カスタマーハラスメントでうつ病に|令和8年10月の対策義務化と会社への損害賠償について弁護士が解説

令和8年(2026年)7月に厚生労働省が公表した「令和7年度 過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害に関する労災請求件数は4,958件と前年度から1,178件も増加し、支給決定件数も1,082件にのぼりました。

注目すべきは、支給決定された事案の原因です。最も多かったのは「上司等からパワーハラスメントを受けた」の222件、これに次いで多かったのが「顧客等からの著しい迷惑行為、セクシュアルハラスメント」の127件でした。いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が、労災認定の主要な原因の一つとして完全に定着したのです。

そして令和8年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、企業にカスハラ対策が法的に義務付けられます。これは、被害を受けた労働者が会社の責任を追及するうえでも、大きな意味を持つ変化です。

本記事では、カスハラによる精神障害の労災認定と、会社に対する損害賠償請求について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。

カスタマーハラスメントとは何か

カスタマーハラスメントとは何か

カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先などから受ける、著しい迷惑行為をいいます。

正当なクレームとの違い

商品やサービスに問題があった場合に、顧客がその改善を求めること自体は正当な権利行使です。カスハラかどうかを分けるのは、その要求の内容が妥当性を欠くか、あるいは要求を実現するための手段や態様が社会通念上不相当かという点です。

長時間にわたる拘束、繰り返される電話やメール、土下座の要求、人格を否定する暴言、SNSでの誹謗中傷や個人名の晒し行為、暴力や物を投げつける行為、金銭の不当な要求などが典型例です。

被害が集中している業種

令和7年度の統計では、精神障害の支給決定件数が最も多かった業種は医療・福祉の292件でした。看護師、介護職員が患者やその家族から受ける暴言・暴力は深刻です。

そのほか、小売業、飲食業、運輸業、コールセンター、自治体窓口など、顧客と直接接する業務では、どこでもカスハラのリスクがあります。

カスハラによるうつ病等は労災になる

カスハラによるうつ病等は労災になる

精神障害の労災認定は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づいて判断されます。

認定の三要件

労災と認められるためには、①認定基準の対象となる精神障害を発病していること、②発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと、という三つの要件を満たす必要があります。

対象となる精神障害には、うつ病、適応障害、急性ストレス反応、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などが含まれます。

「顧客等からの著しい迷惑行為」は評価表に明記されている

認定基準に付属する「業務による心理的負荷評価表」には、具体的出来事として「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が明記されています。

迷惑行為の内容や程度、それが継続した期間、会社がどのような対応を取ったか(あるいは取らなかったか)を踏まえて、心理的負荷の強度が「弱」「中」「強」のいずれかに評価されます。強度が「強」と評価されれば、業務による強い心理的負荷があったと認められます。

会社の対応の有無が決定的に重要

評価表の運用上、極めて重要なのが、会社の対応です。長時間の身体的拘束を伴う執拗な迷惑行為を受け、しかも会社に相談しても適切な対応がなされず、改善もされなかったという事情があれば、心理的負荷は「強」と評価されやすくなります。

逆に言えば、「会社に相談したのに何もしてくれなかった」という事実は、労災認定においても、会社への損害賠償請求においても、被災者にとって重要な意味を持つのです。

令和8年10月からのカスハラ対策義務化

令和8年10月からのカスハラ対策義務化

令和7年6月に成立した改正労働施策総合推進法により、令和8年10月1日から、事業主にカスタマーハラスメント対策が義務付けられます。労働者が1人でもいれば適用対象となり、義務に違反すれば行政による助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名が公表されることもあります。

事業主が講ずべき措置

求められる措置は、大きく次のとおりです。第一に、カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護するという方針を明確にし、社内に周知すること。第二に、相談窓口を設置して労働者に周知し、担当者が適切に対応できるよう研修を行うこと。第三に、事案が発生した場合に事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮措置と再発防止策を講じること。

さらに、悪質な事案については警察への通報や出入り禁止措置を含む対処方針をあらかじめ定めておくこと、相談者のプライバシーを保護し、相談したことを理由に不利益な取扱いをしないことも求められます。

義務化が損害賠償請求に与える影響

この法改正は、会社の安全配慮義務の内容を法令上明確にするものです。従来も、判例上、会社は顧客からの著しい迷惑行為から労働者を保護すべき義務を負うと考えられてきましたが、今後は「法令が定める措置を講じていたか」が、より直接的に責任判断の基準となります。

相談窓口を設けていなかった、相談を受けても放置した、被害を訴えた労働者に「お客様なのだから我慢しなさい」と対応した——こうした事実は、義務違反として厳しく評価されることになるでしょう。

会社に請求できる損害と証拠

会社に請求できる損害と証拠

労災保険では補えない損害

労災が認定されれば、療養補償給付により治療費が全額給付され、休業補償給付により休業期間中の賃金の約8割が補填されます。しかし、精神的苦痛に対する慰謝料は含まれていません。

うつ病等により長期の休業を余儀なくされたり、退職せざるを得なくなったりした場合には、慰謝料に加えて、休業損害の残余部分や逸失利益を会社に請求できる可能性があります。

確保しておくべき証拠

カスハラの事案では、被害の実態を客観的に示す証拠が何より重要です。迷惑行為の日時・内容を記録した業務日報やメモ、顧客とのやり取りの録音、クレーム対応記録、上司や相談窓口に相談した際のメールやチャットの履歴、勤怠記録、そして医療機関の診断書や診療録を確保してください。

特に、「会社に相談した事実」と「会社が何もしなかった事実」を示す記録は、退職後には入手が困難になります。在職中のうちに手元に残しておくことが重要です。

弁護士に依頼するメリット

弁護士に依頼するメリット

労災申請の段階から関与できる

精神障害の労災認定は、身体の負傷と比べて判断が難しく、申立書の記載内容によって結論が左右されることも少なくありません。弁護士が出来事の整理と主張の組み立てを行うことで、認定の可能性を高めることができます。

不支給決定に対する不服申立てにも対応できる

労働基準監督署長の決定に納得できない場合、労働者災害補償保険審査官への審査請求、労働保険審査会への再審査請求、そして取消訴訟という不服申立ての手続があります。それぞれに期間の制限があるため、決定通知を受け取ったら早めにご相談ください。

会社との交渉・退職に伴う問題も一括して対応できる

カスハラによる精神障害の事案では、労災の問題と同時に、休職期間満了による退職扱い、退職勧奨、未払い残業代といった労働問題が絡むことが少なくありません。弁護士であれば、これらを一体として解決することができます。

カスハラ被害を受けたときにすぐ取るべき行動

カスハラ被害を受けたときにすぐ取るべき行動

カスハラによる精神的な不調は、時間が経つほど回復に時間がかかります。次の三つを、できるだけ早い段階で実行してください。

①記録を残す

いつ、どこで、誰から、どのような行為を受けたのかを、その日のうちにメモに残してください。手帳、スマートフォンのメモ、自分宛てのメールなど、日時が記録される形が望ましいです。

録音は、自分が会話の当事者である限り、法的に問題なく行うことができ、極めて有力な証拠になります。

②会社に相談し、その事実を残す

口頭で伝えるだけでなく、メールやチャットなど記録の残る形で会社に報告してください。「相談したのに何もしてくれなかった」という事実は、労災認定と損害賠償の双方で決定的な意味を持ちます。

令和8年10月からは相談窓口の設置が義務となりますので、窓口がない場合はその点自体が法令違反となります。

③早めに医療機関を受診する

眠れない、食欲がない、朝起きられない、涙が出る——こうした症状が続くときは、我慢せずに心療内科や精神科を受診してください。

労災認定においては、発病の時期と、その前おおむね6か月の出来事が重要になります。受診が遅れると、発病時期の特定が難しくなり、認定上不利に働くことがあります。

当事務所のサポート内容

当事務所のサポート内容

当事務所の労災チームでは、カスタマーハラスメントによる精神障害について、次のような形でご支援しています。

①出来事の整理と申立書の作成

発病前おおむね6か月間の出来事を時系列で整理し、心理的負荷評価表に沿った形で主張を組み立てます。

②会社の対応の不備の立証

相談窓口の有無、相談後の対応、再発防止措置の実施状況を調査し、会社が保護義務を果たしていなかったことを明らかにします。

③不支給決定に対する不服申立て

審査請求、再審査請求、取消訴訟のいずれの段階からでも対応します。医学的意見書の準備も含めてサポートします。

④労働問題との一体的な解決

休職期間満了による退職扱い、退職勧奨、未払い賃金といった問題も併せてお引き受けし、一体的に解決します。

おわりに

おわりに

「お客様のことだから仕方がない」「自分のメンタルが弱いだけだ」——そう考えて一人で抱え込んでいる方が、今も数多くいらっしゃいます。

しかし、労働者を顧客の理不尽な要求から守ることは、法律が事業主に課した明確な義務です。心身に不調を来すまで働かせてしまった会社の責任は、法的に問われるべきものです。

私たちは、被害を受けた方が回復と生活の再建に専念できるよう、労災申請から会社への賠償請求まで、一貫してサポートいたします。

※現在、精神疾患についてのご相談は受け付けておりません。ご了承いただけますようお願い申し上げます。

ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭

労働災害(労災)

弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。