昨今の労働力不足の中で、人材を採用しようとする場合に、人材紹介会社と人材紹介委託契約を結ぶことも多いと思います。今回は、人材紹介委託契約を結ぶ場合の注意点について、契約書の条文に沿ってコメントしてみました。

一 はじめに

  人材紹介会社に、人材の紹介を依頼する場合、まず人材紹介委託契約を結ぶことになります。この契約の中で問題になることが多い条文をあげ、それに対するコメントを述べていきます。

二 人材紹介委託契約で問題になる条文

※ 以下、甲は人材紹介サービス利用する者、乙は人材紹介会社を言います。

 1 新規採用者の情報の正確性

  ① 条文

「乙は、甲に対し、本サービスの利用による採用の確実性、候補者の資質・能力および応募書類の情報の正確性など、本サービスの効果ならびに候補者の情報に関する保証は行わないものとする。」

  ② コメント

このような記載があると、新規採用者の学歴、職歴が虚偽であっても、甲は乙に対して、何の責任も問えないことになります(もちろん、学歴、職歴などの虚偽について、新規採用者の責任を問うことは可能です)。

採用の確実性、候補者の資質・能力については、乙は責任を負えないと思いますが、応募書類の正確性、新規採用者の情報に虚偽があった場合は、甲としては、乙に責任を持ってもらいたいところです。

上記の条文のように、乙が責任を負わないという条文もあり得ますが、応募書類の正確性、新規採用者の情報について、乙が責任を負うという条文もあり得ます。

 2 報酬の支払時期Ⅰ

  ① 条文

「甲による新規採用者の採用決定後、甲は乙に対し、本業務の報酬を支払うものとする。」

  ② コメント

「採用決定後」に、甲は乙に報酬を支払うことになっていますが、「採用決定」というのはいつのことを言っているのかはっきりしません。

報酬の支払い時期を決める基準ですから、「甲らが新規採用者の採用を決定し、新規採用者がこれに合意したとき」とか、「甲と新規採用者との間で労働契約が成立し、新規採用者が最初に甲に出社したとき」とか、具体的に決めた方がよいと思います。

 3 報酬の支払時期Ⅱ

  ① 条文

「乙は甲に対し、報酬額及び消費税を新規採用者が入社を決めた月の末日までに請求し、甲はこれを翌月末日までに乙の銀行口座に振り込んで支払う。」

  ② コメント

「新規採用者が入社を決めた月」とありますが、入社を決めたというのは、いつのことを指すのかよく分かりません。「甲と新規採用者との間で労働契約が成立したとき」とか「新規採用者が最初に甲に出社した月」とか具体的に決めた方がよいと思います。

 4 報酬の支払時期Ⅲ

  ① 条文

「人材サーチが行われる場合、甲は、リテイナー報酬を甲と乙の契約締結時に、中間報酬金をショートリストの提出時に支払うものとし、甲と求職者の間で雇用が成立した場合はコンプリーション報酬を支払うものとする。」

  ② コメント

契約成立時やショートリスト提出時に支払う報酬を決めた場合、候補者が見つからなかった、見つかっても契約に至らなかったというときに、リテイナー報酬、中間報酬が返還されるのかどうかはっきりしません(一般的に言えば、返還するという条文がなければ、返還を求めるのは困難です)。

また、そもそも人材紹介委託契約の場合は、甲が求職者を雇用できたときの成功報酬のみを支払うという契約が多く、契約成立時やショートリスト提出時に報酬を払うという自体があまりないことです。

このように決めるのであれば、リテイナー報酬、中間報酬は返還されるのか、返還されるとしたら全額か一部かなど、返還の条件を決めておくべきです。

 5 理論年収

  ① 条文

「乙の報酬は、前項の新規採用者の理論年収の30%とする。理論年収は、以下の各号に掲げる場合に応じてそれぞれ以下のとおりとする。

(1) 新規採用者を月給制で採用する場合

本件理論年収は、次の算式により計算する。

本件理論年収=(基本給(+職務手当)(+住宅手当)(+家族手当)+その他固定的に毎月支給される手当(ただし、交通費は除く。)+同職務同年齢者の月平均超過勤務手当)×12+(同職務同年齢者の前年実績賞与支給額)

(2) 新規採用者を年俸制で採用する場合

入社初年度1年間の年俸額を本件理論年収とする。ただし、年俸が「固定報酬+成果報酬」で決定される場合は、(固定報酬+期待する業績を達成した場合の成果報酬)より導いた年俸額を理論年収とする。」


  ② コメント

上記の理論年収の決め方が妥当かどうかのチェックは、その会社の給与体系を把握していない弁護士にとっては難しいことですので、ここは弁護士ではなく甲が自己の判断でチェックをする必要があります。

 6 新規採用者が退職した場合の返金Ⅰ

  ① 条文

「乙は、新規採用者が入社前あるいは入社日から60日以内に、自己都合、普通解雇、懲戒解雇(死亡、病気、甲の責めに帰すべき事由を除く)を理由に退職した場合、乙に対する報酬額及びこれにかかる消費税に対し、50%を乗じた金額を甲に返還する。」

  ② コメント

「入社前」「入社日」というのが何を指すのか、よく分かりません。出社のことを差すのでしたら、「乙は、新規採用者が初めて甲に出社する前、または出社日から60日以内に」のように、はっきりさせた方がよいと思います。

「自己都合」は「自己都合による退職」とした方がはっきりします。

なお、いつの時点で何%を返還するかは、甲と乙の契約次第ですが、たとえば以下のように規定することが考えられます。

入社後6ヶ月が経過する前に、自己都合による退職または普通解雇、懲戒解雇(死亡、病気、甲の責めに帰すべき事由を除く)を理由に退職した場合、乙はその終了時期に応じて、受領した手数料を、下記に従い甲に返還するものとする。     

最初の出社日から1ヶ月が経過する前:受領した手数料の80%

最初の出社日から1ヶ月が経過し、3ヶ月が経過する前:受領した手数料の50%

最初の出社日から3ヶ月が経過し、6ヶ月が経過する前:受領した手数料の10%

 7 新規採用者が退職した場合の返金Ⅱ

  ① 条文

「新規採用者が、本雇用開始日から3ヶ月以内に、正当な理由で解雇された場合(人員削減による解雇を除く)、または、新規採用者本人の意思で退職した場合(甲が新規採用者に対し、職務につき虚偽の説明をしたことに起因する場合を除く)、乙は、追加報酬を請求することなく代替候補者の選考に努めるものとする。」

  ② コメント

通常の契約書は、乙は甲に対し、報酬の●%を返還するというようになっています。代替候補者の選考に努めるとのことですが、代替候補者が見つからなかった場合は、3ヶ月でやめられても、あるいは新規採用者が役に立たない人物であった場合でも、支払った報酬は返ってこないことになってしまいます。

 8 損害賠償Ⅰ

  ① 条文

「甲および乙は、本契約に違反し、またはその責めに帰すべき事由により相手方に損害を与えたときは、その損害(間接的損害および逸失利益を除く)を賠償するものとする。」

  ② コメント

間接的損害は除くとのことですが、法律に間接的損害という用語がないので、何を指すのかはっきりしません。間接的損害とは何かということについて、交渉や裁判になった場合に、争いになってしまいます。法律にない言葉は使わない方がよいと思います。

また、逸失利益(責めに帰すべき事由がなければ、得られたであろう利益)を損害賠償の対象から外してしまってよいのか、(この条文は、甲、乙ともに適用されますが)損害を負う可能性が高いのは甲なので、甲はよく検討した方がよいと思います。

なお、このような条文がなければ、甲、乙とも、相手方に対し、法律で定められた損害を請求することができます。損害を負う可能性が高いのは甲なので、この条文は削除したいところです。反対に、損害賠償を請求される可能性が高い乙としては、このような条文を設けたいところです。

 9 損害賠償Ⅱ

  ① 条文

「甲、乙は、本サービスの遂行に際し、自己の責に帰すべき事由により相手方に損害を発生させた場合、現実に発生した直接かつ通常の損害を賠償するものとする。」

  ② コメント

「現実に発生した損害」「直接の損害」という言葉も法律にはないので、契約書の中では使わない方がよいと思います。その他は、上記のコメントと同様です。

三 まとめ

  以上、人材紹介委託契約で問題になる条文をあげてみましたが、もちろんこれですべてということではなく、問題になる条文は契約書によってさまざまです。

具体的な取引において、自社に不利な点がないかをよく検討してみることが大切です。

契約書チェックの意味

1 契約書の成立過程

契約書には中立のものはほとんどなく、また、完全に中立な契約書というものはありません。どちらか一方的に有利、かなり有利、ある程度有利など、程度の違いはありますが、どちらかに有利になっています。
具体的に言うと、契約を結ぶ際には、当事者の一方である甲が、乙に対して契約書の案を提示しますが、その案は、程度の差こそあれ、甲に有利になっています。

そして、最終的には、甲と乙の経済的な力関係に応じて、契約をぜひとも成立させたい側は多く妥協し、そうでない側は少しだけ妥協する、あるいは妥協しないということになります。
※ 経済的に弱い立場にある当事者を、最小限守るのが下請法、独占禁止法などになります。

ただ、力の強弱に応じて妥協する程度は異なるものの、契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかが分からなければ、どう妥協するのかを考えこともできません。

2 契約書チェックの意味

この点、つまり契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかを知ることが契約書チェックの意味になります。

担当者だけでは、十分な契約書のチェックができない場合は、顧問弁護士に依頼して、契約書をチェックしてもらいます。

チェックを依頼された弁護士は、職責上、不利と思われる点をすべて指摘し、不利な程度の大小も指摘しますが、もちろん弁護士が指摘するすべてについて妥協してはならないということではなく、会社の経営者は、弁護士の指摘を前提に、どこを妥協し、どこは妥協しないかについて、相手方に対する自社の経済的な立場も考慮して決め、相手方と交渉します。

なお、稀に弁護士が指摘したものをそのまま相手方にメールなどしてしまう企業の担当者の方がいますが、弁護士は職責上、不利な点はすべて指摘しますから、これをそのまま相手方に送ったのでは交渉になりません。弁護士のチェックをもとに、自社の立場から、何をどの程度主張するかを決めることが大切です。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫

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