令和元年5月に改正された「労働施策総合推進法」の改正があり、パワーハラスメント(パワハラ)は国内でますます注目度が上がっていると考えられます。ただ、ここ10年ほどの間でも、パワハラがニュースや裁判で取り上げられる状況は続いており、そこでは高額の慰謝料が認定されているものもあります。そこで、今回はパワハラの定義を改めて簡単に確認しつつ、近時の裁判例におけるパワハラ行為に対する慰謝料について、傾向をご説明いたします。

パワハラ被害についての慰謝料額の傾向とその考慮要素について

パワーハラスメントとは

パワーハラスメント(以下「パワハラ」とは、“職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されるもの”と労働施策総合推進法第30条の2にて定義づけられています。

厚労省が公表している「民事上の個別労働関係紛争」の相談内容としては、延べ316,072件の相談件数のうち、「いじめ・嫌がらせ」というパワハラが問題となる項目が全体の17.4%・54,987件を占めるとされており、件数としてはトップであるといえます。

「優越的な関係」とは

 パワハラの定義の中で挙げている「優越的な関係」とは、典型的には地位に上下の関係がある場合でしょうが、同僚や部下によるハラスメント行為であっても、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難である場合や、その者らが集団によって抵抗・拒絶し難い場合などは、「優越的な関係」に当たることもあると考えられています。

パワハラの6類型

 パワハラの代表的な言動の6類型としては、

(1)身体的な攻撃(例:暴行・傷害)
(2)精神的な攻撃(例:脅迫・名誉棄損・侮辱等)
(3)人間関係からの切り離し(例:隔離、仲間外し、無視 等)
(4)過大な要求(例:遂行不可能なことの強制等)
(5)過小な要求(例:不合理な役不足の仕事を命じる 等)
(6)個の侵害(例:私的なことに過度に立入る) 

が挙げられています。

 このような行為は、労働環境を害するもの、すなわち「精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる」という要素をはらむといえるでしょう。そして、このような行為があれば被害者は人格を傷つけられ、その人格権を侵害されることにより慰謝料を請求する権利があると考えられるのです。

パワハラにおける慰謝料の認容額の傾向

平成24年から令和3年ころまでの裁判例の傾向を見ると、パワハラ被害が問題となって訴訟が提起された事案において、慰謝料が認められたものの傾向としては、慰謝料の認容額は50万円未満から1000万円超という幅広い事案があることが分かります。

ただ、そのような中でも、9割近い事案が200万円未満の慰謝料となっており、300万円以上の事案は18%程度となっているようです。

裁判例などに見られる慰謝料算定における考慮要素

大まかな考慮要素

上記のとおり、慰謝料の認容額の大まかなレンジとしては50万円未満から1000万円超といった幅があるようですが、大きくその判断の要素を見ると、行為対応の悪質性・ハラスメント行為の継続性・被害者への影響(精神疾患などの発症や自殺に至ってしまった場合など)・被害者の素因・被害者側の対応 などを総合的に判断している傾向が見られます。

被害者の精神疾患等の発症

パワハラの結果、退職をしたという場合や、被害者がうつ病などの精神疾患を発症した場合、裁判所はその点を考慮して慰謝料の算定要素としているケースが見られます。

パワハラ行為そのもの及び被害があることが明らかとなっても、慰謝料額が200万円未満というケースもあり、さらには50万円未満というケースもありますが、そのような低額にとどまるケースの認定では、具体的な被害結果が認定できないという場合であったり、結果はあるもののパワハラ行為との相当因果関係が認められないという場合になっているようです。

被害者の自殺

 ニュースなどでも時折パワハラ被害により被害者が自殺するに至ったとされる痛ましいケースが取り上げられますが、そのような痛ましい結果に至った場合でも、パワハラ行為と自殺との間の因果関係が問題となります。

 すなわち、パワハラ行為は認定できたとしても、元々被害者側に精神疾患があり、通院歴があるといった事情がある場合や、被害者自身に健康維持に配慮すべきであったところそれを怠っていたという落ち度があったとして、素因減額や過失相殺を認め、元々の慰謝料認定額から5割以上減額する、という裁判例もあるようです。

その他の関係する要素

上記のような結果に着目するケースだけではなく、もちろんパワハラ行為そのものの悪質性や、何度もパワハラ行為がなされているという継続性といったものも、考慮をしている裁判例があります。

ただ、そのような「悪質性」「継続性」がどの程度慰謝料額を増額させたのかということは類型化することが難しいといえ、要素の一つではあるものの、どの程度の影響があるかは一概にはいえないでしょう。

近時の裁判例

長崎地方裁判所令和3年8月25日判決

被害者が上司からパワハラを受け適応障害を発症し仕事が続けられなくなったとして、当該上司と勤務先に対し損害賠償請求を求めた事例においては、「俺の何が気に食わないのか、逃げるのか、俺に対して失礼だと思わないのか」などと退職意思を述べた示した被害者に対する不適切な言動であったとして、違法だと認定されています。

もっとも、当該判決は、被害者の精神的苦痛があったことは認定しているものの、その対応・程度や、経緯適応障害との相当因果関係がないと考えられることなどから、慰謝料としては30万円を認めるに留めています。

大阪地方裁判所平成30年5月29日判決

会社の従業員である被害者が、上司から「お前ほんまにいらんからもう帰れ。迷惑なんじゃ。」などと言われたり、「お前をやめさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としてないんじゃ。」などと発言して社内の機械を壊した始末書作成を強要するなどし、「嘘つけ。お前いうこと聞かんし。そんなんやったらいらんから帰れや。」といって懲罰として1時間にわたり立たせるなどした行為を「業務指導の域を超えた嫌がらせ・いじめ」として人格を否定する行為であってパワハラに該当する、と認定しました。これらの行為の結果、被害者はうつ病を発症し、5年半の通院・自宅療養生活を余儀なくされたとして、慰謝料は300万円が相当、としています。

仙台地方裁判所令和2年7月1日判決

 公立学校教員であったAさんは、先輩教諭から注意を受け極めて精神的に不安定になっていたにもかかわらず、その後に更に同先輩教諭から注意を受け、心理的負担等が過度に蓄積、うつ状態を悪化させた結果、自殺を図りました。

 先輩教諭からの注意を受けAさんの精神状態が悪化していたにもかかわらず更に注意を続けたという事実に着目した本件は、当該先輩教諭からの注意行為につき「業務上必要かつ相当な範囲を超える」として不法行為、すなわちパワハラ行為に該当することを認めました。

 その上で、亡くなったAさんの死亡慰謝料として2000万円を、さらに遺族であるAさんの両親に対し、固有の慰謝料がそれぞれ200万円ずつ発生すると認定しました。すなわち、Aさんに生じた「自殺」という結果や、先輩教諭が執拗に注意を続けてうつ病を発症させた結果が「自殺」であることに着目し、計2200万円もの高額な慰謝料を認めているのです。

慰謝料だけではない、ハラスメントの社会的リスク

 上記の裁判例のような慰謝料の支払義務が認定されることは、直接的な経済的な意味でのハラスメントリスクといえますが、このようなもの以外にも、会社自身に被害が生じるということを忘れてはなりません。

社内における被害

 パワハラのようなハラスメントが横行する職場では、その環境は悪化し、当然作業効率は著しく低下します。

 また、それだけではなく、このような悪質な環境から人財が流出する、ということも容易に繋がってしまいます。特に人手不足はどの業界でも問題になっている昨今では、従業員は容易により良い職場を求めて退職してしまう可能性が高くなっています。

対外的な被害

 パワハラが問題になり、ニュースやSNSなどでその事実が広まれば、レピュテーション・スポンサー撤退など、会社自体の価値を大きく損ねることに繋がります。

 事前のパワハラを含むハラスメントについての啓もう活動はもちろんのこと、事後措置を誤った場合にも、これらの問題は大きな損害を生んでしまうのです。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 相川 一ゑ

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