労災中の交通誘導で両脚を轢かれ右大腿切断―自己責任・持病を理由に賠償は減る?判決を弁護士が解説

※本記事は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災専門チームの弁護士が執筆しています。

仕事中の交通事故では、労災保険から給付を受けられるだけでなく、事故を起こした第三者に対する損害賠償請求が問題になることがあります。もっとも、被災した労働者にも不注意があった場合や、糖尿病などの持病が治療経過に影響した場合には、賠償額がどこまで減額されるのかが大きな争点になります。

本記事では、交通誘導中に後退するダンプカーに両脚を轢かれ、右大腿切断などの重大な後遺障害が残った千葉地方裁判所令和3年5月31日判決を素材に、過失相殺、素因減額、労災給付との調整を解説します。

1 どのような事故だったのか

1 どのような事故だったのか

■ 事故の概要

  • 被災者は当時65歳の男性で、工事現場においてダンプカーを後退誘導する交通誘導員として働いていました。
  • 現場は川沿いの幅約3.3メートルの砂利道で、鉄板が敷かれていました。
  • 被災者が後退するダンプカーの近くを歩きながら誘導していたところ転倒し、右後輪に両脚を轢かれました。

■ 傷害と後遺障害

  • 出血性ショック、不安定型骨盤骨折、右大腿骨骨折、右下腿開放骨折、右下腿デグロービング損傷、左踵部皮膚欠損、神経因性膀胱などの重傷
  • 右脚は感染や創傷治癒の問題もあり、事故後に右大腿部で切断されました。
  • 入院期間は合計417日。自賠責保険の後遺障害は併合1級と認定されました。

■ 判例情報

裁判所・判決日事件番号結果
千葉地方裁判所
令和3年5月31日
平成28年(ワ)第2415号
損害賠償請求事件(交通)
一部認容・確定

2 裁判所は事故原因をどう判断したか

2 裁判所は事故原因をどう判断したか

ダンプカーの運転者には、後退時に後方の安全を確認し、誘導員の動きにも注意して進行する義務があります。裁判所は、運転者が被災者の位置や動きを十分に確認しないまま後退し、右後輪で両脚を轢いたとして、運転者の過失を認めました。

とりわけ、本件では長い距離を後退する間、誘導員が車両の近くを後ろ向きに歩く状況でした。そのため、誘導員が転倒したり車両と接触したりする危険は予見でき、運転者には継続的な安全確認が求められたといえます。

3 被災者にも4割の過失が認められた理由

3 被災者にも4割の過失が認められた理由

裁判所は、運転者の責任を認める一方で、被災者にも自らの安全を確保すべき基本的な注意義務があったと判断しました。被災者は後退車両のすぐ近くを歩いており、車両との距離や足元に注意して誘導すべき立場にあったためです。

また、被災者には事故前から脳梗塞や左膝変形性関節症などによる歩行上の問題があり、杖を使用し、転倒することもありました。こうした事情も踏まえ、被災者側の過失は40%とされました。

ただし、運転者の責任がより重いと判断されています。後退する大型車両は重大事故を生じさせる危険が高く、運転者は誘導員が安全な位置にいることを確認しながら進行できたからです。

4 糖尿病を理由とする『素因減額』とは

4 糖尿病を理由とする『素因減額』とは

■ 素因減額の基本的な考え方

事故前からの病気や身体的特徴が損害の発生・拡大に寄与した場合、公平の観点から、民法722条2項を類推適用して賠償額を減らすことがあります。これを一般に『素因減額』と呼びます。

■ 本件では平均15%の減額

被災者には糖尿病があり、高血糖による感染の起こりやすさや創傷治癒の遅れが、右大腿切断や左踵部の骨髄炎に影響したと認定されました。もっとも、事故による骨折や軟部組織損傷そのものが極めて重く、糖尿病がどの程度結果に寄与したかは明確ではありませんでした。

そこで裁判所は、被告が主張した70%という大幅な減額を採用せず、治療関係費、慰謝料、将来介護費などについて平均15%の素因減額を行いました。

5 逸失利益には素因減額をしなかった理由

5 逸失利益には素因減額をしなかった理由

この判決の重要な点は、すべての損害項目を一律に15%減額しなかったことです。裁判所は、糖尿病の影響が大きい右大腿切断や左足関節の障害を除いても、骨盤・排尿排便機能などの後遺障害だけで少なくとも併合3級に相当し、労働能力喪失率は100%になると判断しました。

そのため、休業損害と将来の逸失利益については、糖尿病がなくても同じ労働能力喪失が生じたとして、素因減額を行いませんでした。持病があるからといって、損害全体が機械的に同じ割合で減額されるわけではありません。

6 どのような損害が認められたか

6 どのような損害が認められたか

裁判所が認定した損害は、治療費だけではありません。長期入院、重い後遺障害、将来にわたる介護の必要性を踏まえ、次のような損害が認められました。

主な損害項目認定額判断の要点
治療費2,398万1,840円長期治療・入院に要した費用
入院雑費・付添看護費合計154万2,000円入院417日等を前提に算定
休業損害191万7,366円素因減額は行わず
入通院慰謝料400万円重傷・長期入院を考慮
後遺障害慰謝料2,800万円併合1級の重大な後遺障害
逸失利益794万5,098円労働能力喪失率100%
将来介護費4,012万7,420円施設生活を含む継続的介護
義足・車いす費用合計139万1,008円将来の交換費用等

損害額の合計は、過失相殺や素因減額、既払金の控除を行う前の段階で1億904万7,121円とされました。最終的には各種調整後、弁護士費用176万円を含む1,944万3,436円と遅延損害金の支払いが命じられました。

7 労災給付・保険金はどのように控除されるか

7 労災給付・保険金はどのように控除されるか

仕事中の交通事故では、労災保険、任意保険、自賠責保険など複数の制度から支払いを受けることがあります。しかし、受け取った金額のすべてが、民事上の損害額全体から無条件に差し引かれるわけではありません。

原則として、給付の目的と同じ性質の損害項目から調整します。たとえば、療養補償給付は治療関係費、休業補償給付は休業損害や収入減少に対応します。本件でも、裁判所は給付の性質を区別して損益相殺を行いました。

給付・既払金主に対応する損害本件の扱い
労災の療養補償給付等治療費など同じ性質の治療関係損害から控除
労災の休業補償給付休業損害・逸失利益過失相殺後の同種損害から控除
任意保険会社の既払金支払内容に応じた損害213万5,913円を控除
自賠責保険金人身損害3,000万円を元本・遅延損害金に充当

重要な点は、労災の療養補償給付を、性質の異なる将来介護費から控除することは認められなかったことです。『労災からいくら受け取ったか』だけでなく、『何の損害に対応する給付か』を確認する必要があります。

8 将来介護費が大きな争点となった理由

8 将来介護費が大きな争点となった理由

被災者には右大腿切断だけでなく、骨盤損傷、排尿・排便機能の障害、両下肢の機能障害などが残り、事故後も施設での生活が続きました。裁判所は、将来にわたって介護が必要であるとして、4,000万円を超える将来介護費を認定しました。

切断事故では、義足や車いすの費用だけでなく、住環境の変更、移動介助、排泄介助、通院付添い、施設費用など、生活全体に関わる将来損害を検討することが重要です。後遺障害等級だけを見て請求額を決めると、必要な介護費用を見落とすおそれがあります。

9 この判例から分かる実務上のポイント

9 この判例から分かる実務上のポイント

ポイント① 仕事中でも被災者側の過失相殺はあり得る

指示された仕事をしていたとしても、自らの安全を確保する注意を欠いた場合には過失相殺がされます。ただし、それだけで相手方の責任がなくなるわけではなく、双方の危険回避能力や事故原因を比較して割合が決まります。

ポイント② 持病を理由とする減額は損害項目ごとに検討する

糖尿病が治療の長期化や切断に影響しても、休業損害や逸失利益まで同じ割合で減額されるとは限りません。持病がなかった場合に、各損害がどうなっていたかを個別に検討する必要があります。

ポイント③ 労災給付と損害賠償は『同じ性質の損害』で調整する

労災給付の全額を損害総額から一括控除する計算は適切とは限りません。給付の目的、支給時期、対応する損害項目を整理することが重要です。

ポイント④ 切断事故では将来介護・補装具費を漏らさない

義足、車いす、介護、施設利用などは長期間にわたり費用が生じます。医師の意見、介護記録、施設の費用資料などを基に、将来の必要性と金額を具体的に立証します。

ポイント⑤ 労災事故と交通事故の双方に詳しい対応が必要

本件は、会社の安全配慮義務を直接問う事件というより、仕事中に第三者の車両によって負傷した交通事故です。労災保険と自賠責・任意保険が交錯するため、両制度を踏まえた請求設計が必要になります。

10 身体切断を伴う労災事故で弁護士に相談すべきケース

10 身体切断を伴う労災事故で弁護士に相談すべきケース

■ 早めに相談すべき場合

  • 手足や指の切断、広範な挫滅損傷、感染などの重大な傷害を負った場合
  • 仕事中の交通事故で、労災と自賠責・任意保険のどちらを使うべきか分からない場合
  • 被災者にも不注意があった、または持病が悪化に影響したとして大幅な減額を主張されている場合
  • 後遺障害等級、逸失利益、将来介護費、義足・車いす費用が問題になっている場合
  • 労災給付や保険金の控除後に、追加でいくら請求できるのか確認したい場合

■ 収集しておくべき資料

  • 事故現場の写真・映像、警察資料、作業日報、事故報告書
  • 診療録、手術記録、画像資料、医師の説明書、家族が記録した治療経過
  • 事故前の健康状態や歩行状況が分かる診療録・介護記録
  • 労災の支給決定通知、自賠責の後遺障害認定資料、保険会社の支払明細
  • 将来介護、施設利用、義足、車いす等の見積書・領収書

11 まとめ

11 まとめ

仕事中に後退するダンプカーへ轢かれ、右大腿切断などの重大な後遺障害が残った本件では、運転者の過失が認められる一方、被災者にも40%の過失相殺が行われました。仕事中の事故であっても、被災者側の注意義務が問題になることはあります。

また、糖尿病が感染や創傷治癒に影響したとして、治療関係費、慰謝料、将来介護費などには15%の素因減額が行われました。しかし、休業損害と逸失利益については、糖尿病がなくても労働能力を100%喪失したとして減額されませんでした。

労災給付、自賠責保険金、任意保険会社の既払金についても、その目的や対応する損害項目を区別して調整されています。身体切断を伴う労災事故では、過失割合や後遺障害等級だけでなく、持病の影響、将来介護、補装具費、各種給付の控除まで一体的に検討する必要があります。

労災事故でお困りの方は、まずは一度、弁護士法人グリーンリーフ法律事務所までご相談ください。

グリーンリーフ法律事務所は、埼玉県さいたま市大宮区に拠点を置き、創立35年以上の歴史を持つ法律事務所です。交通事故・労災・相続・債務整理など幅広い分野で、地域の皆様の法的問題に真摯に向き合ってまいりました。労災事故でお困りの方は、まずはお気軽にご相談ください。

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この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。