
パイロットが交通事故に遭った場合の休業損害(乗務手当の減少)、航空身体検査に適合しなくなった場合の逸失利益、等級の目安を超える喪失率の考え方、保険会社の主張への対応を解説します。
パイロットの交通事故が他の職業と異なる理由

航空会社のパイロットは、日本の職業の中でも特に年収が高い職業の一つです。機長であれば年収2,000万円、3,000万円を超えることも珍しくありません。
一方で、パイロットとして乗務を続けるには、定期的に航空身体検査に合格し、航空身体検査証明を受け続けなければなりません。視力、聴力、平衡機能、心臓・脳の状態、精神状態などについて厳しい基準が定められており、日常生活に支障がない程度の後遺症でも、基準に適合しなくなれば乗務はできません。
つまり、パイロットの場合、比較的軽い等級の後遺障害であっても、パイロットとしてのキャリアそのものを失う可能性があるのです。この点が、賠償額の算定において最大の争点になります。
休業損害では「乗務手当」の減少を漏らさない

休業損害は、次の式で計算します。
休業損害 = 1日あたりの基礎収入 × 休業日数
乗務できない期間の手当の減少
パイロットの給与は、基本給に加えて、乗務時間に応じた乗務手当が大きな割合を占めるのが一般的です。ケガの治療中に乗務から外れ、地上での勤務に就いた場合、出勤はしていても乗務手当がなくなった分だけ収入が減ります。この減収分も休業損害として請求できます。
勤務先に休業損害証明書を作成してもらう際は、欠勤日数だけでなく、乗務手当の減少額がわかるように記載してもらうことが重要です。事故前1年分の給与明細を用意し、乗務手当の平均額を示しましょう。
航空身体検査証明の再取得までの期間
ケガ自体は治っても、航空身体検査に再び合格するまでは乗務に戻れません。再検査や審査に時間がかかった期間についても、事故がなければ乗務できていたのであれば、休業損害の対象になり得ます。検査の経過や会社からの指示を記録しておきましょう。
有給休暇・賞与の減額
通院のために有給休暇を使った日も休業日数に含まれます。欠勤や乗務停止が賞与の査定に影響した場合は、賞与減額証明書を作成してもらい、差額を請求します。
パイロットに影響が大きい後遺障害

自賠責保険の後遺障害等級は、障害の部位と程度によって決まり、職業は考慮されません。しかし、パイロットにとって特に問題となる障害には次のようなものがあります。
眼の障害
視力の低下、視野の欠損、物が二重に見える複視などは、航空身体検査の基準に直接かかわります。等級では、正面を見た場合に複視が残るものは第10級2号、正面以外を見た場合の複視は第13級2号とされていますが、パイロットにとっては等級に関係なく乗務の可否を左右する障害です。
頭部外傷・高次脳機能障害・外傷性てんかん
頭部外傷の後に、記憶力や注意力の低下、判断の遅れなどが残ることがあります。また、外傷をきっかけにてんかんの発作が起きるようになった場合や、発作の可能性があると判断された場合も、乗務は困難になります。
めまい・平衡機能の障害、難聴
むちうちや頭部外傷の後にめまいやふらつきが残った場合、あるいは耳の損傷で聴力が低下した場合も、航空身体検査の基準との関係が問題になります。
精神的な後遺症
事故の後に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ状態になることがあります。精神的な症状も航空身体検査の審査対象であり、乗務に影響することがあります。
逸失利益:乗務できなくなったことをどう評価するか

後遺障害が残った場合、将来の収入減少を逸失利益として請求します。
逸失利益 = 基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
労働能力喪失率は、等級ごとに自賠責保険の基準で目安が定められています。しかし、民事上の損害賠償では、職業や業務内容を踏まえて実質的に判断されます。
パイロットが後遺障害によって乗務資格を失い、地上職に移った、あるいは退職を余儀なくされた場合には、等級の目安の喪失率ではなく、実際の減収の割合を基に喪失率を主張することが考えられます。たとえば、年収2,000万円の機長が地上職に移って年収が1,000万円になったのであれば、50%の減収が生じていることになります。
参考までに、年収2,000万円の45歳のパイロットについて、法定利率3%のライプニッツ係数で試算すると次のとおりです。
| 喪失率・期間の例 | 逸失利益の試算 |
| 第12級の目安(14%・10年) | 約2,388万円 |
| 第10級の目安(27%・67歳までの22年) | 約8,606万円 |
| 実際の減収割合(50%・67歳までの22年) | 約1億5,937万円 |
同じ後遺障害でも、喪失率の考え方によって賠償額は数千万円単位で変わります。
喪失期間をどう考えるか
パイロットには乗務できる年齢に上限があるため、相手方保険会社から「高収入は乗務できる年齢までに限られる」と主張されることがあります。この場合、乗務の上限年齢までは事故前の収入を、それ以降は地上職や他の職業で得られたはずの収入を基礎として、段階的に計算する方法が考えられます。
減収がない場合
会社の配慮で地上職に移っても給与水準が維持されている場合もあります。最高裁は、減収がない場合でも、昇進・昇給や転職で不利益を受けるおそれがあるなど特段の事情があれば、逸失利益を認める余地があるとしています(最判昭和56年12月22日民集35巻9号1350頁)。機長への昇格の道が閉ざされたことや、将来の給与水準への影響を具体的に示すことが重要です。
必要な資料と早めの準備

パイロットの事案では、次のような資料を準備しておくと有効です。
- 事故前1年分の給与明細書と源泉徴収票(乗務手当の額がわかるもの)
- 航空身体検査証明の取得状況、検査結果、不適合とされた理由がわかる資料
- 乗務停止、地上職への配置転換、退職に関する会社の通知
- 賃金規程や昇格の基準(機長昇格の見込みを示すもの)
- 主治医の診断書や、航空身体検査を担当した医師の意見
通勤中・業務中の事故と労災

空港への通勤途中や、業務のための移動中の事故は、労災保険の対象になります。労災保険の休業特別支給金(給付基礎日額の20%)は、損害賠償額から控除されないと解されています。労災保険と加害者への賠償請求をどう組み合わせるかも検討しましょう。
相手方保険会社の典型的な主張と対応

「第14級なので、喪失率は5%です」
等級が軽くても、航空身体検査に適合しなくなったのであれば、職業上の影響は極めて大きいといえます。検査結果や会社の措置を資料で示し、実際の減収を基に主張します。
「出勤しているので休業損害はありません」
乗務から外れて乗務手当が支給されなくなった分は、出勤していても減収です。給与明細で事故前との差額を示します。
「地上職で働けるので、労働能力の喪失は小さい」
パイロットとして得られたはずの収入と、地上職の収入との差こそが損害です。職種転換による減収の割合を具体的に示します。
よくある質問

Q むちうちですが、首の痛みで乗務を控えています。
A 乗務を控えるかどうかは、主治医や航空会社の産業医の判断を踏まえて決めることが大切です。乗務を控えたことによる減収は、医師の指示や会社の判断があれば休業損害として主張しやすくなります。
Q 航空身体検査の基準に適合するかどうか、まだわかりません。
A 症状固定の前に検査を受けることもあります。示談を急がず、乗務の可否が明らかになってから賠償額を確定させることが重要です。
症状固定と示談のタイミングに注意

パイロットの事案では、医学的に症状固定と判断されても、その時点で航空身体検査に合格できるかどうかがはっきりしないことがあります。乗務に復帰できるかどうかが見えないまま示談をしてしまうと、後から乗務できないことがわかっても、原則として追加の請求はできません。
示談の前に、航空身体検査の結果や、会社の人事上の措置を確認しておくことが大切です。また、交通事故の損害賠償請求権には時効(人身損害については、損害と加害者を知った時から5年)があるため、時効にも注意しながら進める必要があります。
弁護士に依頼するメリット

職業上の影響を賠償額に反映させられる
保険会社は、等級ごとの喪失率の目安を前提に賠償額を提示してきます。弁護士は、航空身体検査の基準や乗務手当の仕組み、配置転換による減収を踏まえて、パイロット特有の損害を具体的に主張します。
弁護士基準で慰謝料を請求できる
保険会社が最初に提示する慰謝料は、自賠責保険の基準や保険会社独自の基準で計算されていることが多く、裁判で認められる水準(弁護士基準)より低いのが一般的です。弁護士が交渉することで、弁護士基準を前提とした交渉が可能になります。
弁護士費用特約を使える場合が多い
後遺障害が残ると保険金額が大きくなるので保険会社と争いになることがほとんどです。
特に、慰謝料や逸失利益は金額が大きくなります。
弁護士に依頼するのとしないのでは、数十万~事案によって数千万円の違いがでる可能性もあります(実際に当事務所でありました)。
弁護士に依頼をすることによって、保険会社との交渉や手続、裁判を代理で行うことができます。
また、弁護士特約に加入されている場合は、弁護士費用が原則として300万円まで保険ででます。
こうした事がメリットになります。
弁護士特約に加入している場合は、法律相談費用もでますので、まずは相談ください。
ラインでの相談も行っています。友達登録して、お気軽にお問い合わせください。
ご自身やご家族の自動車保険、火災保険などに弁護士費用特約が付いていれば、弁護士費用の多くを保険でまかなえます。特約を使っても、保険の等級が下がることは通常ありません。
まとめ

パイロットは収入が高いうえに、航空身体検査という独自の基準があるため、軽い後遺障害でもキャリアを失うおそれがある職業です。休業損害では乗務手当の減少を、逸失利益では乗務資格を失ったことによる実際の減収を、資料に基づいて具体的に主張することが大切です。
賠償額が大きくなりやすい分、相手方保険会社も強く争ってきます。示談の前に、弁護士に相談することをおすすめします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
交通事故
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は交通事故案件を中心に多数の損害賠償請求に対応している。後遺障害等級認定や保険会社との示談交渉を含む実務に精通し、緻密な法的思考に基づいた立証に注力。被害者の適正な賠償実現のため、専門知識を活かした迅速な解決を追求している。











