看護師、特に総合病院で働いている看護師は、突発的な患者への対応、書類作成や引継ぎなどの庶務が多数あるという点で、恒常的に残業時間が多くなります。その割には、労務管理がきちんとなされておらず、適正な残業代が支払われないケースが散見されます。

残業代請求にあたって知っておくべき一般論

残業時間の計算~残業代は1分単位~

未払残業代の請求をする際、どのように計算するか、疑問に思う場面があるかと思います。「うちの病院では15分過ぎないと残業代がつかない決まりになっている」「30分単位でしか残業代が払われないことになっている」「毎日13分くらい残業していたけれど、これは請求できないのかな」と悩まれることがあるかもしれません。

労働基準法第24条では、賃金全額払いの原則が定められており、残業代(割増賃金)の計算においては、労働時間の切捨てをすることなく、1分単位まで足し合わせて請求することができます。

しかし、条文上、分単位なのか、時間単位なのか、明文の定めはありません。ここでヒントになるのが、当時の労働省から発出された通達です。通達では、1か月のおける時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げる処理が、労働基準法第24条、第37条違反としては取り扱わないとされています8昭和63年3月14日基発150号)。

この通達を見ると、「1時間未満の端数がある場合」と記載されていることから、前提として、計算上、分単位の数値が算出されることが前提とされていることが分かります。現実的ではありませんが、秒単位でも足し合わせることも可能でしょう。

朝礼や雑務も勤務時間にあたる

朝礼や雑務も勤務時間にあたる

病院によっては、例えば朝8時30分始業開始と定めながらも、その30分前までには出社してミーティングや交代勤務の引継ぎを行う、カルテの確認を行うなどといったことが行われる場合もあります。そして、これらは労働時間には当たらないと病院側が主張することが考えられます。

労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」と最高裁で判示されています(三菱重工業長崎造船所事件・最判平成12年3月9日)。

そのため、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」にあたれば、労働時間にあたります。

病院の中で事実上のルールとして、始業開始30分前までに出社して雑務等を行うことが慣例になっている場合には、多くの場合、病院に命令で働いているものといえるでしょう。そのため、労働開始時間が早まり、必然的に、定時まで働いたとして、8時間を超えれば残業代が発生することになります。

残業代計算の方法

残業代計算の方法

時間外労働時間に対し、1時間あたりの時給単価に以下の割増率を乗じたものが残業代となります。

時間外労働手当(残業代)の計算方法について、時間外労働時間が月40時間を超えた場合には、割増率25%の残業代を使用者は労働者に支払わなければならないことは皆様ご存じのことと思います。しかし、実は、2008年(平成20年)の労働基準法改正により、長時間労働の抑制等を目的として、月60時間を超える時間外労働にかかる割増率が50%以上に引き上げられています(労働基準法第37条第1項但書)。このことをご存じではない事業者、労働者の方が多いのではないでしょうか。

月60時間を超える時間外労働にかかる割増率

月60時間を超える時間外労働にかかる割増率が別途定められましたが、「当分の聞は」中小事業主の事業については適用がないこととされていました(旧労働基準法附則第138条)。中小事業主とは、①資本金の額又は出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主、または、②その常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主、のことを指していました。世の中の多くの中小企業がこれに当てはまっていました。また、「当分の間」との期間が具体的に分からなかったため、多くの事業主・労働者は、この労働基準法改正のことを気にしていなかった、あるいは、気にしていたけれども記憶から薄れてしまっていた、ということがあったものと思われます。

改正法の適用(猶予期間の終了)

そして、2018年(平成30年)になって、ようやくこの附則が削除され、月60時間超の別個の割増率適用を猶予が、2023年(平成35年=令和5年)4月1日からなくなったのです。

2022年(令和4年)あたりになって、この猶予規定の終了による、割増率の変更への注意喚起がなされるようになり、多くの事業主・労働者は、突然の法改正が起きるように考えられたかもしれませんが、実は15年も前から法改正はされていたのです。

この改正により、小規模のクリニックであっても、月60時間以上でなおかつ深夜労働を伴う場合、その割増率は実に75%にも及びます。

割増率

・月40時間以上60時間未満部分の割増率は25%

・月60時間以上部分の割増率は50%

・午後10時から午前5時までの間の深夜労働割増率は25%

・法定休日労働の割増率は35%

となります。

さらに、これらは重ねて適用されるため、

・月40時間以上60時間未満部分の深夜労働割増率は50%

・月40時間以上60時間未満部分の法定休日労働割増率は60%

・月60時間以上部分の深夜労働割増率は75%

となります。

消滅時効

消滅時効

残業代の請求にあたっては、給与支払月から3年(法改正により2年から延長)で消滅時効となり、病院側が時効消滅している旨反論してきた場合には、3年を超えた部分の請求は認められません。

そのため、残業代請求をしたいと考えたら、早急に動く必要があります。

看護師特有の問題~緊急監護対応業務のための待機時間(オンコール)は労働時間にあたるのか

看護師特有の問題~緊急監護対応業務のための待機時間(オンコール)は労働時間にあたるのか

アルデバラン事件(横浜地判令和3年2月18日)

問題となった事業者は、病院ではなく、介護保険に基づく居宅介護サービスを目的とする会社で、訪問看護ステーション・監護小規模多機能型居宅介護施設・グループホームに勤務していた看護師が残業代請求をした事案です。

原告(看護師)の主張

看護師は、携帯電話機を所持して緊急看護対応業務に従事する日について、勤務先から、呼出しの電話があれば必ず直ちに応答して利用者等に対応した上で、必要に応じて直ちに出動して看護業務に従事するよう指示を受けており、一切の予定を入れず、着信に確実に気付くよう注意しながら、すぐに駆け付けられる地理的範囲にとどまっていました。

そのため、現実に看護業務に従事していた時間以外も被告の指揮命令下に置かれていたものであるから、緊急看護対応業務のための待機時間は、労働時間に該当すると主張しました。

被告(会社)の主張

緊急看護対応業務に従事する被告の従業員は、待機時間中、自宅又は外出先で自由に過ごすことができる上、他の携帯電話機を所持する従業員や当番でない従業員も緊急出動(オンコール出勤)するなど臨機応変に対応する態勢にあったことも踏まえると、行動の制約の度合いは低かった。また、実際の緊急出動の回数及び時期は不定期かつ不規則であるところ、緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動の頻度は、日数にして9.5日に一度程度、担当回数にして8回に一度程度(原告について見ると16.4回に一度程度)にとどまり、緊急出動時の稼働時間も通常は30分から1時間程度にとどまっていた。したがって,原告は、緊急看護対応業務のための待機時間中、労働からの解放が高度に保障されており、被告の指揮命令下に置かれていたものとは評価できないから、上記待機時間は労働時間に該当しないと反論しました。

裁判所の判断

裁判所は、まず前提として、上記三菱重工業長崎造船所事件・最判平成12年3月9日)等の最高裁判例の規範によることを示しました。

そして、以下のとおり判示し、オンコール時間も労働時間にあたると判断しました。

「緊急看護対応業務は,Fの訪問看護利用者,Gの利用者及びHの入居者が緊急に看護を要する事態となった場合に,利用者ないし入居者,家族,施設職員等からの呼出しの電話があれば直ちに駆け付け,看護,救急車の手配,医師への連絡等の緊急対応を行うことを内容とするものであり・・・看護師が呼出しを受ける理由としては,例えば,発熱,ベッドからの転落,認知症患者の徘徊,呼吸の異変等があり,実際に駆け付けることまではしない場合にも,救急車の手配,当面の対応の指示等をするときもあることが認められる。そして,緊急看護対応業務のための待機とは,前記緊急看護対応業務が必要となる場合に備えて,Fの従業員が,被告からの指示に基づき,シフトに応じて緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯している状況をいう。このような業務の内容等を踏まえると,・・・携帯電話機を所持して緊急看護対応業務のための待機中の従業員は,雇用契約に基づく義務として,呼出しの電話があれば,少なくとも,その着信に遅滞なく気付いて応対し,緊急対応の要否及び内容を判断した上で,発信者に対して当面の対応を指示することが要求され,必要があれば更に看護等の業務に就くことも求められていたものと認められる(しかも,被告の主張するところを前提としても,緊急出動(オンコール出勤)をした場合の稼働時間として通常は30分から1時間程度を要するというのである。)のであって,呼出しの電話に対し,直ちに相当の対応をすることを義務付けられていたと評価するのが相当である。なお,被告は,緊急看護対応業務について,2名ずつの当番制を採用し,No.2の携帯電話機を所持する担当者も待機させ,当番でない従業員も緊急出動(オンコール出勤)するなど臨機応変に対応する態勢にあったと主張するものの,あくまでNo.1の携帯電話機を所持する担当者が優先して対応するものと指示されていたことに加えて・・・平成29年1月16日から平成30年11月15日までの1年10か月の間に,No.2の携帯電話機を所持する担当者が実際の緊急出動(オンコール出勤)に従事した回数は2回,当番以外の従業員がこれに従事した回数は3回にとどまることが認められるから,緊急看護対応業務の態勢についての前記被告の主張を考慮しても,No.1の携帯電話機を所持する担当者が上記対応を義務付けられていたとの評価が直ちに左右されるものではない。」

「また,No.1の携帯電話機を所持して緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動(オンコール出勤)の頻度は・・・日数にして9.5日に一度程度,緊急看護対応業務の担当回数にして8回に一度程度(原告について見ると16.4回に一度程度)というのであり,しかも,これらの頻度は,実際に緊急出動を要した回数を集計したものであるところ,上記で説示したとおり,緊急看護対応業務に従事する従業員は,呼出しの電話を受ければ,実際に緊急出動に至らなくとも,相当の対応をすることを義務付けられていたと評価されるものであるから,相当の対応を要する頻度は,上記よりも若干なりとも高かったものと推認される。そうすると,緊急看護対応業務に従事する従業員が相当の対応をする必要が生ずることが皆無に等しいなど,実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存在しないというべきである。」

「・・・緊急看護対応業務に従事するための待機時間中,待機場所を明示に指定されていたとは認められず,外出自体は許容されていたこと(もっとも,呼出しの電話があれば,緊急看護対応が必要な事態の内容によっては,直ちに駆け付けなければならないこと・・・から,外出先の地理的範囲はその限度において自ずと限定されるというべきである。)を考慮しても,上記待機時間は,全体として労働からの解放が保障されていたとはいえず,雇用契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価することができる。したがって,原告は,緊急看護対応業務を担当した日は,その業務に従事した時間はもとより,待機時間も含めて被告の指揮命令下に置かれていたものであり,これは労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。」

注意点

医療機関におけるオンコール待機時間の労働時間該当性が問題になった別の事案で、オンコール待機時間を労働時間と認めない判示がなされた裁判例もあります(ただし看護師ではなく医師)(医療法人社団誠馨会事件・千葉地判令和5年2月22日)。

そのため、オンコール待機時間についての労働時間性は、まだ確立されていないのが現状です。

具体的請求方法

具体的請求方法

残業代請求をするにあたり、労働組合に相談したり、労働基準監督署に相談に行ったりすることが考えられます。しかし、労働組合による団体交渉での請求にあたっては、労働組合やユニオンへの加入が必要になります。また、労働基準監督署は、労働基準法等に関する監督行政機関であるため、具体的な残業代請求まではしてもらうことはできません。

そこで、まずは弁護士に相談に行くことを強くおすすめします。

残業代請求にあたっては、非常に専門的な知識を要する場面も少なくなく、法律の専門家に依頼することが最善です。また、交渉にせよ、労働審判や訴訟等の裁判所の手続を利用するにせよ、事前の準備が必要です。この事前の準備にも注意してもらいたいことが多数あります。さらに、上述の時効の問題があるため、早期に相談してもらいたいところです。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 平栗 丈嗣

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