
夜勤を含む交代制勤務、慢性的な人員不足、重い責任。看護師の職場環境は依然として厳しく、そのなかで発生したインシデントの責任を個人に負わせる形で、解雇や退職強要が行われることがあります。
看護師長や主任、認定看護師・専門看護師として長く経験を積まれた方の場合、夜勤手当や役職手当を含めた年収は相当な水準に達します。解雇によって失われる収入は決して小さくありません。
また、看護師は資格職であるがゆえに、「懲戒解雇されたら再就職できないのではないか」という不安から、病院の言うままに退職届を書いてしまう方が少なくありません。
本記事では、看護師の解雇が無効となる法的枠組み、医療事故を理由とする解雇の考え方、そして解雇や退職勧奨を受けたときの対応について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
看護師の解雇にも解雇権濫用法理が適用される

解雇には合理的な理由と社会的相当性が必要
労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇を、権利の濫用として無効と定めています。病院や介護施設が経営判断として不要と考えたというだけでは、解雇は正当化されません。
懲戒解雇の場合には、さらに就業規則に懲戒事由の定めがあること、その事由に該当すること、処分が重すぎないこと、弁明の機会など手続が踏まれていることが必要になります。
退職勧奨は「お願い」にすぎない
面談室に呼ばれ、「自分から辞めた方がいい」「このままでは懲戒になる」と繰り返し迫られることがあります。これは退職勧奨であって、応じる義務はありません。断ったにもかかわらず執拗に繰り返されたり、業務から外されたりする場合には、違法な退職強要として損害賠償の対象となることもあります。
有期雇用・パート勤務でも保護される
非常勤やパートタイムで働く看護師についても、契約期間中の解雇には労働契約法第17条第1項の「やむを得ない事由」が必要であり、更新を繰り返してきた場合には同法第19条により雇止めが制限されます。
医療事故・インシデントを理由とする解雇の考え方

①ミスがあったことと、解雇が相当かは別の問題
投薬量の誤り、患者の転倒、確認手順の漏れなど、インシデントの事実が存在したとしても、それが直ちに解雇を正当化するわけではありません。過失の程度、患者に生じた結果、過去の指導歴、本人の勤務態度などを総合して、解雇が重すぎないかが判断されます。
②組織的な要因を無視した個人責任の追及は認められにくい
夜勤帯の人員配置、指示出しの体制、ダブルチェックの運用、電子カルテや薬剤の管理方法といった組織的な要因が事故の背景にあることは少なくありません。院内のインシデントレポートや勤務表は、そうした背景を示す重要な資料になります。
③指導と改善の機会が与えられたか
能力不足を理由とする解雇では、病院が具体的にどのような指導を行い、どの程度の期間、改善の機会を与えたかが厳しく問われます。教育体制が整わないまま重い業務を任せておいて、うまくいかなければ解雇するという扱いは、相当性を欠きます。
④患者・家族からのクレームを理由とする解雇
「患者のご家族から苦情があった」ことを理由とする解雇では、その苦情の内容が事実か、病院として事実確認を行ったかが問題になります。一方的な申告のみを根拠とする解雇は認められにくいところです。
⑤始末書・顛末書の提出を求められたとき
インシデントの後、始末書や顛末書の提出を求められることがあります。事実と異なる内容や、必要以上に自分の落ち度を認める内容の書面は、後に懲戒処分や解雇の根拠として使われます。
記載すべきなのは、いつ、どこで、何が起きたのかという客観的な経過です。原因の評価や責任の所在について、求められるままに書く必要はありません。提出する前に控えを取り、可能であれば内容を弁護士に確認してもらってください。
解雇されたときに請求できるもの

解雇が無効なら、その間の賃金を請求できる
解雇が無効であれば、労働契約は続いていたことになり、解雇の日以降の賃金を請求できます(民法第536条第2項)。看護師の賃金には夜勤手当や各種手当が含まれるため、基本給だけを基準に計算すると、請求できる金額を大きく取りこぼすことになります。
退職金の不支給・減額も争える
懲戒解雇を理由に退職金を不支給または減額とされることがあります。しかし、退職金には賃金の後払いという性格があり、それまでの勤続の功労を全部または一部帳消しにするほどの重大な背信行為があったといえる場合でなければ、不支給は認められません。
未払残業代を併せて請求できることが多い
始業前の情報収集、申し送り、記録の入力、委員会活動や研修などが労働時間として扱われていないケースは珍しくありません。解雇の問題と併せて、未払賃金を請求できる場合があります。
解雇や退職勧奨を受けたときに、まずすべきこと

①その場で退職届を書かない
「今日中に出してほしい」と言われても、応じる必要はありません。いったん持ち帰り、家族や弁護士に相談してから判断してください。
②解雇理由証明書を請求する
労働基準法第22条(退職の日までは第2項、退職後は第1項)に基づき、解雇の理由を書面で明らかにするよう求めてください。後から理由を追加されることを防げます。
③記録を確保する
就業規則、賃金規程、退職金規程、勤務表、タイムカードや打刻記録、インシデントレポートの控え、面談の日時と発言内容のメモなどを、可能な限り残してください。
④面談の内容を記録する
複数回の面談で退職を迫られている場合、日時、同席者、発言の要旨を記録しておくと、退職強要の違法性を主張するうえで有力な資料となります。
解雇と紛らわしい取扱いにも注意が必要

自宅待機命令
調査を理由に自宅待機を命じられることがあります。使用者の都合による待機であれば、その期間の賃金は支払われるのが原則です。待機が長期間に及ぶ場合や、実質的に退職を促す目的である場合には、その適法性自体が問題になります。
夜勤外し・配置転換による事実上の減収
夜勤から外される、病棟から異動させられるといった形で、手当が大きく減ることがあります。看護師の賃金は夜勤手当の比重が大きいため、これは実質的な減給にほかなりません。業務上の必要性がなく、退職に追い込む目的での配置転換であれば、権利の濫用として無効となり得ます。
シフトを入れない形の実質的な雇止め
パートや非常勤の看護師について、契約は残したままシフトをまったく入れないという扱いがなされることがあります。これは実質的に就労を拒否するものであり、賃金の請求が問題となります。シフト表や勤務予定の連絡は必ず保存してください。
心身の不調が生じている場合に使える制度

ハラスメントによる精神疾患は労災になり得る
上司や同僚からのハラスメント、極端な長時間労働が原因で精神疾患を発症した場合には、労災として認定される可能性があります。労災と認められれば、療養補償給付や休業補償給付を受けられます。
また、業務上の傷病により療養のため休業している期間とその後30日間は、労働基準法第19条により原則として解雇が禁止されています。解雇の効力を争ううえで、重要な意味を持つ規定です。
業務外の傷病であれば傷病手当金がある
業務が原因といえない傷病で働けない場合には、健康保険の傷病手当金を受けられることがあります。連続する3日間の待期の後、4日目以降の休業について支給され、支給期間は通算1年6か月です。解雇を争いながら治療に専念する場面で、生活を支える制度になります。
解雇された後の生活を支える手続

雇用保険の基本手当は会社都合として扱われる
解雇による離職は、原則として会社都合の離職(特定受給資格者)として扱われ、自己都合退職の場合のような給付制限を受けることなく基本手当を受給できます。所定給付日数も、多くの場合、自己都合退職より長く設定されています(年齢や被保険者であった期間によっては同じ日数となることもあります)。
ただし、「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」(重責解雇)と判断された場合には特定受給資格者に当たらず、給付制限を受けることになります。解雇の効力そのものを争っている場合には、その事情もハローワークに伝えてください。
離職票に記載された離職理由に納得できない場合には、ハローワークに異議を申し出ることができます。会社都合であるはずなのに「一身上の都合」と記載されていないか、必ず確認してください。
解雇を争いながら基本手当を受けられる場合がある
解雇の効力を争っている場合でも、現に就労できていないのであれば、基本手当を受給できることがあります。ただし、後に解雇が無効となって賃金がさかのぼって支払われたときは、受給した基本手当の返還などが必要になる場合がありますので、あらかじめハローワークに事情を伝えておくことが大切です。
健康保険は任意継続と国民健康保険を比較して選ぶ
退職後の健康保険には、これまでの健康保険を任意継続する方法と、国民健康保険に加入する方法があります。保険料の額や扶養家族の人数によって有利不利が変わりますので、期限内に比較して選択してください。任意継続は、退職日の前日までに継続して2か月以上の被保険者期間があることを要件に、資格喪失日(退職日の翌日)から20日以内に申し出る必要があり、加入できる期間は最長2年です。国民健康保険は、原則として退職日の翌日から14日以内の届出となります。
弁護士に依頼するメリット

「あなたのミスだ」という一方的な評価に反論できる
医療事故を理由とする解雇では、事故の経緯と組織的な背景を整理し、個人の責任として解雇するのは重すぎるという主張を、具体的な資料に基づいて行うことができます。
再就職に配慮した解決を目指せる
看護師の再就職では、退職理由が問われる場面があります。懲戒解雇を撤回させ、合意退職の形に切り替えるなど、その後の就業に影響が及びにくい解決を目指すことができます。
労働審判で短期間の決着を図れる
労働審判は原則3回以内の期日で終わる制度で、数か月での解決が見込めます。生活の再建を急ぐ必要がある方にとって、大きな意味を持ちます。
当事務所のサポート内容

①解雇理由と懲戒手続の検証
就業規則の懲戒規定と実際に踏まれた手続を照らし合わせ、解雇の有効性について見通しをお伝えします。
②病院・施設との交渉
解雇の撤回、復職、または適正な解決金の支払いを求めて交渉し、退職金の不支給についても是正を求めます。
③労働審判・訴訟の申立て
交渉での解決が難しい場合には、地位確認と未払賃金の支払いを求める労働審判または訴訟を提起します。
④未払残業代の調査と請求
勤務記録を精査し、申し送りや記録業務などの未払賃金を算定して、併せて請求します。
おわりに

看護師の方は、患者のために働いてきたという自負がある分、「自分のせいで患者に迷惑をかけた」という思いから、不当な処分でも受け入れてしまいがちです。
しかし、事故の背景に人員体制や組織の問題があったのであれば、その責任を個人が一身に背負う理由はありません。処分が重すぎないかどうかは、法律の物差しで判断されるべきものです。
退職届に署名する前に、まずは一度ご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働問題
弁護士登録後、グリーンリーフ法律事務所にて残業代未払い・不当解雇など多数の労働問題を取り扱う。法テラス民事法律扶助審査委員として幅広い労働者支援にも従事。中央大学法科大学院・埼玉工業大学の講師を務め、不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、依頼人の権利を守る。




