
金属加工の現場に不可欠なプレス機械は、自動車や電機製品、日用品の製造を担う一方で、その強力な力を利用する性質上、ひとたび事故が発生すれば、作業者に手指の切断、重度の骨折、さらには命に関わる重大な労働災害をもたらします。
もし、あなた自身やご家族がプレス機械による労災被害に遭われた場合、会社が負うべき責任と、あなたが受け取るべき正当な補償について、正しく理解することが重要です。
本コラムでは、プレス機械で発生する労働災害の現状と類型、事故が起こる具体的なケース、そして労働基準法や民法に基づき、被害者が会社に対して適切な損害賠償を請求するための法的な手続きと弁護士の役割について、解説します。
プレス機械とは?

プレス機械とは、金属や樹脂などの材料を、金型を用いて強力な圧力を加えることで、せん断、曲げ、絞り、成形などの塑性(そせい)加工を行う産業機械の総称です。
主に、上下に装着された金型を、スライド(上型を保持する可動部)の上下運動によって接近・接触させ、材料を加工します。
その構造から、プレス機械は非常に高い危険性を有しています。まず、強力な力(数百トン級)が、人体に加わった場合の被害を極めて重篤にします。
に、多くのプレス機械は高速な動作を伴うため、異常が発生しても作業者が回避する時間的余裕がほとんどありません。そして、金型と金型が接触する加工エリア(危険限界)は、常に人体の巻き込み、挟み込みの危険を伴います。
このため、労働安全衛生法および関連規則によって、他の機械と比較して特に厳格な安全基準と定期的な検査が義務付けられています。
プレス機械で多発する事故類型

プレス機械による労働災害は、その特殊な構造と作業の特性から、特定の事故類型に集中します。
挟まれ・切断(最も多発し、重篤化しやすい事故)
この類型は、プレス機械による労災の代名詞とも言えるもので、作業者が金型間に手や指などの身体の一部を入れている状態で、スライドが急に下降することで発生します。
具体的な被害としては、手指の切断(末節骨から手首まで)、重度の圧挫傷(骨や筋肉が粉砕される傷害)、複合的な骨折などがあり、後遺障害は不可避であり、作業者の職業生活や日常生活に重大な影響を及ぼします。
発生要因としては、材料の自動供給・排出装置を使わず、手作業で材料のセットや製品の取り出しを行う「さし手」作業の常態化や、安全装置(光線式、両手操作式など)の故障、または生産効率を上げるための無効化・解除、そして金型調整や清掃作業中における電源の誤投入などが挙げられます。
巻き込まれ・接触
この事故は、プレス機械本体ではなく、その周辺の動力伝達部(ベルト、ギアなど)や、材料を送るフィーダー(送材装置)などの回転・運動部分に、作業服や手袋、身体の一部が触れて巻き込まれることで発生します。
具体的な被害としては、腕や衣類が巻き込まれることによる骨折、皮膚の剥離、窒息などがあり、カバーや安全柵の未設置または破損、機械が稼働中の点検や清掃作業などが主な発生要因となります。
飛来物による事故
プレス加工中に、金型の破損、材料の急な割れ、または機械部品の欠損により、破片や加工物が高速で作業者に向かって飛び散る事故です。
これにより、眼球への直撃による失明、顔面や頭部への打撲・裂傷といった具体的な被害が発生します。
金型の設計ミスや材質不良、経年劣化による破損、材料のセットミスによる異常な負荷の発生、適切な保護メガネや防護板の不使用などが原因となります。
プレス機械で発生する労働災害の現状

プレス機械は法令により「危険度の高い機械」と認識されており、安全対策は義務付けられています。
しかし、製造現場の効率化やコスト削減のプレッシャーの中で、残念ながら事故は後を絶ちません。
統計で見ると、製造業における「はさまれ・巻き込まれ」による死傷事故件数は特に高く推移しています。プレス機械による事故の大きな特徴は、件数自体は他の事故類型に比べて少なくても、事故一件あたりの被害の重篤度が極めて高い点にあります。
指の一部切断で済むケースは少なく、複数の指や手全体に及ぶ機能障害を残す事例が多発しています。
重大な後遺障害が残るということは、労災保険の給付だけでは不十分であり、将来の生活、特に転職や昇給の機会損失(逸失利益)について、会社に責任を追及する必要性が高まることを意味します。
表題のケガ(切断・挫滅)が起こるケース

プレス機械による「切断・挫滅」といった重大な事故は、決して作業者の不注意のみで発生するものではありません。多くの場合、会社の安全管理体制の不備などが背景にあります。
安全装置の機能停止・無効化の黙認
本来、プレス機械には「光線式安全装置」などの防護装置の設置をすべきです。
しかし、生産が間に合わないといった理由で、現場管理者や上司が装置の電源を切る、センサー光軸をテープなどで遮断するといった行為を指示・黙認しているケースが存在します。
このような状況で作業者が手を入れた瞬間に機械が動作すれば、会社の安全配慮義務違反が成立する可能性があります。
資格や教育のない者への危険作業の指示
労働安全衛生法に基づき、プレス機械の作業には「プレス機械作業主任者」の選任や、従事する労働者への特別教育をすべきです。
人手不足を理由に、未経験のアルバイトや派遣社員に対し、十分な教育を行わないまま、危険な金型の調整や材料の供給作業をさせた結果、事故が発生するケースがあります。
特に、作業指示書やマニュアルが整備されていなかったり、外国人技能実習生に対して母国語での十分な教育がなされていなかった場合も、会社に責任が問われます。
機械の老朽化・点検の怠慢によるスライドの不意な降下
プレス機械の心臓部であるクラッチ・ブレーキは、定期的な点検(特定自主検査)をすべきです。
老朽化や点検不足により、ブレーキの効きが悪くなったり、スライドが意図しないタイミングで急に降下することがあります。
これは、機械の保安機能の不全であり、メンテナンスを怠った会社側の責任となります。
作業者がまさか止まるはずがないという心理で手を入れてしまい、事故につながる非常に危険なケースです。
労働安全衛生法・民法715条と使用者責任

労災事故が発生した場合、会社側は労働基準法に基づく労災補償義務とは別に、民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
労働契約法に基づく「安全配慮義務違反」
会社(使用者)は、雇用契約に基づき、従業員に対し、生命および身体の安全を確保しつつ労働ができるように、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法第5条)。
プレス機械の事故においては、労働安全衛生法などで定められた安全措置(安全装置の設置・点検、作業主任者の選任、特別教育の実施など)を怠った場合、この安全配慮義務違反が成立します。
義務違反が認められれば、会社は被害者に対して民事上の損害賠償責任を負います。
民法第715条に基づく「使用者責任」
事故の原因が、他の従業員(上司、同僚、現場管理者など)の不適切な指示や過失(点検ミス、安全装置の解除行為など)によるものである場合、会社は民法第715条に基づき、その従業員に代わって賠償責任(使用者責任)を負わなければなりません。
会社は、従業員が事業の執行に関して第三者に与えた損害を賠償する責任があり、労災事故においても、会社組織としての過失として責任を追及できます。
労災保険給付と会社への損害賠償を並行して請求する方法

労災保険給付は、最低限の生活補償を目的としており、会社に過失があるかどうかに関わらず支給されますが、慰謝料や、将来の逸失利益の全額など、被害者が被ったすべての損害を完全に填補するものではありません。
したがって、被害者は労災保険の申請と並行して、会社に対する民事上の損害賠償請求を行うことが、適正な補償を受けるための鉄則です。
労災保険で受け取れる給付の種類
労災保険は、被害の発生原因が会社に過失があるか否かを問わず、労働者の請求に基づき支払われます。
主な給付には、治療費全額を賄う療養(補償)給付、働けなくなった期間の賃金(平均賃金の約80%)を補償する休業(補償)給付、そして治療後も身体に残った後遺障害(指の切断、機能障害など)の程度に応じた一時金または年金である障害(補償)給付があります。
さらに、一定の場合には傷病(補償)年金が支給されます。
会社への損害賠償請求
会社への損害賠償請求は、労災保険の給付ではカバーされない損害を重点的に請求します。特に、精神的苦痛に対する賠償である慰謝料は、労災保険からは一切支給されないため、会社への請求が必須となります。
慰謝料には、入通院慰謝料と、後遺障害の程度に応じた後遺障害慰謝料があります。また、後遺障害により将来得られなくなった収入である逸失利益についても、労災保険の給付だけでは不足する場合が多いため、被害者の年齢、事故前の収入、後遺障害の程度に基づき、全額を算定して請求します。
休業損害についても、労災保険では平均賃金の約80%しか補償されないため、残りの差額分(約20%)を会社に請求します。
さらに、重度の障害が残った場合の将来の介護費用や装具費用なども、会社の責任として請求できる場合があります。
会社への請求額を計算する際は、既に労災保険から受け取った給付金を差し引く損益相殺の原則が適用されますが、の複雑な計算を行い、最終的に会社が支払うべき正当な賠償額を導き出すことが大切です。
弁護士に依頼するメリット

プレス機械の労災事故で弁護士に依頼することは、被害者の権利を守る上で非常に大きなメリットをもたらします。
まず、会社が初期に提示する示談金は、裁判所の基準(弁護士基準)よりも遥かに低いことがほとんどですが、弁護士に依頼することで、裁判基準に基づく適正かつ増額された慰謝料・逸失利益の獲得を目指します。
次に、後遺障害等級認定への徹底したサポートを受けられます。
特に手指の切断や機能障害の評価は専門的であり、後遺障害診断書のチェックや必要に応じた異議申立てをサポートし、適正な賠償の土台を固めます。
また、事故発生時の状況、機械の点検記録、安全教育記録など、会社側の過失を立証するために必要な証拠を収集し、安全配慮義務違反の主張を法的に正確に組み立てることも弁護士の重要な役割です。
さらに、複雑で長期にわたる交渉や手続きをすべて弁護士が代行することで、被害者の方は治療とリハビリに専念できます。
当事務所のサポート内容
当事務所は、プレス機械による労災事故の被害者の方が、正当な補償を受け取り、安心して社会復帰できるよう、トータルサポートを提供しています。
具体的には、事故発生直後から、労災保険の適用手続きや、労働基準監督署による調査への対応について具体的なアドバイスを行います。
賠償額の算定においては、過去の裁判例に基づき、すべての損害項目を適正な弁護士基準で算定し、会社側の弁護士と交渉し、迅速かつ高額な和解を目指します。
交渉による解決が難しい場合は、訴訟を提起し、法廷の場で会社の責任を追及し、適切な賠償額を獲得できるようサポートいたします。
プレス機械の労災は、あなたの身体と人生に深い傷を残します。その重さに応じた補償を受け取るのは、当然の権利です。
まとめ

労働災害は、人生を大きく変えるほどの出来事です。一人で悩まず、まずは一度ご相談ください。被害者の方の正当な権利を守るために、全力を尽くします。
労働災害に遭われてお悩みの方は、まずはご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





