ITエンジニア・事務職のVDT作業・メンタル不調|会社への損害賠償と安全配慮義務について弁護士が解説

「労働災害(労災)」と聞くと、工場での機械への巻き込まれや、建設現場での高所からの転落といった、肉体労働における目に見えるケガを想像する方が多いかもしれません。「自分はずっとパソコンに向かっているだけの座り仕事だから、労災なんて関係ない」と思っていないでしょうか。

しかし、現代のIT・情報通信業界や一般オフィスの事務職には、特有の深刻な健康被害が潜んでいます。一日中パソコンのモニターを見つめ、キーボードを叩き続ける情報機器作業(VDT作業)の長時間化は、眼精疲労だけでなく、首・肩・腕に激しい痛みやしびれを伴う頸肩腕(けいけんわん)症候群や腰痛といった身体的な疾患を引き起こします。さらに深刻なのが、ITエンジニアなどに顕著な、過酷な納期や達成困難なノルマ、昼夜を問わないシステム障害への対応、上司からのパワーハラスメントなどによる極度の精神的ストレスです。これらが原因でうつ病や適応障害などの精神疾患に罹患し、休職や退職を余儀なくされるケース、さらには過労死(過労自殺)に至る痛ましいケースも後を絶ちません。

こうした業務が原因で心身に不調をきたした場合、まずは労働基準監督署において労働災害(業務災害)としての認定を受けることが重要です。認定が下りれば、治療費や休業中の補償などが国から支給されます。

しかし、ここで忘れてはならない重要な事実があります。国の労災保険の給付には、被災者が心身を壊して苦しんだことに対する「慰謝料」が一切含まれていないという点です。また、病気によって長期間働けなくなったことによる将来の収入減(逸失利益)についても、労災保険の給付だけでは実際の損害額をすべてカバーすることはできません。

これらの「労災保険では足りない損害」を補填し、適正な補償を得るためには、労働者を過酷な環境に追い込んだ会社(雇用主)に対して、直接損害賠償(民事賠償)を請求する必要があります。本記事では、ITエンジニアやオフィスワーカーに特有の健康被害において会社に問われる法的責任や、損害賠償請求のための証拠集め、そして「裁量労働制だから自己責任だ」といった会社の反論を乗り越えるための弁護士の役割について、埼玉県大宮の弁護士が詳しく解説します。

精神疾患・頸肩腕症候群の労災認定と賠償請求のハードル

精神疾患・頸肩腕症候群の労災認定と賠償請求のハードル

オフィスワークにおける病気は、「本当に仕事のせいなのか、それとも本人の私生活や体質の問題なのか」を客観的に証明することが難しいという特徴があります。

国による労災認定の基準

たとえばうつ病などの精神疾患の場合、厚生労働省の精神障害の労災認定基準に基づいて判断され、仕事による心理的負荷が『強』と評価された場合に労災が認められます。具体的には、達成困難なノルマが課されたり、会社全体の建て直しや大型システム導入など責任の重い新規事業の担当になったりした過酷な業務、システム障害などで顧客や取引先から重大なクレーム・要求を受けその対応に多大な労力を費やしたトラブル対応、上司から業務指導の範囲を超える強い叱責(パワハラ)を受けたり同僚との間に客観的に認識されるような深刻なトラブルが生じたりした対人関係などが、該当する可能性があります。

また、VDT作業による頸肩腕症候群についても、長期間にわたる過度な反復作業や不自然な姿勢の強制などが客観的に認められれば、労災の対象となります。

労災認定と会社への損害賠償請求の違い

労働基準監督署によって労災が認定されたからといって、自動的に会社が慰謝料を支払ってくれるわけではありません。会社に賠償金を請求するためには、会社側に「労働者の心身の健康が損なわれる危険を予見できたにもかかわらず、その対策を怠った」という安全配慮義務違反(会社の過失)があったことを、被災者側で具体的に主張・立証する必要があります。

情報通信業等における会社の「安全配慮義務違反」とは

情報通信業等における会社の「安全配慮義務違反」とは

会社は、労働安全衛生法などに基づき、労働者が安全で健康に働けるよう配慮する義務を負っています。ITエンジニアや事務職において、会社が問われる具体的な過失のポイントは次のとおりです。

①情報機器作業(VDT作業)の労働衛生管理の不備

厚生労働省は、パソコンなどを多用する業務について「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を定めており、会社はこれに従って適切な作業管理を行う義務があります。一連続作業時間が1時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に10分から15分の作業休止を設け、連続作業中にも一、二回の小休止を設けるよう指導することが求められています。あわせて、画面のまぶしさ(グレア)を防ぐ照明の調整、適切なデスクの高さや椅子の選定など、無理のない姿勢で作業できる環境の整備も義務付けられています。

会社がこれらのガイドラインを無視し、休憩も与えずに過酷な連続作業を強いて眼精疲労や頸肩腕症候群を発症させた場合、明らかな安全配慮義務違反となります。

②長時間労働の放置と「労働時間の適正な把握」の怠り

IT業界では裁量労働制やフレックスタイム制が導入されていることが多く、これを盾にして会社が労働者の実労働時間を正確に把握していないケースが見受けられます。しかし、労働安全衛生法では、裁量労働制であっても労働者の健康管理のために、パソコンのログなどによる客観的な労働時間の把握が義務付けられています。「裁量だからいくら残業しても会社の責任ではない」というのは誤りであり、深夜や休日におよぶ長時間労働を放置して心身の健康を害した場合には、会社の過失が強く問われます。

③ストレスチェック等メンタルヘルス対応義務の違反

常時50人以上の労働者がいる事業場では、年に一回のストレスチェックが義務付けられています。会社がこれを怠っていたり、高ストレスと判定された労働者から申出があったにもかかわらず医師の面接指導を受けさせず、業務量の軽減などの適切な措置をとらずに精神疾患を発症させたりした場合には、安全配慮義務違反が成立します。

会社への賠償金請求に向けた「証拠集め」のポイント

会社への賠償金請求に向けた「証拠集め」のポイント

会社に安全配慮義務違反を追及するためには、客観的な証拠が必要不可欠です。会社側は「本人が勝手に残業していた」「自分のペースで仕事ができたはずだ」と責任逃れを図るため、次のような証拠を徹底的に集める必要があります。

労働時間・作業実態を証明する証拠

オフィスワーカーにとって、実際にパソコンを操作していた時間を示すパソコンのログ記録(ログイン・ログオフの時刻)は、最も強力な客観的証拠です。あわせて、深夜や休日に顧客や上司とやり取りしていた業務メールや社内チャットの送信履歴は、労働時間だけでなく業務の切迫感も示します。サービス残業が常態化している場合でも、タイムカードや入退館のセキュリティ記録と実際の打刻時間とのズレを示すことで、真の労働時間を立証できる可能性があります。

業務の過重性・心理的負荷(パワハラ等)を証明する証拠

達成不可能な納期や過剰な業務量が課されていたことを示す業務指示書やノルマの資料は重要です。あわせて、暴言や理不尽な叱責、深夜の業務指示などパワハラの事実を示す上司からのメールやチャット、「今日もシステムトラブルで帰れない」「上司に怒鳴られて胃が痛い」といった当時の心情をリアルタイムで残した自身のメモや家族へのLINEも、心理的負荷を裏付ける重要な証拠となります。

心身の不調と健康管理に関する証拠

いつから不眠や手のしびれなどの症状が現れ、医師にどのように仕事の悩みを訴えていたかが記載された医療機関のカルテや診断書は重要です。また、産業医との面談記録やストレスチェックの結果は、会社側が本人の健康悪化を予見できた(認識していた)ことを示す決定的な証拠となります。

IT・オフィスワーカーの労災・損害賠償請求を弁護士に依頼すべき理由

IT・オフィスワーカーの労災・損害賠償請求を弁護士に依頼すべき理由

精神疾患や頸肩腕症候群による損害賠償請求において、ご本人が単独で会社と交渉し、適正な賠償金を勝ち取ることは容易ではありません。労働災害問題に強い弁護士に依頼すべき理由を説明します。

会社側の証拠隠滅を防ぐ「証拠保全」

パソコンのログ記録や社内メールの履歴など、ITワーカーの労災を立証する核心的な証拠のほとんどは、会社のサーバー内に存在します。個人で開示を求めても「規定で見せられない」と拒否されたり、都合の悪いデータを消去されたりするリスクが高いのが実情です。弁護士に依頼すれば、裁判所を通じた証拠保全手続きにより、会社側がデータを消去・改ざんする前に客観的な記録を確保することができます。

「裁量労働制だから」「本人の性格の問題」という反論に対抗する

会社側は、「本人は裁量労働制であり労働時間は自分でコントロールできた」「うつ病になったのは仕事のせいではなく本人のストレス耐性の低さのせいだ」と反論してくるのが通例です。弁護士が代理人となれば、労働安全衛生法に基づく使用者の労働時間把握義務や、個人の性格が通常想定される範囲内であれば素因減額を適用しないとした過去の裁判例などを踏まえ、会社の不当な責任逃れを法的に論破します。

「裁判基準」による適正な賠償金(慰謝料・休業損害・逸失利益)の獲得

精神疾患や重度のVDT障害によって長期間の休職や退職を余儀なくされた場合、賠償額は高額になります。働くことができなくなった期間の休業損害、精神的苦痛に対する慰謝料、そして将来にわたって本来得られたはずの給与の減少分である逸失利益を裁判基準(いわゆる赤本基準)で算定すると、事案によっては数千万円規模の賠償が認められることもあります。会社側が「お見舞金」として提示してくる示談金に安易にサインせず、弁護士が裁判基準を用いて交渉・訴訟を行うことで、被害の大きさに見合った正当な補償を勝ち取ることができます。

おわりに

おわりに

「納期を守れなかった自分が悪い」「システム障害を出してしまったから残業は仕方ない」――真面目で責任感の強いITエンジニアや事務職の方ほど、すべての責任を自分に帰してしまい、心身が限界を迎えるまでSOSを出せない傾向があります。しかし、労働者の健康を犠牲にして成り立つような過度なスケジュールやノルマ、休憩すら与えられない連続作業の強制は、法的に許されるものではありません。会社が安全配慮義務を怠り、その結果として健康と今後のキャリアが損なわれたのであれば、適正な賠償金を受け取ることは当然の権利です。

「毎日深夜までパソコンに向かい、うつ病になった」「裁量労働制だと言われて補償が出ない」「会社から提示された示談金が妥当かわからない」とお悩みの方は、一人で抱え込まず、私たちにご相談ください。治療に専念し、ご自身のキャリアとこれからの生活を守るため、正当な賠償金の獲得に向けて全力でサポートいたします。

※現在、精神疾患についてのご相談は受け付けておりません。ご了承いただけますようお願い申し上げます。

ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。

この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭

労働災害(労災)

弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。