
未払残業代の請求は、労働基準法に基づいた労働者の正当な権利です。
しかし、実際に会社に請求し全額を勝ち取ることは、権利の存在とは全く別の法的な戦いとなります。
本コラムでは、残業代請求で労働者側が「負け」てしまう主要なパターンを分析し、それらを回避して会社に勝利するための具体的な対策と、弁護士として特に注意すべき法的な論点について詳しく解説します。
残業代請求で「負ける」主要な5つのパターン

残業代請求における敗訴(または請求棄却)のパターンは、主に会社の反論が法的に認められてしまうケースです。
以下の5つのパターンが典型例です。
パターン1:残業の事実を立証する「証拠」が決定的に不足している

残業代を請求する大原則は、「働いた事実」を客観的に証明すること(立証責任)が労働者側にあることです。
したがって、会社がタイムカードやPCログの改ざん、または証拠の提出拒否を行った場合に、労働者側が「働いた」ことを証明できる客観的な証拠(例えば、業務メールの送信履歴、会社の入退室記録、日々の業務日報など)を確保できていない場合、「働いた事実」を主張立証することが難しくなってしまいます。
証拠の徹底的な収集、つまり労働時間に関する証拠の量と質が重要となります。
タイムカードがない場合でも、PCの起動・シャットダウン時刻、業務メールの送信時刻、社用携帯の利用記録、セキュリティゲートの通過記録などを、複数の証拠を組み合わせて「会社が労働時間として認識できたはず」という立証をすることができます。
また、会社が証拠を隠蔽・提出拒否した場合は、訴訟手続きの中で裁判所に「文書提出命令」や「証拠保全」の申し立てを行い、会社の保有する客観的なデータを強制的に開示させることが出来ます。
パターン2:残業が会社の「指揮命令下」にあったと認められない

残業代が発生するには、労働が会社の「明示的または黙示的な指揮命令下」で行われた場合に限られます。
会社側は、「残業を禁止していた」、あるいは「業務とは無関係の自己学習だ」と主張することがあります。
また、会社が残業禁止の通達を出していたにもかかわらず、上司の具体的な指示がないまま労働者が自主的に残業し、それを上司が認識していなかった、または認識していた証拠がない場合、残業代請求が認められない可能性があります。
これに対し、会社が残業禁止命令を出していたとしても、残業について黙示の承認があったことを立証できる場合、未払残業代が認められる可能性があります。
例えば、定時までに終わらない膨大な業務量を与えられていた事実(タスクリスト、プロジェクトの進捗報告など)を示し、「残業しなければ業務を遂行できなかった」環境を立証する方法があります。
また、上司が深夜のメールや業務報告を受けていた、深夜に連絡を取っていたなど、「会社が残業の事実を知りながら黙認していた」という客観的な証拠を集める方法もあります。
パターン3:「名ばかり管理監督者」であることの立証に失敗する

会社が残業代を支払わない最大の反論の一つに、「労働基準法第41条第2号に定める管理監督者であるため、時間外・休日労働に対する割増賃金は発生しない」という主張があります。
労働者側に「部長」や「課長」といった役職があった場合、単にその役職名だけで「管理監督者」として扱われ、実態が「名ばかり管理職」であることを立証できなかった場合、未払い残業代が認められない可能性があります。
管理監督者と認められるには、「経営者との一体性」・「労働時間に関する裁量」・「地位にふさわしい待遇(対価の正当性)」の3つの要素を総合的に満たす必要があります。
請求側としては、出退勤時間が他の従業員と同様に厳格に管理されていた、遅刻や早退で賃金控除があった、休暇を自由に取得できなかったなど、労働時間に関する裁量性の欠如を具体的に示す必要があります。
また、形式的に会議に参加していても、意見が反映されることがなかったなど、経営への関与が形式的であったことを示す必要があります。
その他、役職手当が残業代相当額に比べて著しく低かったり、一般社員の残業代込みの賃金と大差なかったりするなど、待遇の正当性がないことを客観的な給与データでもって主張する方法があります。
パターン4:固定残業代(みなし残業代)制度の有効性が認められる

会社が「固定残業代としてすでに残業代を支払っている」と反論する場合、その制度の有効性が争点となります。
会社が設定した固定残業代の時間が、実際に働いた残業時間を上回っており、かつ給与明細等で固定残業代の項目が明確に特定されていた場合、または、固定残業代の制度設計自体が適法であった場合は未払い残業代請求が認められない可能性があります。
これに対し、固定残業代の有効性は非常に厳しく判断されます。
そこで、以下のいずれかのポイントで無効を突き、超過分の請求を行う手があります。
まず、実際に働いた残業時間が、固定残業代の対象時間(例:40時間)を超過していることを立証し、その超過時間分の未払い残業代を請求します。
また、固定残業代部分と基本給部分が給与明細などで明確に区別されて表示されていない場合、固定残業代制度は無効となります。
さらに、固定残業代部分が、残業代として支払われる趣旨として設定されていない場合(例:単なる職務手当の別名であった)は無効となると考えられます。
パターン5:消滅時効の壁に阻まれる

残業代請求権には時効があります。
したがって、請求が遅すぎると、それ以前の残業代は請求権を失ってしまいます。
具体的には、会社が時効を主張(援用)し、請求開始時点から3年以上前に発生した残業代について、時効の完成が認められてしまった場合、その部分についての未払残業代が認められません。
これに対して、迅速な対応、具体的には時効の猶予・更新といった対応が求められます。
時効が迫っている場合、弁護士名義で内容証明郵便による請求書(催告)を会社に送付することにより時効の完成を6ヶ月間猶予することができます。
この期間内に労働審判や訴訟などの法的手続きに移行し、時効を「更新」(リセット)させることが不可欠です。
会社に勝つための弁護士としての対策と注意点

残業代請求を成功させるには、単に証拠を集めるだけでなく、会社の反論を先読みし、法的論点を確実に抑える戦略が必要です。
1. 請求戦略の策定
交渉・労働審判・訴訟という3つの手続きには、それぞれスピード、費用、拘束力、和解のしやすさに違いがあります。
証拠の強弱や会社の対応姿勢に応じて、最も効果的な手続を選択することが重要です。
たとえば、証拠が弱い場合は労働審判や交渉で和解を狙う、証拠が十分なら訴訟で全額勝訴を狙うなど、戦略的な判断が求められます。
2. 付加金請求の検討
会社が故意に残業代を支払っていなかったり、証拠を隠蔽したりするなど悪質なケースでは、裁判所に対して付加金の支払いを命じるよう求めることができます(労働基準法第114条)。
付加金は未払い残業代と同額を上限とし、請求額を実質的に2倍にする効果があります。これを交渉材料とすることも有力な戦略です。
3. 弁護士費用の確認とコスト管理
仮に勝訴しても、相手方(会社)に弁護士費用を全額負担させることはできません(一部例外を除く)。
そのため、弁護士費用の負担が労働者側の実質的な「負け」とならないよう、事前の確認が重要です。
まとめ

残業代請求は、「権利を知っているか」だけでなく、「権利を立証できるか」が勝敗を分けます。
会社は様々な法的反論を用意してくるため、労働者一人で立ち向かうのは非常に困難です。
残業代請求に強い弁護士に相談し、証拠収集の段階から戦略的に準備を進めることが、会社に勝つための最も確実な対策です。
諦める前に、まずは自分の労働実態を客観的に評価してくれる専門家の扉を叩いてください。決して一人で悩まず、まずは弁護士にご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





