
医療、福祉、飲食、IT業界をはじめ、多くの職場で深刻な問題となっている長時間労働や過重なノルマ。企業間競争の激化や慢性的な人手不足を背景に、一部の労働者に極端な負担が偏るケースが後を絶ちません。
昼夜を問わないサービス残業や休日出勤の常態化、さらには職場でのパワーハラスメントなどが重なることで、労働者は心身ともに疲弊していきます。その結果、ある日突然、脳出血や心筋梗塞などを発症して倒れてしまったり(過労死)、極度のストレスからうつ病などの精神疾患に罹患し、最悪の場合は自ら命を絶ってしまったり(過労自殺)する、痛ましい事態が数多く発生しています。
こうした過重労働が原因で健康被害を受けた場合、まずは労働基準監督署において労働災害(業務災害)としての認定を受けることが重要です。認定が下りれば、治療費や休業中の補償、遺族に対する年金(遺族補償年金)などが国から支給されます。
しかし、ご遺族や被災者ご本人が直面する現実として、忘れてはならない重要な事実があります。それは、国の労災保険の給付には、被災者が苦しみ抜いた末に命を落としたことや、精神疾患に罹患したことに対する精神的苦痛を慰謝する「慰謝料」が一切含まれていないという点です。また、働き続けていれば将来得られたはずの収入である逸失利益についても、労災保険の給付だけでは、本来受け取るべき適正な損害額の全額をカバーすることはできません。
これらの「労災保険では足りない損害」を補填し、適正な補償を得るためには、労働者を過酷な環境に追い込んだ会社(雇用主)に対して、直接損害賠償(民事賠償)を請求する必要があります。本記事では、長時間労働やパワハラによる疾病について会社に損害賠償を請求するための法的根拠や、立証のための証拠集めのポイント、そして会社側が主張しがちな「本人の私生活の問題だ」という責任逃れを乗り越えるための弁護士の役割について、労働災害問題に精通した埼玉県大宮の弁護士が詳しく解説します。
精神疾患・脳心臓疾患の労災認定と賠償請求のハードル

機械によるケガや高所からの転落事故と異なり、脳心臓疾患(過労死)や精神疾患(うつ病など)の場合、「それが本当に仕事のせいなのか」という業務起因性を証明することに、大きなハードルが存在します。
国による労災認定の基準
労働基準監督署が労災と認定するためには、客観的な過重労働や強い心理的負荷の存在を証明しなければなりません。たとえば脳心臓疾患の場合、発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月から6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働があったかどうかが、業務と発症との関連性を判断する強い目安(いわゆる過労死ライン)とされています。
また精神疾患の場合は、厚生労働省の認定基準に基づき、「重大な仕事上のミスをした」「新規事業などの担当になった」「上司や同僚との間に客観的に認識されるような大きな対立が生じた」「達成困難なノルマが課された」「違法行為を強要された」といった具体的な出来事を評価し、心理的負荷が『強』と判断された場合に労災が認定されます。
労災認定と会社への損害賠償請求の違い
労働基準監督署によって労災認定がなされたからといって、自動的に会社が慰謝料を支払ってくれるわけではありません。会社に賠償金を請求するためには、会社側に「労働者の心身の健康が損なわれる危険を予見できたにもかかわらず、その対策を怠った」という安全配慮義務違反(会社の過失)があったことを、被災者側で具体的に主張・立証する必要があります。
過労死・うつ病における会社の「安全配慮義務違反」とは

会社に安全配慮義務違反を問ううえで、歴史的に重要な意義を持つのが、最高裁判所が会社の重い責任を認めた電通事件(最判平成12年3月24日)です。この判決で最高裁は、使用者は、労働者に従事させる業務を定めて管理するにあたり、業務に伴う疲労や心理的負荷などが過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う、と明確に示しました。
現在、労働安全衛生法などに基づく会社の具体的な義務(過失のポイント)としては、次の点が挙げられます。
①長時間労働の放置と「労働時間の適正な把握」の怠り
会社は、労働者の実労働時間を客観的に把握する義務があります。「タイムカードを押させた後にサービス残業を強要していた」「業務量が明らかに所定労働時間内では終わらないと分かっていながら放置していた」といった実態があれば、健康被害を未然に防ぐ義務を怠ったとして、厳しく責任が問われます。
②長時間労働者に対する「医師の面接指導」の不実施
労働安全衛生法は、時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる労働者に対して、本人の申出により医師の面接指導を行わなければならないと定めています。会社が長時間労働の実態を把握していながら、この面接指導の機会を与えなかったり、医師の意見に基づく就業場所の変更や労働時間の短縮といった適切な事後措置を講じなかったりした場合、明らかな法令違反・安全配慮義務違反となります。
③「ストレスチェック制度」の運用不備
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、労働者の心理的な負担の程度を把握するためのストレスチェックを毎年実施することが義務付けられています。高ストレス者と判定された労働者から申出があったにもかかわらず、医師の面接指導を実施しなかったり、その結果に基づく業務の軽減措置を怠った結果としてうつ病などを発症させた場合、会社の責任が問われる可能性が高くなります。
④職場環境の調整義務違反(ハラスメントの放置など)
上司からの日常的な暴言やパワーハラスメント、あるいは達成不可能な過剰なノルマの押し付けが存在し、労働者が精神的に追い詰められていることを会社(人事部門や上位の管理者)が認識し得たにもかかわらず、配置転換や指導などの適切な対応をとらずに放置した事案でも、安全配慮義務違反が成立します。
会社への賠償金請求に向けた「過重労働の証拠集め」のポイント

会社に安全配慮義務違反を追及するためには、客観的な証拠が必要不可欠です。とくに過労死や精神疾患の事案では、会社側が「そんなに働かせていない」「勝手に残っていただけだ」と労働時間を過少に申告するケースが多いため、被災者側での周到な証拠集めが勝敗を分けます。
労働時間(長時間労働)を証明する証拠
タイムカードや出勤簿、ICカードの入退館記録は最も基本的な証拠ですが、サービス残業が横行している職場では実態と異なる打刻がされていることもあります。そこで、実際にパソコンを操作して業務を行っていた時間を客観的に示すパソコンのログ記録(ログイン・ログオフの時刻)は、極めて強力な証拠になります。あわせて、深夜や休日に業務関連のメールを送信していた記録や社内チャットの記録、運送業や営業職であれば運転日報やETCの利用記録なども、労働実態を裏付ける材料となります。
業務の過重性・心理的負荷を証明する証拠
本人が書き残した日々の業務内容やノルマへのプレッシャー、上司からの叱責の内容を示す手帳・業務日誌・メモは重要です。また、「今日も終電だ」「上司に怒鳴られて辛い」といった当時の心情を伝える家族や友人へのLINE・メールは、精神的負荷の程度を示すリアルタイムな記録となります。会社からどれほどの重圧がかけられていたかを示すノルマの指示書や売上目標の資料も有力です。
健康状態・医学に関する証拠
いつから不眠や食欲不振が現れ、医師に仕事の悩みをどのように訴えていたかが記載された医療機関のカルテや診断書は重要です。あわせて、過去の健診で血圧の異常などが指摘されていたか、高ストレスと判定されていたかがわかる健康診断・ストレスチェックの結果や、会社が健康状態の悪化を認識していたことを示す産業医との面談記録も、会社の責任を裏付ける証拠となります。
過労問題の賠償金請求を弁護士に依頼すべき理由

過労死や労働によるうつ病の問題において、ご遺族や被災者ご本人が単独で会社や会社の顧問弁護士と交渉し、適正な賠償金を勝ち取ることは、極めて困難といわざるを得ません。労働問題・労災問題に強い弁護士に依頼すべき理由を説明します。
会社側の「証拠隠滅」を防ぐための証拠保全
パソコンのログ記録や社内メールの履歴、タイムカードなどの重要証拠のほとんどは会社側にあります。被災者側が個人で開示を求めても、「データは消去した」「社内規定で見せられない」と拒否されたり、最悪の場合は改ざんされたりするリスクが高いのが実情です。弁護士に依頼すれば、裁判所を通じた証拠保全手続きにより、会社側がデータを消去する前に客観的な記録を確保することができます。過労問題においては、初動のスピードと証拠保全が命綱となります。
「個人的な問題だ」という責任逃れに対抗する
会社側は、賠償金の支払いを免れるために、「本人が自主的に居残っていただけだ」と労働時間を否定したり、「うつ病になったのは仕事のせいではなく、本人の脆弱な性格や家庭内のトラブルのせいだ」と素因減額を主張したりして、激しく反論してくるのが通例です。弁護士が代理人となれば、精神障害の労災認定基準や過去の裁判例(個人の性格が通常想定される範囲内であれば素因減額をしないとした電通事件最高裁判決など)を踏まえ、会社の不当な責任逃れを法的に論破します。
「裁判基準」による適正な賠償金の獲得
一家の支柱であった方が過労死・過労自殺で亡くなられた場合、裁判基準(いわゆる赤本基準)では死亡慰謝料だけでも2,800万円程度が目安となります。これに、生きていれば将来得られたはずの逸失利益を加えると、賠償金の総額が数千万円から、場合によっては1億円を超えることも珍しくありません。また、うつ病などで退職を余儀なくされた場合も、休業損害や後遺障害慰謝料、将来の逸失利益を合算して多額の請求が可能です。会社側が「お見舞金」として提示してくる示談金に安易にサインせず、弁護士が裁判基準を用いて交渉・訴訟を行うことで、失われた命や健康に見合った正当な補償を勝ち取ることができます。
おわりに

「残業が多すぎるのは自分の能力が低いからだ」「会社に迷惑はかけられない」――真面目で責任感の強い労働者ほど、自らを責め、SOSを出せないまま最悪の事態に追い込まれてしまいます。しかし、労働基準法や労働安全衛生法のルールを無視し、労働者の命や健康を犠牲にして利益を上げるような働かせ方は、決して許されるものではありません。過労によって大切なご家族を失ったご遺族、あるいは心身を壊して働けなくなってしまった被災者には、会社に対して正当な賠償を求める権利があります。
「家族が突然過労で亡くなったが、会社は責任を認めない」「長時間の残業が続いてうつ病になった」「会社から提示された示談金が妥当かわからない」とお悩みの方は、一人で抱え込まず、私たちにご相談ください。証拠が手元に少なくても、弁護士の調査力によって道が開けるケースは少なくありません。ご本人とご家族の正当な権利を守り、これからの生活を立て直すため、適正な賠償金の獲得に向けて全力でサポートいたします。
※現在、精神疾患についてのご相談は受け付けておりません。ご了承いただけますようお願い申し上げます。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働災害(労災)
弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。






