
負債がありそうな被相続人から、相続をする立場にある方は、相続放棄や限定承認、という方法で、その負債の承継を免れることができます。しかし、もし自分が相続放棄しまうと、他に誰も相続人がいなければ、だれも返済手続してくれない…ということもあり得ます。このような、被相続人の積極財産と消極財産を清算しなければならないけれど、単に法定相続人が相続放棄するだけでは足りない、という場合は、どうすればよいのでしょうか。今回はそのような場合に対応できる「相続財産清算人」の選任について解説します。
こんなときどうする?相続財産清算人の選任申立が使える実例

相続人がいない・不明の場合の遺産管理について~相続財産清算人~
相続人がいるのかいないのか分からない場合や、相続人はいるはずだけれどもその相続人が全員相続放棄をしてしまったという場合、その亡くなった被相続人の遺産はどうなるでしょうか。
実は、民法上、「相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする」という規定があります(民法951条)。
そして、このような相続人がいない・いるか分からない相続財産は、誰も管理処分できる人がいないということになるため、その清算をする必要がある場合は、利害関係人や検察官の請求によって、家庭裁判所に相続財産清算人という特別の立場を有する人が選任されることになります。
家庭裁判所に選任された相続財産清算人は,被相続人の財産を換価等するだけではなく、被相続人に対し金銭支払いなどの請求ができる債権者等に対して被相続人の債務を支払うなどして清算を行い,清算後になお残りがあれば、残余は国庫に帰属させます。
財産の清算をして欲しい被相続人がいる場合

被相続人に対し、金銭の支払等の権利を有する人のことを「相続債権者」と呼びます。典型的には、被相続人の生前にお金を貸し付けるなどしていた金融機関などですが、法定相続人となる立場だった人が、相続債権者になることもあります。
被相続人の配偶者や子が、生前に被相続人のお金を立て替えていることもあるでしょう。このような法定相続人の中には、被相続人が自分以外の者からも借り入れなどの債務を負っていることを知っていたり、亡くなる直前の被相続人本人と疎遠になっていて生活実態を把握していない、ということもあります。
そうすると、「自分が立て替えたお金を返してもらいたいけれども、相続人になると被相続人の債務も負担しなければならなくなるかもしれず、心配だ」という懸念から、相続放棄を選択することもあるかもしれません。
そんな「お金は返して欲しいけれども、相続人にはなりたくない」という場合に使えるのが、「相続財産清算人」です。活用できる具体例を見てみましょう。
突然事故で亡くなった妻に、高額の立替をしてあげていた夫Aさんのケース
男性Aさんは、20年前に女性Bさんと結婚しました。
AさんもBさんも再婚同士でしたが、AさんとBさんの間には息子Cも生まれました。Aさんと結婚する前から、Bさんは会社員として働くだけではなく、副業として会社Dを経営していたようですが、Bさんからはその会社Dについて詳しく聞いたことはなく、Aさんとの婚姻後、その会社Dがどうなっているかも分からない状態で、一体どんな業務をしていたかも知りませんでした。しかし、どうやらBさんは会社法人を畳んだり、破産手続をしたことはないらしい、ということは税務署からの通知が届いていたことからAさんにも分かっていました。再婚同士で、夫婦の財産も完全に別々に管理し、生活費なども分けていたAさんは、Bさんがどれほど財産を築いていたかも知りませんでしたが、日常生活に支障はなかったため、夫婦関係には特に問題はなかったのです。
ところが、息子が大学に入ったころ、Bさんは突然交通事故で亡くなってしまい、Aさんおよび息子CはBさんの遺産を相続するかどうか、決めなくてはならなくなりました。
相続放棄はしたいが、立替金も回収したい!
Aさんは、Bさんが以前やっていた会社がどうなっているか、全く分からず、その会社はBさんが一人で経営していたことから、誰かに聞くということもできませんでした。そこで、Aさんはこれからどうしたらよいのかということを弁護士に相談することにしたのです。
弁護士に相談したところ、「債務があるかもしれないということであれば、息子Cも夫Aさんも相続放棄した方が良い」ということでしたが、Aさんには相続放棄すると困ることが一つだけありました。
それは、Bさんが使っていた駐車場を、Aさんが立て替えてあげていた、ということです。その駐車場には、今でもBさん名義の車が停められ、毎月の駐車場代はAさんが払ってあげていたのですが、Bさんはこれを清算する前に亡くなってしまい、立替え総額は実にBさんの生前から3年分以上、150万円近い金額になっていました。相続放棄をすると、Bさんの持っていたこの車を処分したり、自分が立て替えていた駐車場代を清算してくれる人がいなくなってしまいます。
このように、Aさんは、Bさんの相続債権者でもあり、法定相続人でもあるという立場なのですが、相談した弁護士に依頼し、家庭裁判所にBさんを被相続人とする相続放棄を息子Cとともに申述した上で、相続財産清算人を選任してもらい、Bさんのプラスの遺産もマイナスの遺産も、清算してもらい、自分への立替金なども返してもらえるように手続をしたのです。
相続財産清算人選任に当たって…誰が相続財産清算人になる?
さいたま家庭裁判所の場合、相続財産清算人は、原則的に埼玉弁護士会が作成する名簿によって弁護士から選任されています。
Aさんの申し立てた相続財産清算人選任申立も、専門職後見人として弁護士が選任されることになりました。この選任に当たっては、100万円ほどの予納金を求められる場合もありますが、事件終了後、相続財産清算人が遺産を清算し、特にこの予納金を費消しないで済んだ場合は、申立人に返還されます。
相続財産清算人が選任された後の流れ

選任後の相続財産清算人の業務(選任直後)
相続財産清算人が選任されたことを、裁判所が公告します。
具体的には、官報に被相続人Bさんの相続財産清算人が選任されたことが掲載され、その後相続財産清算人が相続債権者や受遺者に、自身の権利を主張するよう請求申出の催告の公告をします。
選任後の相続財産清算人の業務(換価まで)
相続財産清算人は、法定相続人はいなくても、遺言などで受遺者となる人がいないかなどを調査し、また被相続人の遺産にどのようなものがあるかを調査します。
遺産の中には、預貯金等の財産、すなわちプラスの財産もあれば、Aさんが立て替えたお金など、借金、つまりマイナスの財産もあります。
相続財産清算人は、このようなプラスの財産もマイナスの財産も調査をするのです。動産や不動産・有価証券など、換価を要するものがあれば売却し、保険等も解約をして解約返戻金にしたりします。
選任後の相続財産清算人の業務(業務の終了)
相続財産清算人の調査の結果、実は相続人や受遺者がいた、ということが分かれば、もちろん相続財産清算人による清算は不要となるわけですが、そのような者がおらず、かつ特別縁故者もいなければ、相続財産清算人は手続に必要な費用(相続財産清算人の報酬など)を清算した上で、各相続債権者に弁済をします。
その弁済をしてもなお遺産が余るようであれば、その分は国庫に帰属させます。
Aさんのケースは、Bさんが生前経営していた会社がどのような状態になっていたのか、Bさんが会社の連帯保証人等になり債務超過になっている可能性もありましたが、実際にはそのようなことはなく、無事駐車場代も賄えるほどのプラスの財産があることが分かり、Aさんは相続財産清算人から無事駐車場の立替金を全額返してもらうことができました。
以上の流れで、相続財産清算人はその業務を終えることになります。
まとめ

被相続人に借金がある場合、「とりあえず相続放棄しておこう」となることもあるでしょうが、Aさんのように法定相続人自身が相続債権者でもある場合や、ほかにも被相続人が老朽化した不動産などを持っていて放置することが適当ではない場合など、相続財産清算人の選任をして、相続人がいなくても遺産を処分・清算しなければならないケースもあります。
被相続人の遺産について、単に相続放棄すればよいのか、その後の処理もしなければいけないのかは、弁護士に相談するなどして、よく見極めることが肝心です。
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