
長年連れ添った配偶者との離婚を決意したとき、多くの方が直面するのが「離婚した後の生活をひとりで送っていけるだろうか」という経済面に関する不安です。
特に、子どもが独立して定年退職を迎える時期、あるいは老後が見え始めた時期に行ういわゆる「熟年離婚」では、若年層の離婚とは異なり、離婚後の就労による大幅な収入アップが難しいケースが多く見られます。そのため、離婚時にどれだけの財産を確保できるかが、その後の老後生活の質を直接左右することになります。
熟年離婚において最も重要となる手続きが、夫婦で築いてきた資産を分ける「財産分与」です。熟年離婚では、預貯金だけでなく、持ち家(不動産)、退職金、年金分割、生命保険など、対象となる資産が多額かつ多岐にわたるため、適切な知識を持って交渉に臨まなければ、本来受け取るべき財産を大きく逃してしまうおそれがあります。
本コラムでは、熟年離婚における財産分与の基本概要から、熟年離婚特有の財産(退職金・不動産・年金)の分割方法、相手の財産隠しを防ぐ調査法、さらには民法改正による請求期限の変更まで、弁護士の視点から分かりやすく徹底解説します。
財産分与の概要と3つの性質

「財産分与」とは、離婚に際して、夫婦の一方がもう一方に対して、婚姻中に夫婦で協力して築き上げた財産を分配する制度です(民法768条)。
熟年離婚の場合、同居期間が20年、30年と長期に及ぶため、夫婦で形成した財産の総額が数千万円単位と高額になる傾向があります。まずは財産分与の全体像を把握しておきましょう。
財産分与の割合は原則「2分の1」
財産分与の分配割合は、原則として2分の1です。 名義が夫(または妻)の単独名義になっている預貯金や不動産であっても、婚姻期間中に形成されたものであれば、それは「夫婦の協力によって築かれた共有財産」とみなされるためです。長年専業主婦(主夫)として家庭を支えてきた場合であっても、家事や育児による「内助の功」が対等に評価されるため、原則通り2分の1の権利が認められます。
財産分与の3つの性質
法律上の財産分与には、主に以下の3つの性質が含まれています。
- 清算的財産分与:婚姻中に築いた共有財産を清算して分け合う、財産分与の最も核心的な性質です。
- 慰謝料的財産分与:不倫やDVなど、離婚に至る原因を作った有責配偶者に対して精神的苦痛の賠償を含めて分与する性質です。
- 扶養的財産分与:離婚によって一方の配偶者が生活に困窮してしまうのを防ぐため、自立するまでの間、経済的に優位な側が生活費を補助する性質です。
特に長期間の専業主婦であった熟年女性が離婚する場合、清算的財産分与に加えて、一定期間の生活保障として「扶養的財産分与」が認められるケースもあります。
熟年離婚で財産分与の「対象となる財産」と「対象にならない財産」

適正な財産分与を受けるためには何が財産分与の対象になり、何が除外されるのかを正確に区別することが大切です。
財産分与の対象となる財産(共有財産)
婚姻成立から「別居時(別居せずに離婚した場合は離婚時)」までに夫婦の協力によって得られたすべての財産が対象となります。
- 夫婦双方名義の預貯金・現金
- 自宅などの不動産(土地・建物)
- 退職金(すでに支給されたもの、または将来支給される見込みのもの)
- 有価証券(株式、投資信託、国債など)
- 生命保険・学資保険などの解約返戻金などなど
財産分与の対象とならない財産(特有財産)
夫婦の協力とは無関係に形成された財産は「特有財産」と呼ばれ、原則として財産分与の対象から除外されます。
- 結婚前から所有していた預貯金や財産
- 婚姻中に自分の親や親族から相続・贈与によって得た財産や不動産
※注意点:ある財産が「特有財産である」と主張する場合、主張する側が客観的な証拠を提示して立証しなければなりません。立証できない場合は共有財産と推定され、財産分与の対象となります。
熟年離婚で争点になりやすい「4つの重要財産」の財産分与の方法

熟年離婚では、特に以下の4つの財産の扱いをめぐって激しい対立が生じやすくなります。
① 退職金(すでに受け取った・将来受け取る)
熟年離婚において、老後資金の大きな柱となるのが「退職金」です。
- すでに支給されている場合:別居時に口座に残っている退職金(または退職金で購入した資産)は、婚姻期間に対応する部分が財産分与の対象となります。
- 将来支給される予定の場合:定年退職まであと数年〜10年程度であり、勤務先の経営状態等から「将来退職金が支払われる蓋然性が高い」と認められる場合、分与対象となります。
計算にあたっては、退職金全額ではなく、「全体の勤続年数のうち、同居(婚姻)期間が占める割合」を算出して分け合います。
② 自宅不動産(持ち家・マンション)
長年住み続けた自宅不動産は、熟年夫婦にとって最大の資産であることが多い一方で、売却や名義変更をめぐって非常に複雑化します。
- 売却して現金で分ける:自宅を第三者に売却し、住宅ローンや売却諸費用を差し引いた利益を2分の1ずつ分配します。後腐れがなく最もトラブルが少ない方法です。
- 一方が住み続け、相手に代償金を支払う:一方が自宅を取得し、自宅の時価評価額からローン残高を引いた金額の半額(持分相当)を相手に現金(代償金)として支払います。
- オーバーローン(住宅ローン残高>自宅の評価額)の場合:不動産の価値がマイナスとなるため、原則として不動産は財産分与の計算から除外されます。
③ 年金分割
厳密には財産分与とは別の手続きですが、熟年離婚の金銭調整と切っても切れない関係にあるのが「年金分割」です。
年金分割とは、婚姻期間中に納めた「厚生年金の記録」を夫婦間で分割する制度です。
※対象となるのは厚生年金部分のみであり、国民年金(基礎年金)や個人年金は対象外です。
- 合意分割:夫婦間の協議または裁判所の手続きにより、分割割合を定めて分割します。
- 3号分割:2008年(平成20年)4月以降の「専業主婦(夫)」期間について、相手の同意がなくても国民年金第3号被保険者からの請求のみで、相手の厚生年金記録の50%を機械的に分割できる制度です。
熟年離婚の場合、年金分割を行うことで、将来受け取れる老齢厚生年金の額が大きく変動するため、必ず離婚時に手続きを行っておく必要があります。
④ 生命保険・損害保険
長年加入してきた積立型の生命保険や養老保険、学資保険なども対象になります。解約した場合に支払われる「解約返戻金」の額を保険会社から証明書で取得し、別居時点での評価額をベースに2分の1ずつ精算します。
熟年離婚で失敗しないための「財産隠し」対策

「夫(妻)がいくら財産を持っているのか、実は正確に知らない」という熟年夫婦は少なくありません。離婚を察知した相手が、別居前に預貯金を別の口座に移したり、隠し口座を作ったりする「財産隠し」を行うリスクがあります。
適正な財産分与を受けるためには、別居する前の「同居中」に自力で財産情報を集めておくことが決定的に重要です。
同居中に確認・確保しておくべき資料
- 預貯金:通帳の表紙および直近の取引明細・残高ページのコピー(銀行名・支店名の特定が必須)
- 不動産:売買契約書、固定資産税の納税通知書、住宅ローンの返済予定表
- 有価証券・投資:証券会社の取引報告書、配当金通知書
- 収入・退職金:源泉徴収票、確定申告書控え、退職金規定のコピー
- 保険:生命保険証券、解約返戻金案内のはがき
別居後や相手が隠す場合の「弁護士会照会」と「調査嘱託」
別居後や相手が開示を拒否する場合でも、弁護士へ依頼すれば合法的に財産を追及できる場合があります。
- 弁護士会照会(23条照会):弁護士会を通じて、銀行や証券会社等に対し、相手名義の口座情報や取引履歴の開示を求める手続きです(銀行名・支店名の特定が必要)。
- 調査嘱託(裁判手続内):調停や訴訟の中で、裁判所から金融機関や勤務先へ直接、財産資料や退職金見込額の開示を命じてもらう強力な手続きです。
【重要】民法改正による財産分与の「請求期限(除斥期間)」の変化

「離婚時には話し合わずに急いで離婚届を出してしまった」という場合でも、離婚後に財産分与を請求することは可能です。
ただし、法律上請求できる期限(除斥期間)が決められており、2026年(令和8年)4月1日施行の改正民法により、この期間が大幅に変更されました。
- 2026年(令和8年)3月31日までに離婚した場合:従来通り、離婚成立から「2年以内」
- 2026年(令和8年)4月1日以降に離婚した場合:民法改正により、離婚成立から「5年以内」
期限を1日でも過ぎてしまうと、どれだけ相手に多額の共有財産が残っていたとしても、法的に財産分与を請求する権利が完全に消滅してしまいます。可能な限り、離婚届を提出する前に財産分与の条件を確定させておくのが鉄則です。
熟年離婚の財産分与を弁護士に相談するメリット

熟年離婚における財産分与は、扱う金額が大きいだけでなく、不動産評価、自社株の評価、複雑な特有財産の主張など、専門的な法律・税務の知識が不可欠となります。
弁護士へご相談・ご依頼いただくことで、以下のような大きなメリットがあります。
相手の隠し財産を徹底的に調査・特定できる
弁護士会照会や調査嘱託などの法的に認められた手続きをフル活用し、不当に隠された資産を洗い出します。
適正な試算により、有利な条件で交渉できる
退職金の将来価値の算定や不動産の時価評価など、適切なアプローチで正当な分与額を導き出します。
相手と直接交渉する精神的ストレスから解放される
長年連れ添った相手と直接お金の交渉をするのは激しい感情的対立を生みます。弁護士が代理人となることで、直接連絡を取る必要がなくなります。
離婚協議書(公正証書)を作成し、将来の不払いを防ぐ
合意した条件を法的に不備のない強制執行認諾文言付きの「公正証書」にしておくことで、離婚後の金銭トラブルを未然に防止します。
まとめ

- 熟年離婚における財産分与の割合は、専業主婦(主夫)であっても原則「2分の1」である。
- 退職金や解約返戻金、不動産なども重要な共有財産として分与対象となる。
- 結婚前の預貯金や相続・贈与で得た財産は「特有財産」として除外されるが、立証責任が必要となる。
- 相手に財産を隠されないよう、同居しているうちにできる限り資料(通帳や証券)の写真を確保しておくことが最重要。
- 年金分割の手続きも忘れずに行い、老後の生活基盤を確実に確保する。
- 財産分与の請求期限は民法改正により、2026年4月以降の離婚については「5年」に延長された。
熟年離婚は、人生の後半戦を自分らしく、安心して生きていくための再出発です。相手からの不当な提示や「お金はない」という言葉をそのまま鵜呑みにせず、まずは一度、離婚・財産分与問題に精通した弁護士にご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 椎名慧
離婚・不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和7年登録後、離婚案件を中心に多数の家事事件に対応。依頼者の心情に寄り添った丁寧なヒアリングと、迅速な紛争解決の実務に精通している。夫婦間で激しい感情の対立がある状況において、粘り強い交渉力を発揮し、円満な解決に向けた法的支援に注力。若手ならではの機動力と最新の判例知識を武器に、依頼者の最善の利益確保に邁進している。




