
ある日突然、「あなたは私の婚約者と不貞行為(肉体関係)に及び、私たちの婚約を破棄に追いやりました。つきましては、精神的苦痛に対する慰謝料として〇〇〇万円を請求します」との書面が来た・・・
このようなトラブルに巻き込まれ、慌てる方がいらっ者るかと思います。
交際相手から「実は自分には別の婚約者がいる」と告げられたり、あるいは突然相手のパートナーから直接連絡が来て修羅場になったりと、発覚の経緯は様々です。
「相手が既婚者」である場合の不倫(不貞行為)によって慰謝料が発生することは、一般的に広く知られています。しかし、「相手が婚約中」であった場合、事態は少し複雑になります。
なぜなら、法律上、戸籍という明確な証明がある「夫婦(婚姻関係)」とは異なり、「婚約」には公的な登録制度がなく、「どこからが法的に保護される婚約関係なのか」という境界線が極めて曖昧だからです。
この場合、主張すべき最大の防御ポイントは、「そもそも、あなた達の間に法的に保護される『婚約』は成立していなかった(単なる交際・恋人関係に過ぎなかった)のではないか」という点です。
本コラムでは、交際相手の「婚約者」を名乗る人物から慰謝料を請求されてしまった方向けに、単なる交際と法的な婚約の境界線、そして慰謝料請求を否定・大幅減額するための弁護士による実践的な反論戦略を弁護士の立場から解説しております。
第1章:「婚約中の浮気」で慰謝料が発生する法的メカニズム

そもそも、なぜ「婚約者の浮気相手」に対して慰謝料請求が可能になるのか、反論戦略を立てる前に、まずは法的な建付けを正しく理解しておく必要があります。
1単なる恋人同士の浮気では慰謝料は発生しない
大前提として、日本の法律(民法)では、単なる「恋人同士(交際状態)」の浮気に対しては、慰謝料請求は認められません。
恋人同士の間には、法的な「貞操義務(配偶者以外と肉体関係を持たない義務)」は存在しません。
したがって、彼氏や彼女が浮気をして別れることになっても、それは道義的な非難の対象にはなっても、法的な損害賠償の対象(不法行為)にはならないのです。
2「婚約」が成立して初めて法的保護の対象となる
しかし、二人の関係が単なる恋愛から一歩進み、「将来、適法な婚姻をしようという当事者間の合意(婚約)」に達すると、状況は法的に一変します。
婚約が成立すると、両当事者には「誠心誠意交際し、将来夫婦になるための努力をする義務」が生じます。これには当然、他の異性と肉体関係を持たないという「貞操義務に準じる義務」も含まれると考えられています。
そのため、婚約関係にある当事者の一方が第三者と不貞行為に及び、その結果として婚約が破棄されたり、平穏な婚約関係が侵害されたりした場合、その第三者は「婚約という法的に保護されるべき利益を不法に侵害した」として、損害賠償(慰謝料)の支払い義務を負うことになるのです。
3請求者の主張と、請求された側の反論構図
請求者側は、慰謝料を獲得するために「私たちは法的に強固な婚約関係にあった!」とあらゆる証拠を出して主張してきます。
これに対して、請求された側が取るべき第一の防衛策は、「いや、あなた達は単なる恋人同士だった。法的な婚約は成立していなかったのだから、私には慰謝料を支払う法的な義務はない」と反論し、相手の前提そのものを崩す主張が考えられます。
第2章:口約束やLINEだけでは不十分?「法的保護に値する婚約」の判断基準

では、裁判所はどのような状態をもって「婚約が成立している」と認定するのでしょうか。
多くの場合、慰謝料を請求してくる側は、「彼(彼女)からは『絶対に結婚しようね』と言われていた」、「LINEでも『来年には入籍しよう』というやり取りが残っている」、「友人にも結婚するつもりだと紹介されていた」といった事情を根拠に、「私たちは婚約していた」と主張してきます。
しかし、弁護士の目から見れば、当事者間の口約束やLINEのメッセージだけでは、「法的な婚約」と認められる可能性は決して高くありません。
裁判所は、「恋愛感情の延長線上にある漠然とした将来への期待」や「その場しのぎの愛情表現」に過ぎないと判断することがあります。
「法的に保護される婚約」として認められるためには、主観的な意思だけでなく、「第三者から見ても、結婚に向けて後戻りできないほど関係が進展している」という客観的な事実(客観的要素)が必要不可欠です。
具体的には、以下のような事実が複数積み重なっているかについて審査されます。
① 結納の取り交わし
日本において、婚約を推認させる伝統的な儀式です。
結納金や結納品の授受が行われていれば、婚約の成立が認めらる方向に働きます。
ただし、現代では結納を行わないカップルも増えているため、結納がないからといって直ちに婚約が否定されるわけではありません。
② 両家の親族への挨拶・顔合わせ(親の承諾)
「交際相手としての紹介」ではなく、「結婚を前提とした挨拶」として両家を訪問し、親から結婚の承諾を得ているかどうかが重要です。
さらに、両家の親同士が食事会(顔合わせ)を行っていれば、婚約の成立を裏付ける極めて強い事情となります。
③ 婚約指輪の購入・授受
高価な婚約指輪(エンゲージリング)を男性から女性に贈り、女性がそれを受け取っている事実は、結婚への明確な意思表示とみなされます。単なる誕生日プレゼントのペアリングとは法的な評価が明確に異なります。
④ 結婚式場や新婚旅行の予約
結婚式場の下見に行っただけでなく、具体的な日程を決め、決して安くない内金・手付金を支払い、キャンセル料が発生する状態の予約手続きを完了している場合は、婚約が成立していると評価されます。
同様に、新婚旅行の航空券やホテルの予約も強力な証拠です。
⑤ 新居の契約と、結婚を前提とした同居の開始
二人で住むための賃貸物件を新たに契約(またはマイホームを購入)し、家具や家電を共同で買い揃え、同居を開始している場合、生活の実態が夫婦に近づいているとして婚約が認定されやすくなります。
単なる「半同棲(週末だけ入り浸っている)」や「もともと住んでいた家への転がり込み」では、評価は弱くなります。
⑥ 職場や友人への公然たる報告
ごく一部の親友に「結婚するつもり」と話す程度では弱く、職場の上司に結婚を報告して社内手続きを進めようとしている、結婚式の招待状を発送しているなど、社会的に「二人は結婚する」という認識が広く共有されている(公然性がある)状態が重視されます。
これらの客観的要素が「どれか一つ」あれば即座に婚約成立となるわけではなく、複数が組み合わさることで「法的保護に値する婚約」が形作られていきます。
逆に言えば、相手が「婚約していた」と主張してきても、上記の客観的要素がほとんど見当たらない場合は、徹底的に争う余地があるということです。
第3章:反論戦略①「単なる交際」と主張し、慰謝料義務自体を否定する

ここからは、実際に慰謝料請求を受けた際の具体的な反論戦略を解説します。
第一の矢は、前述の基準を用いて「相手カップルの関係は法的な婚約に至っておらず、慰謝料の支払い義務は生じない」と真っ向から否定するやり方です。
1. 相手の証拠の脆弱性を突く
請求者は、自分たちに有利な証拠(「結婚」の文字があるLINEなど)を内容証明に添付してくることがあります。しかし、弁護士が介入し、その前後の文脈や客観的状況を精査すると、法的には脆弱であることが多いのです。
例えば、相手が「結婚情報誌(ゼクシィなど)を一緒に読んでいた」「ブライダルフェアに一度行った」と主張してきたとします。
しかし、予約金の支払いには至っていなければ、「結婚というイベントに興味を持ち、初期的な情報収集をしただけであり、具体的な結婚の合意には至っていない」と反論できます。
2. 客観的要素の「欠如」を指摘する
「LINEでは結婚を語っていても、実際には両家の親への挨拶すら一度も行われていない」、「婚約指輪も買っておらず、結婚式場の予約等の具体的なアクションが何一つ起こされていない」、 このように、第2章で挙げた客観的要素が「存在しないこと」を具体的に列挙し、相手カップルの関係が単なる「結婚前提のお付き合い(=恋愛の一形態)」に過ぎず、法的保護の対象ではないと主張します。
もし裁判や交渉において「婚約は不成立である(単なる交際である)」と認められれば、あなたに対する慰謝料請求は根底から覆り、支払い額は「ゼロ」となります。
第4章:反論戦略②「婚約の事実を知らなかった(過失なし)」と主張する

第二の矢は、仮に相手カップル間に法的な婚約が成立していたとしても、「私(あなた)は、相手に婚約者がいることを全く知らず、知らなかったことについて過失(不注意)もなかった」と主張して、責任を否定するやり方です。
不法行為に基づく損害賠償が成立するためには、加害者側に「故意(わざと)」または「過失(不注意)」が必要です。
1. 既婚者を見抜くより「婚約者」を見抜く方が困難
相手が既婚者であった場合、「長期間交際していれば、土日に会えない、家に呼んでくれない等の不審点から既婚者だと気づけたはずだ(過失あり)」と認定されることが多くあります。
しかし、「婚約者」の存在を見抜くことは、既婚者を見抜くよりも困難に見受けられます。
戸籍に記載されるわけでもなく、日常的に左手薬指に指輪をしているとも限りません。
また、婚約中であってもまだ同居を開始していないカップルは多く、交際相手の自宅に遊びに行っても「一人暮らしの部屋」であれば、他にパートナーがいる生活感を感じ取ることは困難です。
2.「過失なし」を主張するためのポイント
交際相手から「自分はフリーだ」「彼女(彼氏)はいない」と嘘をつかれて交際していた場合、以下の事情を主張・立証することで、「過失なし(=慰謝料支払い義務なし)」と認められる可能性が高まります。
出会いの経緯: マッチングアプリ(独身限定)や婚活パーティーなどで出会った場合、相手に特定のパートナーがいないと信じるのは不自然ではありません。
交際中の言動: 相手が「結婚しよう」とあなたにもプロポーズめいたことを言っていたり、あなたの親に挨拶に来ていたりした場合、「自分以外に本命の婚約者がいる」と疑うことは中々難しいと考えられます。
生活状況: 相手の家に頻繁に出入りしていたが、同棲相手の痕跡が一切なかったこと。
「独身・フリーだと完全に騙されていた」ことが証明されれば、あなたに故意・過失はないとして、やはり慰謝料の支払い義務はゼロとなります。
第5章:反論戦略③仮に責任が認められても「大幅な減額」を目指す

第一の矢(婚約不成立)、第二の矢(過失なし)が突破され、法的に慰謝料支払い義務が認められてしまうケースもあります。例えば、「相手と同じ職場で、二人が社内結婚に向けて準備していることを周囲も知っていたのに肉体関係を持った」といった場合です。
しかし、そこで諦める必要はありません。第三の矢として、「請求額が不当に高額である」として大幅な減額交渉を行います。
1. 法律婚と婚約では慰謝料の相場が大きく異なる
請求者は「300万円」、「500万円」といった法外な慰謝料を請求してくることが多々あります。
しかし、裁判例における不貞慰謝料の相場において、「婚約関係に対する侵害」は、「法律婚(婚姻関係)に対する侵害」よりも低く算定される傾向です。
法律婚の破綻による慰謝料相場が100万円〜300万円程度であるのに対し、婚約破棄に至った場合の慰謝料相場は、おおむね50万円〜200万円程度に留まることが多いのです。(もちろん、妊娠中絶や悪質な事情があれば増額される傾向にあります)。
2. 「婚約の成熟度」による減額主張
一口に婚約といっても、「結納も終わり、結婚式の招待状も発送し、新居に引っ越した翌日に浮気が発覚した」というケースと、「親に挨拶を済ませて婚約指輪を買ったばかりの初期段階」とでは、保護されるべき法益の大きさが異なります。
相手カップルの婚約がまだ「初期段階」や「未成熟」であったことを主張し、慰謝料額を相場の下限(数十万円)にまで引き下げる交渉を行うことが可能です。
3. 相手カップルが「結婚したか」「破局したか」による違い
不貞発覚後、相手カップルがどのような選択をしたかも、慰謝料額に直結します。
・婚約を破棄した場合: 精神的苦痛が大きいとして、慰謝料は高めになる傾向にあります(上記の50~200万円程度)。
・修復して予定通り結婚した場合: 不貞というショックはあったものの、最終的に「結婚」という目的は達成されているため、精神的苦痛は相対的に小さかったと評価されます。この場合、慰謝料相場は数十万円(30万円〜50万円程度)まで減額される傾向にあります。
4. 「求償権(きゅうしょうけん)」を交渉カードにする
不貞行為は、あなたと交際相手(請求者のパートナー)の「共同不法行為」です。
したがって、あなただけが全額を負担する義務はなく、もしあなたが慰謝料を支払った場合、後から交際相手に対して「あなたの責任分(通常は半額程度)を負担して」と請求する権利(求償権)があります。
相手カップルが結婚して家計が同一になる場合、あなたが求償権を行使して交際相手からお金を取り戻すと、結果的に相手夫婦の財布からお金が出ていくことになります。
弁護士が「求償権を放棄する代わりに、慰謝料を相場以下(たとえば数十万)に大幅減額しなさい」という示談交渉をしてくれます。
まとめ

「婚約者の相手」からの慰謝料請求は、既婚者からの請求と比較して、「そもそも婚約が成立していたのか」「自分は過失なく騙されていたのではないか」といった争う余地(防御ポイント)が非常に大きいのが特徴です。
相手の強い言葉や法外な請求額に怯え、「自分が悪いのだから…」と安易に合意書にサインしたり、言われるがままに振り込んだりするのは好ましくありません。
一度支払ってしまえば、後から「やはり高すぎた」「法的な義務はなかった」と取り戻すことは極めて困難です。
内容証明郵便が届いたり、請求を受けたりした場合は、何も返答する前に弁護士に相談してください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 安田伸一朗
離婚・不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和4年の弁護士登録以来、離婚問題の解決に特化し、男性・女性を問わず、不貞慰謝料、財産分与、親権争いなど、感情の対立が激しい事案において数々の解決事例あり。依頼者の不安を解消する丁寧なヒアリングを徹底し、最新の裁判例に基づいた緻密な戦略で、有利な条件での合意や早期解決へと導くことに注力。




