経営者の皆様にとって、従業員の「能力不足」への対応は、組織の生産性を維持する上で避けられない課題の一つです。しかし、安易な解雇は法的な紛争(解雇無効)に発展するリスクが非常に高く、慎重な対応が求められます。

はじめに

日本の労働法体系において、解雇を有効とするためには「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です。特に「指導改善の機会の付与」とその「記録」が重要です。

「能力不足」による解雇が認められるための大原則

裁判例において、単に「期待していた成果が出ない」というだけでは解雇の理由として不十分とされることがほとんどです。解雇はあくまで「最終手段」であり、その前に会社として尽くすべき義務があると考えられています。

特に重要視されるのが以下の3点です。

具体的・客観的な能力不足の証明:抽象的な評価ではなく、具体的なミスや数値での不足を示すこと。

改善の余地の有無:従業員に改善のチャンスを与え、それでもなお改善されなかったと言えるか。

職務回避の努力:配置転換や職種変更など、解雇を避けるための他の手段を検討したか。

「指導改善の機会」が持つ法的な意味

「指導改善の機会を与えたこと」は、裁判所が「会社は努力したか」を判断する最大の指標になります。 経営者として、まずは以下のステップをイメージしてみてください。

問題の指摘:どの業務の、どの部分が、どのように不足しているかを明確に伝える。

改善の指示:期待される水準(ゴール)を具体的に示し、期間を設定する。

教育・訓練(OJT/研修):ただ「頑張れ」と言うだけでなく、スキルを習得するための支援を行う。

注意喚起・警告:改善が見られない場合、このままだと「解雇」を含めた不利益な処分があり得ることを書面などで警告する。

これらを丁寧に行うことで、初めて「改善の機会を与えたが、本人の意欲や能力に欠陥があり、更生が不可能である」という結論が法的に保護されるようになります。

「記録」こそが最強の防御策である理由

たとえ熱心に指導していても、それが「客観的な証拠」として残っていなければ、法廷では「なかったこと」と同じになってしまうことがあります。

記録が重要である理由は、主に2つあります。

指導の「継続性」を証明する:一度注意しただけでなく、繰り返し、粘り強く指導した軌跡を示すため。

「適正なプロセス」を証明する:感情的な解雇ではなく、一貫したルールに基づいた評価と指導の結果であることを示すため。

そして、具体的には、「いつ、誰が、どのような内容の指導を行い、本人はどう反応したか」を指導記録簿や面談シートとして蓄積しておく必要があります。

どの様な指導を行うべきか

1. 指導の具体化と数値化

「やる気がない」「能力が低い」といった抽象的な表現は、裁判では通用しません。

客観的な事実: 「〇月〇日の会議資料に3か所の計算ミスがあった」「今月の成約数が目標の20%に留まった」など、誰が見ても明らかな事実を指摘します。

期待値の明示: 「この業務には通常3時間かかるが、あなたは5時間かかっている。来月までに4時間以内に収めてほしい」といった具体的なゴールを設定します。

2. 教育・支援の実績(OJT)

「注意した」だけでなく、「改善を助けた」という実績が必要です。

具体的な支援: 習熟度の高い先輩社員をメンターにつける、マニュアルを再確認させる、外部研修に参加させるといった支援を行います。

記録作成の3つのポイント

1.客観性と具体性

 ×「態度が悪かった」という評価

〇「〇月〇日の面談中、机を叩いて立ち去り、指導を拒否した」という事実の記載

主観を排除し、いつ、どこで、誰が、何をしたかを詳しく書きます。

2.指導と反応のセット

指導内容だけでなく、それに対する従業員側の言い分や反応もセットで記録します。

「本人は〇〇という理由でできないと主張したが、会社は△△という改善案を提示した」という経緯が、プロセスの適正さを証明します。

3.改善期間の明示

指導したその日に結果を求めるのではなく、「〇週間の経過観察期間を設ける」といった、改善のための妥当な猶予を与えた記録を残します。

まとめ

以上にご案内しました通り、能力不足による解雇のためには、「問題の指摘」「改善の指示」「教育支援」のプロセスが不可欠であり、そのプロセスの実施を具体的証拠に基づいて証明することが必要です。 指導内容と本人の反応をセットで継続的に記録し、改善の猶予を尽くすことが、法的リスクから会社を守る最強の防御策となります。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 村本 拓哉

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