
職場内での暴行を理由に解雇を言い渡された方にとって、今の状況は「一瞬の感情の爆発で、これまでのキャリアすべてが否定された」という、絶望に近いお気持ちかもしれません。
しかし、弁護士の視点から申し上げれば、「暴行があった=解雇が当然」というわけではありません。
日本の労働法において、解雇、特に懲戒解雇は非常に重い処分であり、その有効性が認められるためのハードルは非常に高く設定されています。
本コラムでは、職場内暴行による解雇に直面した方が、その正当性を争うために知っておくべき法的論点と、具体的な戦略について解説します。
はじめに:解雇通知を受けても諦める必要はない

職場で同僚や上司とトラブルになり、手が出てしまった。
それは決して許されることではありませんし、猛省すべき点はあるでしょう。
しかし、それと「会社から放り出されること」が法的に等価であるかは別問題です。
日本の労働契約法第16条では、解雇について以下のように定めています。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
暴行という事実があったとしても、この「客観的合理性」と「社会通念上の相当性」という2つのハードルを会社側がクリアできなければ、その解雇は無効となります。
「懲戒解雇」という処分の重さを理解する

暴行による解雇の多くは「懲戒解雇」の形をとります。
これは、単なる普通解雇よりもさらに厳しい処分です。
懲戒解雇を受けることで以下のような影響が生じます。
退職金が不支給または大幅減額されてしまう:長年の功労が一瞬で無に帰す可能性があります。
再就職への悪影響:離職票や退職証明書に懲戒解雇の旨が記載されると、再就職は極めて困難になります。
失業保険の給付制限: 自己都合以上の厳しい制限がかかり、即座の生活基盤が揺らぎます。
このように、労働者の生活に甚大なダメージを与えるため、裁判所は懲戒解雇の有効性を極めて厳格に判断します。
単に「就業規則に違反した」という事実だけでは足りず、「企業秩序を根本から破壊するほどの重大な背信行為」である必要があるのです。
職場内での暴行を理由とする解雇の相当性を判断する「5つのチェックポイント」

「この解雇が妥当か否か」と判断する際、主に以下の5つの要素を精査します。
① 暴行の態様と結果(事案の重大性)
一言に「暴行」と言っても、その内容は千差万別です。
- 相手を殴打して全治数週間の怪我を負わせたのか(傷害罪の領域)。
- 胸ぐらを掴んだり、肩を小突いたりする程度だったのか。
- 凶器を用いたのか、素手だったのか。
裁判例では、負傷の程度が軽く、一過性の衝突であれば、1回の暴行だけで即解雇とするのは「重すぎる(相当性を欠く)」と判断される傾向にあります。
② 暴行に至った経緯と背景(情状参酌)
なぜ、手を出してしまったのでしょうか。ここが最も重要な争点の一つです。
相手から執拗なパワーハラスメントを受けていた、あるいは先に相手から手を出された場合に対する暴行行為は「正当防衛」に近い、あるいは「避けがたい反応」として評価を下げられる可能性があります。
過重労働により精神的に追い詰められ、自制心が効かない状態に置かれていた場合、会社側の安全配慮義務違反も問われるべきです。
③ 過去の勤務態度と処分歴
これまでに何度も暴力を振るったり、業務命令違反を繰り返したりしていた場合は厳しく判断されます。
しかし、10年、20年と真面目に勤務し、今回が「初めての過ち」であるならば、解雇ではなく「出勤停止」や「減給」といった、より軽い処分で済ませるべきだったと主張できます。
④ 職場秩序への影響
その暴行によって、業務が完全にストップしたのか、他の従業員に恐怖心を与えて職場復帰が不可能な状態になったのかが問われます。
深夜の残業中に二人きりの状況で起きた小競り合いなど、周囲への影響が限定的であれば、解雇の正当性は低くなります。
⑤ 処分の均衡(バランス)
過去に、「Aさんも殴り合いをしたが、厳重注意で済んだ」という前例があれば、今回の件のみを解雇するのは「平等原則」に反し、無効となる可能性が高まります。
手続きの正当性:会社はルールを守ったか?

解雇の理由(実体)と同じくらい重要なのが、「手続き」です。
会社が感情的に動いて手続きを怠った場合、それだけで解雇が無効になることがあります。
懲戒解雇を行うには、就業規則に「どのような行為が懲戒対象になるか」が明記されており、それが従業員に周知されていなければなりません。
会社は、加害者だけでなく、被害者や目撃者からも中立にヒアリングを行っているかどうかを確認することをお勧めします。
被害者の言い分だけを鵜呑みにした処分は、事実誤認の可能性が高く、不当と考えられます。
会社は解雇を下す前に、弁護士を立ち会わせたり、書面で反論したりする機会(いわゆる弁明の機会)を奪われた場合、手続き的瑕疵となります。
「パワーハラスメント」との表裏一体性

現代の労働紛争において、職場内暴行の背景には「上司からの激しいパワハラ」が隠れていることが少なくありません。
言葉の暴力を数ヶ月にわたって浴びせ続けられ、限界に達して突き飛ばしてしまった……。
この場合、根本的な原因(トリガー)を作ったのは会社側にあることから、裁判所は、暴行の引き金となった原因が被害者側にある場合、加害者の責任を大幅に軽減する傾向があります。
解雇を争うための証拠収集
もし解雇を争いたいと考えるなら、まず証拠収集が重要です。以下のような証拠を収集することをお勧めします。
- 解雇理由証明書: 会社に対し「なぜ解雇したのか」を具体的に記載した書面の交付を求めてください。これは法律上、会社に義務付けられています。
- 診断書:もし自分も怪我をしていたり、相手の怪我が軽微(あるいは嘘)である証明があれば重要です。
- やり取りの録音、メール: 暴行前後の上司や同僚とのやり取り。特に、相手からのハラスメントや挑発があったことを示す証拠。
- 日記やメモ: 当日の出来事を分単位で詳細に記録してください。記憶は時間が経つと曖昧になります。
解決に向けた「3つの出口」

解雇を争った結果、どのような着地点があるのでしょうか。
① 解決金の受領による退職(合意退職)
解雇の無効を前提に交渉し、給与の数ヶ月分〜1年分程度の「解決金」を受け取って、履歴書上も「自己都合退職」や「合意退職」に書き換えてもらう着地点です。
再就職を考えるなら、これが実務的に最もメリットが大きい選択肢と言えます。
②労働審判による迅速な解決
裁判所で行われる「労働審判」は、原則として3回以内の期日で結論が出ます。
裁判官と専門家が間に入り、話し合い(調停)をベースに解決を目指します。ここで「解雇は無効だが、職場復帰は難しいので金銭で解決する」という合意がなされるケースが非常に多いです。
③ バックペイ(未払賃金)の請求
訴訟にて解雇が無効と判断された場合、解雇された日から判決確定の日までの給与を、働いていなくても全額請求できます。
これを「バックペイ」と呼びます。争いが長引けば、数百万円単位の支払いとなるため、会社側にとって大きなプレッシャーとなります。
まとめ

職場での暴力は、確かに許されるものではありません。
しかし、人間は完璧ではありません。過ちを犯した人間に対し、その後の人生をすべて破壊するような「解雇」という制裁が常に許されるわけではありません。
一時のミスを理由に、労働者の生活の基盤を根こそぎ奪う権利が会社にあるかどうかは、法の下で平等に審判されるべきものです。
「自分が手を出したのだから、何をされても文句は言えない」と自分を責めすぎないでください。ご自身の置かれた状況、相手の言動、会社の対応……それらを総合的に判断すれば、今の解雇通知は「法的に間違っている」可能性が十分にあります。
まずは専門家である弁護士に詳細な状況をお話しください
まずは、会社から受け取った「解雇理由証明書」を手に、ご相談ください。一刻も早い初動が、ご自身の未来を大きく変えることになります。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





