安全帯を使っていなかった労災事故でも会社に損害賠償請求できる?足場からの転落事故と安全配慮義務を弁護士が解説

※本記事は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災専門チームの弁護士が執筆しています。

建設現場での労災事故の中でも、足場からの転落事故は、死亡事故や重い後遺障害につながりやすい重大事故です。特に、足場の組立て・解体作業では、高所で重い足場部材を受け渡す作業が行われるため、安全帯(現在の法令用語:墜落制止用器具)の使用が極めて重要になります。

事故後に会社側から「本人が安全帯を使っていなかったのだから自己責任だ」と言われることがあります。たしかに、安全帯を装着していたのにフックを掛けていなかった場合、被災者側にも一定の過失が認められる可能性は高いです。

しかし、それだけで会社の責任が当然に否定されるわけではありません。

本記事では、足場解体作業中に作業員が転落し、高次脳機能障害等の重い後遺障害を負った広島地方裁判所呉支部平成30年9月28日判決を素材に解説します。

1 どのような事故だったのか

1 どのような事故だったのか

■ 事故の概要

  • 足場:地上6層からなるブラケット一側足場。最上層は地上11.4メートル、第4層は地上7.64メートル
  • 作業:上層で解体された足場部材を下層の作業員に順次受け渡す
  • 原告は事故当日、初めてこの足場解体工事に従事した

■ 傷害と後遺障害

  • 広範性軸索損傷、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血、骨盤骨折、肋骨骨折、肺挫傷
  • 後遺障害:高次脳機能障害、歩行障害、構音障害等(労災:障害等級2級相当)

■ 関係者と裁判所の判断

関係者役割裁判所の判断
原告足場解体作業に従事し転落した作業員安全帯不使用について4割の過失あり
Y3塗装工事を請け負い、足場工事を発注した会社責任否定
Y1足場設置・解体工事を請け負った足場工事業者責任肯定
Y2原告に現場作業を指示した会社責任肯定

2 裁判所は事故態様をどう認定したか

2 裁判所は事故態様をどう認定したか

原告は「手すりが崩れ、安全帯が外れるなどして転落した」と主張しましたが、事故後の足場写真等からは手すりが崩れた事実は認められませんでした。

労働基準監督署の災害調査復命書には「原告は安全帯を着用していたものの、実際には使用していなかった」旨の記載があり、裁判所はこれを一定程度信用しました。

重要な区別「安全帯を着けていたか」ではなく、「安全帯を実際に使用していたか(フックを掛けていたか)」が問題になります。

3 労働安全衛生規則上、足場解体作業では何が求められるか

3 労働安全衛生規則上、足場解体作業では何が求められるか
規則・義務内容本件との関係
安衛則564条足場の組立て・解体・変更作業における作業順序の周知、立入禁止、墜落防止措置等高所作業であり、安全帯使用等の措置が重要
安衛則566条足場の組立て等作業主任者に、作業方法・配置の決定、進行状況の監視、墜落制止用器具等の使用状況の監視を行わせる義務作業主任者が作業開始時から現場を離れ監視していなかった点が問題
安衛則563条足場の作業床・手すり・中桟等の構造要件ブラケット一側足場であったため中桟設置義務違反は否定

事業者は「安全帯を使いなさい」と声をかけるだけでは不十分です。実際に作業が始まる場面で、労働者が墜落制止用器具を適切に使用しているかを確認し、危険な作業方法があれば是正する体制を整える必要があります。

4 元請的立場の会社Y3の責任が否定された理由

4 元請的立場の会社Y3の責任が否定された理由

■ 元請責任の法的考え方

裁判所は、元請人は通常、下請負人の仕事に従事する労働者の仕事の過程を直接拘束するものではないため、原則として安全配慮義務を負わないと整理しました。ただし、元請人と労働者との間に「特別な社会的接触の関係」が形成されている場合には、信義則上、安全配慮義務を負うことがあります。

■ 本件でY3の責任が否定された理由

  • Y3は塗装工事の会社であり、足場の設置・解体工事はY1に一括発注していた
  • 足場部材・作業人員の手配も、作業主任者もY1側だった
  • Y3の現場責任者が日報に安全指示事項を記載していたのは、一般的な安全管理に関する指示にとどまり、足場解体作業を個別具体的に指揮監督したものではない

→ 元請責任を追及する場合には、単に元請であるというだけでなく、元請がどの程度、作業内容・作業方法・人員配置・安全管理に実質的に関与していたかを具体的に立証する必要があります。

5 足場工事業者Y1の責任が認められた理由

5 足場工事業者Y1の責任が認められた理由

■ Y1への具体的な義務違反認定

Y1の作業主任者は、トラック手配のため事故発生時に現場を離れており、その結果、足場の組立て等作業主任者の資格を有するY1従業員が一人もいない状態になっていました。

  • 原告がこの現場での作業が初めてだった
  • 作業主任者が原告の作業方法を把握していなかった
  • 作業開始時の状況すら見届けず、安全帯使用状況を一切監視していなかった

これは「常時監視できなかった」ではなく、「危険作業の開始場面で必要な監視を全くしていなかった」という評価です。

6 作業を指示した会社Y2の責任が認められた理由

6 作業を指示した会社Y2の責任が認められた理由

■ 「一人親方契約」でも責任が認められた

Y2と原告の間には「一人親方契約書」のような書面が作成されており、形式的には請負契約に見える関係でした。しかし裁判所は契約書のタイトルや形式だけで判断しませんでした。

■ 実態として重視された事情

  • 出勤表や賃金台帳が作成されていた
  • 報酬が仕事の完成結果ではなく作業時間に応じて支払われていた
  • 作業員はいったんY2の事務所に集合し、その日の作業現場を指示されていた
  • 現場では元請や現場監督者の指示に従うことになっていた

裁判所は、原告は実質的にY2の指揮管理下で高度の危険を伴う高所作業に従事していたと判断。Y2は自社の監督者を現場に配置せず、安全管理をY1に丸投げしていたため、義務違反とされました。

実務上の注意契約書上は「請負」「一人親方」とされていても、実態として会社の指示で現場に行き、時間で報酬が支払われ、現場監督者の指示に従って作業している場合には、作業を指示した会社の責任が認められる可能性があります。

7 安全帯を使っていなかった原告にも4割の過失

7 安全帯を使っていなかった原告にも4割の過失

■ 4割の過失相殺の根拠

  • 原告が高所作業の経験を有しており、安全帯の必要性を認識していた
  • 本件現場でも安全帯の使用について指導を受けていた
  • 本件足場には手すりが設置されており、安全帯を使用することは容易だった
  • それにもかかわらず装着していながら実際には使用していなかった

■ なぜ「全部自己責任」にならなかったか

被告らは8割ないし9割の過失相殺を主張していましたが、裁判所はそこまでは認めませんでした。Y1・Y2側にも、危険作業の監視体制を整えず、作業主任者が現場を離れ、安全管理を丸投げしていたという重大な落ち度があったためです。

つまり、安全帯不使用は過失相殺の理由になるが、会社側の監視義務違反や安全管理体制の不備があれば、会社側にも損害賠償責任が認められるという判断です。

8 損害額と労災給付との関係

8 損害額と労災給付との関係

原告に重い後遺障害が残ったため、損害額自体は大きな金額になりました。裁判所は、労働能力喪失率100%を認め、後遺障害慰謝料として2、200万円を認定しました。

■ 労災給付と民事損害賠償の調整

労災給付主に対応する損害項目注意点
療養補償給付治療費、薬剤費、装具代、診断書料等治療関係費に充当される
休業補償給付休業損害民事上の休業損害から控除される
障害補償年金逸失利益将来の収入減少分との調整が問題になる
介護補償給付介護費将来介護費等から控除される
労災保険から出ないもの慰謝料など会社への損害賠償請求で重要になる

9 この判例から分かる実務上のポイント

9 この判例から分かる実務上のポイント

ポイント① 元請への請求は「実質的関与」の立証が必要

元請という立場だけでは足りません。元請が現場の安全管理に具体的に関与していたか、作業員が元請の設備・工具を使用していたかなどを立証する必要があります。

ポイント② 足場工事業者・作業指示会社は義務を負いやすい

安全帯を使うように言うだけでなく、実際に使用されているかを確認し、作業主任者による監視体制を確保する必要があります。

ポイント③ 一人親方・請負契約でも責任が認められることがある

実態が会社の指揮管理下での労務提供であれば、会社の責任が認められる可能性があります。形式だけで諦めるべきではありません。

ポイント④ 安全帯不使用でも過失相殺にとどまる場合がある

この判例では4割の過失相殺がされましたが、会社側の責任は否定されていません。会社側の安全管理義務違反と被災者側の不注意を比較して、最終的な賠償額が決まります。

ポイント⑤ 労災保険だけで終わらせない

足場からの転落、高次脳機能障害、脊髄損傷、骨盤骨折などの重大事故では、労災保険だけで終わらせてよいかを慎重に検討すべきです。会社への損害賠償・安全配慮義務違反があるかを検討して、場合によって訴訟提起もすべきです。

10 足場からの転落事故で弁護士に相談すべきケース

10 足場からの転落事故で弁護士に相談すべきケース

■ 早めに弁護士に相談すべき場合

  • 足場・屋根・はしご・開口部などから転落した場合
  • 安全帯・墜落制止用器具を使っていなかったとして会社から自己責任と言われている場合
  • 一人親方や請負扱いのため、会社に責任はないと言われている場合
  • 後遺障害、障害等級、高次脳機能障害、脊髄損傷などが問題になっている場合
  • 労災給付は出たが、慰謝料や逸失利益について会社に請求できるか知りたい場合

■ 収集しておくべき資料

  • 事故現場の写真・災害調査復命書・作業日報
  • KY活動記録・足場の構造図・作業員名簿
  • 請負契約書・出勤表・賃金台帳
  • 労災の支給決定通知・診断書・障害等級認定資料

11 まとめ

11 まとめ

足場からの転落事故で安全帯を使用していなかった場合、被災者側にも過失が認められる可能性は高いです。しかし、それだけで会社への損害賠償請求を諦める必要はありません。

会社側には、危険な高所作業を行わせる以上、安全帯・墜落制止用器具を使用させ、その使用状況を監視し、作業主任者を適切に機能させる義務があります。

この判例でも、原告には4割の過失が認められましたが、足場工事業者と作業を指示した会社の責任は認められました。一人親方契約や請負契約という形式があっても、実態として会社の指揮管理下で危険な作業に従事していた場合には、会社側の責任が問題になります。

労災事故では、労災保険の申請だけでなく、会社に対する損害賠償請求まで検討することで、慰謝料や逸失利益など、労災保険では十分にカバーされない損害を回収できる可能性があります。

グリーンリーフ法律事務所では、労災事故・建設現場での転落事故・後遺障害・会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求について、専門チームの弁護士が対応しています。

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グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。