったこと、そして「本人も蹴っていた」「いじめはなかった」といった発言が被害生徒の登校の妨げになったことを違法と認め、市教育委員会が重大事態の調査を怠ったことも違法と判断しました。本記事では、この判決の意義を、いじめ防止対策推進法に沿って被害生徒の立場から解説します。

1. 事案の概要

1. 事案の概要

この事案の被害生徒は、中学校のサッカー部で、部のLINEグループから一人だけ外される、練習中にTシャツの襟首をつかまれて引き倒され首が絞まる状態になる、なりすましによる中傷を受けるなど、複数のいじめを受けました。生徒は発達障害(ADHD)の診断を受けていた時期があり、繰り返し不登校に陥りました。生徒は、いじめによるPTSDと診断されています。

生徒は、教諭らや市教育委員会が、いじめ防止義務や不登校解消義務などの職務上の義務に違反したと主張して、市に対し国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めました。さいたま地方裁判所は、令和3年12月15日、市に対し55万円(慰謝料50万円+弁護士費用5万円)の賠償を命じました。この判決は、判例タイムズ1503号や判例時報2549号にも掲載された、実務上重要な裁判例です。

この判決のポイント
・教員による体罰(頭を叩く・耳を引っ張る)を違法と認定。
・欠席が続き重大事態を認知すべきときに、調査を行わなかったことを違法と認定。
・『本人も蹴っていた』『いじめはなかった』という発言が、被害生徒の登校の妨げになったとして違法と認定。
・市教育委員会が重大事態の調査を怠ったことも違法と認定。

2. いじめは「被害者の主観」から判断される

2. いじめは「被害者の主観」から判断される

裁判所は、部のLINEグループから外された行為、練習中に引き倒された行為、映画の約束を破られた行為などについて、いずれも被害生徒に精神的・身体的な苦痛を与える行為であるとして、いじめ防止対策推進法第2条第1項のいじめに該当すると認めました。行為の形式や加害生徒の意図ではなく、被害生徒が心身の苦痛を感じているかどうかが出発点である、という同法の考え方が示されています。

「サッカーの練習中のことだから」「本人が先に蹴ったのではないか」といった説明で被害が軽く扱われがちですが、裁判所は、被害生徒が先に攻撃したと認めるだけの根拠はなかったとして、こうした被告側の主張を退けています。部活動という場であっても、いじめはいじめとして正面から受け止められるべきことが確認されました。

3. 「重大事態を認知すべきとき」に動かなかった違法

3. 「重大事態を認知すべきとき」に動かなかった違法

裁判所が特に重視したのが、重大事態の認知と調査です。裁判所は、被害生徒の欠席日数が30日に及んだ時点で、教諭らは重大事態の発生を認識し、調査票を用いるなどした網羅的な調査を行い、その結果に応じていじめの防止・不登校の解消のための措置をとるべき義務を負ったと判断しました。

ところが教諭らは、被害生徒側が訴える個別の出来事について、その都度加害生徒から事情を聴き、謝罪をさせることに終始し、重大事態と位置づけたうえでの網羅的な調査を行いませんでした。裁判所は、これを職務上の義務に違反したものと認めました。被告側は「本人はいじめを苦にしておらず、重大事態は発生していないと判断した。その判断に裁量がある」と主張しましたが、裁判所は、重大事態を認知すべきときに認知しない裁量があるとは解されない、として、この主張を明確に退けています。

【重要】「重大事態を認知すべきときに認知しない裁量」はない
欠席が続くなど重大事態にあたる状況が生じたら、学校は『重大事態ではない』と独断で判断することはできません。網羅的な調査に向けて動き出す義務があります。この判決は、その義務を明確に示しました。

4. 教員の「不適切発言」も違法になる

4. 教員の「不適切発言」も違法になる

この判決のもう一つの重要な点は、教員の発言が違法と認められたことです。裁判所は、校長や教頭、顧問らが、保護者会などの場で「被害生徒の方も相手を蹴っており小競り合いである」「いじめはなかった」といった趣旨の発言をしたことを問題視しました。

裁判所は、十分な調査もないうちにこうした発言をすれば、やがて加害生徒や被害生徒に「学校はそう認識している」と伝わり、加害生徒が被害生徒への不信や反感を強め、また被害生徒が「学校から嘘つきだと思われている」と感じて一層登校しづらくなることは容易に予見できた、と指摘しました。そのうえで、こうした発言をしない義務があったとして、職務上の義務違反を認めています。被害を軽視し、被害者に落ち度があるかのように扱う発言は、それ自体が被害者を追い詰める二次被害となり、違法と評価され得るのです。

5. 学校だけでなく、教育委員会の責任も

5. 学校だけでなく、教育委員会の責任も

裁判所は、市教育委員会の責任も認めました。川口市の基本方針は、重大事態の発生が認められるときは、学校が重大事態の発生を認めないときでも、市教委において重大事態が発生したものとして報告・調査等に当たると定めていました。裁判所は、市教委が欠席日数の状況等を概ね把握していたのであるから、重大事態を認知すべきであったのに調査を怠り、学校への指導も行わなかったとして、職務上の義務違反を認めました。

この判断は、被害を受けた子どもと家族にとって心強いものです。学校が動かないときでも、その上位にある教育委員会には、重大事態として対応すべき責任があるということが、明確に示されたからです。学校の対応に納得できないとき、教育委員会に対して適切な対応を求めることには、法的な裏づけがあるのです。

6. この判決から学べること

6. この判決から学べること
  • 部活動内のいじめも、被害生徒が苦痛を感じていればいじめであり、正面から対応されるべきである。
  • 欠席が続くなど重大事態にあたる状況では、学校は『重大事態ではない』と独断できず、網羅的な調査を行う義務がある。
  • 被害を軽視し、被害者に落ち度があるかのように扱う教員の発言は、二次被害として違法になり得る。
  • 学校が動かないときは、教育委員会に重大事態としての対応を求めることができる。

7. 認められた賠償額と、その意味

7. 認められた賠償額と、その意味

この判決で認められた賠償額は、慰謝料50万円と弁護士費用5万円の合計55万円でした。被害の深刻さに照らすと決して高額とはいえませんが、これは、裁判所が「学校の違法行為と相当因果関係のある損害」に限って賠償を認めるという枠組みをとったためです。いじめそのものによる被害のすべてが、そのまま賠償額に反映されるわけではなく、学校のどの対応が違法で、その違法行為とどの損害が結びつくのかが、金額を左右します。

この点は、いじめ訴訟の難しさを示しています。被害者側が受けた苦しみの大きさと、法的に賠償が認められる範囲とは、必ずしも一致しません。だからこそ、学校のどの対応が違法といえるのか、その違法行為と被害との因果関係をどう示すのかという法的な組み立てが、結果を大きく左右します。証拠を丁寧に整理し、対応の経緯を時系列で記録しておくことが、正当な賠償を得るための土台になります。

賠償を検討する際に整理したいこと
学校・教育委員会のどの対応が問題だったか(時系列の記録)
その対応と被害(不登校・心身の不調等)との結びつき
被害の深刻さを裏づける診断書・記録

また、この判決は、いじめの被害が長期化・複雑化した背景に、学校が重大事態として調査に踏み出さなかったことや、被害を軽視する発言をしたことがあったと指摘しています。初期の対応の遅れや不用意な発言が、その後の被害の深刻化を招くという構造は、多くのいじめ事案に共通するものです。だからこそ、被害を受けた側は、学校の対応の一つひとつを記録に残し、疑問があれば早い段階で声を上げることが大切になります。

8. まとめ――「認知しない自由」は学校にはない

8. まとめ――「認知しない自由」は学校にはない

川口市訴訟は、重大事態を認知すべきときに認知しないこと、そして被害を軽視する発言をすることが、いずれも違法になり得ることを明確に示した重要な裁判例です。被害を受けた子どもと家族には、学校・教育委員会に対して、重大事態としての適切な対応を求める正当な権利があります。学校の対応に「おかしい」と感じたとき、その対応が本当に適切なのか、一度専門家に確認してみてください。お子さんの被害が正面から受け止められるよう、私たちがお手伝いします。

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所からのメッセージ
私たちは、開所以来35年以上、いじめ問題にお悩みの方に一貫して寄り添って参りました。お子さんやご家族が安心できる日常を取り戻していただくために、法的な専門知識と経験を活かして全面的にサポートいたします。あなたの未来への不安を解消し、前を向くきっかけ作りをお手伝いさせてください。お客様満足度は92.9%となっており、多くのお客様にご満足いただいております。私たちの持てる知識と経験を活かして、みなさまの明日が少しでも明るいものになるように親身に寄り添い、真剣に対応させていただきます。まずは弁護士法人グリーンリーフ法律事務所にご相談ください。

【出典・参照条文】

  • さいたま地方裁判所 令和3年12月15日判決(平成30年(ワ)第1465号 損害賠償請求事件。判例タイムズ1503号89頁、判例時報2549号29頁)
  • いじめ防止対策推進法第2条・第23条・第28条/文部科学省「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成29年3月14日改訂)/「川口市いじめの防止等の基本的な方針」
  • (注)本記事は判決の要旨を一般向けに解説したものです。個別事案の判断は事情により異なります。PTSD等でお悩みの場合は、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)等の相談窓口や専門の医療機関にご相談ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志

学校・いじめ

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
埼玉弁護士会子どもの権利委員会委員長(令和7年〜)、北本市いじめ問題調査委員会委員長、埼玉県教育委員会学校いじめ問題外部専門員、以前はさいたま市、現在は新座市や蕨市のスクールロイヤーを務め、学校や教育委員会の事情にも精通する。自死・不登校のいじめ重大事態調査委員会の委員長経験も豊富で、共著「学校のいじめ対策と弁護士の実務」(青林書院)の執筆者でもあり、いじめ予防授業・学校向け講演の実績多数。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、広くいじめ・学校問題の対応に精通する。