
残業代請求事件で会社が「事業場外労働のみなし労働時間制」を主張してきた場合、労働者側はまず、この制度が正しく適用されているかどうかの検討から始める必要があります。会社側の主張は、不当な長時間労働の証拠を否定し、残業代支払いを回避するための「防衛策」であることが多いため、冷静に反論のポイントを整理することが重要です。
事業外労働のみなし労働時間制とは

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場施設の外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間だけ労働したものとみなしたり、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働をすることが必要となる場合には、当該業務の遂行に通常必要とされる時間だけ労働したものとみなします。
この制度は、実際に労働した時間が、所定労働時間や、通常必要とされるみなし労働時間に近ければ、労働者にとってメリットがあるのですが、実際にはこれらよりも多く労働をしているというケースでは、これらの時間に対応する賃金しか支払われず、残業代が支払われない場合があるというデメリットがあります。
実際の労働時間がみなし時間よりも長く、デメリットがあまりにも大きい場合は、事業場外労働のみなし労働時間制が無効であること等を主張して残業代を請求することを検討すべきでしょう。
会社側の主張に対する基本的な対処法

1. 会社側の主張を正確に把握する
まず、会社が「事業場外労働のみなし労働時間制」を根拠にどのような主張をしているのかを正確に把握します。
いつから適用されていると主張しているか:入社時からか、それとも特定の時期からか。
みなし労働時間を何時間と主張しているか:所定労働時間(通常8時間)か、それ以上の時間か。
就業規則や労使協定の有無:会社がどのような根拠(就業規則の規定や労使協定)で制度を適用していると主張しているか。
2. 会社側の主張がそもそも無効であることを証明する
事業場外労働のみなし労働時間制が法的に有効であるためには、厳格な要件を満たす必要があります。これらの要件を満たしていないことを証明できれば、会社側の主張を根本から覆せる可能性があります。
3. 制度が有効でも、残業代が発生することを証明する
仮に制度が有効であったとしても、例外的に残業代が発生するケースがあります。会社側の主張を前提としつつも、追加的な残業代の支払いを求める方法です。
会社側の主張への具体的な反論方法
1. 「労働時間の算定が困難」ではないことの証明

事業場外労働のみなし労働時間制が有効と認められるには、客観的に見て労働時間を算定することが困難でなければなりません。以下のような事実を証明することで、会社側の主張を否定できる可能性があります。
デジタル技術の活用を指摘する
近年、スマートフォンやGPS、勤怠管理アプリ、業務報告ツールなど、労働時間の把握を可能にする技術が普及しています。会社がこうした技術を利用して、業務進捗や位置情報を把握していたことを証明します。
証拠の例:
会社の指示でインストールしていた位置情報アプリの記録
業務報告を毎日、詳細に求められていた記録(メール、チャット履歴)
営業車に搭載されていたGPSの記録
具体的な指揮監督を証明する
会社が頻繁に指示を出していたことを指摘する
会社が、メールやチャット、電話などで頻繁に業務指示を出していた場合、「労働時間の算定が困難」とはいえない可能性があります。
証拠の例:
上司とのやり取りが残っているメールやチャットの履歴
顧客との商談時間や移動時間について、具体的な指示を受けていた記録
集団での業務を指摘する
複数の従業員でグループを組んで業務を行っており、その中に労働時間の管理者がいた場合も、労働時間は算定可能と判断される可能性があります。
証拠の例:
チームでの業務報告書の控え
同僚とのグループチャットの履歴
2. 労使協定の不備を指摘する

みなし労働時間が所定労働時間を超える場合、会社は労働者代表との間で労使協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
確認すべきこと:
労使協定は存在するか?:会社に開示を求めます。
届け出はされているか?:労働基準監督署に確認します。
労使協定の内容は適正か?:みなし時間が業務実態と乖離していないか、みなし時間に法定労働時間を超える部分が含まれているか。
3. 会社側の証拠の信用性を否定する

会社が提出する業務日報などが、実際の労働時間を反映していない場合、その証拠能力を否定します。
反論のポイント:
業務日報が短時間で作成できる形式で、詳細な業務内容や時間を記録するものではなかったこと。
業務日報の提出が、単なる形式的なもので、会社がその内容を確認していなかったこと。
実際の労働時間を記録した別の証拠(後述)が存在すること。
4. 制度が有効でも残業代が発生する場合を主張する

仮に会社側の主張が認められても、以下のケースでは残業代が発生します。
みなし労働時間が法定労働時間を超えている場合
労使協定によって、みなし労働時間が法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)を超えて設定されている場合、その超えた部分については残業代が発生します。
深夜・休日労働が行われている場合
深夜(午後10時~午前5時)や法定休日に労働した場合、みなし労働時間制の適用外となるため、会社は別途割増賃金を支払う義務があります。
証拠の例:
深夜や休日に送受信したメールやチャットの履歴
深夜や休日に出入りした会社の記録
みなし時間外に会社の指示で働いた時間がある場合
みなし労働時間制が適用されるのは「事業場外での業務」に限られます。例えば、外回りの営業後、会社のオフィスに戻って内勤業務を行った場合、この内勤時間はみなし労働時間制の対象外となります。
証拠の例:
会社の入退館記録(ICカードの履歴など)
オフィスで行った業務の記録
労働者側が収集すべき証拠

残業代請求では、労働者側が自らの労働時間を立証する必要があります。会社がみなし労働時間制を主張してくることを想定し、以下の証拠を可能な限り集めましょう。
タイムカード、出勤簿、ICカードの履歴:会社に出社・退社した時間が記録された客観的な証拠です。
業務日報、日報、作業報告書:会社に提出した報告書の控えを保管しておきます。詳細な内容が記載されていなくても、業務の存在を証明できます。
メール、チャットの履歴:深夜や休日に送受信した記録は、その時間に労働していた証拠になります。
顧客とのやり取りの記録:顧客とのメールや商談記録、訪問記録。
手書きのメモ、日記:日々の労働時間を記録したメモや日記も証拠になります。客観的な記録と合わせて提出することで、信用性を高めます。
パソコンのログ、システムログ:社内システムへのアクセス記録や、パソコンの起動・シャットダウン履歴も労働時間の証拠となります。
会社の就業規則:みなし労働時間制の適用について、どのような規定があるかを確認します。
まとめと行動のステップ

証拠の収集:まずは、できる限りの労働時間に関する証拠を収集・整理します。
専門家への相談:労働問題に詳しい弁護士や労働組合に相談し、会社側の主張に対抗するための戦略を立てます。
会社への請求:内容証明郵便などで未払い残業代を請求します。
交渉・裁判:会社側との交渉がまとまらない場合は、労働審判や訴訟といった法的な手続きに進みます。
会社が事業場外労働のみなし労働時間制を主張してきたとしても、必ずしもその主張が通るとは限りません。特に近年では、情報通信技術の発展により「労働時間の算定が困難」と認められるケースは減少傾向にあります。労働者側が具体的な証拠を提示し、会社の主張の矛盾点を突き、正当な残業代を請求していくことが大切です。
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