
中小企業の経営者が後継者への事業承継を考えるとき、後継者以外の相続人からの遺留分侵害額請求のリスクに直面します。この記事では、こういった遺留分リスクに対して経営承継円滑化法の定める民法の特例が有用かどうかどうか考えてみます。
中小企業の経営者が知るべき「遺留分」のはなし

世の中には300万社以上の中小企業があると言われていますが、その実際の経営形態は千差万別です。
そうとはいえ、「代表取締役社長」が会社の株式の過半数(ないし100%)を保有しているというケースはかなり多いのではないでしょうか。
そういった企業経営者の「跡取り問題」について、相続の観点からひとつ懸念されるのは、「遺留分」の問題です。
以下、順に詳しく解説します。
「遺留分」とは

そもそも、遺留分とは、相続人に法律上保障されている遺産の取り分のことです。
例えば、相続人が子2人である相続の場合、法定相続分はそれぞれ2分の1ずつですが、遺留分はそれぞれ4分の1となっています。
すなわち、例えば遺言で「遺産はすべて子Aに相続させる」と遺されていた場合、子Aがすべての遺産を相続しますが、子Bは遺産総額の4分の1に相当する価額について、子Aに対してお金で請求できることになります(遺留分侵害額請求といいます。)。
上記は遺言により相続させた場合の話でしたが、遺留分侵害額請求の対象となるのは、遺言による相続・遺贈に限りません。いわゆる「生前贈与」の場合も含まれます。
そのため、例えば(極端な話ですが)生前に財産のすべてを子Aに贈与していた場合には、上記と同様、子Bは生前贈与分を含む遺産総額の4分の1に相当する価額について、子Aに対してお金で請求できることになります。
後継者に会社の株式を継がせることの「遺留分」リスク

会社の株式を保有している経営者の場合、生涯現役という方もいらっしゃいますが、ある程度のところで後継者にポジションを譲るという方も多くいらっしゃるかと思います。
その際、会社の株式や、自身が保有している事業用資産を(生前に)譲っていくことになるかと思いますが、これも相続の関係では上記に出てきたような生前贈与に当たるということになります。
そうすると、遺留分侵害額の算定の際に計算に含まれてしまうことになります。
株式の価値によっていくら分の生前贈与があったとされるかは変わってきますが、会社の経営者がその地位を譲るという話ですから、ある程度高額になることが予想されます。
そうすると、その他の遺産との兼ね合いによっては、後継者以外の相続人に遺留分侵害額請求権が発生してしまうかもしれません。
以下、具体例を検討してみます。
遺留分リスクの具体例

例えば、自社の株式の100%を保有している経営者のCさんがいるとします。
株式の価値は、全部で5000万円と計算されました。
また、その他に、Cさん名義の預貯金が1000万円あるとします。
Cさんは、長男であるDさんを自社の後継者に指名し、会社の株式のすべてを生前贈与しました。
また、他社に勤務している次男のEさんには、上記の預貯金1000万円を相続させる旨の遺言を作成しました。
なお、配偶者はすでに他界しています。
上記の状況のまま、Cさんが亡くなった場合、遺留分という観点からこの相続はどうなるでしょうか。
まず、Cさんの遺産(亡くなったときに保有していた財産)は預貯金1000万円のみです。
しかし、遺留分の計算をする際は、Dさんに生前贈与された会社の株式の価値も計算に含むことになります。
その結果、生前贈与の分も含めた遺産総額(「遺留分算定の基礎となる財産の価額」といいます。)は、6000万円になります。
Dさん、Eさんの法定相続分は各2分の1ですが、遺留分は各4分の1です。
すなわち、DさんもEさんも、1500万円分は保障されるということになります。
しかしながら、Eさんは、遺言によっても、預貯金1000万円しか受け取れないことになっています。
500万円の不足です。
一方のDさんは、生前贈与によって、遺留分1500万円よりも多い、5000万円分の会社の株式を得ています。
平たく言えば、Dさんは「もらい過ぎ」の状態ということになります。
そのため、EさんはDさんに対して500万円のお金を請求できるということになります。
Dさんは、Eさんから請求を受ければ500万円を支払わなくてはなりません。
この支払いの原資の当てがあればよいですが、もし無いということであれば、せっかくCさんから受け継いだにもかかわらず、会社の株式を一部売却する必要が出てくるかもしれません。株主が増えることによって会社の経営に影響が出てくる可能性もありますから、望ましいことではないとも言えるでしょう。
このように、会社の株式や事業用の資産など、事業を継がせるために必要な財産を後継者に集中的に受け継がせることで、将来相続が発生したときに、後継者が遺留分侵害額請求を受けることになり、結果的に会社の安定的な経営に差支えが生じる可能性が出てきてしまうのです。
もちろん、上記でいうEさんが、会社後継者である兄Dさんの立場を慮って遺留分侵害額請求を行わないということであれば、遺留分は問題となりません。
また「弟は自分の立場をわきまえているし、兄弟仲が良いので、遺留分を請求することはないだろう」などと楽観的に構えている方も中にはいらっしゃいます。
しかし、いざ相続が発生したタイミングで、Dさん・Eさんがどのような経済状態になっているか、あるいはDさん・Eさんの人間関係はどうなっているか等、将来の状況に「絶対」はないものと思われます。会社経営者としては、リスクはなるべく少なくしたいと思うものではないでしょうか。
そのためにも、後継者に会社の株式や事業用資産を継がせるとしても、何らかの対策を打てないか、検討する必要があるように思われます。
生前の遺留分放棄はあまり使われていない

よく頂く質問として、「誰々の遺留分をゼロにしたいのですがどうすればよいですか」というものがあります。
上記のケースも、Eさんの遺留分をゼロにすることができれば、DさんはEさんからの遺留分侵害額請求に怯えなくて済みます。
しかし、残念ながら、遺留分を強制的に無くしたり放棄させたりする制度はありません。
また、推定相続人、すなわち将来の遺留分権利者が、家庭裁判所で手続きをして被相続人の生前に遺留分を放棄するという制度は存在しますが、これはあまり使われていません。
理由はいくつかあると思いますが、まず、遺留分の放棄は、法制度上、放棄する側にメリットがありません。
何か代わりになる財産を生前贈与されたり、よほど何か込み入った事情が無い限り、わざわざ家庭裁判所で手続きまでして放棄する必要性を感じないのです。
次に、実は生前の遺留分放棄は、その許可の運用がかなり厳しいと言われており、放棄が認められ辛いという現実があります。
そういった特別な事情があるのならば遺留分の放棄も順当である…と裁判所を納得させるだけの事情が必要となりますので注意が必要です。
また、上記のケースとは違いますが、後継者以外にも複数人の推定相続人がいるという場合には、各人ごとに遺留分放棄の許可を得る必要があり、判断も各人ごとに行われるため、推定相続人の中で遺留分放棄が認められた者・認められなかった者が出てくる可能性もあります。
遺留分の権利者がわざわざ手続きをやらなくてはならないこと、許可されるハードルが高く見通しが厳しいこと等の不便さから、生前の遺留分放棄はあまり使われていないというのが現状です。
中小企業の経営者用の遺留分対策

上記のような問題点を踏まえ、遺留分侵害額請求によって中小企業の経営が不安定になることを防ぐために、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(略称:経営承継円滑化法)」という法律が、民法の特例を定めています。
「遺留分に関する民法の特例」とか「民法特例」などと呼ばれている制度です。
この制度を使うと、2種類の遺留分対策を打つことができます。
ひとつめが、後継者に継がせた会社の株式や事業用資産については、遺留分の計算から外すという合意をするやり方です。
例えば上記のケースでいえば、会社の株式(5000万円相当)について遺留分の計算から外すことになりますから、遺留分計算のための遺産総額は預貯金の1000万円のみということになります。
そうすると、Eさんの遺留分は250万円ということになりますから、預貯金1000万円を受け継いだEさんについては遺留分の侵害は無いということになります。
その結果、Dさんは、遺留分侵害額請求を受けずに済みます。
ふたつめが、後継者に継がせた会社の株式について、「もし相続が開始したら、会社の株式はこの価格であるとして遺留分の計算をする」と、あらかじめ会社の株式の価格を決めておく合意をするやり方です。
このやり方は、代替わり後に、後継者の頑張りなどによって会社の価値が高まり、その結果、後継者に継がせた会社の株式の価値が大きくなってしまうことによる(ある意味で予想外・予想以上の)遺留分侵害額請求を防ぐという意味合いがあります。
相続開始時の遺産総額を想像しやすくなるという点で、事前に遺言を作成するなどして遺留分対策を行う場合にも有用です。
ちなみに、上記2つの対策は、片方だけ採用することも、両方採用(併用)することも可能ですし、対象財産の全部に採用することも、一部に採用することも可能です。
この意味では、生前の遺留分放棄の制度よりも自由度が高い制度となっています。
「民法特例」のデメリット・弱点

しかし、この「民法特例」にもデメリットがあります。
デメリットのひとつめは、手続きが煩雑という点です。
上記の「民法特例」を使うためには、
①被相続人から後継者へ会社の株式等の贈与
↓
②「民法特例」を使うことを被相続人の推定相続人全員で合意して書面化
↓
③1ヶ月以内に経済産業大臣の確認の申請
↓
④1ヶ月以内に家庭裁判所の許可の申立て
という手続きを完遂しなければなりません。
生前の遺留分放棄が、推定相続人による家庭裁判所への申立て及び裁判所の許可のみで済むというのに比べれば、手続きの工数が増えていて煩雑とも言えるでしょう。
このように手続きが難しくなってしまうのは、やはりそもそも「遺留分」というものが、被相続人やその他の(推定)相続人によって削ることができない、法律で保障された強い権利であるためと思われます。
この強い権利を無くす・制限するというのですから、より慎重で厳格な手続きが必要というわけです。
次に、デメリットのふたつめですが、これはある意味で最も根本的な問題です。
すなわち、この「民法特例」を使うためには、上記②のとおり「推定相続人全員の合意が必要」ということになっています。
つまり、将来的に遺留分侵害額請求権を制限される人物が「分かりました、協力します」と手続きに協力してくれない限り、やはり遺留分侵害額請求の芽を無くすことはできないのです。
もちろん、事前に合意を取り付けられれば、将来の不確定要素をひとつ無くせるわけですし、必要な対策も減ることとなりますから、制度の存在に意味がないわけではありません。
しかし、「きょうだい仲が悪い」「後継者争いがある」などという、最も相続争いや遺留分侵害額請求を警戒しなくてはならないシチュエーションにおいて、合意を取り付けることはかなり難易度が高いものと思われます。
そういった事情がある場合には、今までどおり、遺留分に配慮した遺産配分にする、遺留分侵害額請求を受けるものとして支払いの引き当てを用意するなどの対策をすることが必要になってきます。
このように、この「民法特例」の制度は、必ずしも中小企業経営者の救世主となる制度とはなっておらず、使い勝手が特段良いというものではありません。
実際にも、将来の遺留分侵害額請求をご心配されているご家庭では、やはりすでに争いの「予兆」があることが多く、「民法特例」の合意を取り付けることは容易ではないことが多いように思います。
ちなみに…
この「民法特例」の制度は2009年3月からはじまっていましたが、使い勝手の問題か、それとも認知度の問題か、現在まで利用件数は伸びていません。
例えば2024年(令和6年)の制度利用件数(家庭裁判所へ新規に許可申立てがあった件数)は41件ということです(参照:「令和6年司法統計年報 3家事編」)。
日本の中小企業が300万社以上もあるということを考えれば、やはりほとんど利用は進んでいないように思います。
今後の動向が注目されます。
まとめ

いかがだったでしょうか。
今回は、中小企業の経営者が事業承継を考える上で生じる遺留分リスクについて、経営承継円滑化法の「民法特例」が有用かどうか検討してみました。
利用することができれば将来の遺留分侵害額請求のリスクを無くすことができますが、すでに争いの芽があり合意をすることができないなど、そもそも制度を利用することができないという状況にはやはり対応できないように思われます。
そういった場合には、従来どおりの遺留分侵害額請求対策が必要となりますので、ご自身と推定相続人らを含む周囲の状況とを勘案して、相続と事業承継の全体図を考えていくことになります。
その際には、ぜひ、税務面をサポートする税理士のみならず、弁護士にもご相談下さい。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





