
人手不足解消や事業展開の必要性のために、中途採用により即戦力人材を採用するということが予想されます。このようにして採用された従業員に能力不足が見られる場合、使用者としては解雇を検討することがあると思いますが、どの程度の能力不足やその他の事情があれば解雇ができるのかについて、解説をいたします。
即戦力人材の解雇についての基本的な考え方

管理職、技術者、営業職員等が、高い技術や能力を評価されて特定の役職に即戦力として中途採用されたものの、期待された技術や能力を有していなかったという場合、使用者において技術・能力不足の判定が適切になされ、改善の機会を与える等の配慮をしている場合、解雇の事由が認められる傾向があります。
今回は令和3年以降の裁判例において、解雇が有効と判断された事例を紹介いたします。
能力不足及び改善の姿勢が無いという理由で解雇が有効と判断された裁判例

まず、解雇無効確認等請求事件 〔ZemaxJapan事件〕という裁判例を紹介いたします(東京地方裁判所令和3年7月8日判決)。
被告は、米国a社が開発した物理系ソフトウェア(光学設計解析ソフトウェア等)の販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務とする株式会社であり、原告はこの会社にエンジニアリングサービスを行う技術者として、年俸850万円、賞与100万円という条件で採用された従業員です。
原告は,転職サイトであるリクナビネクストにおいて,原告がb大学理工学部物理学科を卒業後,株式会社c,d株式会社等で数多くの量産製品の開発設計の業務を行ってきた物理系技術職のエンジニアである旨記載した履歴書(エントリーシート)を登録していました。
しかし、就職後、原告は、顧客等からの質問に対してひと月に51件の回答をしたが、他国のエンジニアに比べて回答の件数が少なく、原告の顧客の質問に対する回答の中には,英語サイトのリンク先やマニュアルの該当箇所を示すだけのものがあり,一部の顧客から不満が出ていました。
また、顧客向けのセミナー講師を担当したものの、原告が講師を担当した日のセミナー受講者のアンケートには原告に対する不満が記載されているものがあったことが認められ,改善が必要でした。さらに、原告が被告代表者に対しセミナー講師の負担が大きくその前後にテクニカルサポートを休みたい旨申告し,被告代表者がそれを認めなかったということがありましたので、この点でも原告の能力不足が認められました。
被告の職員は、原告の能力不足の改善を図るために、以下に記載するように、様々な機会を与えましたが、原告はその機会を利用せず、改善の姿勢を示しませんでした。
原告は,被告代表者が工面したバディ(先輩に対する相談制度)を積極的に活用せず,被告代表者からテクニカルサポートの回答にスクリーンショットを添付するよう指示され了解した旨回答しながらスクリーンショットを添付した回答を自ら作成する姿勢を示さず,被告代表者から,担当業務について調整するため何により忙しいのか説明を求められても,少なくとも訴外Bの認識とは異なる回答をし,あるいは忙しい理由の説明を拒否しました。
また、被告代表者からの今後の業務に関する考えや被告での就労に関する考えを問われても回答せず,勤務継続についてどちらでもいい旨の回答をし,被告代表者から担当業務の詳細を確認するメールの送信を受けても返事をせず,顧客の質問に対する回答を後回しにしながらその理由の説明も拒否し,他方,被告代表者から対応をしなくてよいと指示を受けた質問について,改めて被告代表者の了解を得ることもなく勝手な判断で回答を送信しました。
以上のような事情を考慮して、裁判所は、即戦力人材として採用された原告の解雇を有効と判断しました。
重大な能力不足があり、改善の可能性が無いという理由で試用期間満了前の解雇が有効と判断された裁判例

次に、東京地裁の令和 3年10月20日の地位確認等請求事件における判決を紹介します。
被告は,食用油のろ過装置を開発する会社であり、装置の溶接を担当する技術者の採用を検討し、大口の受注や大型機の製造に加え,B課長やF相談役の体調不良が重なり,溶接グループの他の社員が繁忙となったため,即戦力となる経験者を雇い入れるべく,次のような求人票を提出しました。
「職種 板金加工 溶接(経験者)
(イ) 仕事の内容 食品関連機械の食用油濾過機の製造業務
鉄・ステンレス板の板金加工,溶接
使用用具・設備として,サンダー・ドリル・アルゴン溶接機・ベンダー等を利用します。
溶接:ステンレス2mm(厚),鉄2~5mm(厚)
(ウ) 必要な経験等 溶接,他板金加工経験」
原告は,被告に対し,添え状,履歴書及び職務経歴書を提出し,採用の申込みをしました。
添え状には,「私は,手溶接,半自動溶接はもとより,ステンレス,アルミニウム,チタン等のTIG溶接(アルゴン溶接)を主に経験してきました。板厚も1mmから20mm位までの,あらゆる形状のものを製作してきました。」と記載されていました。
また,履歴書の「本人希望記入」欄には,職種に関する希望として,「製造(TIG溶接が得意です)」と記載されていました。
そして,職務経歴書には,①c社において,平成24年7月,大森工場製造課に配属され,「製造(受注生産品を含む),生産技術,検査,技術指導(TIG溶接)等,様々な業務」をこなしたこと,②「金属加工する会社でアルミ溶接という専門技術にであい,技術の習得に励む。社内では様々な仕事があったが(機械加工,組立,その他の溶接),持ち前の手先の器用さで,アルミ溶接の専任として勤務」したこと,③資格として,「ガス溶接技能講習」「アーク溶接技能講習」等を受講したことなどが記載されていました。
しかし、入社後、原告が製作したもののうち,商品にならないと判断されるものが多数に上りました。
上蓋ストッパー 354個中339個
圧力スイッチカバー 50個中49個
引っ掛けドライバー(大) 60個中58個
これらのものには溶接不良が見られ、その原因のほとんどは,トーチ(「溶接材」を溶かす小型の手持ち式の器具)を動かす速さや,トーチと溶接材との間隔が一定でないこと,直線的に溶接できないこと,仮止めがしっかりとできていないことにありました。
D部長及びE社員は,原告と面談し,このままの技術水準ではよほど真摯な努力をしなければ雇用の継続は難しいことなどを伝え、また,D部長,B課長及びC係長は,同日,原告と面談し,原告の技術水準や改善すべき点などを説明しましたが、その後も原告は被告から製作を求められた物を製作することができませんでしたので、被告は原告の試用期間が満了する前に原告を解雇しました。
以上のような事情に鑑み、裁判所は、原告が本採用までに製作した製品の数は合計で数百点に及び,原告の技術水準を判断するには十分であったと認められるから,被告において,試用期間の満了を待たずに,原告が期待された技術水準に達する見込みがないと判断したことにも合理的な理由があるというべきであると述べ、本件解雇は社会通念上相当であると判断しました。
まとめ

以上の通り、裁判例をご紹介しました通り、即戦力として中途採用されたものの、期待された技術や能力を有していなかったという場合、使用者において技術・能力不足の判定が適切になされ、改善の機会を与える等の配慮をしている場合、解雇の事由が認められる傾向があります。
具体的にどのような事情があれば、解雇の事由が認められるのかについては、以上に紹介した裁判例が参考になるところであり、能力不足があるだけでなく改善の姿勢が見られない、若しくは、重大な能力不足があり、改善の可能性がないというような点が、解雇の基準になると考えられます。
今後、人手不足や事業展開の必要性から、企業の中途採用の機会は増えていくことが予想され、反対に、中途採用者の解雇の問題が生じるということも想定しておくのが望ましいと考えますので、以上のことをご参考にして頂けますと幸いです。また、弁護士は、以上のような問題について適切なアドバイスができますので、実際に解雇を検討すべき問題が生じている等のお悩みの際はぜひご相談ください。
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