
医薬品や医療機器、化粧品、健康食品などのヘルスケア・美容関連ビジネスにおいて、「広告」は売上を左右する生命線です。しかしその一方で、この分野の広告は、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)による厳格な規制の対象であり、近年、その執行は目に見えて強化されています。
その象徴というべき制度が、令和元年の薬機法改正により導入され、令和3年8月1日から施行されている「課徴金制度」です。虚偽・誇大な広告を行った事業者に対し、違反期間中の対象商品の売上額の4.5%という高額な金銭的負担を課すこの制度は、施行から5年が経過し、ヘルスケア業界の広告実務における最大級のリスク要因として定着しつつあります。
さらに、令和7年(2025年)11月には、課徴金制度と同時に整備された「措置命令」が、虚偽・誇大広告の事案に対して初めて発動されました。注目すべきは、この事案で問題とされたのが、WebサイトやテレビCMではなく、店頭の「体験会」におけるスタッフの説明トークや掲示物だったという点です。「広告」の捉えられ方が、多くの事業者の想像よりもはるかに広いことを示す事例といえます。
課徴金や措置命令は、医薬品メーカーだけの問題ではありません。条文の主語は「何人も」とされており、医療機器や化粧品、健康食品を扱うEC事業者、販売代理店、さらには広告制作に関与する代理店やメディアまでもが、その射程に入り得ます。
本コラムでは、企業法務の観点から、薬機法の課徴金制度の仕組み(対象行為・算定方法・減免ルール)、初の措置命令事例から読み取れる実務上の教訓、そして企業が取るべき防衛策について、詳細に解説いたします。
課徴金制度とは~導入の背景と狙い

きっかけとなった事件と「罰金200万円」の限界
薬機法は、従来から、医薬品等の名称、製造方法、効能効果・性能に関する虚偽・誇大な広告を禁止してきました(薬機法第66条第1項)。違反に対しては刑事罰(2年以下の拘禁刑もしくは200万円以下の罰金、またはその併科)も定められています。
しかし、この刑事罰による抑止には、構造的な限界がありました。虚偽・誇大広告によって事業者が手にする売上は、ヒット商品であれば数十億円、数百億円規模に達することがあります。これに対して罰金の上限はわずか200万円であり、「違反して売り抜けた方が得」という計算が成り立ちかねなかったのです。
この問題を社会に強く印象づけたのが、高血圧治療薬をめぐる、いわゆるディオバン事件でした。製薬会社の従業員が関与した臨床研究の虚偽データが医学論文として発表され、それが同剤の販売促進に利用されたという事案です。この事件では、学術論文の発表が薬機法上の「記事の広告」に当たるかが刑事裁判で争われ、最終的に無罪が確定しましたが、巨額の売上を背景とした不適切なプロモーションに対して、既存の刑事罰では十分に対応できないという課題が浮き彫りになりました。
こうした経緯を踏まえ、令和元年改正では、違反行為によって得られた経済的利得を徴収することで「違反のやり得」を許さないという制度趣旨のもと、課徴金制度が導入されました。あわせて、虚偽・誇大広告等の違反行為に対して、その中止や再発防止策の実施などを命じる「措置命令」の制度(薬機法第72条の5)も整備されています。
対象となるのは「虚偽・誇大広告」(第66条第1項)違反
課徴金納付命令の対象となる行為は、薬機法第66条第1項が禁止する虚偽・誇大広告です。すなわち、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器、再生医療等製品の名称、製造方法、効能効果・性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽または誇大な記事を広告し、記述し、または流布する行為がこれに当たります。
ここで実務上重要なのは、第66条第1項の主語が「何人も」とされていることです。製造販売業者(メーカー)に限らず、販売店、EC事業者、広告代理店、アフィリエイターなど、虚偽・誇大広告を行ったあらゆる者が違反主体となり得ます。課徴金納付命令も、広告主であるメーカーだけでなく、広告に関与した事業者に対して発せられる可能性がある制度設計となっています。
承認された効能効果の範囲を超える宣伝も、典型的な虚偽・誇大広告です。例えば、「肩こりの緩解」の効能で認証された医療機器について「糖尿病や高血圧が治る」と宣伝すれば、承認・認証外の効能の標榜として第66条第1項違反となります。
未承認医薬品の広告(第68条)が課徴金の対象外とされた理由
なお、そもそも承認を受けていない医薬品・医療機器等の広告を禁止する薬機法第68条の違反は、課徴金の対象とされていません。「対象外なら安心だ」と誤解されることがありますが、実はこの点にこそ、制度の厳しさが表れています。
法改正の検討段階では、第68条違反(未承認医薬品等の広告)も課徴金の対象とすることが議論されました。しかし、未承認医薬品等の販売による収益は、その存在自体が全面的に違法なものです。売上の4.5%だけを徴収して残りの収益の保持を認めるかのような制度を適用することは、かえって不適切であるという理由から、対象から外されたのです。つまり、未承認医薬品等の広告・販売は、課徴金という金銭的制裁で調整する次元を超えた、刑事罰で直接臨むべき重大違反と位置づけられているのであり、決して「軽い」からではありません。
課徴金はいくらになるのか~算定ルールと減免

「対象期間の売上×4.5%」という算定式
課徴金の額は、「課徴金対象期間」に取引した対象商品の売上額に4.5%を乗じた金額です(薬機法第75条の5の2)。
ポイントは、掛け算のベースが「利益」ではなく「売上額」であるという点です。利益率の低いビジネスであれば、課徴金によって当該商品の利益が丸ごと吹き飛び、赤字に転落することも十分にあり得ます。
また、「課徴金対象期間」は、違反広告を行っていた期間だけではありません。違反行為をやめた後も、最長6か月間(一般消費者の誤解を解消するための措置をとればその時点まで)は対象期間に算入され、その間の売上にも4.5%が課されます。違反広告の影響は広告をやめた後も残る、という考え方に基づくものです。なお、対象期間が3年を超える場合は、遡って3年間が上限とされています。
参考までに、景品表示法の課徴金(優良誤認表示等に対する売上額の3%)と比較すると、薬機法の課徴金は、料率が4.5%と高いことに加え、事業者の主観(相当の注意を怠った者でないこと等)による免除の仕組みや、消費者への返金による減額の仕組みがないという点で、より厳格な制度となっています。
命令が出ないケース・減額されるケース
もっとも、虚偽・誇大広告に当たれば常に課徴金が課されるわけではなく、法律は一定の例外を設けています。
まず、業務改善命令や措置命令などの処分を行う場合で、保健衛生上の危害の発生・拡大への影響が軽微であると認められるときなどには、厚生労働大臣は課徴金納付命令をしないことができます(裁量的な不命令)。また、課徴金額が225万円未満(対象商品の売上額に換算して5,000万円未満)となる場合には、納付命令は行われません。
次に、減額の仕組みとして、①同一事案について景品表示法の課徴金納付命令が行われる場合には、重複を避けるため、景品表示法の課徴金に相当する売上額の3%分が控除されること(実質的な負担は1.5%分となります)、②違反行為を厚生労働大臣等に自主的に報告した場合には、課徴金額が50%減額されることが定められています。
この「自主報告による50%減額」は、有事対応の観点から極めて重要です。社内監査や内部通報で違反広告が発覚した場合に、隠して行政の調査を待つのか、速やかに自主報告して傷を半分にとどめるのか。発覚時の初動判断が、金銭的負担を大きく左右することになります。
初の措置命令事例に学ぶ~店頭の「体験会トーク」も広告になる

事案の概要~承認された効能を超えた「糖尿病が治る」の標榜
令和7年(2025年)11月7日、厚生労働省は、家庭用電位治療器の販売会社に対し、虚偽・誇大広告(第66条第1項違反)を理由とする措置命令(第72条の5第1項)を発出しました。虚偽・誇大広告に対する措置命令の発動は、制度創設以来初めてのことです。
報道等によれば、問題とされた家庭用電位治療器は、「頭痛・肩こり・不眠症・慢性便秘の緩解」という効能の範囲で認証を受けていたにもかかわらず、店頭で開催された体験会において、スタッフの説明や掲示物を通じ、「糖尿病が治る」「血液をきれいにする」「高血圧に効く」といった、認証された効能効果の範囲を大きく超える標榜が行われていたとされています。1台約100万円という高額な機器が、主に高齢の消費者に数十台販売されていたと報じられており、事業者には、コンプライアンス体制の構築や改善計画の提出等が命じられました。
なお、本件について課徴金納付命令が出されたことは、本コラム執筆時点では確認されていません。報道されている売上規模からすると、課徴金額が前述の225万円の基準に満たなかった可能性も考えられますが、措置命令による社名公表だけでも、事業への打撃は計り知れません。
実務への教訓~「広告」はWebやCMだけではない
この事例から事業者が学ぶべき最大の教訓は、規制対象となる「広告」の範囲の広さです。
薬機法の広告規制は、テレビCMやWebサイト、チラシといった典型的な広告媒体に限らず、顧客を誘引する意図をもって行われる表示・説明の全般に及びます。店頭やイベント会場での口頭のセールストーク、体験会の掲示物、配布資料、SNSでの発信など、消費者に向けたあらゆる情報発信が「広告」として摘発の対象になり得るのです。
Web広告についてはリーガルチェックを徹底している企業でも、販売現場のトークスクリプトや営業資料、代理店・販売員の説明内容までは管理が行き届いていないケースが少なくありません。「現場の販売員が勝手に言ったこと」という言い訳は通用せず、企業としての管理責任が問われることになります。
また、本件では刑事手続と行政措置が並行して進んだことも報じられており、悪質な事案では、刑事罰・措置命令・社名公表・課徴金という複数の制裁が重畳的に科され得ることを示しています。
企業が取るべき防衛策

以上を踏まえ、課徴金・措置命令のリスクから企業を守るために取るべき対応策を、3点に整理します。
①広告審査体制の構築~承認・届出の範囲内かを常にチェック
自社商品の広告表現が、承認・認証された効能効果、あるいは化粧品として許容される表現の範囲、保健機能食品として届け出た機能性の範囲に収まっているかを、公開前に必ず確認するフローを構築してください。LP、SNS、動画、パンフレット、同梱物など、すべての顧客接点が審査対象です。虚偽・誇大広告の判断基準については、行政の運用基準である「医薬品等適正広告基準」が重要な指針となります。
②販売現場・外部委託先の管理~「口頭トーク」まで視野に
初の措置命令事例が示すとおり、店頭・イベントでの口頭説明や掲示物も広告規制の対象です。販売現場のトークスクリプトの整備と教育、NG表現リストの共有、覆面調査等によるモニタリングを行い、広告代理店・販売代理店・アフィリエイター等の外部委託先に対しても、契約上の遵守義務と違反時の是正の仕組みを設けることが重要です。
③有事の初動対応~自主報告による減額と専門家への相談
社内で違反広告の疑いが発覚した場合には、直ちに広告を中止・修正した上で、事実関係を調査し、自主報告(課徴金50%減額)の要否を含めた対応方針を速やかに決定する必要があります。違反行為をやめた後も最長6か月間は課徴金対象期間が続くため、消費者の誤解を解消する措置をどのタイミングで講じるかも、負担額に直結します。初動の巧拙が結果を大きく左右しますので、薬機法に精通した弁護士に早期に相談されることをお勧めいたします。
まとめ

薬機法の課徴金制度は、「違反のやり得」を許さないという明確な思想のもと、売上額の4.5%という強力な金銭的制裁を設けた制度です。対象期間は違反をやめた後にも及び、利益ではなく売上をベースに算定されるため、その破壊力は多くの事業者の想像を超えます。そして令和7年の初の措置命令事例は、規制の対象となる「広告」が、Webや紙媒体にとどまらず、販売現場の口頭トークや掲示物にまで及ぶことを明確に示しました。
ヘルスケア・美容関連の商品を扱う以上、広告コンプライアンスはもはや「攻めのマーケティング」と不可分の経営課題です。承認・届出の範囲内での誠実な情報発信を徹底し、販売現場と外部委託先まで含めたチェック体制を構築することが、課徴金・措置命令・社名公表という重大リスクから企業を守る唯一の道となります。自社の広告運用や販売現場の管理体制に少しでも不安がある場合には、手遅れになる前に、専門家によるリーガルチェックを受けることを強くお勧めいたします。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
薬機法
中央大学法科大学院・埼玉工業大学での講師活動、法テラス民事法律扶助審査委員・埼玉県意見表明等支援員としての公的活動を通じ、幅広い法的知見を持って依頼人の権利と事業を守る。公益社団法人埼玉県暴力追放・薬物乱用防止センター主催の不当要求防止責任者講習でも講師を務め、民事介入暴力対策委員会・子どもの権利委員会所属。




