
厚生労働省が令和8年5月に公表した「令和7年における職場の熱中症による死傷災害の発生状況」(確定値)によれば、令和7年に職場で熱中症により死亡または休業4日以上の被害を受けた労働者は1,803人にのぼり、統計を取り始めて以来、過去最多となりました。前年からの増加は546人、率にして約4割の急増です。
その背景には、令和7年6月から8月の平均気温が平年を2.36度上回り、統計開始以来最も高くなったという記録的な猛暑があります。そして今年もまた、同じ環境で多くの方が働いています。
熱中症は「自己管理の問題」「体調が悪かっただけ」と片付けられてしまいがちです。しかし、職場で発生した熱中症は立派な労働災害であり、事業者が法令上義務付けられた対策を怠っていた場合には、労災保険の給付とは別に、会社に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
本記事では、熱中症が労災と認められる基準、令和7年6月から義務化された事業者の新たな責務、そして会社への損害賠償請求のポイントについて、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
職場の熱中症はどのような場合に労災と認められるのか

熱中症は、暑熱環境下での作業によって体温調節機能が破綻し、めまい、頭痛、吐き気、けいれん、意識障害などを引き起こす健康障害です。重症化すると多臓器不全に至り、命を落とすことも珍しくありません。
業務上の疾病として明記されている
熱中症は、労働基準法施行規則の別表に定められた「業務上の疾病」の一つとして明確に位置づけられています。したがって、業務に起因して発症したと認められれば、労災保険の給付対象となります。
認定にあたっては、作業環境の暑熱状況(気温、湿度、暑さ指数=WBGT値、輻射熱の有無)、作業内容と作業時間、身体作業強度、水分・塩分の摂取状況、休憩の取得状況といった事情が総合的に判断されます。
屋内作業・夜間作業でも労災になる
熱中症というと炎天下の建設現場を思い浮かべる方が多いのですが、実際には製造業の工場、食品加工場、倉庫、飲食店の厨房、ビルの機械室など、屋内での発症が相当数を占めています。
空調のない倉庫での荷役作業、炉のそばでの作業、湿度の高い厨房での長時間労働など、屋内でも熱中症のリスクは極めて高いのです。「屋外ではないから労災にならない」ということはありません。
持病があっても労災は否定されない
会社側や保険会社から「本人に糖尿病や高血圧などの持病があったのだから、会社の責任ではない」と主張されることがあります。
しかし、持病があること自体は労災認定を妨げる事情ではありません。基礎疾患があったとしても、業務による暑熱ばく露が発症の相対的に有力な原因といえるのであれば、業務起因性は認められます。持病を理由に一方的に責任を否定されたときこそ、弁護士にご相談いただきたい場面です。
令和7年6月から義務化された事業者の熱中症対策

熱中症をめぐる法規制は、ここ数年で大きく変わりました。令和7年6月1日、改正された労働安全衛生規則が施行され、事業者に対して熱中症の重篤化を防ぐための具体的な措置が義務付けられたのです。
この義務化は、会社の安全配慮義務の内容を判断するうえで、極めて重要な意味を持ちます。
義務化された三つの措置
改正規則が事業者に求めているのは、大きく次の三点です。
①熱中症の自覚症状がある労働者等を把握する体制の整備
労働者本人が体調不良を申し出られる連絡先や、周囲の作業者が異変に気づいたときに報告するルートをあらかじめ定め、現場に周知しておかなければなりません。単独作業が多い現場では、定期的な巡視や連絡確認の体制も求められます。
②重篤化を防止するための措置の手順の作成
熱中症のおそれがある労働者を発見した場合に、作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察または処置といった一連の対応をどの順序で誰が行うのかを、手順として文書化しておくことが必要です。
③体制および手順の関係労働者への周知
作成した体制と手順は、作業に従事するすべての労働者に周知しなければなりません。管理職の引き出しにしまわれているだけでは、義務を果たしたことになりません。
義務違反が「安全配慮義務違反」の強力な根拠になる
令和7年の統計では、死傷者数が過去最多となる一方で、死亡者数は19人と前年から12人減少しました。この減少は、令和7年6月に施行された規則改正による重篤化防止対策が一定の効果を上げたためと考えられています。
裏を返せば、これらの措置を講じていなかった事業場で死亡や重篤な後遺障害が生じた場合、「法令が求める最低限の対策すら怠っていた」という評価に直結します。会社に損害賠償を請求するうえで、これは非常に強い武器となります。
会社に損害賠償を請求できるケースと証拠

労災保険から支給されるのは、治療費、休業補償(給付基礎日額の約8割)、後遺障害が残った場合の障害補償給付などです。しかし、そこには精神的苦痛に対する慰謝料が一切含まれていません。
また、逸失利益についても、労災保険の給付だけでは裁判で認められる水準に遠く及びません。この差額を埋めるには、会社に対する損害賠償請求が不可欠です。
安全配慮義務違反が認められやすい典型例
暑さ指数(WBGT値)を測定せず、その日の危険度を把握しないまま作業を継続させていた場合、休憩場所や冷房設備、日陰、給水設備を用意していなかった場合、通気性の悪い作業着や防護具を長時間着用させたまま休憩を取らせなかった場合などは、義務違反が認められやすい典型例です。
また、人員不足や納期優先を理由に休憩を取りづらい雰囲気をつくっていた、体調不良を訴えた労働者に「大丈夫だろう」と作業を続けさせた、といった事情も重大な過失と評価されます。
早期に確保すべき証拠
熱中症の事案では、発症日の気象データ(気温、湿度)とその現場の作業環境の記録が決定的な意味を持ちます。WBGT値の測定記録、作業日報、タイムカード、休憩時間の記録、給水設備や休憩所の写真、当日の作業指示に関するメールやチャットの履歴などを、可能な限り早く確保してください。
会社は事故後に休憩所を設置したり、記録を整えたりすることがあります。時間が経つほど、当時の実態を示す証拠は失われていきます。
弁護士に依頼するメリット

「本人の自己管理の問題」という反論に対抗できる
熱中症の事案では、会社側から「本人が水分を取らなかった」「前日に飲酒していた」といった主張がなされ、大幅な過失相殺を求められることが少なくありません。
しかし、暑熱環境という危険から労働者を守る一次的な責任は事業者にあり、令和7年6月の規則改正はその責任をより明確にしました。弁護士が介入すれば、法令とガイドラインに基づいて不当な過失相殺の主張を退けることができます。
裁判基準による適正な賠償額を算定できる
熱中症が重症化すると、高次脳機能障害や腎機能障害といった重い後遺障害が残ることがあります。会社の保険会社が提示する金額は独自の低い基準によるものであり、弁護士が裁判基準(いわゆる赤本基準)で算定し直すことで、大幅な増額につながるケースが少なくありません。
ご遺族の代理人として会社と交渉できる
熱中症で大切なご家族を亡くされた場合、ご遺族が直接会社と交渉するのは精神的に大きな負担です。弁護士が代理人として矢面に立ち、事実関係の調査から賠償交渉までを一括してお引き受けします。
熱中症で受けられる補償の全体像

熱中症の労災では、どこまでが労災保険でカバーされ、どこから先が会社への請求になるのかを、最初に整理しておくことが大切です。
労災保険から支給されるもの
療養補償給付として治療費が全額給付されます。健康保険と違い、自己負担はありません。休業補償給付として、休業4日目から給付基礎日額の6割(休業特別支給金2割を合わせて約8割)が支給されます。後遺障害が残れば、等級に応じて障害補償給付(年金または一時金)が支給され、死亡された場合には遺族補償給付と葬祭料が支給されます。
労災保険では一切支給されないもの
慰謝料です。入通院に伴う精神的苦痛、後遺障害を抱えて生きていく苦痛、そして命を奪われたことに対する死亡慰謝料——これらはすべて、労災保険の対象外です。
また、休業補償で填補されない残り2割の賃金、労働能力の喪失による将来の減収(逸失利益)の不足分、家族の付添費用や介護費用も、労災保険だけではまかないきれません。
会社への請求で初めて回収できる部分
これらの差額を回収する唯一の方法が、会社に対する損害賠償請求です。重篤な後遺障害が残った事案では、慰謝料と逸失利益を合わせた請求額が数千万円規模になることも珍しくありません。
会社が労災上乗せ保険(使用者賠償責任保険)に加入している場合には、実質的な支払原資が確保されていることも多く、交渉によって解決できる可能性が高まります。
当事務所のサポート内容

当事務所の労災チームでは、熱中症災害について、次のような形でご支援しています。
①労災申請のサポート
業務起因性を基礎づける作業環境の情報を整理し、労働基準監督署への請求手続をサポートします。持病を理由に労災を否定されそうな事案でも、粘り強く対応します。
②作業環境・気象データの収集と分析
発症日の気温・湿度・暑さ指数、現場の作業条件、休憩と給水の実態を調査し、会社の措置が法令の水準を満たしていたかを検証します。
③安全配慮義務違反の立証
令和7年6月に義務化された体制整備・手順作成・周知の三点について、会社が何を行っていたのかを明らかにし、義務違反を具体的に主張します。
④裁判基準による賠償額の算定と交渉
後遺障害慰謝料、逸失利益、将来介護費などを裁判基準で精緻に算定し、会社および保険会社と交渉します。必要に応じて訴訟も提起します。
おわりに

熱中症は、適切な対策さえ講じられていれば、その多くを防ぐことができる災害です。だからこそ、対策を怠った会社の責任は厳しく問われなければなりません。
「暑さに慣れていない自分が悪かった」と諦める必要はまったくありません。会社から見舞金の提示を受けている段階であっても、その金額が適正かどうか、一度専門家の目を通すことを強くおすすめします。
私たちは、被災された方とそのご家族が治療と生活の再建に専念できるよう、正当な補償の獲得に向けて全力でサポートいたします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働災害(労災)
弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。






