派遣先の解体現場でブロック塀が倒壊――派遣元の安全配慮義務が否定された事例――

※本稿は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災専門チームの弁護士が執筆しています。

派遣労働者が就業中に負傷した場合、派遣先だけでなく、雇用主である派遣元にも安全配慮義務違反を問えることがあります。しかし、派遣元の責任は事故が起きたという結果だけで直ちに決まるものではありません。

本稿では、解体現場でブロック塀が倒れ、派遣労働者が負傷した事故について、派遣元の予見可能性が否定され、損害賠償請求が棄却された東京地方裁判所令和3年3月26日判決を解説します。行政上の労災認定を争った事件ではなく、派遣元に対する民事損害賠償請求の裁判例です。

判例情報

判例情報
裁判所・判決日事件番号結果・文献番号
東京地方裁判所
令和3年3月26日
平成29年(ワ)第41092号請求棄却

1 どのような労災事故だったのか

1 どのような労災事故だったのか

■ 派遣時に示されていた仕事内容

原告は平成26年5月に派遣元会社に雇用され、同年6月、建設現場へ派遣されました。派遣元が受け取った注文書には、解体済みのブロック等を搬出し、トラックへ積み込む作業である旨が記載されていました。

持参品としてスニーカー、ゴム手袋、タオル、作業着等が挙げられていましたが、ヘルメットや安全靴は挙げられていませんでした。書面上は、解体工事そのものではなく、解体後のがれきの運搬・片付け作業に見える内容でした。

請求内容は、派遣労働者である原告が、派遣先のブロック塀解体作業現場において、倒壊してきたブロック塀の直撃を受けて負傷し、後遺障害が残存したと主張して、派遣元である被告に対し、安全配慮義務違反を理由とする不法行為に基づき、損害賠償金2044万1105円及びこれに対する平成26年6月8日(本件事故が発生した日)から支払済みまで民法所定の年5分(平成29年法律第44号による改正前の民法404条所定の利率。)の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。

相手は、一般労働者派遣事業及び建物、建築物のリフォーム工事等の請負等を営む株式会社です。

■ 現場で起きた事故と傷害

実際の現場ではブロック塀の解体作業が終わっておらず、原告がヘルメットを着用しない状態で作業中、崩れたブロック塀が額や左腕に当たりました。頸椎捻挫、左前腕擦過傷、前額部・頭部打撲等と診断され、労災保険では最終的に併合第8級とされました。具体的には、①障害等級12級の12「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当する障害のほか、②「顔面部の長さ5センチメートル以上の線状痕で、人目につく程度以上のもの」として、障害等級9級の11の2「外貌に相当程度の醜状を残すもの」に該当する障害が残存し、2つの系列を異にする障害が残存しているため、重い方を1級繰上げ、障害等級併合8級と認定されていました。

2 誰に、どのような責任が問われたのか

2 誰に、どのような責任が問われたのか

原告は、雇用主である派遣元会社に対し、安全な作業場所を確保する義務、ヘルメット等を用意させる義務、危険な作業をさせない義務などに違反したとして、約2044万円の損害賠償を求めました。

派遣先は現場で具体的な指示をする立場ですが、派遣元も労働契約上の使用者です。このため、派遣元が派遣先の現場に潜む危険を把握し、危険を避けるために働きかけるべきだったかが問題となりました。

3 最大の争点は「派遣元が危険を予見できたか」

3 最大の争点は「派遣元が危険を予見できたか」

安全配慮義務違反が認められるには、単に危険な事故が発生しただけでなく、会社がその危険を具体的に予見でき、回避措置を取ることができたのに怠ったことが必要です。

本件で重要だったのは、派遣元が、現場でブロック塀の解体が続いていることや、壁が倒壊する危険を事故前に把握できたかという点でした。

【抜粋】
(原告の主張)
ア 被告は、原告との労働契約に基づき、原告に対し安全配慮義務を負う(労働契約法5条)。そして、被告は、労働安全衛生法上の事業者として、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じる義務がある(労働安全衛生法21条2項、24条)。
イ すなわち、被告は、本件現場が労働安全衛生規則634条の2第4号にいう「埋設物等又はれんが壁、コンクリートブロック塀、擁壁等の建設物が損壊する等のおそれのある場所」であることなどから危険な現場であることは容易に認識できるから、①原告に対しヘルメットの着用を指示し、又は少なくともb社若しくはc社に対し原告にヘルメットを着用させるよう指示するなどの安全対策の具体的な措置を講じる義務、②原告に対し災害防止のための注意指示を行い、又は少なくともb社若しくはc社に対し原告に上記注意指示を行うよう指示連絡する義務、③b社又はc社に対し、原告がブロック塀の破片等の飛散によって労働災害の被害を受けないように、又は急な崩落が生じないように十分な注意をもって解体作業を進めるよう指示連絡する義務、④b社又はc社に対し、現場作業管理・責任者を明確に指定して原告にも明示するよう指示連絡する義務、⑤原告に対し、本件事故の予防、対策等について事前に安全教育、講習等をする義務があった。
しかし、被告はこれらの各義務を怠ったから、安全配慮義務違反がある。

4 裁判所が派遣元の責任を否定した理由

4 裁判所が派遣元の責任を否定した理由

■ 注文書からは危険な解体作業を予想しにくかった

裁判所は、派遣先から示された注文書の内容が、解体済みのブロックを運ぶ作業と理解できるものであったことを重視しました。ヘルメット等の安全装備の指定もなく、派遣元が未完成の解体現場を予想できる事情は認められませんでした。

本件記録を精査しても、そのほかに、被告がb社から本件現場でブロックが解体作業中である旨の情報提供を受けたという事情もうかがわれないことからすると、被告において、原告が本件現場で作業に従事する際、ブロックの解体作業が終了しておらず、いまだ解体作業中であり、ブロック塀の倒壊等により原告に危険が及ぶおそれがあることを予見し得なかったというべきである。

■ 派遣元へ危険が伝えられていた証拠がなかった

派遣先から、解体作業が継続中であることや、倒壊のおそれがあることを事前に知らされていた証拠はありませんでした。原告が以前から危険を訴えていたとの主張についても、裏付けが十分ではないと判断されました。

■ 予見可能性がなければ具体的な回避措置も要求できない

そのため裁判所は、派遣元が壁の倒壊を予見し、ヘルメットの着用や派遣停止などの措置を取るべきだったとはいえないとして、安全配慮義務違反を否定しました。

「被告において、原告が本件現場で作業に従事する際、ブロックの解体作業が終了しておらず、いまだ解体作業中であり、ブロック塀の倒壊等により原告に危険が及ぶおそれがあることを予見し得なかったというべきである。
したがって、被告が原告主張の上記各義務を負うというための前提を欠くことになる。」

5 派遣元の安全配慮義務が「ない」という判決ではない

5 派遣元の安全配慮義務が「ない」という判決ではない

本判決は、派遣元には一切責任がないと述べたものではありません。派遣元が現場の危険を把握していた、派遣労働者から具体的な相談を受けていた、注文内容と実際の作業が違うことを知っていた、といった事情があれば結論は変わり得ます。

ポイントは、派遣元の義務が、派遣先から提供された情報や派遣労働者からの報告など、事故前に把握できた事情を基礎に具体化されるという点です。

6 派遣元と派遣先の役割の違い

6 派遣元と派遣先の役割の違い
立場中心となる役割責任判断で重視される事情
派遣先現場での作業指示、設備・作業場所の管理、保護具の着用指示実際の危険、現場の指揮命令、設備の状態、教育内容
派遣元安全に就業できる派遣先かの確認、危険情報の収集、相談対応、必要な改善要請注文書・業務内容、現場情報、労働者からの相談、危険を知った後の対応

現場を直接管理する派遣先の責任が第一次的に問題となりやすい一方、派遣元も、危険を知りながら漫然と就業を続けさせれば責任を負う可能性があります。双方の役割は重なり得るため、「どちらか一社だけ」の問題と決めつけないことが大切です。

7 実務上の教訓――注文書と実際の作業の差を放置しない

7 実務上の教訓――注文書と実際の作業の差を放置しない

■ 派遣労働者が残すべき記録

注文書や求人票と違う作業を命じられた場合は、作業内容、日時、指示者、危険の内容をメールやチャットで派遣元へ報告し、記録を残すことが重要です。口頭連絡だけで終わらせないことが、後日の立証につながります。

■ 派遣元が整えるべき仕組み

派遣元は、業務内容の変更や危険の申告を受け付ける窓口、派遣先へ確認・改善要請をする手順、必要に応じて就業を停止させる基準を整えておく必要があります。

■ 派遣先が行うべきこと

派遣先は、実際に行わせる作業と危険性を正確に派遣元へ伝え、必要な保護具、安全教育、立入禁止措置等を準備しなければなりません。発注書を曖昧にしたまま現場で危険作業を追加する運用は避けるべきです。

8 労災認定と民事損害賠償は別の判断

8 労災認定と民事損害賠償は別の判断

原告は労災保険の給付を受け、後遺障害等級も認定されました。しかし、労災保険が認められたことと、派遣元の安全配慮義務違反が認められることは同じではありません。

労災保険は業務上の災害に一定の給付をする制度であるのに対し、民事損害賠償では、被告ごとに注意義務、予見可能性、義務違反、因果関係を立証する必要があります。

9 被災後に確認したい資料

9 被災後に確認したい資料
  • 労働者派遣契約書、就業条件明示書、注文書、求人票
  • 実際の作業指示が分かるメール、チャット、録音、日報
  • 派遣元への相談履歴と、派遣元・派遣先の回答
  • 現場写真、防犯カメラ映像、保護具の支給・着用状況
  • 同僚の氏名と連絡先、事故報告書、救急搬送記録
  • 診断書、診療録、労災給付の支給決定通知、後遺障害資料

10 まとめ

10 まとめ

本判決では、派遣元が受け取った注文書からは、ブロック塀の解体が続く危険な現場を予測できず、危険の事前報告も認められなかったため、派遣元の安全配慮義務違反が否定されました。

派遣労災では、事故の重大性だけでなく、派遣元と派遣先がそれぞれ事故前に何を知り、何を指示し、どのような安全措置を取れたかを分けて検討する必要があります。

ご相談にあたって

ご相談にあたって

派遣労災では、事故現場の資料だけでなく、派遣元と派遣先の契約、実際の指示系統、危険情報の共有状況を早期に確認することが重要です。労災申請中または労災給付後であっても、民事損害賠償の消滅時効や証拠の散逸に注意する必要があります。

本稿は判決文を基に一般的な法的論点を説明するものであり、個別事件の結論を保証するものではありません。具体的な見通しは、事故状況、契約関係、証拠、治療経過等によって異なります。

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災事故でお困りの方は、お気軽にご相談ください。

会社に請求できるか知りたい」「後遺障害について」など、
労災のお悩みはLINEからいつでもご相談いただけます。

ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。