
相続人の一人が何年も前から行方不明で、現在の住所も生死も分からない場合、遺産分割協議を進めることができません。このようなときに検討されるのが「不在者財産管理人」と「失踪宣告」です。どちらも行方不明者に関する家庭裁判所の制度ですが、目的と法律効果は大きく異なります。本コラムでは、要件、効果、期間、遺産分割への影響を比較します。
※本記事は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の相続集中チームの弁護士が執筆しています。
まず所在調査を行う

親族と連絡が取れないからといって、直ちに法律上の「不在者」や「生死不明者」になるわけではありません。戸籍の附票や住民票を取得して現在の登録住所を確認し、手紙、電話、メール、勤務先、親族、施設、海外渡航歴などを調べます。住民票上の住所に住んでいるが連絡を拒否しているだけなら、不在者財産管理人ではなく、遺産分割調停等で対応する問題です。
家庭裁判所へ申し立てる際には、警察への行方不明者届、返送された郵便物、現地調査報告、親族の陳述書、勤務先照会など、不在の事実を示す資料が必要になります。どの程度の調査が必要かは事案によりますが、「昔から音信不通」という抽象的説明だけでは足りません。
不在者財産管理人制度の目的
不在者財産管理人は、従来の住所または居所を去り、容易に戻る見込みのない人について、その財産を管理するために家庭裁判所が選任します。管理人は預貯金、不動産、賃料、税金等を管理し、保存行為を行います。遺産分割協議や不動産売却のように通常の管理を超える行為をするには、家庭裁判所の権限外行為許可が必要です。
この制度では、不在者は生存しているものとして扱われます。不在者が相続人である遺産分割では、管理人が不在者を代理し、原則として不在者の法定相続分に相当する利益を確保する内容で協議します。管理人は他の相続人の都合を優先する人ではなく、不在者本人の利益を守る人です。
失踪宣告制度の目的
失踪宣告は、生死不明の状態が一定期間続いた人について、法律上死亡したものとみなす制度です。普通失踪では生死が7年間明らかでないこと、戦争、船舶沈没、震災など死亡原因となる危難に遭遇した危難失踪(いわゆる特別失踪)では、危難が去った後1年間生死が明らかでないことが要件です。
【裁判所の説明】失踪宣告は、生死不明の人に対して「法律上死亡したものとみなす効果」を生じさせる制度です。
失踪宣告が確定すると、普通失踪では7年間が満了した時、危難失踪では危難が去った時に死亡したものとみなされます。その結果、不在者自身について相続が開始し、婚姻関係も死亡を前提に処理されます。単に現在の遺産分割を進める代理人を置く制度ではなく、本人の身分関係全体に重大な効果を及ぼします。
二つの制度で遺産分割の当事者が変わる
不在者財産管理人を選任する場合、元の相続関係は変わりません。不在者本人が相続人として扱われ、管理人が家庭裁判所の許可を得て本人を代理します。例えば、父が死亡し、子Aと行方不明の子Bが相続人なら、AとBの管理人が父の遺産を分けます。
失踪宣告を利用した場合、Bは法律上死亡したものとみなされます。Bの死亡時期が父の死亡より前であれば、Bの子が父の相続について代襲相続人となる可能性がありますが、Bの配偶者は父の代襲相続人にはなりません。反対に、Bが父の死亡後に死亡したものとみなされる場合には、いったんBが父の遺産を相続し、その持分をBの配偶者や子などがBの相続人として承継する可能性があります。失踪宣告によって当事者が減るとは限らず、死亡時期に応じた二段階の相続関係を正確に確認する必要があります。
申立人・管轄・費用の違い
不在者財産管理人の選任は、利害関係人または検察官が、不在者の従来の住所地または居所地の家庭裁判所へ申し立てます。収入印紙800円分、郵便料、官報公告料のほか、管理人報酬や管理費用を賄うため予納金を求められることがあります。遺産分割を目的とする場合は、管理人選任後に権限外行為許可の申立てが必要です。
失踪宣告も、配偶者、相続人となる人、財産管理人、受遺者など法律上の利害関係人が、不在者の従来の住所地または居所地の家庭裁判所へ申し立てます。収入印紙800円分、郵便料、官報公告料が必要です。裁判所は調査を行い、公示催告によって本人や生存を知る人からの届出を求めるため、手続には相当期間を要します。
失踪宣告は行方不明期間が重要
不在者財産管理人には、法律上「何年以上行方不明」という一律の期間要件はありません。重要なのは、従来の住所等を去り、容易に戻る見込みがなく、財産管理の必要があることです。行方不明になって間もない場合でも、緊急に財産を管理する必要があれば検討対象となります。
これに対し、普通失踪は原則7年間の生死不明が必要です。6年間行方不明で遺産分割を急いでいても、普通失踪の要件を満たしません。その場合は不在者財産管理人を選任するのが通常です。危難失踪は、単なる音信不通ではなく、死亡の原因となる特定の危難に遭遇したことが必要です。
失踪宣告後に本人が生存していた場合

失踪宣告後に本人が帰還したり、実際の死亡時期が異なることが判明したりした場合、本人または利害関係人は失踪宣告取消しを申し立てます。取消しにより身分関係や財産関係を元に戻す問題が生じますが、失踪宣告を信頼して善意で行われた行為の効力や、現に利益を受けている範囲での返還など、法律関係は複雑です。
例えば、失踪宣告を前提に不動産を相続し、その後売却した場合、帰還者と取得者、買主の関係を整理しなければなりません。失踪宣告は単に遺産分割を簡単にする手段ではなく、本人を死亡扱いにする重大な制度です。生存可能性や家族関係を十分検討し、慎重に選択します。
どちらの制度を選ぶべきか
行方不明者が生存している可能性が高い、7年を経過していない、本人の財産を管理しながら特定の遺産分割だけを進めたい場合には、不在者財産管理人が適することが多いです。本人の死亡を前提とせず、管理人が本人の相続分を確保するため、制度の影響を対象財産の管理に限定できます。
長期間にわたり生死不明で、本人の婚姻、相続、財産関係を死亡として整理する必要があり、普通失踪または危難失踪の要件を満たす場合には、失踪宣告を検討します。ただし、失踪宣告によって新たに相続人となる人を戸籍で確認し、二次相続まで含めた当事者関係を予測する必要があります。
海外にいる可能性がある場合
本人が海外へ移住した可能性がある場合、単に日本の住民票が消除されているだけで不在者と判断することはできません。外務省、在外公館、海外の親族、勤務先、SNS、送金記録など、可能な調査を行います。外国で死亡している可能性がある場合には、現地の死亡証明書、戸籍・身分登録、翻訳、外国法上の手続が問題になります。
海外で死亡していたことが後から判明した場合、失踪宣告ではなく、実際の死亡を日本の戸籍へ反映させる手続を検討します。国際相続では、国籍、常居所、財産所在地によって準拠法や裁判管轄も問題になるため、国内の不在者手続だけで完結しないことがあります。
海外在住や連絡拒否は「行方不明」とは限らない

相続人が海外に住んでいる、住所は分かるが返事をしない、親族との交流を断っているというだけで、不在者財産管理人を選任できるとは限りません。住所や連絡先が把握できる人には、書面、国際郵便、代理人を通じて協議参加を求めます。単に協議に反対している人を排除するために不在者制度を使うことはできません。
一方、住民票上の住所に居住しておらず、親族・勤務先・知人・在外公館等への照会をしても所在も生死も分からない場合には、不在者と評価される可能性があります。申立てでは、最後に連絡が取れた時期、捜索方法、郵便の返送状況、警察への届出など、不在の事実を具体的に示します。
制度選択の具体例
例えば、数年前に家を出た相続人について、生存している可能性が高く、今回の遺産分割だけを進めたい場合は、不在者財産管理人を選任し、権限外行為許可を得る方法が考えられます。これに対し、20年以上生死不明で、本人の配偶者や子の身分関係、本人名義財産全体を整理する必要がある場合は、失踪宣告を検討する余地があります。
ただし、失踪宣告後に本人が生存して帰来した場合には、宣告取消しと財産返還の問題が生じます。不在者財産管理人は本人のための財産管理であり、失踪宣告は死亡とみなす制度です。期間要件だけで選ばず、相続関係をどこまで変える必要があるか、本人帰来の可能性、管理すべき財産の範囲を比較します。
不在者が帰ってきた場合
不在者財産管理人が選任された後に本人が帰来し、所在が明らかになった場合、管理人の職務をそのまま続ける必要はなく、家庭裁判所への報告や管理処分の取消し・改任等を検討します。本人へ財産と管理状況を引き継ぎ、収支や処分の記録を明らかにします。管理人が本人のために適法に行った行為の効果は、単に本人が戻っただけで当然に消えるものではありません。
失踪宣告後に本人の生存が判明した場合は、家庭裁判所へ失踪宣告取消しを申し立てます。取消しにより身分・財産関係を戻す問題が生じますが、善意で取得・消費された財産について一定の調整規定があります。帰来の可能性が現実的にある事案では、この違いも制度選択時に考慮すべきです。
申立て前に行う所在調査

不在者財産管理人や失踪宣告を申し立てる前に、戸籍附票・住民票、親族・知人への照会、勤務先、郵便物、電話・メール・SNS、警察への行方不明者届など、可能な調査を行います。海外渡航の可能性がある場合には、最後に判明した国や在留資格、現地連絡先も整理します。
裁判所へは「連絡がない」という結論だけでなく、いつ、誰が、どの方法で探し、どのような結果だったかを資料化して提出します。捜索が不十分であれば追加調査を求められ、遺産分割がさらに遅れます。早い段階から返送封筒や照会回答を保管してください。
失踪宣告と死亡届は別の手続
失踪宣告は、戸籍上の死亡記載を行う前提となる家庭裁判所の審判であり、親族が役所へ死亡届を出すだけで成立するものではありません。事故や災害で死亡が確実でも遺体が確認できない場合には、認定死亡等の別制度が問題となることがあり、普通失踪・危難失踪と区別します。
どの制度を使うかで、死亡と扱われる時点や必要資料が変わり、相続人、保険金、婚姻関係にも影響します。「長く連絡がないから死亡届を出す」という対応はできません。所在不明となった経緯を整理し、家庭裁判所、行政手続、保険手続の関係を確認してください。
まとめ

不在者財産管理人は、行方不明者が生存していることを前提に財産を管理し、許可を得て本人を代理する制度です。失踪宣告は、普通失踪または危難失踪の要件を満たす人を法律上死亡したものとみなし、本人について相続を開始させる制度です。
現在の遺産分割を進めたいという目的だけで失踪宣告を選ぶと、本人の相続人が新たな当事者となり、法律関係がかえって複雑になることがあります。まず十分な所在調査を行い、本人の生存可能性、行方不明期間、二次相続、必要な財産管理を踏まえて制度を選択してください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
相続
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、相続・遺言を含む民事分野を幅広く取り扱っている。遺産分割協議や遺留分侵害額請求など、親族間の複雑な紛争解決に対応。緻密な事案分析と丁寧なヒアリングに基づき、円満かつ適正な遺産承継の実現に尽力している。




