
※本稿は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災専門チームの弁護士が執筆しています。
派遣先の職場で、別々の派遣元から来た労働者同士が衝突した場合、誰に損害賠償を求められるのでしょうか。本件では、加害者本人の不法行為に加え、派遣先と加害者の派遣元の双方について民法715条の使用者責任が認められました。
本稿では、派遣先の女性更衣室付近で派遣労働者同士が衝突し、負傷した労働者が、相手方本人、派遣先、相手方の派遣元へ損害賠償を求めた東京地方裁判所平成27年5月12日判決を解説します。
判例情報

| 裁判所・判決日 | 事件番号 | 結果・文献番号 |
| 東京地方裁判所 平成27年5月12日 | 平成24年(ワ)第4540号 | 一部認容 |
1 職場内で起きた衝突事故

■ 更衣室入口付近での衝突
原告は電話オペレーターとして派遣先で勤務していました。平成20年1月23日午前8時45分頃、派遣先の女性更衣室入口付近の通路で、別の派遣元から来ていた派遣労働者と衝突しました。
原告は外傷性頭頸部症候群等と診断され、労災保険から休業補償等の給付を受け、後遺障害第14級9号に関する一時金も支給されました。
■ 本人・派遣先・派遣元を訴えた
原告は約995万円を請求し、裁判所は、衝突した本人、派遣先、相手方の派遣元に対し、連帯して115万円と遅延損害金を支払うよう命じ、その余の請求を棄却しました。
| (引用) 要旨 ◆原告が、派遣先企業である被告Y2社で歩行中、被告Y1から衝突され(本件接触)、受傷したとして、被告Y1に対しては民法709条に基づき、被告Y2社に対しては民法709条あるいは民法715条1項に基づき、被告Y1の使用者である被告Y3社に対しては民法715条1項に基づき、995万6276円等の連帯支払を求めた事案において、本件接触の態様について、原告は、被告Y1と相当強度の出会い頭的衝突をし、その結果、少なくとも右腕及び胸部を強打したと認めるとともに、本件接触と原告の外傷性頚部症候群との因果関係を認定し、被告Y1の不法行為責任、被告Y2社の使用者責任及び被告Y3社の使用者責任を認めた上で、原告の損害として、休業による逸失利益、通院慰謝料100万円、後遺症慰謝料110万円のほか、後遺障害等級第14級、労働能力喪失率5パーセント、労働能力喪失期間5年間とする逸失利益を認定し、原告に3割の過失相殺及び2割の素因減額を認めた上、損益相殺し、弁護士費用10万円を含む115万円を認定して、請求を一部認容した事例 |
2 責任の根拠は一つではない

| 責任の種類 | 主な対象 | 判断の中心 |
| 不法行為責任 | 衝突した本人 | 前方確認や通行方法に過失があったか |
| 安全配慮義務違反を内容とする不法行為 | 派遣先 | 本件では選択的請求とされ、裁判所は判断しなかった |
| 使用者責任(民法715条) | 派遣元・派遣先となり得る会社 | 加害行為が事業の執行について行われ、指揮監督関係があるか |
同じ事故でも、責任の根拠ごとに要件は異なります。本件では、加害労働者本人の不法行為、派遣先の使用者責任、加害者の派遣元の使用者責任が認められました。
3 派遣先の安全配慮義務は判断されなかった

原告は、派遣先に対し、安全配慮義務違反を内容とする民法709条の不法行為責任と、加害者の使用者としての民法715条の責任を選択的に主張しました。
裁判所は、後者の使用者責任を先に検討して認めたため、派遣先の安全配慮義務違反については判断しないと明記しました。したがって、本判決は、安全配慮義務違反まで認定した判決とまでは言えません。
一応、被告も安全配慮義務違反・使用者責任は争っていました。
【抜粋】
ア 原告主張の被告Y2社の安全配慮義務は否認ないし争う。
本件接触の起きた通路は、幅が1.6メートルあり、狭隘ではないし、原告主張の人の流れが円滑となるよう合理的な導線を引くなどの義務も不明確であり、失当である。
イ 原告主張の本件接触の態様を前提にしても、被告Y1が通路を全力疾走したとの行為は、単なる移動の際の態様であり、被告Y2社の事業執行との関連がない。
そもそも、社内の通路を走らないというのは、業務上の指導監督というより、社会人としての一般的マナーであり、被告Y2社がなすべき指導ではないし、本件接触は、業務時間外に発生しており、被告Y2社の指導監督の及ぶところでもない。
4 使用者責任が重要になる理由

民法715条の使用者責任は、従業員が事業の執行について他人に損害を与えた場合、一定の要件の下で使用者にも賠償責任を負わせる制度です。形式的な雇用契約の有無だけでなく、実質的な指揮監督関係や、行為と業務との関連が問題となります。
裁判所は、派遣先が加害者を自社業務に従事させ、指揮監督していたことから、民法715条の『使用者』に当たると判断しました。加害者の派遣元についても、雇用契約、定期的な現場訪問、派遣料、派遣基本契約の内容等から使用者責任を認めました。
| 【派遣先に対する認定】 前記1で認定した事実によれば、被告Y2社は、被告Y1の派遣先企業として、被告Y2社の業務に従事させて、その指揮監督を行っていることから、被告Y2社は、民法715条1項の「使用者」に該当し、かつ、本件接触は、就業時間外とはいえ、業務遂行のためにタイムカードの打刻を行い執務場所に向かう始業時間に密着した時間帯に被告Y2社の管理する通路内で発生したものであるから、本件接触における被告Y1の行為について、民法715条1項にいう事業執行性についても肯定することができる。 また、本件接触が生じた場所は、本件イメージ図記載のとおり、狭隘な通路であり、正面に限らず、T字路方面からも人が進行する場所であること、本件接触のあった時間帯は、多数の者が急いで移動していることからすると、本件接触が生じた際、派遣社員相互が接触することがないように、相当の注意を尽くしたと認めることもできない。 よって、被告Y2社は、原告に対し、本件接触により原告に生じた損害につき、民法715条1項に基づき損害賠償責任を負う。 |
| 【派遣元に対する認定】 被告Y3社は、被告Y1と雇用契約を締結し、派遣元企業として、被告Y2社の業務に従事させて、その指揮監督を行っていることから、被告Y3社は、民法715条1項の「使用者」に該当するといえる。また、本件接触は、被告Y1のタイムカードに打刻後、執務場所に移動している際に発生したものであり、派遣先業務に付随する業務で派遣先の労働時間を管理している被告Y3社における業務ともいえ、本件接触における被告Y1の行為について、民法715条1項にいう事業執行性についても肯定することができる。 他方で、被告Y3社は、派遣先会社で業務に従事している際には、事実上の指揮監督権限が及ばないことを理由に事業執行性を否定する旨の主張をする。しかしながら、前記1で認定した事実によれば、被告Y2社の派遣担当者が定期的に被告Y2社を訪れて、被告Y1の仕事ぶりを監督しており、被告Y2社から被告Y3社へは原告の給与相当分を含めた派遣料が支給され、被告Y3社による派遣労働者の指導監督の対価の意味もあると考えられること、被告Y3社は、本件派遣基本契約においては派遣先会社において労災事故が生じた場合にその責任を負うことを負うこととされ、被告Y2社と被告Y3社との間では被告Y3社が被告Y2社に対し損害の補償をする旨を定めていることなどからすると、被告Y3社の主張を採用することはできない。 |
5 始業前・更衣室付近でも業務との関連は問題になり得る

本件接触は就業時間外でしたが、加害者がタイムカードを打刻し、執務場所へ向かう途中に、派遣先が管理する通路で起きました。裁判所は、始業時間に密着した時間帯で、業務遂行のための移動であったとして事業執行性を認めました。
また、通路は狭く、正面とT字路側から人が進行し、始業直前に多数の者が急いで移動する場所でした。この状況も、派遣先が相当の注意を尽くしたとはいえないとの判断に結びつきました。
6 派遣元と派遣先をどう整理するか

■ 加害者本人
狭い通路を多数の者が急いで移動する時間帯には、他人との衝突を避けるため注意深く歩行する義務があります。裁判所は、加害者がこの義務に違反したとして不法行為責任を認めました。
■ 加害者の派遣元
加害者を雇用する派遣元については、加害者の不法行為に関する使用者責任が問題になります。行為が業務または勤務に通常伴う行動と関連していたかが重要です。
■ 派遣先
派遣先は、加害者を自社業務に従事させて指揮監督し、事故現場の通路も管理していました。裁判所は、派遣先を民法715条の使用者と認めました。
7 損害賠償額が請求額を大きく下回った意味

原告は約995万円を請求しましたが、認容額は115万円でした。裁判所は、原告にも前方不注視があったとして3割を過失相殺し、事故前から近接部位に疾患があり治療が長期化したことから2割の素因減額を行いました。
さらに、休業補償給付579万8286円と障害補償一時金50万6632円を同種損害から控除しました。傷害慰謝料100万円と後遺障害慰謝料110万円を含む損害を算定した後、これらの調整と弁護士費用10万円を踏まえ、最終的に115万円が認められました。
8 事故後に確認すべき証拠

- 衝突地点の幅、見通し、扉の位置、混雑状況が分かる写真
- 防犯カメラ映像、入退館記録、勤務・更衣時間
- 双方の事故直後の説明と目撃者の供述
- 加害者・被災者それぞれの派遣元と派遣先の契約関係
- 派遣先の通行ルール、過去の事故、混雑対策の記録
- 初診時診療録、治療経過、休業の必要性に関する医師意見
9 会社側の予防策

日常的な移動中の事故は軽視されがちですが、多数の労働者が短時間に集中する職場では、混雑自体が予見可能な危険になることがあります。
- 始業・終業時に混雑する更衣室や通路の動線を確認する
- 死角や扉付近にミラー、表示、時間差運用を設ける
- 走行禁止などのルールを全派遣元・全従業員に周知する
- 異なる派遣元の労働者が関係する事故の報告・共有手順を定める
- 事故後は各社が連携し、映像や記録を速やかに保存する
10 まとめ

本判決では、派遣労働者同士の衝突について、相手方本人の不法行為責任と、派遣先・相手方の派遣元双方の民法715条の使用者責任が認められ、連帯して115万円の支払が命じられました。派遣先の安全配慮義務違反については判断されていません。
誰が誰を雇用し、誰が現場で指揮監督し、事故時の行動が勤務にどのように関連していたかを整理することが、責任主体を見極める出発点になります。
ご相談にあたって

派遣労災では、事故現場の資料だけでなく、派遣元と派遣先の契約、実際の指示系統、危険情報の共有状況を早期に確認することが重要です。労災申請中または労災給付後であっても、民事損害賠償の消滅時効や証拠の散逸に注意する必要があります。
本稿は判決文を基に一般的な法的論点を説明するものであり、個別事件の結論を保証するものではありません。具体的な見通しは、事故状況、契約関係、証拠、治療経過等によって異なります。
グリーンリーフ法律事務所は、埼玉県さいたま市大宮区に拠点を置き、労災事故、交通事故、相続、債務整理など幅広い分野に対応しています。労災事故でお困りの方は、お気軽にご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
労災(労働災害)
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。







