認知症の家族・親族がいる場合の相続問題

認知症などにより判断能力が失われた方が相続人や被相続人になった場合、相続という場面では様々な問題が生じ得ます。この記事では、どんな問題が考えられるのか、どう対策・対応していけばよいのか、ご家族や親族の視点から検討します。

認知症と相続問題

認知症と相続問題

家族の長生きは喜ばしいことですが、現実問題として、亡くなるその日まで健康状態に全く問題の無い方というのは少数派だと思います。
なかでも、長寿化にともなってその患者数が増えているのが「認知症」です。
ある推計では、執筆当時(2025年)の認知症の高齢者数は471万人ともいわれていて、その数は今後も増加傾向にあるということでした。

認知症が進行すると、生活面にも様々な問題が生じますし、当然、判断能力にも問題が出てきます。
実際に、「遺産分割を進めたいのに相続人のひとりが認知症で施設に入っており進められない」「親が認知症で、どのように相続手続きを進めたら良いか分からない」というようなご相談を頂くことも多いところです。

この記事では、認知症の家族・親族がいる場合、「相続」という場面ではどのような困りごとが発生し得るのか、どのように対策・対応していけば良いのかという点について解説していきたいと思います。

認知症の方が「被相続人」に当たる場合

認知症の方が「被相続人」に当たる場合

まず、認知症の方が亡くなった場合や、認知症の方が遺言や終活など死後の準備などをする場合について、どういった問題が生じるのか考えていきます。

⑴ 遺言が無効になる

⑴ 遺言が無効になる

遺言は、れっきとした法律行為(法律上の効果が生じる行為)であり、遺言能力がなければできないとされています。
ここでいう遺言能力とは、ざっくりと、「これから自分がどういう内容の遺言をしようとしているのか、その遺言をすると法律上どんな結果が生じるのか」といったことが考えられる・理解できる能力とイメージして頂ければと思います。

認知症は、記憶障害、見当識障害、判断能力の低下などの症状が現れますから、重度になればなるほど、上記のような思慮や判断は難しくなっていきます。
したがって、認知症の方が遺言を遺した場合、遺言を作成したときには遺言能力が失われていたとして、遺言が無効であると判断される可能性があるということになります。

「可能性」と言ったのは、例えば軽度の認知症の場合には、未だ上記のような能力(遺言能力)が失われていない状況もあり得るということです。
明確な線引きは難しく、個々の状況に応じての判断となりますが、「認知症の方全員が遺言能力を喪失していて遺言をすることができない」とまでは言い切ることはできません。

そうとはいえ、遺言の有効・無効が問題となるケースでは、相続人同士が遺言の有効性をめぐって激しく対立するということも多いので、重度・軽度問わず、認知症の方が遺言を遺すことは後のトラブルの種となり得ると言えます。
そのため、「死期が迫ったので遺言を書きたい(書いてもらいたい)」というのでは遅すぎる場合もあるとも言えるでしょう。

遺言を遺したい方はもちろん、遺言を遺して後の紛争を防ぎたいご家族の方は、認知症とは無縁のうちに、言い換えれば「若いうちに」、前倒しで遺言を遺すことが重要となりますので、ぜひご検討頂ければと思います。

⑵ 財産や身辺の整理ができない

⑵ 財産や身辺の整理ができない

認知症が進行してしまうと、通帳や貴重品の管理ができず紛失してしまうという身近な問題から、不動産の処分(売却)ができないといった大きな問題まで、適時にスムーズな対応がとれないということがあり得ます。
そうすると、日々の生活に支障が生じるということのほかにも、何らの「交通整理」が行われないまま死亡して相続が発生し、相続人が苦労するということがあり得ます。

認知症の方の財産管理や財産処分については、「成年後見制度」を利用することである程度対応可能です。
成年後見人は認知症の方に代わって財産の管理や処分をする役職ですから、認知症の方の生活基盤を整えることのほか、認知症の方の預貯金を整理したり、不要な契約を解除・解約したり、場合によっては不動産の処分をしたりします。
将来、その方が亡くなったときには、相続人は、成年後見人から残った遺産を引き渡されることになります。
ある程度整理された状態で引き渡されることになるので、実際の相続手続きや遺産分割協議などはやりやすいように思われます。

また、認知症の方が「相続人」として相続問題の当事者となったあと、問題が解決しないうちに亡くなって「被相続人」になった場合には、次のような問題が次代であるその方の相続人の身に降りかかります。
今度は、認知症の方が「相続人」になるケースでの問題点を考えていきたいと思います。

認知症の方が「相続人」に当たる場合

認知症の方が「相続人」に当たる場合

認知症の方が相続人になるケースとしては、例えば下記のようなものが考えられます。

●父が亡くなり、高齢の母と自分たち子どもらで父の遺産を相続する場合
●長生きした祖父母が亡くなり、その子である自分の親が相続人となる場合
●独身だった伯父・伯母が高齢で亡くなり、自分の親がきょうだいとして相続人になる場合
●独身だった自分のきょうだいが亡くなり、高齢の親が相続人になる場合

いずれの場合も、高齢の親が相続人として相続の当事者となりますが、その方が認知症だった場合には以下のような問題が生じることがあります。

⑴ 遺産分割協議に参加できない

⑴ 遺産分割協議に参加できない

まず、相続人が複数ある相続が生じた場合には、遺産分割協議をして遺産を分けることが王道です。
しかしながら、遺産分割協議も法律上の効果をもたらす法律行為のひとつであり、相続人の中に認知症で判断能力を喪失している方がいる場合には、この方は遺産分割協議に参加することができません。

ここで困るのは、遺産分割協議は、相続人全員で行い、最終的に全員が遺産分割の内容に同意しなくてはならないということです。
つまり、相続人の中に認知症で遺産分割協議に参加できない方がいる場合には、遺産分割協議を進めることができないということになります。
「高齢だから」「判断できないのだから」などといって、認知症の相続人の方を外して遺産分割協議をしたり、誰かが勝手に代筆して遺産分割協議書にサインしたりした場合には、その遺産分割協議は無効となります。

認知症の方が相続人になってしまうと、そのままでは、相続問題ができないという状況に陥ってしまいます。

⑵ 相続放棄ができない

⑵ 相続放棄ができない

上記のような遺産分割協議は、プラスの財産(預貯金や不動産など)がある場合に行われますが、遺産は何もプラスの財産だけではありません。すなわち、借金などのマイナスの財産も存在します。
被相続人(亡くなった方)が借金を抱えていた、多額の債務の保証人になっていた等という事情がある場合には、相続放棄をした方が良いという場面も少なくありません。

しかしながら、相続放棄を家庭裁判所に申し立てるのも、認知症で判断能力を失っている場合にはできません。
また、原則として、被相続人の死亡と自身が相続人であることを認識してから3ヶ月以内に相続放棄の手続をとらなければ、相続することを承認したものとして扱われます(民法921条2号)。
そうすると、例えば成年後見人をつけて相続放棄の手続をしなければ、借金や保証人の地位を相続することになる可能性が出てくるというわけです。

⑶ 相続登記ができない

⑶ 相続登記ができない

令和6年4月1日から、相続登記が義務化されました。
これはざっくりと言うと、相続が発生してから3年以内に、遺産の不動産について相続登記をしなくてはならないという義務です。
正当な理由なく相続登記しない場合には、10万円以下の過料が課せられる可能性があるということで、危機感を持っている方も多いのではないでしょうか。

しかしながら、上記でも述べたとおり、相続人のなかに認知症の方がいる場合にはそもそも遺産分割協議が進められません。
また、例え相続人がひとりだったとしても、認知症の方が登記の申請人となって登記手続きを進めることは難しいでしょう。
そのため、相続登記をしなくてはならないのにできない、ということにもなりかねないということです。
もちろん、相続登記ができなければ、その後の売却等の不動産の処分も難しくなります。

「認知症の相続人」問題をどう解決するか

「認知症の相続人」問題をどう解決するか

認知症の家族・親族が相続人となってしまった場合には、上記のような問題が生じる可能性がありますが、こういった事態にはどのように対応すれば良いのでしょうか。

これに対する答えは、やはり、成年後見制度の利用を考えるということに帰結するように思います。

この点、確かに個別の困りごと毎に、応急処置的な、あるいは問題の先送り的な方策が無いではありません。

例えば、相続登記の義務化に対する対応としては、判断能力に問題の無い別の相続人が「相続人申告登記」を行うということが考えられます。これは、遺産分割協議などが3年以内にまとまらない場合に、相続人を申告する登記を行うことで、相続登記の義務を履行したものとみなされるという制度です。
相続人の中に認知症の相続人がいる場合に、他の相続人は「相続人申告登記」を行っておいて、認知症の相続人に後見人が付くのを待つ、あるいは次代に相続されるのを待つという方法が考えられます。
しかしながら、相続人申告登記によって相続登記義務の履行をしたとみなされるのは申出人だけです。
したがって、認知症の相続人ご本人は、相続人申告登記を申出することができず、他の相続人の相続人申告登記によっても相続登記の義務を履行したものとはみなされません。

また、例えば、高齢で認知症である親が多額の借金を相続してしまった場合に、その親が亡くなった時点で、その相続人(子など)が相続放棄をするという方法が考えられます。
しかしこの場合には、相続人(子など)は被相続人である親の遺産を全く引き継げないことになりますから、例えば実家(自宅)などを残したい場合には不向きですし、そもそも被相続人(ここでは老親)が存命の間に借金が取り立てられることになりますので、生活が難しくなる可能性もあります。

遺産分割協議も、同様に、次代に引き継がれてから解決するという方針をお聞きすることもありますが、遺産分割協議が済まない内は遺産を動かすことができませんし、年月が経って数次相続が発生し、相続関係が複雑となったり、あるいは別の相続人に問題が生じたりして、相続全体の解決が難しくなるということも考えられます。
相続税の支払いがある場合には、その納付の問題(納付する資金の引き当ての問題など)も出てきます。

このように、成年後見制度の利用以外の方法では、なかなか解決が難しいと思われるのです。

それでも、お客様からは「成年後見制度は利用したくない。何とか回避できないか」とご相談頂くことがあります。
お話を聞くと、多くの場合で、成年後見人に支払う報酬がネックだということです。

「成年後見人の報酬」問題の解決方法について

「成年後見人の報酬」問題の解決方法について

    まず、前提として、成年後見人の報酬は本人(被後見人)の財産から支払うことになります。
    しかし、本人に全く財産や収入が無い場合(例えば、成年後見人が付いた後、長生きをして、財産が底を付いてしまったような場合も含まれます。)には、事実上、後見人は報酬を受け取れないということになります。
    家族・親族が成年後見人の報酬を負担しなくてはならないという制度にはなっていません。

    ただし、本人の財産や収入が無い・僅少であるという場合には、扶養義務を負う家族・親族は、本人(被後見人)の生活を支えなくてはならないという可能性があります。
    つまり、後見人の報酬ではなく、本人の生活費を負担しなくてはならないということです。
    もし、家族・親族で本人の生活を支えられないのであれば、本人について、生活保護の受給申請を検討しなくてはならないと思われます。

    ちなみに、こういった場合、成年後見人側では、自治体が行っている成年後見人の報酬助成制度の利用を考えることになります。
    これは、生活保護受給者等、財産・収入が少ない成年被後見人について、その後見人の報酬を自治体が助成してくれるという制度です。
    各自治体によって制度内容が違いますので、お住まいの自治体の制度を確認してみると良いかと思います。

    このように、成年後見人制度を利用する以上、本人(被後見人)の財産から報酬を支出することは免れません。
    親族が成年後見人になる場合には、報酬を辞退するということもありますが、相続などの法的問題が生じている、財産が多額であるといった事情がある場合には、第三者である専門家(弁護士、司法書士等)が成年後見人に選任されることが多いですし、親族が成年後見人、専門家が成年後見監督人となり、結局専門家への報酬が発生するということも多いかと思います。
    本人の財産管理や法律問題を、本人の財産で解決していくということですから、これは致し方ない出費と考えるしかないでしょう。
    この出費を惜しんでしまうと、上記のような相続問題が解決しないまま、本人や周囲の人へ影響を及ぼすことにもなりますので、弁護士としてはやはり「成年後見制度の利用を第一に考えた方が良い」と回答せざるを得ないのです。

    まとめ

    まとめ

    いかがだったでしょうか。
    「健康寿命」などという言葉もあるとおり、人が長生きするようになるにつれ、認知症などの健康上の問題を抱える人も多くなってしまうのは仕方が無いことです。
    しかしいくら仕方が無いことだといっても、相続などの法律上の問題が発生した場合には、本人も、家族・親族の方も困ってしまいますよね。

    地震などの天災に、防災グッズや備蓄品などを用意して備えるのと同じように、来たるべき時に備えて、判断能力に問題が生じないうちに対策を行うのはとても効果的です。
    この記事をご覧になっている方には、ぜひできる対策からはじめて頂ければと思います。
    一方で、様々な事情によりそういった「備え」ができないまま、その時を迎えてしまうということもあります。

    この場合には、仕方がないのですから、今できることをするほかありません。
    「今」ならどういった対策・対応ができるのか考えたいという方は、是非弁護士までご相談ください。
    ご状況やお困りごとをお伺いし、適切なアドバイスをさせて頂けたらと思います。

    ご相談
    グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。

    ■この記事を書いた弁護士

    弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
    弁護士 木村 綾菜

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