
「相続土地国庫帰属制度」と相続放棄は似て非なる制度です。相続した遺産の中から特に「負動産」を選り分けて手放すことができる制度とも言えます。この記事では、相続放棄と対比しながら、その特徴やメリット・デメリットを解説します。
「相続土地国庫帰属制度」ご存じですか?

令和5年4月27日から、相続土地国庫帰属制度の運用が始まっています。
制度開始の前後にはニュースなどでも取り上げられていましたが、2年以上が経った最近は、さすがにあまり見なくなりました。
さて、皆さんはどれくらい「相続土地国庫帰属制度」のことをご存じでしょうか。
名前くらいは知っているという方も、「名前が長くてややこしいからほとんど中身も知らない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか(お気持ちは大変分かります。)。
また、中には、「売れない不動産を相続しなくて済む相続放棄のことでしょう?」と、「相続放棄」と混同している方もいらっしゃるでしょう。
しかし、この「相続土地国庫帰属制度」は、「相続放棄」とは全く異なる制度です。
筆者個人としては、ある意味で、「相続放棄」は守りの制度、「相続土地国庫帰属制度」は相続をより活かしていく攻めの制度だと感じています。
以下、「相続土地国庫帰属制度」について、最新の統計情報も交えながら、「相続放棄」との異同やそのメリット・デメリットを解説していきたいと思います。
相続放棄との違い

⑴ 相続をする・しないという違い
「相続土地国庫帰属制度」と「相続放棄」を比べたとき、まず根本的に違う部分があります。
それは、「相続放棄」はその名のとおり、相続そのものを放棄して相続人の地位から離脱するという制度であるのに対し、「相続土地国庫帰属制度」は、相続をした上で、相続した遺産の中の特定の土地を国庫に引き渡すという制度であるというところです。
相続をするのか、しないのか、という大きな違いがあります。
「相続放棄」をした場合には、借金などのマイナスの相続財産はもちろん、預貯金や不動産といったプラスの相続財産も全て受け継がないということになります。
一方、「相続土地国庫帰属制度」の場合は、借金等のマイナスの相続財産も不動産等のプラスの相続財産も、全て一旦は相続するということになります。
その上で、遺産として相続した土地を国に渡すわけですね。
この相続をする・しないという点は、細かく見れば下記の点にも影響があります。
⑵ 対象となる遺産の違い
「相続放棄」をした場合には、上記でも述べたとおり、相続そのものから離脱するというわけですから、受け継がない対象となる財産は(プラスマイナス問わず)遺産全てとなります。
一方、「相続土地国庫帰属制度」の場合、対象となるのは、その名のとおり遺産であった「土地」のみとなります。
借金や預貯金が含まれないのはもちろんですが、モノ(動産)も含まれませんし、何より同じ不動産でも「建物」が含まれません。一定の要件をクリアした土地のみが対象となります。
⑶ 受け継がない遺産を選べるかの違い

上記でも述べたとおり、「相続放棄」をした場合には遺産全てについて受け継がないということになります。
「これは相続放棄するけど、こっちは相続放棄しない」というように、遺産ごとに相続放棄をする・しないを選ぶことはできません。
一方、「相続土地国庫帰属制度」の場合、遺産を相続した上で、相続した土地の中から、制度を使って国に引き渡す土地を選ぶことができます。
例えば3つの土地を相続した場合には、3つすべてについて「相続土地国庫帰属制度」を使って国に引き渡しても良いですし、1つでも問題ありません。
もちろん、ゼロ(そもそも制度を使わないで自分で所有・管理していく)ということでも良いわけです。
この自由度が、「相続土地国庫帰属制度」の強みと言えます。
⑷ 対象となる人の違い
「相続放棄」というのは、その名のとおり相続を放棄する制度ですから、相続人でなければ手続をすることができません。
一方の「相続土地国庫帰属制度」も、相続した土地について国への引渡しを可能とする制度ですから、相続人でなければ利用することができません(相続人が遺贈により土地を取得した場合も含みます。)。
そのため、両者は「相続人しか使えない」という点では一致します。
しかしながら、制度を利用する際に「誰が申請しなくてはならないか」という点で異なります。
「相続放棄」は、相続人ひとりひとりが申請者(申述人)となって申立てをします。そのため、相続人3人のうち、1人は相続放棄して、残りの2人は相続放棄をしないということも可能です。
つまり、単独での制度利用が可能ということですね。
一方、「相続土地国庫帰属制度」では、制度を利用しようとする土地が共有地である場合、共有者全員で申請する必要があります。
例えば、ある土地についてAさんとBさんが相続により2分の1ずつ持分を取得した場合、A・Bが共同して申請しなくてはなりません。
Aさんが制度利用に反対した場合、Bさんは単独で申請することはできません。
ちなみに、共有者の中に「相続ではない」事情により土地の持分を取得した者がいるということもあると思いますが(例:売買)、この場合、共有者の中に「相続によって」共有持分を取得した共有者がいれば、共有者全員の共同申請によって制度を利用できます。
共有者にひとりでも「相続人」がいれば、制度利用が可能だということですね。
このように、両者には制度利用ができる人について共通する側面もありますが、異なる部分も大きいということになります。
⑸ 制度を使える期間の違い

「相続放棄」は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の期間内(熟慮期間内)に手続を行う必要があります。
ケースにもよりますが、被相続人が亡くなったことを知ったときから3か月となることが多いと思います。
この期間内に相続放棄の手続をしなかった場合は、相続を承認したものとみなされ、以後相続放棄をすることはできなくなります。
結構シビアな締切設定だと思います。
一方、「相続土地国庫帰属制度」の場合は、申請の期限は設けられていません。
相続後10年経ってから制度を利用しても良いということになっています。
また、「相続土地国庫帰属制度」は令和5年から始まった制度ですが、制度開始以前に生じた相続によって取得した土地も対象となります。
そのため、例えば昭和○年に相続してからすでに数十年経っているという土地でも、他の要件を満たせば、「相続土地国庫帰属制度」により国へ引き渡すことができるということです。
⑹ 対象となる遺産に条件が付くか、付かないか
「相続放棄」の場合は、こういう遺産は相続放棄できない、というような条件が付くことはありません。
相続放棄は、ざっくりと言えば、相続人という「立場」を放棄するという制度なので、遺産の内容には着目しないということですね。
一方、「相続土地国庫帰属制度」の場合は、国への引渡しが認められるための要件が全部で10個、定められています。ここでは詳しく触れませんが、例えば、
・土地の上に建物が立っている
・他人が現に通路として使っている
というような土地の場合は、「却下要件」に当てはまってしまい、国への引渡しが認められません。
他にも、かなり急で大きい崖がある場合や、賦課金(水利費)がかかる土地である場合などは、不承認要件に当たるとして、国への引渡しが認められないということになります。
「相続土地国庫帰属制度」の却下要件・不承認要件については、下記の記事もご参照ください。
⑺ 制度利用にかかる費用の違い
「相続放棄」の場合は、制度利用に際してかかるお金はほとんどありません。
全員が必要となる費用としては、家庭裁判所に提出する申述書に貼るための収入印紙代800円と、裁判所に納める郵便切手代(さいたま家裁の場合550円)でしょうか。
この他に、被相続人の住民票や除籍謄本、申述人の戸籍謄本等が必要となりますので、これらの書類の取得費用として、数百円×通数分が必要となってくると思われます。
そうとはいえ、弁護士などの専門家を依頼しなければ、全てを合わせても1万円を超えることは稀なように思います。
一方で、「相続土地国庫帰属制度」の場合は、申請の際に、審査手数料として土地一筆あたり1万4000円が必要となります。
また、無事に審査が通って国に土地を引き取ってもらえることになった場合、10年分の土地管理費用相当額として、最低でも一筆につき20万円(土地の種類・性質によって計算式が異なります。)を納める必要があります。
隣接地をまとめて一筆の土地とみなして計算できることもあるようですが、制度利用に最低でも21万4000円はかかるということで、相続放棄とは全く異なる金銭的な負担感となると思われます。
⑻ 運用上の数字の違い

最後に、制度上の違いではなく、運用の現状の違いを数字から見てみたいと思います。
最高裁は毎年、司法統計を公表しているのですが、そのなかの令和6年の家裁の司法統計を見てみましょう。
相続放棄(「相続の放棄の申述の受理」)については、令和6年中の新受件数(申請数)は30万8753件だったということです。
ちなみに、令和5年は28万2785件、令和4年は26万497件だったということですから、年々増えているという状況ですね。
その上で、令和6年には、令和5年からの引継ぎ案件も含めて、30万9375件が終結しました。ここでいう終結は、裁判所が判断を下したものもあれば、申請者が取下げをしたというものもあります。
そして、30万9375件終結したうちの、認容されたものは30万2036件だったということですので、ほとんどが認容されているということですね。
率にして約97.6%の認容率となっています。
一方、「相続土地国庫帰属制度」については、法務省が統計を公開 しています。
これによると、令和5年4月27日から令和7年6月30日までの約2年2か月の間に、4001件の申請があったということです。
年に均せば約1847件/年ということですから、相続放棄との申請件数の差はかなりのものがあります(もちろん、申請数が多ければ良いという話ではありませんが…。)。
その上で、現在終結まで至った件数は、(具体的には公表されていませんが)帰属件数、却下・不承認件数、取下げ件数の和から、およそ2500件前後だと推測されます。
そして、終結したもののうち、国へ帰属することが決まった件数は1776件となっています。
そうすると、概算ですが、認容率はおそらく70%前後というところと思われます。
「相続放棄」の場合は、ひとつの相続(被相続人1人)に対して相続人が複数いるということがありますから、「相続土地国庫帰属制度」よりも申請件数は多くなるでしょう。
また、「相続土地国庫帰属制度」の場合、申請後に隣地所有者等から土地を引き受けると申し出があったり、地方自治体や国の機関による土地の寄付受けや有効活用が決まったりなど、ポジティブな理由で取下げとなるケースもままあるようです。
そのため、これらの数字の単純な比較はできませんが、「相続土地国庫帰属制度」は「相続放棄」に比べて、まだまだ周知・利用が進んでいない制度なのではないかと思われます。
相続土地国庫帰属制度のメリット・デメリット

「相続土地国庫帰属制度」の最大のメリットは、上記でも述べたとおり、遺産を相続した上で、制度利用する土地を選んで、国に引き渡すことができるという点です。
「相続したくない土地があるけれど、相続したい財産(自宅など)もある」という場合、相続放棄では対応することができず、「相続したくない土地も相続する」または「相続したい財産を手放す」という2択を迫られることになります。
しかし、「相続土地国庫帰属制度」であれば、(相続したくない土地が要件を満たすことは必要ですが)この希望を叶えることができるというわけです。
具体的には、例えば遺産の中に、原野商法などで買わされてしまった土地があり、固定資産税が毎年かかっているものの、実際の土地利用は考え難いというケースもあるでしょう。
このような場合には、預貯金や自宅といった活用可能な財産だけ相続後手元に残し、コストがかかるだけで利活用が難しい土地については、「相続土地国庫帰属制度」を利用して手放してしまうということが考えられます。
一方のデメリットとしては、やはり金銭的な負担が発生するということでしょうか。
上記でも述べたとおり、最低でも21万4000円が費用としてかかってきますから、そんなに支出することはできないという場合には、制度利用は難しくなってしまいます。
しかし、一度立ち止まって考えてみてください。この20万円強の費用、高いでしょうか?
この制度によって手放したい土地というのは、おそらく、買い手が付かないから手放せず、固定資産税等のコストや管理の手間だけがかかるという、いわゆる負の不動産「負動産」ではないでしょうか。
そうすると、自身が亡くなるまでかかるコスト・手間や、自身の相続人がそれを相続してしまうことの負担(例えば相続登記をする際に司法書士を依頼すれば10万円程度は必要になるでしょう。また、相続してしまえば固定資産税がかかり続けます。)等を考慮すると、実はそこまで高額というわけではないという判断もあり得るように思います。
また、手放した「後」の土地の管理についてはどうでしょうか。
最近では、「土地引き取ります」というような業者がかなり多く出てきていますが、中には宅建(宅地建物取引士)の資格もなく、引き取った土地の管理や処分を適切に行わない業者もいるという話を聞きます。
そういった業者が土地を適切に扱わず何かトラブルが生じた場合には、前所有者に対してクレームが入ったり、場合によってはトラブルに巻き込まれたりする可能性があります。
こういった観点からは、土地の引き取り手が「国」であることの安心感が大きいですよね。
もちろん、それでも20万円強の支出は難しいという場合には、残念ながら別の方法で問題を解決することになりますが、上記のような事情を考えれば、金銭的な負担があったとしても土地を国に引き渡す方が良いと判断することもあり得るのではないかと思います。
そしてもうひとつのメリット(というより強み)は、「相続土地国庫帰属制度」には期限が無いということです。
売却や欲しい人への贈与という王道の処分方法を試してみて、それでも引き取り手が見つからなかったときに「相続土地国庫帰属制度」の利用を考える、というのでも遅くありません。
最近では、こういった「負動産」のような相続してしまった「問題」を、なるべく次代に引き継がせないように自分の代で処理をする、という方が増えています。
活用しやすい「より価値のある」遺産だけを手元に残し、いずれは子や配偶者に相続させる、という積極的な資産整理のための選択肢のひとつとして、「相続土地国庫帰属制度」を覚えておいて頂ければと思います。
まとめ

いかがだったでしょうか。
「相続土地国庫帰属制度」は「相続放棄」と混同されることもありますが、実際はそれぞれ違った特徴を持つ、全く別の制度となっています。
借金の相続から逃れるには「相続放棄」をするしかありませんが、受け継いだ遺産の中からいわゆる「負動産」と呼ばれるような土地だけを手放したいという場合には、ぜひ「相続土地国庫帰属制度」の利用をご検討ください。
同制度は運用が始まってからまだ2年と少ししか経過しておらず、まだ不透明な部分もあります。
しかし、上記で見たとおり、すでに1776件の承認が出ています。
現実的に不可能な、全く利用できない制度ではなかったという様子なので、筆者個人としては少し安堵したというのが正直な感想です。
今後も相続問題全体に関する選択肢のひとつとして活用されていくことを望んでいます。
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