
「明日から来なくていい」。理事長や院長からそう告げられ、勤務先を失った勤務医の方からのご相談が後を絶ちません。
医師は高度な専門職であり、年収が一千万円を大きく超える方も少なくありません。それだけに解雇によって失われる経済的利益は極めて大きく、住宅ローンや子どもの学費など、生活設計そのものが揺らぎます。
しかも医師の解雇には、理事長との対立、診療科の統廃合、患者からのクレーム、医療事故の責任追及といった医療機関特有の事情が絡み、十分な手続を踏まないまま通告されるケースが目立ちます。
しかし、医師であっても労働者である以上、労働契約法をはじめとする労働法の保護を受けます。本記事では、勤務医の解雇が無効となる法的枠組みと、解雇を告げられた医師が取るべき対応について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
勤務医も労働者として労働法の保護を受ける

医師であっても「労働者」である
勤務医は、医療法人や病院との間で労働契約を結び、指揮命令を受けて診療に従事しています。国家資格を持つ高度専門職であっても、この点は変わりません。労働基準法上の労働者に当たる以上、解雇に関する規制がそのまま適用されます。
年俸制であっても、また「常勤医師」「非常勤医師」といった呼称の違いがあっても、実態として病院の指揮命令の下で勤務しているのであれば、労働者性は認められます。
解雇には合理的な理由と社会的相当性が必要
労働契約法第16条は、解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。いわゆる解雇権濫用法理です。
病院側が「もう一緒に働けない」と考えたというだけでは足りません。解雇に値する具体的な事実があり、かつ解雇という最も重い処分を選ぶことが相当だといえなければ、その解雇は無効となります。
有期契約の医師にはさらに厳格な規制がある
1年契約などの有期労働契約で勤務している場合、契約期間途中の解雇は、労働契約法第17条第1項により「やむを得ない事由」がある場合に限られ、無期契約の解雇よりもさらに厳しい要件が課されます。更新を繰り返してきた場合には、労働契約法第19条により雇止めにも解雇と同様の規制が及びます。
勤務医の解雇で問題になりやすい典型的なパターン

①理事長・院長との対立を理由とする解雇
経営方針や診療方針をめぐる対立をきっかけに、「協調性がない」「病院の方針に従わない」といった抽象的な理由で解雇されるケースです。こうした理由だけで解雇が有効になることはまずありません。
②医療事故・インシデントを理由とする解雇
患者に有害事象が生じた際、その責任を担当医個人に負わせる形で解雇が行われることがあります。しかし医療行為には本来的にリスクが伴い、結果が悪かったというだけで重大な過失があったとはいえません。人員配置や当直体制など病院側の組織的問題が背景にあることも多く、その点を丁寧に主張する必要があります。
③患者・スタッフからのクレームを理由とする解雇
「患者からの苦情が多い」「看護師と折り合いが悪い」といった理由による解雇では、病院が指導や注意を行い改善の機会を与えたかどうかが決定的に重要です。何の指導もないまま突然解雇するのは、社会的相当性を欠くと判断されやすいところです。
④診療科の廃止・経営難を理由とする解雇
経営悪化や診療科の統廃合を理由とする解雇は整理解雇として、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の相当性という四つの要素から厳格に判断されます。「赤字だから」というだけでは足りません。
⑤試用期間中の本採用拒否
着任して数か月で「適性がない」として本採用を拒否されるケースです。試用期間中は通常の解雇より広い裁量が認められますが、無制限ではなく、採用時に知り得なかった事実が判明したなど、客観的に合理的な理由が必要です。
高収入である医師ほど、争う経済的価値が大きい

解雇が無効ならその間の給与を請求できる
解雇が無効と判断されれば、労働者としての地位は失われていなかったことになり、解雇の日以降の賃金(バックペイ)を請求できます(民法第536条第2項)。年収一千五百万円の医師であれば、争っている1年間で相当な額が対象となります。
もっとも、その間に他の勤務先などから収入(中間収入)を得ていた場合には、平均賃金の6割にあたる額は最低限保障されるものの、それを超える部分は控除されるのが実務の取扱いです(同項後段、労働基準法第26条)。それでも、高収入の方ほど、きちんと争う経済的意義は大きいといえます。
解決金の水準も賃金額に連動する
実務では、地位確認を求めて争ったうえで、最終的に退職と引き換えに解決金を受け取る形で終わることも多くあります。この解決金は月額賃金の何か月分という形で算定されるのが一般的です。賃金水準の高い勤務医の場合、同じ「◯か月分」でも金額は大きく変わります。その場で退職合意書にサインしてしまうことが、いかに大きな損失につながるかがお分かりいただけると思います。
解雇を告げられたときに、まずすべきこと

①解雇理由証明書を請求する
労働基準法第22条により、解雇の予告を受けてから退職の日までの間は同条第2項に基づき、すでに退職した後は同条第1項に基づき、解雇の理由を記載した証明書の交付を請求することができます。いずれの場合も、使用者は遅滞なくこれを交付しなければなりません。書面で理由を確定させておくことは、後から理由を追加・変更されることを防ぐうえで極めて重要です。
②退職届・退職合意書にサインしない
「円満退職にしましょう」「自己都合にした方が経歴に傷がつかない」と説明され、その場で署名を求められることがあります。しかし自ら退職に同意してしまうと、後から解雇の効力を争うことが著しく困難になります。必ず持ち帰ってください。
③争う意思を明確に伝えておく
解雇に納得していないのであれば、その意思と就労の意思を書面やメールで伝えておくことが有効です。何も言わずに時間が経過すると、解雇を受け入れたと評価されかねません。
④証拠を確保する
労働契約書、就業規則、給与規程、退職金規程、直近の給与明細、勤務表や当直表、解雇に至る経緯が分かるメールやチャットなどを、可能な限り手元に確保してください。退職後は院内の資料にアクセスできなくなります。
医師特有の働き方が争点になる場面

年俸制でも割増賃金の支払いは免れない
勤務医の報酬は年俸制で定められていることが多く、「年俸に時間外手当も含まれている」と説明されることがあります。しかし、年俸に割増賃金が含まれているといえるためには、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分とが判別できることが必要であるとされています。
判別ができないのであれば、年俸とは別に割増賃金を請求できます。解雇の当否と併せて、未払賃金を請求できる事案は少なくありません。
宿日直の扱いと労働時間
宿日直については、労働基準監督署長の許可を受けた場合に限り、労働時間や休憩・休日の規制の適用が除外されます。許可を受けていない、あるいは許可の範囲を超えて通常の診療業務を行っているのであれば、その時間は労働時間として扱われます。
当直表や電子カルテの操作履歴は、実際の勤務実態を示す資料になります。
医局からの派遣・出向と労働契約
大学の医局の人事によって勤務先が決まっている場合であっても、労働契約を結んでいる相手は勤務先の病院や医療法人です。医局との関係と、病院との労働契約とは、法律上は別の問題です。「医局の指示だから」という説明で、解雇の当否があいまいにされてはなりません。
解決までの流れと期間の目安

交渉
まず代理人から通知を出し、解雇の撤回や条件について交渉します。話がまとまる事案では、1か月から3か月程度で解決に至ることもあります。
労働審判
交渉で折り合えない場合には、労働審判を申し立てます。第1回の期日は申立てから原則として40日以内に指定され、原則3回以内の期日で審理が終わります。おおむね3か月から半年程度で結論が出ることが多い手続です。
訴訟
労働審判の結果に異議が出された場合や、事案の性質上はじめから訴訟を選ぶ場合には、地位確認訴訟を提起します。解決までに1年以上を要することもありますが、その分バックペイの請求額は積み上がっていきます。
解雇された後の生活を支える手続

雇用保険の基本手当は会社都合として扱われる
解雇による離職は、原則として会社都合の離職(特定受給資格者)として扱われ、自己都合退職の場合のような給付制限を受けることなく基本手当を受給できます。所定給付日数も、多くの場合、自己都合退職より長く設定されています(年齢や被保険者であった期間によっては同じ日数となることもあります)。
ただし、「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」(重責解雇)と判断された場合には特定受給資格者に当たらず、給付制限を受けることになります。解雇の効力そのものを争っている場合には、その事情もハローワークに伝えてください。
離職票に記載された離職理由に納得できない場合には、ハローワークに異議を申し出ることができます。会社都合であるはずなのに「一身上の都合」と記載されていないか、必ず確認してください。
解雇を争いながら基本手当を受けられる場合がある
解雇の効力を争っている場合でも、現に就労できていないのであれば、基本手当を受給できることがあります。ただし、後に解雇が無効となって賃金がさかのぼって支払われたときは、受給した基本手当の返還などが必要になる場合がありますので、あらかじめハローワークに事情を伝えておくことが大切です。
健康保険は任意継続と国民健康保険を比較して選ぶ
退職後の健康保険には、これまでの健康保険を任意継続する方法と、国民健康保険に加入する方法があります。保険料の額や扶養家族の人数によって有利不利が変わりますので、期限内に比較して選択してください。任意継続は、退職日の前日までに継続して2か月以上の被保険者期間があることを要件に、資格喪失日(退職日の翌日)から20日以内に申し出る必要があり、加入できる期間は最長2年です。国民健康保険は、原則として退職日の翌日から14日以内の届出となります。
弁護士に依頼するメリット

交渉の窓口を一本化できる
理事長や事務長と直接やり取りを続けることは精神的に大きな負担です。弁護士が代理人として窓口になることで、ご本人は次の勤務先の検討や生活の立て直しに専念できます。
労働審判・仮処分という手段を選べる
労働審判は原則3回以内の期日で審理を終える制度で、申立てから数か月で結論が出ます。また、収入が途絶えて生活が立ち行かない場合には、賃金仮払いの仮処分によって、結論が出る前に毎月の賃金相当額の支払いを受けられることがあります。
その後のキャリアへの影響を抑えられる
医師の世界は狭く、解雇の事実が転職先に伝わることを心配される方が少なくありません。解雇を撤回させたうえで合意退職に切り替えるなど、経歴への影響を抑える形での解決を目指すことができます。
当事務所のサポート内容

①解雇理由の分析と見通しの提示
労働契約書、就業規則、解雇理由証明書を精査し、労働契約法第16条に照らして無効といえるかどうか、見通しを率直にお伝えします。
②病院・医療法人との交渉
代理人として、解雇の撤回、復職、あるいは適正な解決金の支払いを求めて交渉します。
③労働審判・訴訟の申立て
交渉での解決が難しい場合には、地位確認と未払賃金の支払いを求める労働審判または訴訟を提起し、必要に応じて賃金仮払仮処分も検討します。
④退職条件・競業避止条項の精査
退職理由の記載、守秘義務条項、競業避止条項の範囲などを精査し、その後の医師としてのキャリアを不当に制約する条項が入らないようにします。
おわりに

勤務医の解雇は、収入が大きいだけに失うものも大きく、専門性が高いだけに「自分の力不足だ」と受け止めてしまいがちです。しかし解雇が有効かどうかは、腕の良し悪しではなく、法律の要件を満たしているかどうかで決まります。
争うのか、条件を整えて円満に退くのか。その判断は、事実と法律に基づいて冷静に行う必要があります。時間が経つほど選択できる手段は狭まりますので、書面に署名をする前に、一度ご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働問題
弁護士登録後、グリーンリーフ法律事務所にて残業代未払い・不当解雇など多数の労働問題を取り扱う。法テラス民事法律扶助審査委員として幅広い労働者支援にも従事。中央大学法科大学院・埼玉工業大学の講師を務め、不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、依頼人の権利を守る。




