
| 【この記事のポイント】 いじめ重大事態の調査報告書に納得できないとき、被害児童生徒・保護者は「所見書」を添えることができます。埼玉県蓮田市は、市立中学校の重大事態について、調査報告書とあわせて、保護者が作成した所見書と質問事項までホームページで公表しました。さらに、そこで指摘された問題を受けて策定された再発防止策は、大人数対1名の「謝罪の場」の禁止や「お互い様」指導の戒めなど、極めて具体的な内容になっています。本記事では、被害者側の声が制度を動かした実例として、この事案から学べることを解説します。 |
1. 報告書と一緒に「所見書」が公表された

いじめの重大事態調査では、調査報告書が公表されることがあります。しかし、その報告書とあわせて、被害を受けた児童生徒の保護者が作成した「所見書」や「質問事項」まで公表される例は、多くありません。
埼玉県蓮田市は、令和8年8月、市立中学校で発生したいじめ事案について、いじめ防止対策推進法第28条に基づく重大事態と認定し、外部有識者によるいじめ問題専門委員会が実施した調査の報告書を公表しました。市は同時に、調査報告書を受けて対象保護者により提出された所見書と質問事項も公表しています。公表期間は6か月間(令和8年8月24日〜令和9年2月23日)とされ、あわせて再発防止策も公表されました。
市は公表の目的について、国のガイドラインが、調査報告書を公開することは、関係者だけでなく社会に対して事実関係を正確に伝え、憶測や誤解を生まないようにするとともに、社会全体でいじめ防止対策について考える契機ともなる、と示していることを挙げています。そのうえで、個人情報やプライバシーに配慮して報告書を公表することが社会全体で考える契機になることから、報告書とともに保護者が作成した所見書と質問事項を公表することとした、と説明しています。
| この事案が示すこと ・被害者側の「所見書」は、報告書に添えるだけでなく、公表され得るものである。 ・所見書で指摘された内容が、再発防止策に具体的に反映され得る。 ・被害者側が声を上げることが、その学校・自治体の仕組みそのものを変えることがある。 |
2. 「所見書」とは何か

所見書とは、調査結果の説明を受けた被害児童生徒・保護者が、自らの意見や事実誤認の指摘などをまとめた文書です。国の「いじめの防止等のための基本的な方針」および「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(令和6年8月改訂)は、被害児童生徒や保護者が希望すれば、その所見をまとめた文書を調査結果の報告書に添えて、地方公共団体の長等に送付・提出できることを定めています。
この仕組みは、被害者側にとって重要な意味を持ちます。調査報告書は第三者委員会が作成するものであり、被害者側の認識と食い違う部分が生じることは避けられません。そのとき、「納得できないまま報告書だけが独り歩きする」のではなく、自分たちの言い分を公的な記録として残せる。それが所見書です。
| 被害者側がとりうる手続 | 根拠・内容 |
| 報告書取りまとめ前の記載の確認 | 事実関係の認定に係る部分等について「この記載で相違ないか」という視点で、取りまとめ前に確認をとることが想定されている(ガイドライン第8章) |
| 追加調査の要望 | 調査漏れや、説明と報告書の内容が異なるなど新たに調査すべき事項が出てきた場合、意向を確認のうえ追加調査を行うことが望ましいとされる(同第9章) |
| 所見書の提出・添付 | 納得がいかない場合、所見をまとめた文書を報告書に添えて地方公共団体の長等に提出できる(基本方針・ガイドライン第9章) |
| 再調査の要求 | 報告を受けた地方公共団体の長等が、必要と認めるときに再調査を行う(いじめ防止対策推進法第29条第2項・第30条第2項等) |
蓮田市の事案は、この所見書が実際に提出され、しかも公表にまで至った実例です。所見書は形式だけの制度ではなく、現実に活用されている手続なのだということを示しています。
3. 報告された事案の経過

報道によれば、この事案では、女子生徒が中学入学後、令和2年11月ごろからクラスや部活動で悪口を言われ、黒板に落書きをされるなどのいじめを受けたと認定されました。生徒は同年12月中旬ごろから登校できなくなり、翌年1月に医療機関でいじめを原因とする起立性調節障害の診断を受け、頭痛や吐き気、食欲不振が続いて症状が悪化し、不安障害の診断も受けたとされます。生徒は5月下旬からフリースクールに通学し、保護者が学校や市教委に改善を求めましたが、令和5年3月に卒業したものの、いじめは解決しないままでした。
弁護士や公認心理師ら4人による市いじめ問題専門委員会は、生徒の卒業後である令和5年11月から令和7年3月にかけて開催され、提出された報告書をめぐって保護者と協議が行われ、ようやく公表に至ったと報じられています。報告書は、いじめ重大事態の認定が遅れ、生徒への配慮が欠けた点を挙げ、学校と市教育委員会側の対応は「非常に不適切」と指摘したとされます。
| 【重要】認定の遅れが被害を長期化させる 報道によれば、報告書は、学校が令和3年1月の時点でいじめ重大事態として適切な対応を取るべきだったと指摘しています。重大事態としての認定が遅れれば、調査も支援も始まりません。その間に被害は深刻化し、子どもは学校に戻る機会を失っていきます。「認定が遅れた」ことは、それ自体が重大な問題なのです。 |
4. 「謝罪の場」が被害生徒を傷つけた

この事案でとりわけ重く受け止めるべきなのが、学校が設けた「謝罪の場」の問題です。報道によれば、学校は令和3年6月、女子生徒と関係した生徒を集め、互いに謝罪するよう「謝罪の場」を設けたとされます。
被害を受けた生徒に対し、加害生徒と「互いに謝罪」させるという形式は、被害者にも落ち度があったかのような扱いにほかなりません。国のいじめ防止基本方針は、いじめは単に謝罪をもって安易に解消とすることはできないと定めており、文部科学省の「いじめの重大化を防ぐための留意事項集」(令和7年11月)も、形式的な謝罪によって事案を解決させる指導が繰り返されると「謝れば許される」という間違った理解が醸成され、本質的な反省がないまま重大化につながる可能性があると指摘しています。
この事案の再発防止策は、まさにこの点に正面から向き合っています。市教育委員会が策定した再発防止策には、これまでの対応において、大人数対1名という形式の謝罪の場の設定が被害児童生徒に過大な心理的負担を与えた事例があったことを踏まえ、として、次のようなルールが明記されました。
| 蓮田市の再発防止策が定めた「謝罪の場」のルール ・謝罪の場を設定する場合は、事前に被害児童生徒本人の明確な意向を確認し、同意が得られない限り、加害児童生徒との直接対面による謝罪は行わない。 ・謝罪は原則1対1で行い、複数の加害児童生徒が同時に対面する形式は原則として行わない。 ・やむを得ず複数での実施が必要な場合は、事前にスクールカウンセラー等の専門職による心理的アセスメントを必須とする。 ・アンケートの実施や謝罪の場の持ち方は慎重に検討する。 |
被害を受けた子どもの同意なしに、加害生徒と対面させない。複数対1名の構図を作らない。これは、被害者側が実際に経験した苦痛から導き出された、極めて具体的なルールです。
5. 「お互い様」という指導を戒める

再発防止策には、もう一つ注目すべき記載があります。「いじめられている側にも問題がある」という、いわゆる「お互い様」の考え方で児童生徒に接することのないよう、教職員に周知徹底する、という項目です。特に対応の初期段階においてはこうした見方を厳に慎むこととし、校内研修においてその趣旨を具体的な事例とともに共有する、とされています。
さらに、「生徒は皆良い子である」という思い込みが、被害者にも責任があるとする不適切な対応(いわゆる「お互い様」の指導)を生む一因となりうることを踏まえ、思春期特有の心理への理解を深める事例研修を年間研修計画に位置づける、とも定められました。学校側の善意の思い込みが、どのように被害者を傷つける対応につながるのか。その構造にまで踏み込んだ内容です。
この再発防止策の冒頭には、調査報告書および被害生徒保護者から寄せられた所見書、質問事項において指摘された学校及び教育委員会の対応上の問題を真摯に受け止める旨が明記されています。特に、被害児童生徒・保護者の心情に十分配慮のない画一的な指導、事実関係の記録、引継ぎの不備、対応の中立性に関する疑義といった点が挙げられており、所見書の指摘が施策に反映されていることが読み取れます。
6. 再発防止策から読み取れる、被害者側が確認したいポイント

蓮田市の再発防止策は、被害者側が「学校の対応は適切か」を確認するうえでの、実践的なチェックリストとしても読めます。他の学校・自治体の対応を考えるうえでも参考になります。
| 確認したいポイント | 蓮田市の再発防止策の内容 |
| 重大事態の認定は速やかか | 年間30日という欠席日数の形式的基準のみに依拠せず、学習機会が実質的に確保されているか等を実質的な判断基準に加え、いじめの認知から遅くとも1か月以内を目途に判断 |
| 記録は改ざんできない形か | 議事録・月例報告等は、作成後の改ざんを防止するため、作成日時が記録される様式(電子データは変更履歴が残る形式)で管理 |
| 記録の開示を受けられるか | 「いじめ月例報告」の内容について、被害児童生徒の保護者から開示の求めがあった場合、関係法令に基づき遅滞なく開示 |
| 調査中の経過報告があるか | 重大事態の調査期間中、少なくとも月に一度、調査の進捗状況について口頭及び書面による報告を行う |
| 質問への回答は得られるか | 保護者からの質問・要望については、原則として2週間以内に文書または口頭で回答 |
| 専門職は独立しているか | スクールカウンセラーのカウンセリングは教員の同席を認めず守秘義務を徹底。SC・相談員は学校側の意向を代弁する立場ではないことを確認 |
とりわけ「月に一度の書面による進捗報告」「質問への2週間以内の回答」といった具体的な期限の設定は、被害者側が置き去りにされないための実効的な歯止めです。調査が長期化しがちな重大事態において、こうした約束が明文化されている意味は小さくありません。
7. まとめ――声を上げることには、意味がある

この事案で、被害を受けた生徒と家族は、長い時間を要しました。生徒が卒業した後に専門委員会が開かれ、報告書をめぐって協議を重ね、ようやく公表に至っています。その道のりは、決して平坦ではなかったはずです。
しかし、その過程で提出された所見書と質問事項は公表され、そこで指摘された問題は、市の再発防止策に具体的な形で結実しました。大人数での謝罪の場を設けない、「お互い様」の指導をしない、記録の改ざんを防ぐ様式で管理する、月に一度は書面で報告する――これらは、被害者側が声を上げなければ生まれなかったルールです。
調査報告書の内容に納得できないとき、「もう終わったことだから」と諦める必要はありません。記載の確認を求める、追加調査を要望する、所見書を提出する、再調査を求める。法とガイドラインは、被害者側にこれらの手続を保障しています。どの手続をどう使うべきか判断に迷うときは、どうか一人で抱え込まず、専門家にご相談ください。あなたの声が、お子さんを、そして次の子どもたちを守ることにつながります。
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【出典・参照条文】
- 蓮田市「いじめ重大事態に関する報告書と所見書等の公表」(令和8年8月、調査報告書・所見書・質問事項・再発防止策)(https://www.city.hasuda.saitama.jp/shido/kyoiku/kyoiku/gakko/ijimehoukoku.html )
- 蓮田市教育委員会「いじめ重大事態を受けての再発防止策について」(令和8年8月)
- 埼玉新聞/Yahoo!ニュース(蓮田市の重大事態調査報告書の公表に関する報道)(参照:https://news.yahoo.co.jp/articles/a031d5076c95ab1bc84ff89dec6340fd93c4fb06 )
- いじめ防止対策推進法第28条・第29条第2項・第30条第2項/文部科学省「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成29年3月14日改訂)/「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(令和6年8月改訂)第8章・第9章/「いじめの重大化を防ぐための留意事項集」(令和7年11月)
- (注)本記事は繊細なテーマに触れています。つらい気持ちを抱えている場合は、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)などの相談窓口や専門の医療機関にご相談ください。
- 掲載サイト:https://www.g-ijime.com/
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この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志
学校・いじめ
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
埼玉弁護士会子どもの権利委員会委員長(令和7年〜)、北本市いじめ問題調査委員会委員長、埼玉県教育委員会学校いじめ問題外部専門員、以前はさいたま市、現在は新座市や蕨市のスクールロイヤーを務め、学校や教育委員会の事情にも精通する。自死・不登校のいじめ重大事態調査委員会の委員長経験も豊富で、共著「学校のいじめ対策と弁護士の実務」(青林書院)の執筆者でもあり、いじめ予防授業・学校向け講演の実績多数。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、広くいじめ・学校問題の対応に精通する。




