【2026年8月最新】遺言書にハンコは不要? 押印廃止の民法改正と注意点

印鑑レス化(​脱ハンコ)が進む中、遺言書の「押印廃止」を盛り込んだ改正民法が2026年6月に成立しました。自筆証書遺言にハンコはいらなくなるのか、いつから適用されるのか、注意点や法改正ポイントを弁護士がわかりやすく解説します。

遺言書に押印は必要なのか?

遺言書に押印は必要なのか?

相続が発生し、いざ遺言書を使って手続をしようとしたときに、ハンコが押されていないことに気づく…そのようなケースのお話を聞くことは珍しくありません。
「相手方が出してきた遺言書はハンコが無いので無効ですよね?」とご相談に来られる方もいらっしゃいます。

​行政の手続きではデジタル化やキャッシュレス決済が急速に浸透してきていますし、様々な書類も印鑑レスになったりして、ハンコを押す機会がどんどん減っているのが昨今の潮流となっています。
ちなみに、弁護士は「職印」という業務専用のハンコを使っていますが、これを押す機会も確かに減っています。

では、冒頭でお話したような遺言書の場合はどうでしょうか。
自筆証書遺言(自分の手で書く遺言のことです。)の場合、民法では次のように定められています。

民法968条1項
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

引用元:https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

最後に「印を押さなければならない」とあるとおり、執筆時点で、自筆証書遺言では、法律上、押印が要件となっています。
つまり、ハンコが無ければ法的には無効ということです。
全文自書などのその他の要件が全て揃っていたとしても、押印が無いだけで無効となってしまうのですから、かなり厳格なルールですよね。

​押印が求められてきた理由

​押印が求められてきた理由

​なぜ、これほどまで厳格に、遺言書への押印が求められてきたのでしょうか。

これについては、どうやら
・押印は、その印鑑を持つ人物により(その人の意思で)文書が作成されたことを担保する
・日本では、重要な文書に署名押印することが一般的な慣行となっていた
という2点から定められていたようです。

遺言書は、死後のことではありますが、財産の帰属先を決める法的効果を持つ書類ですから、「本人の意思で本人により作成されたこと」はとても重要です。
印鑑(ハンコ)は、本人が管理している物質的なものですから、原則として本人以外は押印することができないと考えられています。
文書が本人によって作成されたことを担保するために、押印という要件が必要とされたのです。

​かつて、この押印の厳格さを示す象徴的な裁判がありました(最高裁平成28年6月3日判決)。
この裁判では、遺言者が押印の代わりに「花押(かおう)」を書き記した自筆証書遺言の有効性が争われました。
花押というのは、図案化・意匠化した署名のことで、古くは戦国武将の書状などで使われており、現代では閣僚署名などで使われているそうです。
要するに、サインのようなものです。

これを書き添える理由は、やはり個人の証明のためだったと思います。
しかし、この判例では、花押は印鑑による押印ではなく、また押印に代わって花押を書くという慣習も無いため(一般的ではないため)、民法上の「押印」には当たらないという判断を下しました。
それが遺言者本人の花押であっても「押印」とは認められず、物理的な鍵ともいえる「ハンコを押す行為」が法律上必要な要件とされていたのです。

遺言書にも「印鑑レス化」の波が来た――2026年6月民法改正案成立

遺言書にも「印鑑レス化」の波が来た――2026年6月民法改正案成立

​しかし、現代社会では「印鑑レス(脱ハンコ)」の潮流となっています。
その流れを受けてか、遺言書の押印の要件にも見直しが入ることになりました。
すなわち、遺言の要件から、押印が外れる(任意になる)ことになりました。

​2026年6月、自筆証書遺言の要件から「押印」を外すことを盛り込んだ民法改正案が国会で成立しました。
本改正法はまだ施行されていませんが、1年以内に施行されるものとされています。
つまり、この改正法により、自筆証書遺言では、「将来的に」押印は不要ということになっていくということです。

10年前(上記)にあれだけ厳格に押印が必要と言っていたのに……という気もしなくはないのですが、そもそも立法府と司法府で違う機関ですし、この10年の間には、新型コロナウイルス感染症の流行などをきっかけに、市民の意識の変化も顕著だったように思います。

それに、実際の事件では、そもそも「押印」の要件にどれだけの意味があっただろうか、と思うこともありました。

まず、そもそも押印があることで文書が真正であるとみることができるのは、その押印に使われた印鑑が本人のもの(本人が管理しているもの)であることが前提とされています。
他方で、遺言の「押印」の要件は、認印でも満たされます。役所での登録が必要な実印である必要はないのです。
現代では、認印(三文判)は手軽に入手できるようになっています。
大量生産品であるため、手作りの一品物と違って、同じ商品であればその印影にはほとんど差がないのではないかと思います。
つまり、「誰でも簡単に手に入れられる(可能性のある)印鑑」であり、その印影があるだけでは、本人がその意思で押印したかどうかを証明する力は高くないのでは、という疑問があったのです。
以上はあくまで個人的な感想ですが、「この押印って意味があるの?」と感じたことがある方は他にもいらっしゃるのではないでしょうか。

ちなみに、これもあくまで私見(というより感想)ですが、遺言無効確認訴訟などで遺言の無効が争われるときは、「これは本人の筆跡ではない」と争うことが多く、「これは本人の印鑑による印影だが、筆跡は本人のものではない」と争うことはあっても、「筆跡は本人のものだが印影は本人のものではない」と争うことはほとんどありません。
押印はあくまで、文書の真正を考えるうえでサブ的な要素であり、主戦場は自書(手書きの文章)の方にあるように思われます。

今回の法改正により、遺言書の要件から押印が外れ、上記でいう主戦場だけが残りました。
一方で、押印を「してはいけない」ということにはなっていません。
例えば、認印ではなく、適切に管理された実印での押印があれば、そのことは遺言書の真正を証明するための一助となります。
上記判例で出てきた花押も、「押印」には当たらないにしても、遺言者によりその遺言書が作成されたというひとつの考慮要素になるものと思います。
このように、「押印」は、有効無効を左右する要件からは除外されましたが、法的な意味合い自体は変わらずあると言える行為だと考えられます。

​​公正証書遺言では一足早く「電子サイン」が導入済

​​公正証書遺言では一足早く「電子サイン」が導入済

​ちなみに、自筆証書遺言にまつわる改正に先立ち、公証役場で作成する「公正証書遺言」においては、すでに押印が不要ということになっています。
従来、公正証書遺言を作成する際は、遺言者が実印と印鑑登録証明書を用意して押印し、立ち会う証人2名も認印を押すのが一般的でした。しかし現在ではこれが廃止され、公証人が用意したタブレット端末画面へ手書きで「電子サイン」をするという仕組みに変わっています。

​公正証書遺言の場合は、作成時に公証人による厳格な本人確認が行われることもあり、署名捺印ではなく電子サインであっても、遺言者本人による作成であることが担保されていると考えられます。
一方で、自筆証書遺言は、押印が無ければ、主として筆跡をもって遺言者本人の作成であることを確かめなければなりません。
そのため、これはあくまで個人的な感想ですが、同じ印鑑レスが進んだ結果といっても、自筆証書遺言と公正証書遺言とでは、その信頼度に差が出てしまったように感じています(元からある差とも言えますが…)。

​【重要】自筆証書遺言の「押印」は今すぐ不要となるわけではない

​【重要】自筆証書遺言の「押印」は今すぐ不要となるわけではない

​ここまでお読み頂いた皆様におかれましては、どうか「では、今日からハンコなしで遺言書を書いても大丈夫なんだ!」と早合点しないようにお願いいたします。

上記でも述べましたが、自筆証書遺言において「押印」を要件から外す改正民法は、成立したばかりでまだ施行されていません。
つまり、まだ法律として効果を発揮しているわけではないのです。
そのため、本コラム執筆時(2026年8月)現在、自筆証書遺言には従来どおり「押印は必須」です。

この改正民法が施行される日(効果を発揮する日)は、成立から1年以内に施行とされているものの、まだ正式には決まっていません。
今後のニュースなどで、注意して確認して頂ければと思います。

ただ、上記でも述べたとおり、押印は要件として外されたわけであって、押印をしてはならないというわけではありません。
のちのトラブルに備え、自身の遺言が有効であることの補強材料として、押印(特に適切に管理された実印などによる押印)を施しておくことは有用です。
今後はむしろ、積極的に、自身の印鑑を慎重に扱い、遺言書をはじめとした重要な書類にだけ使用するという方向で印鑑・押印と向き合っていくことが良いのではないでしょうか。

まとめ

まとめ

​いかがだったでしょうか。
今回は、遺言書の押印について、最新の法改正情報や私見などを書かせていただきました。
せっかく書いた遺言書が形式的な不備で無効になることはもちろん避けたいですし、遺された親族が遺言書の有効・無効で争うことがないように、むしろ今後は積極的な観点から、印鑑・押印を使って頂ければと思います。
ただ、そもそも、自筆証書遺言は有効・無効の争いが生まれやすい形式です。
もし可能であれば、公正証書遺言や、自筆証書遺言を法務局に預けるという自筆証書遺言保管制度、それから今後新しくはじまる予定の保管証書遺言など、遺言の真正に関する疑義が小さくなる方法をお選び頂けると安心かと思います。
遺言に関する法律や制度、遺言の内容に関するご不安は、ぜひ弁護士まで一度ご相談されることをおすすめいたします。

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この記事を書いた弁護士:弁護士 木村綾菜

相続

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和元年登録。遺産分割・遺留分侵害額請求・遺言作成などの相続分野の案件を多数取扱う他、相続財産清算人として相続人不存在となった遺産の整理を行ったり、高齢となった親の財産の処分のために成年後見人の選任の申立てを行ったりするなど、相続周辺分野の案件の実績も有する。