
2024年6月1日より、改正された労働安全衛生規則が施行され、事業者の熱中症対策が一部義務化されました。この法改正は、働く皆様の安全を守る上で非常に重要な一歩です。厚生労働省によりますと、職場での熱中症による死者は3年連続で年間30人以上に上っているそうです。
では、業務中に熱中症になってしまった場合、労災として認められるのでしょうか?そして、企業に対して損害賠償を請求することはできるのでしょうか?
本記事では、これらの疑問について、弁護士が分かりやすく解説いたします。
熱中症と労災認定の基本

業務中に熱中症を発症し、それによって損害を被った場合、企業に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
特に、今回の労働安全衛生規則の改正により、一定の条件下での熱中症対策が事業者に法的に義務付けられたため、企業がその義務を怠った場合には、安全配慮義務違反を理由として、労働者の方が企業の責任を問いやすくなったと言えるでしょう。
具体的には、暑さ指数(WBGT)28以上、または気温31度以上の環境下で、連続して1時間を超える作業、または1日に4時間を超える作業(※)などが対象となり、事業者がこれらの状況下で適切な対策を怠った場合、6ヶ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性もあります。
改正により、以下の措置が事業者に義務付けられます。
1 熱中症を生ずるおそれのある作業(上記※)を行う際に、
①「熱中症の自覚症状がある作業者」
②「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」
がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
2 熱中症を生ずるおそれのある作業(上記※)を行う際に、
①作業からの離脱
②身体の冷却
③必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること
④事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等
など、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置に関する内容や実施手順を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
Q1. 業務中の熱中症は労災になりますか?

はい、業務中に発症した熱中症は、一定の要件を満たせば労働災害(労災)として認定される可能性があります。
特に、建設業の屋外作業、工場内作業、警備業務、運送業務など、高温多湿な環境や身体に負荷のかかる作業に従事している場合に、労災認定されるケースが多く見られます。
Q2. 労災認定に必要な「業務遂行性」と「業務起因性」とは?
労災として認定されるためには、主に次の2つの要件が認められる必要があります。
- 業務遂行性(ぎょうむすいこうせい):
労働者が労働契約に基づき、事業主の支配・管理下にある状態で災害(この場合は熱中症の発症)に遭ったことを指します。業務中はもちろん、休憩時間や出張中なども状況によって認められることがあります。 - 業務起因性(ぎょうむきいんせい):
業務に内在する危険な要因が原因となって災害が発生したことを指します。熱中症の場合、高温多湿な作業環境、水分補給の機会の不足、連続作業による体調管理の困難さなどが、業務に起因する要因として考慮されます。
熱中症は、作業環境や作業内容との関連性が比較的明確であるため、これらの要件を満たしやすい傷病の一つと言えます。
熱中症対策の義務化と企業の責任

企業は具体的にどのような熱中症対策を取るべきか
厚生労働省は「職場における熱中症予防対策マニュアル」などで、事業者が講じるべき具体的な対策を示しています。主なものとしては、以下のような対策が挙げられます。
- 作業環境管理:
- 暑さ指数(WBGT値)の低減(冷房設備の設置、ミストシャワー、遮熱シートなど)
- WBGT計の設置と定期的な測定・周知
- 作業管理:
- 作業時間の短縮、連続作業時間の上限設定
- 定期的な休憩時間の確保(涼しい休憩場所の整備)
- 水分・塩分の定期的な摂取の推奨・提供
- 通気性の良い服装の着用推奨
- 健康管理:
- 労働者の健康状態の確認(作業開始前、作業中)
- 熱中症の初期症状が見られた場合の早期対応
- 健康診断結果に基づく就業上の配慮
- 労働衛生教育:
- 熱中症の危険性、予防方法、応急処置などに関する教育の実施
- 救急措置の準備:
- 緊急連絡網の整備、応急処置の準備、医療機関との連携
これらの対策が「義務化された対策」に該当し、これらがなされていない場合は、違法と判断される可能性が高まります。
「義務化」によって、労働者が企業の責任を問いやすくなったのか
これまでは、企業がどのような対策を講じるべきかについて、具体的な基準が曖昧な部分がありました。そのため、労働者側が企業の「安全配慮義務違反」を主張・立証する際には、その「過失」を具体的に示すのが難しい場合もありました。
しかし、今回の法改正で具体的な数値基準(暑さ指数28以上など)や、講じるべき対策の内容がより明確化されました。これにより、企業が「何をすべきだったか」がはっきりし、その義務を怠ったという事実(=過失)を立証しやすくなったのです。
つまり、企業が法令で定められた対策を講じていなかった場合、それは安全配慮義務違反であると、より明確に主張できるようになったと言えます。
熱中症による損害賠償請求について

労災保険の給付だけでは不十分
労災保険は、治療費や休業中の所得補償など、被災した労働者への迅速な救済を目的としていますが、精神的な苦痛に対する慰謝料や、後遺障害による逸失利益の全額などが必ずしも補償されるわけではありません。
労災保険の給付でカバーされない損害については、企業に別途、民事上の損害賠償請求を行うことを検討できます。
企業に対して損害賠償請求が認められるのは、企業に「安全配慮義務違反」があったと判断される場合です。安全配慮義務とは、企業が労働者の生命や健康を危険から保護するように配慮すべき義務のことです。労働契約法第5条では、使用者に対して「安全配慮義務」が課されており、これに違反した結果、労働者が傷病を負った場合には、損害賠償請求ができます。
● 請求できる損害項目例
- 傷害慰謝料(入通院の精神的損害)
- 後遺障害慰謝料(将来にわたる精神的損害)
- 逸失利益(後遺障害による収入減少の補填)
- 将来介護費・装具交換費(等級に応じて)
- 弁護士費用(訴訟等で認容される一部)
今回の法改正は、この安全配慮義務の内容をより具体的にしたと捉えることができます。つまり、法改正で義務化された熱中症対策を企業が怠っていた場合、それは安全配慮義務違反に該当する可能性が高くなります。
前述の通り、法改正によって企業が講じるべき対策が具体的に示されたので、改正後は、
- 「暑さ指数(WBGT値)を測定していたか?」
- 「WBGT値が基準を超えていた場合に、作業時間の短縮や適切な休憩を指示したか?」
- 「水分・塩分補給を推奨・提供していたか?」
といった具体的なポイントで、企業の義務違反(=過失)を問いやすくなりました。
実際の請求で問われる企業側の「過失」とは、どのようなことか

裁判や交渉において、企業側の「過失」として問われる可能性のある具体的なポイントは以下の通りです。
- 法令で義務化された対策の不履行:
WBGT値の未測定、基準値超えにも関わらず通常通りの作業指示、休憩場所の未整備など。 - 熱中症発生の予見可能性:
当日の気象条件、作業内容、作業場所の環境などから、熱中症が発生し得ることを企業が予見できたか。 - 結果回避義務違反:
熱中症の発生を予見できたにもかかわらず、それを回避するための適切な措置(作業中止、作業時間の調整、十分な休憩指示など)を講じなかったこと。 - 労働者からの体調不良の訴えに対する不適切な対応:
熱中症の初期症状を訴えた労働者に対し、適切な休息や医療機関への受診を促さなかったなど。
これらの事実関係を、診断書、作業記録、同僚の証言、気象データなどをもとに明らかにし、企業の過失を法的に主張していくことになります。
もし熱中症の被害に遭ってしまったら

- すぐに作業を中断し、涼しい場所で休息する
- 上司や同僚に報告し、助けを求める
- 医療機関を受診する:
自己判断せず、医師の診断を受けましょう。労災申請や損害賠償請求の際に診断書が重要な証拠となります。 - 状況を記録する:
- いつ、どこで、どのような作業をしていたか
- 当日の気温、湿度、暑さ指数(WBGT値が分かれば)
- 水分補給や休憩の状況
- 体調不良を訴えた際の会社側の対応
- 可能であれば、作業現場の状況を写真や動画で記録する
- 同僚の証言を確保する:同じ環境で働いていた同僚の証言は、客観的な証拠となり得ます。
業務中の労災の場合は、労災の申請をしましょう。
①療養(補償)等給付
→労災による傷病治癒されるまで無料で療養を受けられる制度
②休業(補償)等給付
→労災の傷病の療養のために休業し、賃金を受けられないことを理由に支給されるもの
③傷病(補償)等年金
→療養開始後1年6か月を経過しても治癒せず、一定の傷病等級(第1級から第3級)に該当するときに支給されるもの
④障害(補償)等給付
→傷病が治癒したときに身体に一定の障害が残った場合に支給されるもの
⑤遺族(補償)等給付
→労災により死亡した場合に支給されるもので、遺族等年金と遺族(補償)等一時金の2種類が存在する
⑥葬祭料等(葬祭給付)
→労災により死亡した場合で、かつ葬祭を行った者に対して支給されるもの
⑦介護(補償)等給付
→傷病(補償)等年金または障害(補償)等年金を受給し、かつ現に介護を受けている場合に、支給されるもの
⑧二次健康診断等給付
→労働安全衛生法に基づく定期健康診断等の結果、身体に一定の異常がみられた場合に、受けることができるもの
労災の申請をしたとして、そもそも労災保険では、どういった給付を受けることができるのでしょうか。
その種類は、8つとなっており、このうち、後遺障害が残ってしまった場合に関連する給付は④の障害(補償)等給付となります。
障害(補償)等給付の種類(後遺障害)
熱中症で後遺障害が残ってしまい、認定があるとき、障害(補償)等給付としての支給は、傷害の程度により大きく2つにわけることができます。
- 障害等級第1級から第7級に該当:障害(補償)年金、障害特別支給金、障害特別年金
- 障害等第8級から第14級に該当:障害(補償)一時金、障害特別支給金、障害特別一時金
後遺障害の等級は、大きな後遺障害ほど小さい数字の等級が認定されるので、第1級から第7級という後遺障害のなかでも特に深刻なものについては、年金として、等級に応じた金額が毎年(6期に分けて支給)支払われます。
弁護士に相談・依頼するメリット

上でご説明したように、後遺障害慰謝料と後遺障害逸失利益は、労災からは支給されません。
また、そもそも熱中症で労災認定を得られないケースもあります。
労災が認められたとしても、されに請求をするためには、自分が所属する会社を相手に損害賠償請求を行う必要があります。
ただ、この損害賠償請求は、会社に過失(安全配慮義務違反)がなければ認められません。
会社に過失が認められるかどうかは、労災発生時の状況や会社の指導体制などの多くの要素を考慮して判断する必要がありますので、一般の方にとっては難しいことが現実です。
弁護士にご相談いただければ、過失の見込みについてもある程度の判断はできますし、ご依頼いただければそれなりの金額の支払いを受けることもできます。
また、一般的に、後遺障害は認定されにくいものですが、弁護士にご依頼いただければ、後遺障害認定に向けたアドバイス(通院の仕方や後遺障害診断書の作り方など)を差し上げることもできます。
そのため、労災でお悩みの方は、お気軽に弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。
労働災害については、そもそも労災の申請を漏れなく行うことや、場合によっては会社に対する請求も問題となります。
労災にあってしまった場合、きちんともれなく対応を行うことで初めて適切な補償を受けることができますので、ぜひ一度弁護士にご相談いただけますと幸いです。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。