近年、退職代行サービスの利用が急増しており、企業側が突然の退職通知に直面する事例が目立つようになってきました。

さらに、引き継ぎの拒否や有給休暇の一括消化など、従業員の一方的な行動によって業務の停滞や損害が発生するケースも少なくありません。

本コラムでは、退職にまつわる代表的なトラブルである退職代行、引き継ぎ拒否、有給休暇の一括取得について、それぞれの法的な位置づけや実務上の留意点、企業側がとるべき予防策を解説します。

退職代行とは何か?企業側が知るべき基本

退職代行サービスとは、従業員が自ら会社に退職の意思を伝えるのではなく、第三者がその意思を代行して伝えるというサービスです。弁護士が行うものもあれば、法的資格を有しない民間業者が運営しているものもあります。

このような代行サービスの利用により、企業は突然「本日をもって退職いたします」といった通知を受け取ることになります。LINEやメールを通じて一方的に通知され、本人との直接連絡が一切取れないケースも珍しくありません。

民法では、労働者は原則としていつでも退職することができ、また退職の意思表示が使用者に到達すれば、それ自体は法的に有効とされます。

そのため、たとえ本人が直接申し出ていなくとも、正当な代理権を有する者から退職の意思が伝えられれば、企業はこれを無視することはできません。

もっとも、非弁護士による退職代行が労働者の代理として退職手続きに関する交渉(退職日、有給取得、離職票の送付など)を行うことは、弁護士法違反となる可能性があります。

そのため、企業としては、代理人の資格を慎重に確認する必要があります。

退職代行から連絡が来た際の実務対応

まず、退職の意思が固いのか、誤解や行き違いがないかを確認することが大切です。

こうしたことを確認することで、後々のトラブル回避にもつながります。

もっとも、弁護士が代理している場合は、ご本人と直接連絡をすることをお控えくださいと伝えられることが一般的です。この場合は、相手方に直接連絡を取るとトラブルになる可能性があります。

相手方(代理人)と全く連絡が取れない、あるいは連絡を拒否している場合には、通知の内容を整理し、退職日や最終出勤日、残りの年次有給休暇の扱いなど、企業側としての対応方針を文書で提示することが望まれます。

また、退職の意思表示が非弁業者から届いた場合には、その範囲を超える交渉に応じるべきではありません。

この場合、弁護士法に抵触するおそれがあるため、「本人からの直接の申し出を求める」と伝えることが、企業リスクの回避につながります。

就業規則や雇用契約書で「退職は○日前までに書面で申し出ること」といった条項が定められている場合でも、実際の裁判では退職の自由が優先される傾向があり、一方的な退職でも、法的には認められる可能性が高いという点も理解しておく必要があります。

引き継ぎを拒否された場合の企業対応

退職にあたって業務の引き継ぎを求めるのは当然と思われがちですが、法令上「引継義務」という明文の規定は存在しません。

ただし、労働契約に基づく付随義務や、民法上の信義則により、退職前に業務を適切に引き継ぐことは、一定程度求められると解されています。

しかし、現実には、退職代行利用者の中には出社を拒否し、引き継ぎどころか会社の物品すら返却せず、連絡が途絶えるケースも少なくありません。こうした場合、法的に出社を強制することはできず、企業としても打つ手が限られるのが現実です。

引き継ぎがなされなかったことで明確な損害が発生した場合、理論上は損害賠償請求をすることも可能ですが、その立証のハードルは高く、時間やコストをかけても認められにくい傾向があります。

したがって、引き継ぎ問題への現実的な対応策としては、日頃から業務の属人化を防ぎ、マニュアル整備を行い、誰が抜けても業務が回る体制をつくっておくことが最も有効です。

また、就業規則において「退職時には業務の引き継ぎを行うこと」や「物品の返却義務」を明文化しておくことで、一定の抑止力になります。

有給休暇の一括取得を申し出られた場合の対応

退職にあたって、残っている年次有給休暇をすべて取得したいという申し出は、法的には基本的に正当な権利として認められています。労働基準法では、年休の時季指定権は労働者にあるとされており、企業側がこれを拒むことは原則としてできません。

企業側には、「時季変更権」の存在自体はありますが、これは「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られます。加えて、退職日が確定している場合には、もはや変更の余地がないため、企業側は時季変更権を行使できないのが通説です。

そのため、退職前に有給休暇をまとめて取得される場合、業務の引き継ぎができない、繁忙期に支障が出るといった事情があっても、法的には拒否することが困難です。

企業としては、退職の申し出を受けた段階で残日数を確認し、取得日数を逆算して最終出勤日を設定するなど、事前調整に努めることが重要です。

また、可能であれば一部の有給を買い取る提案や、段階的な取得を提案することで、円滑な引き継ぎとの両立を図る努力も必要です。

就業規則の整備でトラブルを予防する

退職に関するトラブルの多くは、就業規則の不備や曖昧な運用に起因しています。

たとえば、退職の申し出方法や時期、引き継ぎに関する手続き、会社設備の返却期限などが明文化されていない場合、従業員との認識のズレが生じやすくなります。

就業規則には、以下のような内容を明記しておくと、予防的効果が期待できます。

退職の意思表示は原則として書面で行うこと、退職は退職希望日の1か月前までに申し出ること、引き継ぎや業務マニュアル作成の義務があること、退職時に社用物をすべて返却する義務があること、これらの義務に違反した場合には、損害賠償の対象となることがあることなどです。

また、退職代行業者から連絡があった場合に備え、本人確認の手段や、代理人とのやり取りの方針についても社内でマニュアル化しておくと安心です。

実務上よくある疑問への対応

LINEで退職の連絡が来た場合、その内容が明確であれば法的には有効と解される可能性があります。ただし、本人確認や内容の真正性に疑義がある場合には、書面での再確認を求めることが望ましいでしょう。

出社せずに退職された場合でも、労働した分の給与は当然支払う必要があります。ただし、無断欠勤期間があればその分は支払い義務がありません。

また、返却されていない物品がある場合は、催告と証拠の保全が必要です。

退職者から離職票の発行を求められた場合には、原則として10日以内に発行することが求められます。発行を拒むことはできませんので、適切な書類作成と提出が必要です。

まとめ:退職リスクへの備えこそ企業防衛の第一歩

退職代行、引き継ぎ拒否、有給休暇の一括取得など、従業員側からの一方的な行動に企業が翻弄される場面は今後ますます増えると予想されます。

法的には企業側に不利となるケースが多いため、事前の備えと初動対応の正確さが極めて重要です。

普段から業務マニュアルを整備し、属人化を排除する。就業規則を時代に即した内容に更新する。トラブルが生じた場合には、感情的に対応することなく、法的に妥当な範囲で冷静に処理する姿勢が求められます。

なお、こうした問題に直面した際には、企業法務に精通した弁護士に相談し、適切な対応方針を策定することをお勧めします。当事務所では、就業規則のレビューから、個別の退職トラブルの対応まで、幅広くサポートを提供しております。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 遠藤 吏恭

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