
家族が重傷を負って入院した。意識が戻らない、あるいは手術を繰り返している。その一方で、収入は止まり、入院費の請求書は届き、付添いのために仕事も休まなければならない。
重傷事案で最初に直面するのは、等級や慰謝料の話ではありません。「これからどうやって生活していくのか」という問題です。そして、この局面での選択が、最終的な手取り額をも大きく左右します。
治療費をどの制度で払うか。いつ、どこから、いくらを先に受け取るか。どの順序で請求するか。いずれも、後から取り返しのつかない違いを生みます。
本記事では、重傷事案の初動と資金の確保について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
治療費をどの制度で支払うか

一括対応とその限界
通常、相手方の任意保険会社が「一括対応」として、自賠責保険の分を含めて治療費を直接病院に支払います。窓口負担がなく便利な仕組みですが、法律上の義務ではなく、保険会社のサービスとして行われているものです。
したがって、保険会社が「そろそろ症状固定でしょう」と判断すれば、一方的に打ち切られます。重傷事案であっても、受傷から六か月程度で打診されることは珍しくありません。
健康保険への切替え
一括対応が打ち切られても、治療をやめる必要はありません。健康保険を使って通院を続けられます。
この場合、保険者(協会けんぽ、健康保険組合、市区町村の国民健康保険)に「第三者行為による傷病届」を提出します。保険者は、支払った医療費について加害者に求償することになります。
自己負担した治療費は、必要性・相当性が認められれば、後から損害として請求できます。領収書は必ず保管してください。
過失があるなら早めに健康保険へ
被害者側にも過失がある事案では、治療費についても過失割合に応じた減額が行われます。自由診療で治療費が高額になっていると、その分の自己負担が重くなります。
たとえば治療費が三〇〇万円かかり過失割合が三割であれば、九〇万円が自己負担として賠償額から差し引かれる計算になります。健康保険を使って治療費の総額を一〇〇万円に抑えられていれば、差し引かれるのは三〇万円です。
なお、自由診療の単価については、裁判例は一点一〇円から二五円まで分かれており、診療の必要性・相当性や症状に応じて個別に判断されています。高額な単価の請求に対して、保険会社が支払いを争うこともあります。
過失があることが明らかな事案では、初期の段階から健康保険に切り替えておくことが、手取り額を増やす最も確実な方法です。
業務中・通勤中なら労災保険

事故が業務中または通勤途上に起きたものであれば、労災保険を使えます。この場合、「第三者行為災害届」を勤務先と労働基準監督署に提出します。
労災を使う利点は三つあります。第一に、療養補償給付により治療費の自己負担がないこと。第二に、休業補償給付により給付基礎日額の六割(休業特別支給金を含めると八割)が支給されること。第三に、障害特別支給金などの特別支給金は損益相殺の対象にならず、実質的な上乗せとして受け取れることです。
また、労災には過失相殺の適用がありません。被害者側の過失が大きい事案では、労災を使うことの意味が特に大きくなります。
「会社に迷惑がかかるのでは」と心配される方がいますが、通勤災害は保険料率に影響しません。業務災害についても、使用者が労災の申請を妨げることは許されません。
当面の資金を確保する方法

仮渡金
自賠責保険には、損害賠償責任が確定する前に当座の出費を賄うための「仮渡金」の制度があります。加害者が加入している損害保険会社(共済組合)に請求します。
金額は、死亡の場合は二九〇万円、傷害の場合は程度に応じて四〇万円、二〇万円、五万円のいずれかです。葬儀費用や入院中の当面の出費に充てることができます。
被害者請求と内払
加害者側から賠償を受けられない場合には、加害者が加入している損害保険会社に対して、直接、損害賠償額を請求できます。これが被害者請求です。
被害者請求は、総損害額が確定する前であっても、治療費などを支払うたびに、限度額の範囲内で何度でも請求することができます。治療が長期化している事案では、この仕組みを使って随時回収していくことができます。
自賠責の限度額は、傷害が一二〇万円、後遺障害が障害の程度に応じて七五万円から四〇〇〇万円、死亡が三〇〇〇万円です。介護を要する後遺障害については別表第一により、第一級が四〇〇〇万円、第二級が三〇〇〇万円です。
後遺障害の等級が出た時点で先に受け取る
後遺障害の等級が認定されると、任意保険会社との示談を待たずに、自賠責保険から等級に応じた保険金を受け取ることができます。
たとえば別表第一の第一級であれば四〇〇〇万円、別表第二の第一級であれば三〇〇〇万円、第三級であれば二二一九万円、第五級であれば一五七四万円、第七級であれば一〇五一万円、第九級であれば六一六万円、第一二級であれば二二四万円です。
重傷事案では示談成立までに一年以上かかることも珍しくありません。先に自賠責保険金を受け取っておくことで、生活を維持しながら、腰を据えて交渉に臨むことができます。これは、相手方保険会社に手続を任せる事前認定にはない、被害者請求の大きな利点です。
人身傷害保険
ご自身やご家族の自動車保険に人身傷害保険が付いていれば、過失割合にかかわらず約款基準の保険金を受け取れます。治療費や当面の生活費を確保する手段として有効です。
ただし、受領の順序によって最終的な手取り額が変わります。加害者からの賠償金を先に受け取るか、人身傷害保険金を先に受け取るかで、いわゆる過失部分の回収に差が生じるためです。受領の前に一度ご相談いただくことをお勧めします。
公的な給付と制度
障害の程度に応じて、身体障害者手帳、重度心身障害者医療費助成、障害基礎年金・障害厚生年金、特別障害者手当、自立支援医療などを利用できます。
介護保険は六五歳以上の方が対象で、四〇歳以上六五歳未満の方は加齢に起因する特定疾病による要介護状態に限られますので、交通事故による障害は原則として対象外です。六五歳未満の方は、障害者総合支援法に基づく重度訪問介護などの利用を検討することになります。
遷延性意識障害の方については、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)の療護センターや介護料の支給制度があります。定員が限られており待機期間が生じますので、早めに相談しておくとよいでしょう。
入院中に確保しておくべき記録

診療記録と画像
診断名、手術の内容、意識障害の経過(JCS・GCSの数値)、投薬の内容。これらはすべて、後の等級認定で使う資料です。
特に重要なのは画像です。受傷直後のCT・MRI、経過中の画像、症状固定時の画像。後から撮り直すことはできません。転院のたびに画像が別の病院に残りますので、どの病院にどの時期の画像があるかを把握しておいてください。
付添いと介護の記録
付添費は、医師の指示または受傷の程度・被害者の年齢等により必要が認められれば損害となります。赤い本の基準では、入院付添費は職業付添人が実費全額、近親者付添人が一日につき六五〇〇円、通院付添費は一日につき三三〇〇円が目安です。被害者が幼児・児童である場合には、一割から三割の範囲で増額が考慮されます。
入院雑費は一日につき一五〇〇円が目安で、領収書がなくても定額で認められます。入院日数を確認して必ず請求してください。
将来介護費については、職業付添人が実費全額、近親者付添人が一日につき八〇〇〇円が目安とされていますが、具体的看護の状況により増減することがあるとされています。重度の事案では、介護日誌、訪問看護記録、ケアプランを積み上げて、実態に即した日額を主張することになります。
収入と支出の記録
休業損害のために、源泉徴収票、給与明細、確定申告書、勤務先が作成する休業損害証明書が必要です。有給休暇を使った日も休業損害の対象になります。
付添いのためにご家族が仕事を休んだ場合、付添費の日額を超える減収が生じたときは、実際の減収額を損害とする裁判例もあります。給与明細や勤務表で減収の事実を示せるようにしておいてください。
通院交通費は、公共交通機関の運賃のほか、症状によりタクシーの利用が必要と認められれば実費が対象です。自家用車を使用した場合はガソリン代(一キロメートルあたり一五円が目安)、駐車場代、高速道路料金が対象になります。
加害者側に資力がない場合

任意保険未加入
加害者が任意保険に加入していない場合、自賠責保険の限度額を超える部分は加害者本人から回収しなければなりません。資力に不安があるときは、財産の調査や仮差押えを検討します。
ご自身の自動車保険に無保険車傷害保険が付いていれば、そこから回収できる場合があります。
自賠責も未加入・ひき逃げ
自賠責保険にも加入していない無保険車による事故、あるいはひき逃げで加害者が不明な事故については、国の政府保障事業(自動車損害賠償保障事業)に請求できます。
限度額は自賠責と同じで、傷害一二〇万円、後遺障害は障害の程度に応じて七五万円から四〇〇〇万円、死亡三〇〇〇万円です。ただし、健康保険や労災保険などの社会保険から給付を受けるべき金額は差し引かれますので、まず社会保険を使うことが前提になります。
請求期限は、傷害は事故発生日から三年、後遺障害は症状固定日から三年、死亡は死亡日から三年です。請求先は損害保険会社(共済組合)の窓口で、保険代理店では受け付けていません。
やってはいけないこと

早期の示談
入院中や治療中に、保険会社から示談を打診されることがあります。しかし、後遺障害の有無も程度も分からない段階で示談をすれば、後から請求することは原則としてできません。
示談書には通常、「本件に関し、当事者間に他に何らの債権債務がないことを相互に確認する」という清算条項が入ります。署名する前に、必ず内容を確認してください。
治療の中断
費用の問題や「もう良くならないと言われたから」という理由で通院をやめてしまうと、症状の一貫性が失われ、後遺障害の認定が著しく困難になります。
通院先を変える場合も、空白期間が生じないよう手配してください。
時効の放置
人身損害の損害賠償請求権の時効は、損害及び加害者を知った時から五年です。後遺障害については症状固定日が起算点になります。自賠責保険への請求権は、傷害は事故発生の翌日から、後遺障害は症状固定日の翌日から、死亡は死亡日の翌日から、いずれも三年です。
交渉が長引きそうな場合には、時効の完成猶予の手続、あるいは自賠責については時効更新の申請をしておく必要があります。
当事務所のサポート内容

①治療費の支払方法の設計
過失の有無、業務中・通勤中かどうかを踏まえ、自由診療・健康保険・労災保険のどれを使うべきかを初期段階で助言します。
②仮渡金・被害者請求の代行
当面の資金を確保するため、仮渡金または被害者請求の手続を代行します。必要書類の収集も当方で行います。
③公的制度の案内
身体障害者手帳、障害年金、重度訪問介護、療護センターなど、利用できる制度を整理してご案内します。
④打切りへの対応と等級申請
治療費の打切りに対しては、医学的な見通しを踏まえて対応方針を助言し、症状固定後は被害者請求により等級の認定を求めます。
おわりに

重傷事案では、賠償の交渉が始まるのは症状固定を迎えた後、事故から一年以上経ってからです。それまでの間を、どうやって乗り切るか。これが最初の課題になります。
そして、この局面での選択は、最終的な金額にも影響します。健康保険に切り替えていたかどうか、労災を使ったかどうか、人身傷害保険をどの順序で使ったか。いずれも、後から変えることはできません。
入院中・治療中の段階でも、できることは多くあります。示談の話が始まるのを待つ必要はありません。早い段階で一度ご相談ください。弁護士費用特約をご利用いただける場合はご自己負担なく、特約がない場合も原則として着手金無料で対応しております。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
交通事故
弁護士登録後、交通事故による後遺障害・慰謝料増額・保険会社との示談交渉など多数の事案を担当。不当要求防止責任者講習の講師として培った毅然とした交渉力を武器に、保険会社との粘り強い折衝を得意とする。交通事故問題について、テレビ朝日「グッド!モーニング」出演歴があり、また中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。




