【弁護士が解説】産業用ロボットの労災事故でお怪我をされた方へ。適正な補償について解説します

自動車工場や電子部品の製造ライン、物流倉庫などで稼働する「産業用ロボット」は、日本のものづくりを支える不可欠な存在です。溶接、塗装、組立、搬送など、人間には過酷な作業を正確無比に行う頼もしいパートナーですが、その一方で、強大なパワーと複雑な動きを持つロボットは、ひとたび管理を誤れば、人間の命を瞬時に奪う凶器へと変わります。

産業用ロボットによる労働災害は、機械の稼働中よりも、教示(ティーチング)や修理、点検といった「非定常作業」において多発する傾向にあります。「ロボットが急に動くはずがない」「ちょっとした修正だからセンサーを切って中に入ろう」。現場でのこうした慣れや油断、そして生産効率を優先するあまり安全装置を無効化するといった会社側の管理不足が、悲惨な事故を引き起こしています。

もし、あなたやご家族が産業用ロボットに関わる事故に遭われたなら、労災保険の手続きだけで安心せず、その事故がなぜ起きたのか、会社側に安全配慮義務違反はなかったかを冷静に考える必要があります。なぜなら、労災保険は最低限の生活補償に過ぎず、事故によって失われた将来の可能性や、精神的な苦痛に対する償いまではカバーしてくれないからです。

この記事では、産業用ロボットによる労災事故の特徴と、被害者が適正な補償を受けるために知っておくべき「会社の責任」について、弁護士が法的な視点から解説します。

一般動力機械(産業用ロボット)とは

一般動力機械(産業用ロボット)とは

産業用ロボットとは、労働安全衛生法上、マニピュレータ(人の腕や手のような機能を持つ部分)及び記憶装置(動きを記憶する装置)を有し、その記憶情報に基づいて伸縮、屈伸、上下移動、左右移動、旋回などの動作を自動的に行う機械のことを指します。 垂直多関節ロボット、水平多関節ロボット(スカラロボット)、パラレルリンクロボットなど、用途に応じて様々な形状がありますが、共通しているのは「人間よりも遥かに強く、高速で動く可動部」を持っていることです。 通常の機械と異なり、産業用ロボットはプログラムによって複雑かつ広範囲に動くため、作業者がその動きを完全に予測することが困難です。そのため、法律(労働安全衛生規則)では、ロボットと人間を隔離するための柵の設置や、接触時に直ちに停止する安全装置の設置など、極めて厳格な安全基準が定められています。

【産業用ロボット】で多発する事故類型

【産業用ロボット】で多発する事故類型

産業用ロボットの事故は、通常の運転中よりも、人間がロボットの可動範囲内に立ち入らざるを得ない状況で多く発生しています。

まず、最も典型的で危険なのが「教示(ティーチング)作業中の挟まれ事故」です。ロボットに新しい動作を覚えさせる教示作業は、作業者がロボットのすぐ近くで操作を行う必要があります。この際、操作ミスや誤作動により、ロボットアームと設備や柱の間に身体を挟まれる事故が後を絶ちません。逃げ場のない狭い空間で、油圧やサーボモーターの強力な力で圧迫されるため、胸部圧迫や頭部損傷による死亡事故につながるケースが非常に多いのです。

次に、「トラブル対応・修理中の巻き込まれ事故」です。ラインが停止した際、チョコ停(一時的な停止)を直そうとして、電源を切らずに安全柵の中に入ったところ、突然ロボットが再起動し、アームに激突されたり、ワーク(加工物)の搬送部に巻き込まれたりするケースです。本来であれば、柵の扉を開ければインターロック(安全装置)が働いてロボットは停止するはずですが、作業効率を上げるためにこのインターロックを無効化している工場が驚くほど多いのが実情です。

さらに、「残留エネルギーによる事故」も見逃せません。電源を切った後でも、アームが重力で降下してきたり、空気圧や油圧が残っていて不意に動いたりすることで、手や足を挟まれる事故が発生します。

【産業用ロボット】で発生する労働災害の現状とケガのケース

【産業用ロボット】で発生する労働災害の現状とケガのケース

産業用ロボットによる災害は、発生件数こそ一般的な機械に比べて少ないものの、発生した場合は「重篤化」する割合が極めて高いことが特徴です。ロボットのアームは数百キロ以上の重量物を高速で振り回す能力を持っており、人間が生身で接触すればひとたまりもありません。

具体的な被害事例としては、以下のような悲惨なケースが報告されています。 例えば、溶接ロボットの不調を確認するために柵の中に入り、しゃがんで点検していたところ、背後から旋回してきたロボットアームと制御盤の間に頭部を挟まれ、頭蓋骨骨折により即死したケース。 また、部品供給ロボットの不具合を直そうと手を入れた際、センサーが作業者を感知せず、アームが作動して腕を挟み込み、肘から先を切断、あるいは粉砕骨折により機能を全廃したケース。 さらには、教示作業中に操作を誤り、自身の腹部にアームを押し付けてしまい、内臓破裂により重体となったケースなどがあります。

これらの事故に共通するのは、「本来あってはならない人と機械の接触」が起きている点であり、その背景には必ずと言っていいほど、安全ルールの無視や安全装置の欠如といった会社側の過失が存在します。

労災保険の給付内容について

労災保険の給付内容について

業務中の事故であれば、労災保険から以下の給付が受けられます。

  • 療養(補償)給付: 治療費、入院費、手術代など。原則自己負担はありません。
  • 休業(補償)給付: 療養のため働けない期間の4日目から、休業1日につき給付基礎日額(事故前3ヶ月の平均賃金)の80%が支給されます(特別給付含む)。
  • 障害(補償)給付: 治療を続けても症状が改善しなくなった状態(症状固定)で、後遺障害が残った場合に、その等級(第1級~第14級)に応じて年金または一時金が支給されます。
  • 遺族(補償)給付・葬祭料: 労働者が死亡した場合に、遺族の生活保障のための年金や一時金、葬儀費用が支給されます。
  • 介護(補償)給付: 障害等級第1級または第2級の重い障害が残り、介護が必要な場合に支給されます。

【重要】しかし、労災保険では「慰謝料」は支払われません
ご覧の通り、労災保険は治療費や収入の補填が中心です。事故によって被った精神的苦痛に対する「慰謝料」や、後遺障害によって苦痛を受けた「後遺障害慰謝料」及び生涯にわたり失われた収入=逸失利益は、労災保険の給付対象外です。この不足分を補うために、次の「会社への損害賠償請求」が極めて重要になります。

会社への損害賠償請求について

労災保険とは別に、事故の原因が会社側にある場合、会社に対して損害賠償を請求することができます。産業用ロボットの場合、関係法令が具体的であるため、会社の安全配慮義務違反を問いやすい傾向にあります。

(1)なぜ会社に請求できるのか?-事業者の「安全配慮義務」

事業者は、労働者が安全で健康に働けるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。これは法律で定められた絶対的な義務です。会社が以下のような安全対策を怠っていた場合、義務違反に問われる可能性が高くなります。

労働安全衛生規則では、産業用ロボットを使用する事業者に対し、厳格な義務を課しています。以下のような違反があれば、会社の責任は免れません。

まず、「安全柵や囲いの設置義務違反」です。規則第150条の4は、産業用ロボットの稼働中、労働者が接触する危険がある場合には、さくや囲い等を設けなければならないと定めています。柵の一部が壊れていたり、乗り越えて入れるような状態であったり、あるいは柵を設けずに光線式安全装置(エリアセンサー)だけで済ませていて機能していなかった場合などは、明白な法令違反となります。

次に、「教示等における措置義務違反」です。規則第150条の3は、教示作業を行う際、万が一の異常時に直ちにロボットを停止させるための措置や、監視人の配置、作業規定の策定を義務付けています。一人作業で監視人がいなかったり、非常停止ボタンが手の届く位置になかったりした場合、会社の責任は重大です。

そして、「特別教育の未実施」です。産業用ロボットの教示や検査等の業務に従事する労働者には、法令に基づく「特別教育」を行わなければなりません。教育を受けていないアルバイトや派遣社員にロボットの操作をさせて事故が起きた場合、これは会社の安全教育義務違反となります。

また、「インターロックの解除・無効化」は悪質な過失の一つです。柵の扉を開ければ機械が止まる仕組みを、意図的に解除して(キーを差し込んだままにする、配線を短絡させるなどして)作業させていた場合、会社は事故発生のリスクを認識しながら放置したとして、責任を負うことになります。

これらの事実が認められれば、会社に過失や安全配慮義務違反があるといえる可能性が高いです 。

(2)何を請求できるのか?-労災保険では足りない補償

会社に対しては、主に以下の損害について賠償を求めることができます。

損害項目内容労災保険との関係
傷害慰謝料入通院によって受けた精神的苦痛に対する賠償労災では支払われない
後遺障害慰謝料後遺障害が残ったことによる精神的苦痛に対する賠償労災では支払われない
逸失利益後遺障害により将来得られなくなった収入の補償労災給付で不足する部分を請求
休業損害休業期間中の収入減(労災の8割給付との差額2割+α)労災給付で不足する部分を請求
将来介護費等重い後遺障害で将来必要となる介護費用や住宅改修費労災給付で不足する部分を請求
弁護士費用賠償請求のために要した弁護士費用の一部労災では支払われない

労災保険からの給付と会社からの賠償金を合わせて受け取ることで、初めて事故によって生じた損害の全体が補填されるのです。

慰謝料について

慰謝料には、主に2つの種類があります。

  • 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
    事故日から症状固定日までの間、入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する補償です。入院期間や通院期間が長くなるほど、金額は高くなります。
  • 後遺障害慰謝料
    症状固定後も、体に痛みや機能障害などの後遺障害が残ってしまったことによる、将来にわたる精神的苦痛に対する補償です。後遺障害の等級に応じて、金額の相場が決まっています。

具体的な後遺障害慰謝料の金額は、以下の表のとおりです。

等級後遺障害慰謝料(弁護士基準)
1級2,800万円
2級2,370万円
3級1,990万円
4級1,670万円
5級1,400万円
6級1,180万円
7級1,000万円
8級830万円
9級690万円
10級550万円
11級420万円
12級290万円
13級180万円
14級110万円

逸失利益について

後遺障害によって労働能力が低下し、将来にわたって得られたはずの収入が減少してしまうことに対する補償です。後遺障害の等級、事故前の収入、年齢などによって計算され、賠償項目の中で最も高額になる可能性があります。

【逸失利益の計算シミュレーション】

前提条件として、事故時の年齢を35歳、事故前の年収を550万円、後遺障害等級を第7級(一上肢の三大関節中の二関節の用を廃したもの、または指の全部の用を廃したものなど・労働能力喪失率56%)と仮定します。

ロボットアームによる圧挫で、腕がほとんど動かなくなったケースなどを想定しています。

計算式は、「年収550万円 × 労働能力喪失率56% × 労働能力喪失期間(67歳までの32年)に対応するライプニッツ係数 15.803」となります。

この計算に基づくと、逸失利益は約4,867万円となります。

このケースでは、逸失利益(約4,867万円)と後遺障害慰謝料(弁護士基準で約1,000万円)だけでも、合計6,000万円近い請求が可能になります。 一方で、労災保険(障害補償年金)は、7級の場合、給付基礎日額の131日分の年金(年額約200万円程度)と、一時金として特別支給金が支給されるのみです。年金を長期間受け取ったとしても、一括で支払われる賠償金との差額は歴然としており、会社への請求がいかに重要かがわかります。

解決事例:右手を機械に巻込まれ(事故時69歳)、労災保険に加えて2100万円の賠償を受け取った訴訟案件

紛争の内容
事故時69歳のAさんは、数年間、食品加工工場でご飯をかき混ぜる機械(自動反転ほぐし器)にご飯を入れてかき混ぜたり掃除をしたりする作業に従事しておりました。

ある日、Aさんは自動反転ほぐし器の中にご飯にゴミが混ざっているように思いました。食品であるため、Aさんとしては停止スイッチを押して機械をストップした上でゴミを取り除こうと右手を伸ばしたところ、機械が停止しておらず、右手を反転ほぐし器に巻込まれる大怪我を負いました。

労災保険の適用があり、治療費などは負担しなくて済みましたが、右手はほぼ動かない状態となってしまいました。

労災からは、療養給付、休業補償給付(約8割)、障害補償給付(年金)を受け取れる状態となり、後遺障害は5級と認定されました。

もっとも、自分にも落ち度(スイッチを止められておらず自ら機械に手を入れてしまった)はあるけれども、何らかの補償を会社から受けられないのかと相談があり、「会社に安全配慮義務違反があり、損害賠償請求できる可能性が高い」という話となりましたので、依頼を受けることになりました。

交渉・調停・訴訟等の経過
交渉では埒が明かず、訴訟提起による解決を試みました。

大きな損害としては、入通院慰謝料、逸失利益、将来介護費がありました。

将来介護費は、高次脳機能障害などを中心に家族や職業介護による将来の介護費が損害費目となりますが、右手が使えないという状態で将来介護費が認められるかは議論がありました。裁判例をくまなく探し、実際に配偶者の介護状況を確認するために自宅に赴くなどして、有利になり得るものを書面化し、主張しました。

<主張例>
現に、裁判例(大阪地裁平成23年2月21日判決)(甲〇)において、右上肢併合6級股関節等全体で併合5級の後遺障害に対し、余命分までの介護料日額2000円を認めた事例が存在する。いわゆる高次脳機能障害がなく、右股関節の機能障害は12級7号に過ぎないが、「原告は、食事及び排泄は、基本的に自力で行うことができ、それらにつき何らかの支障が生じたときや、更衣及び入浴について多少の介護を必要とするにとどまるものと解される」「原告は、症状固定日以降も、多少の介護を要するものと解されるが、その程度は重いものではなく、介護費用として1日2,000円程度が相当である」という事案である。しかし本件は、食事介護を含む介助が必要であり、この裁判例の指摘ほど軽い介護の事案ではないから、少なくとも本件において、かかる日額を下回ることはない。

また、過失割合についても争点となりました。

本事例の結末
お互いに主張をある程度尽くしたのち、裁判所に和解案を提示してもらいまいた。

ただ、和解案では少々不満があったことから、上乗せを提示し、裁判所を通じて会社側とも協議を重ねました。結局、裁判上の和解の形で訴訟は終了することができました。その結果、依頼者は、労災保険給付とはほかに、約2100万円の損害賠償金を受け取ることができました。

弁護士に相談・依頼するメリット

弁護士に相談・依頼するメリット

労災に遭ってしまった場合なぜ弁護士が必要なのでしょうか。それは、上でご説明したように、慰謝料は労災からは支給されませんし、後遺障害を負った場合の逸失利益の補償も不十分であるからです。

また、労災が認められたとしても、されに請求をするためには、自分が所属する会社を相手に損害賠償請求を行う必要があります。

ただ、この損害賠償請求は、会社に過失(安全配慮義務違反)がなければ認められません。

会社に過失が認められるかどうかは、労災発生時の状況や会社の指導体制などの多くの要素を考慮して判断する必要がありますので、一般の方にとっては難しいことが現実です。

弁護士にご相談いただければ、過失の見込みについてもある程度の判断はできますし、ご依頼いただければそれなりの金額の支払いを受けることもできます。

また、一般的に、後遺障害は認定されにくいものですが、弁護士にご依頼いただければ、後遺障害認定に向けたアドバイス(通院の仕方や後遺障害診断書の作り方など)を差し上げることもできます。

そのため、労災でお悩みの方は、まずは弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。労働災害については、そもそも労災の申請を漏れなく行うことや、場合によっては会社と裁判をする必要もあります。

労災にあってしまった場合、きちんともれなく対応を行うことで初めて適切な補償を受けることができますので、ぜひ一度弁護士にご相談いただけますと幸いです。

労災関連のご質問・ご相談

労災関連のご質問・ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。

また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災分野では労災事故と後遺障害に集中特化した弁護士チームが、ご相談から解決まで一貫してサポートいたします。

初回相談無料:まずはお気軽にご状況をお聞かせください。

後遺障害労災申請のサポート:複雑な手続きもお任せいただけます。

全国対応・LINE相談も可能:お住まいの場所を問わずご相談いただけます。

労災事故で心身ともに大きな傷を負い、将来への不安を抱えていらっしゃるなら、決して一人で悩まないでください。お気軽にご相談ください。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 申 景秀
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