温浴施設のボイラー給水中に負傷――担当外作業で安全配慮義務が否定された理由

※本稿は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災専門チームの弁護士が執筆しています。

施設内でけがをした場合でも、その施設で行っていたすべての行動について関係会社が安全配慮義務を負うとは限りません。事故時の作業が契約上の担当業務またはその付随業務に含まれていたかが、責任判断の重要な分かれ目になります。

本稿では、温浴施設であかすり・エステ業務に従事していた女性が、ボイラーへの給水作業中に転倒して手を負傷し、関係会社へ損害賠償を求めた東京地方裁判所平成27年8月27日判決を取り上げます。

判例情報

判例情報
裁判所・判決日事件番号結果・文献番号
東京地方裁判所
平成27年8月27日
平成26年(ワ)第5103号請求棄却

1 事故の概要

1 事故の概要

■ 温浴施設でのあかすり・エステ業務

原告は韓国籍の女性で、会社との間で、温浴施設において韓国式あかすりやエステ等のサービスを提供する旨の『業務委託契約』を締結していました。業務は複数の会社を介して施設内で行われていました。

■ ボイラーへの給水中に転倒

平成24年1月29日午後4時30分頃、原告は施設のボイラーに給水しようとし、固定されていないブロックまたは板に足を掛けたところ、板がずれて穴に落ち、右手を打ちました。右小指骨折等の傷害を負い、労災保険では後遺障害第13級4号が認定されました。

原告は、実質的には労働者または派遣労働者として働いていたなどと主張し、関係会社に損害賠償を求めました。訴訟上は損害の一部として1000万円を請求しました。

本件は,原告が,被告有限会社Y1(以下単に「被告Y1社」という。)から雇用されて,被告株式会社Y2(以下単に「被告Y2社」という。)に派遣され,韓国式の垢擦りエステのサービス業務に従事していた際,ボイラーへの給水をしていて受傷し,後遺障害が残存したと主張して,被告らに対し,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求として,連帯して治療費等の相当額合計3838万4088円のうち1000万円及び本訴に係る訴状の各送達の日の翌日以降に生ずる遅延損害金の支払を求めた事案である。

2 中心となった三つの問題

2 中心となった三つの問題
争点確認すべき内容責任判断への影響
契約の性質雇用・労働者派遣か、業務委託か安全配慮義務や指揮命令関係の基礎となる
事故時の業務範囲ボイラー給水が担当業務だったか会社が危険を管理すべき範囲を左右する
各会社の支配・管理誰が施設・ボイラーを管理し、誰が指示したか義務を負う主体を特定する

3 裁判所は契約の性質を判断しなかった

3 裁判所は契約の性質を判断しなかった

原告は、最低保障額、勤務時間、売上報告、道具の支給などを根拠に、契約の実態は労働契約であると主張しました。被告側は、報酬が売上割合で算定され、稼働日数を調整できたなどとして、業務委託契約であると争いました。

【原告の主張】
本件契約は,労働契約である。このことは,原告が被告Y1社から最低保障賃金として月額28万円の支給を受けていたこと,原告が被告Y1社から本件施設において1週当たり6日,1日当たり午前11時から午後零時まで常駐勤務することを義務付けられていたこと,原告が毎日の勤務終了後に被告Y1社の代表者への売上げの報告をしていたこと,原告の仕事に必要な道具は全て被告Y1社から与えられていたこと,本件事故について労働基準監督署から労働者であることの認定を受けていることから,明らかである。
なお,原告は,日本語を読むことはできないのであり,本件契約書の作成に当たって韓国語によって説明を受けたため,本件契約書の表題が業務委託契約書であることを認識していなかったものである

【被告の主張】
本件契約書においては,その第4条において,「業務委託料」として「売上÷人数×45%」と原告の報酬が取り決められており,その第5条において,原告が自身の計算において請求書を発行し,これに基づいて被告Y1社が支払を行うという形式とされている。原告の上記アの主張のうち最低額の保障は,ある程度の保障をしないと受託してもらえないためにそのようにしているのであるし,時間的な制約は,本件施設の営業時間によるものである。本件施設における垢擦りエステのサービスは,原告だけでなく,もう一人の韓国人女性も被告Y1社から受託していたのであり,原告には,自身の都合によって稼働日数を調整する自由も認められていたのである。また,原告が被告Y1社の代表者に売上げの報告を毎日していたという事実や,仕事に必要な道具を全て被告Y1社が原告に与えていたという事実もないし,労災保険給付は,原告の言い分のみを聞いてされたものにすぎない。本件契約書の作成に当たっては,韓国語及び日本語に通じた被告Y1社の担当者が原告にその記載内容を懇切に説明しており,原告がその内容を誤解したということはあり得ないことであって,本件契約は,本件契約書の記載どおり,労働契約ではなく,業務委託契約である。  

もっとも裁判所は、この契約が労働契約か業務委託契約かという争点の判断を留保しました。仮に労働契約であったとしても、ボイラー給水は原告の業務ではなく、給水時の安全配慮義務違反は成立しないと判断できたためです。

4 事故時の作業が契約業務に含まれるか

4 事故時の作業が契約業務に含まれるか

契約書と各社間の業務委託契約は、対象業務をあかすり・エステに限定し、対価も客が支払う施術代金を基準としていました。これに対し、ボイラーは女湯の浴室全体を暖める設備で、施設には専任のボイラー担当者もいました。

裁判所は、ボイラーの取扱いは施術とは全く性質が異なり、別の知識や技術を要するため、明確な取決めもないのに付随・関連業務となるとは考え難いと判断しました。

以上によれば,本件事故の原因となった本件ボイラーへの給水が原告の行うべき業務又は当該業務に付随し,若しくは関連して行うべき業務であったと認めることは,困難であるというほかない。  

5 裁判所の結論

5 裁判所の結論

原告は、同じ施術者からボイラー担当者に聞くよう言われ、その担当者から場所と給水方法を教わった後、一日に何度も給水していました。しかし、その施術者は会社の責任者ではなく、会社代表者が給水を指示した事実や、原告が給水していることを認識していた事実も認められませんでした。

また、被告会社らはいずれも施設の管理・運営者ではありませんでした。裁判所は、契約が業務委託契約である場合はもちろん、仮に労働契約であっても給水時の安全配慮義務違反はないとして、請求を棄却しました。

6 雇用か委託かを問わず請求が棄却された意味

6 雇用か委託かを問わず請求が棄却された意味

■ 労働契約であっても業務範囲の立証が必要

雇用関係が認められれば安全配慮義務の基礎にはなりますが、事故時の行動が労務またはそれに付随・関連する行動だったかは別に検討されます。本判決は、その業務との結びつきを否定しました。

■ 派遣先・委託先と呼ばれても施設管理者とは限らない

被告会社が施設内の業務を受託していても、施設やボイラーそのものを管理していなければ、その設備上の危険について当然に責任を負うわけではありません。誰が設備を管理・運営していたかの確認が必要です。

7 担当外作業でも会社の責任が生じ得る事情

7 担当外作業でも会社の責任が生じ得る事情

このような事情があれば、契約書に明記されていない付随作業であっても、会社が危険を管理すべき範囲に含まれる可能性があります。

  1. 上司や現場責任者が明示的に作業を命じた
  2. 同じ作業を日常的に行い、会社が知りながら容認していた
  3. 本来業務を行うため、実務上その付随作業が不可欠だった
  4. 会社が作業用の道具や手順を用意していた
  5. 過去にも同じ危険について報告や事故があった

8 被災者側が確保したい証拠

8 被災者側が確保したい証拠

契約関係が複数の会社にまたがる場合は、会社名だけでなく、実際に指示した担当者の所属、施設管理者、報酬の支払元を整理することが大切です。

  1. 契約書、勤務表、報酬明細、業務マニュアル
  2. 日々の指示が分かるメール、チャット、業務日報
  3. 誰がボイラー給水を指示・依頼したかを示す記録
  4. 他の従事者も同じ作業をしていたことを示す証言
  5. 施設・ボイラー・足場の管理者を示す契約書や点検記録
  6. 事故現場の写真、事故報告書、初診時の診療録

9 労災認定と契約上の責任は同じではない

9 労災認定と契約上の責任は同じではない

本件では労災保険上の後遺障害が認定されていましたが、それだけで各会社との雇用・派遣関係、事故時の作業が担当業務であったこと、または安全配慮義務違反が確定するわけではありません。

労災保険上の労働者性、民事上の契約関係、事故についての具体的な注意義務は、目的と判断要素が重なる部分を持ちながらも、別々に検討されます。

10 まとめ

10 まとめ

本判決は、ボイラー給水があかすり・エステ業務にも、その付随・関連業務にも当たらないとして、契約が労働契約か業務委託契約かを判断するまでもなく、安全配慮義務違反を否定しました。

事故時の作業が担当業務に含まれるか、会社がその作業を指示または認識していたか、誰が施設と設備を管理していたかを具体的な証拠で明らかにすることが重要です。

ご相談にあたって

ご相談にあたって

派遣労災では、事故現場の資料だけでなく、派遣元と派遣先の契約、実際の指示系統、危険情報の共有状況を早期に確認することが重要です。労災申請中または労災給付後であっても、民事損害賠償の消滅時効や証拠の散逸に注意する必要があります。

本稿は判決文を基に一般的な法的論点を説明するものであり、個別事件の結論を保証するものではありません。具体的な見通しは、事故状況、契約関係、証拠、治療経過等によって異なります。

グリーンリーフ法律事務所は、埼玉県さいたま市大宮区に拠点を置き、労災事故、交通事故、相続、債務整理など幅広い分野に対応しています。労災事故でお困りの方は、お気軽にご相談ください。

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また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。