
遺言は作成したのちに執行されてはじめて、その内容が実現されます。したがって、遺言を遺す際は、遺言執行の場面のことを考えて予め「遺言執行者」を指定しておくことが肝要です。この記事では、遺言執行者について詳しく解説します。
遺言はただ作成すれば良いというわけではない

相続にそなえて遺言・遺言書を作成するという人が増えています。
特にここ数年では、法務局による自筆証書遺言の保管制度もはじまりましたから、より便利になった遺言制度でもあります。
さて、遺言というのは、遺言書を書いただけでは完結しません。
というのも、遺言は、執行されてその内容が実現されることでようやく、そのお役目を果たすことができるからです。
そのため、遺言を遺す際には、ぜひ、「遺言の執行(実現)」の場面のこともイメージしてみて欲しいのです。
例えば、高齢になった夫が、同じく高齢になっている妻に「すべての財産を相続させる」というような遺言を遺した場合、妻は遺言の内容を実現することができるでしょうか?
具体的に言えば、例えば遺産の中に夫名義の自宅不動産がある場合には、妻はこの遺言によって自宅の所有権を得ることになりますが、同時に、相続登記をしなければならない義務も負うことになります(※令和6年4月1日から相続登記の申請が義務化されています。)。
高齢の妻は、自身で申請書類を準備して法務局に申請するか、少なくとも司法書士に登記手続きを依頼しなくてはなりません。
いかがでしょうか? イメージできたでしょうか?
そのときの状況にもよりますが、もしかすると、妻は自分で遺言を執行(実現)することが難しいかもしれませんね。
このように、遺言というのは、遺言で実現したい財産の分け方を考えることも大切ですが、同じくらい、具体的にどのように遺言を実現してもらうかを考えることも重要なのです。
そこで、ひとつの便利なのが「遺言執行者」という制度です。
以下、遺言執行者について、その意義と特に指定するべきケースを解説します。
そもそも「遺言執行者」とは?

遺言執行者とは、その名のとおり、遺言の内容を執行(実現)する人です。
そもそも、遺言の執行は、遺言者の権利義務を承継する相続人が行うことが原則です(※例外あり。後述します。)。
すなわち、遺言によって遺言執行者を指定することは必須ではないということです。
しかしながら、上記の事例でも検討したように、相続人が遺言を執行することは難しいという事情がある場合があります。
ほかにも、例えば相続人が複数ある場合において、相続人同士が不仲であったり、利害関係が対立したり、意見が割れたり、非協力的な人が居たりなど、相続人に任せていては遺言の実現(執行)が難しいというケースもあります。
そこまでの事情は無くとも、例えば弁護士などの専門家に遺言の執行を任せたいというような需要があることもあるでしょう。
こうした場合に備え、民法は、遺言の執行をその職務として行う(行うことができる)遺言執行者という制度を置くことになったのです。
遺言執行者は誰でもなれるの?

上記のような趣旨からすると、「遺言執行者は特別な資格がないとなれないのではないか?」という疑問が出てくるかもしれません。
しかしながら、実は、遺言執行者になるために特別な資格は要りません。
民法は遺言執行者に「なれない」人を定めていますが、民法1009条で挙げられているのは「未成年者」と「破産者」だけです。
そのため、例えば遺産を受け取る人(相続人や受遺者)を遺言執行者として指定したり、上記の高齢夫妻の事例でいえば、(妻よりも若くて判断能力や行動力に問題が無いことが多い)子のうちの一人を指定したりするということも多く見受けられます。
ほかにも、第三者である弁護士等の専門家が遺言執行者になることもできますし、法律事務所(弁護士法人)や株式会社といった「法人」も、遺言執行者になることができます。
そのため、「誰を遺言執行者にするか」というのは、遺言執行者を指定する動機に合わせて、よく考える必要があります。
例えば、遺産である不動産を遺贈してもらう受遺者を、同時に遺言執行者としても指定しておけば、遺贈をよく思わない相続人の妨害にあわず、遺贈の登記手続きを行うことができます。
複数の相続人がいる場合に、相続人全員が協力して遺言の執行をすることが難しそうであれば、第三者(特に弁護士などの専門家が良いでしょう)に遺言の執行を任せてしまうほうがスムーズかもしれません。
このように、遺言執行者の指定については、自由度が高い反面、「誰に遺言を執行してもらうのが適切か」ということを具体的にイメージして考えることが必要になります。
遺言執行者にしかできないこともある

上記で、遺言の執行は原則として相続人が行うものであるものの、遺言執行者がいる場合には遺言執行者が執行することになる旨、解説しました。
一方で、はじめから、相続人では執行することができない遺言内容もあります。
それは「遺言による認知」と「遺言による推定相続人の廃除」です。
⑴ 遺言による認知
「認知」とは、戸籍上婚姻関係に無い父母の間に生まれた子について、自分の子であると法的に認めることをいいます。
例えば事実婚の夫婦の間に生まれた子は、何も手続きしない場合、戸籍上は母親の子とはなりますが、父親の子とはなりません。
父親は改めて「認知」という手続きをすることで、法律上の父親となれるのです。
この「認知」という手続きは基本的には生前に行うものですが、民法781条2項は、遺言によって認知をすることを認めています。
さて、この「遺言による認知」の手続きですが、戸籍法64条は「遺言執行者」が届出をして行わなければならないと定めています。
つまり、「遺言による認知」は遺言執行者でなければできないとされているわけです。
もし万が一、遺言によって遺言執行者が指定されていなければ、家庭裁判所に遺言執行者を選任するよう申し立てて、遺言執行者を選んでもらわなければなりません。
単なる相続人には行えない手続きということですね。
⑵ 遺言による推定相続人の廃除
「推定相続人の廃除」とは、相続が開始した場合に相続人になる人(=推定相続人)が、被相続人を虐待したりなど一定の要件に当てはまる場合には、被相続人の意思によって、その推定相続人から相続権をはく奪するという制度です。
相続権(言い換えれば、相続人の地位そのもの)がはく奪されるので、遺留分すら認められないことになりますので、とても強力な効果のある制度だと言えます。
相続廃除について、詳しくはこちらの記事もご覧ください。
この「推定相続人の廃除」は、法律上の要件が厳しく、影響力も大きいことから、家庭裁判所に申し立てをし、廃除を認める審判が確定してはじめて、廃除の効力が生じるという仕組みになっています。
これは、「遺言による推定相続人の廃除」の場合も同様です。
しかしこの場合は、手続きをすべき被相続人が亡くなってしまっているので、代わりに手続きをする人が必要になります。
そこで、民法は、被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を示したときは、遺言執行者が被相続人の代わりに、家庭裁判所に申し立てをしなければならないと定めたのです(民法893条)。
もし遺言書で遺言執行者が指定されていない場合は、推定相続人廃除の申し立ての前に、遺言執行者の選任の申し立てをしなければならないため、その分、相続問題の解決に時間がかかることになります。
遺言による遺言執行者の指定の仕方

上記でも少し触れたように、もし遺言によって遺言執行者が指定されていない場合には、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てなければなりません。
時間も手間もかかってしまうことから、もし遺言を遺すのであれば、遺言執行者の指定も併せて行っておくことをおすすめします。
遺言による遺言執行者の指定は難しくありません。
単に、誰々を遺言執行者として指定する、と書けば良いだけです。
具体的には、下記のような書き方をします(こう書かなくてはならないというわけではなく、あくまで例示です。)
●子(長男)を遺言執行者として指定する場合の例
第〇条
遺言者は、遺言執行者として長男山田太郎を指定する。
●第三者(弁護士法人)を遺言執行者として指定する場合の例
第〇条
遺言者は、遺言執行者として次の者を指定する。
名称 弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
主たる事務所 埼玉県さいたま市大宮区桜木町・・・
遺言執行者は辞退することもできる

ここでひとつ、注意点があります。
遺言は、被相続人が自分の意思で作成することになりますので、遺言執行者として指定する人から承諾を得なくても、「遺言執行者はこの人です」と指定することができてしまいます。
そうすると、指定されたものの、「残念だけど遺言執行者にはなりたくない、遺言執行者の職務を全うできない」という可能性も無いではありません。
遺言作成時とは何か事情が変わったということもあるでしょう。
そんな場合にも対応できるよう、民法は、遺言執行者として指定された者について、遺言執行者への就職を辞退することを認めています(民法1007条参照)。
後から事情が変わって…という場合は仕方がないですが、事前の承諾を得ずに遺言執行者に指定してしまうと、いざというときにお断りされてしまうこともあるということです。
遺言執行者の指定について、事前に知らせると差し障りがある場合は別ですが、もし可能ならば、遺言作成前に内諾を得ておくと良いでしょう。のちの相続開始時にも慌てずに対応してもらえる可能性が上がります。
特に遺言執行者を指定しておきたいケース3選

さて、遺言執行者の制度の概略については上記で見てきたとおりです。
遺言執行者が必ず必要となる「遺言による認知」「遺言による推定相続人の廃除」の2つのパターンでは、法律上遺言執行者が必要となりますので、特に理由がない限り、遺言執行者の指定をしておいた方が良いでしょう。
その他の場合では、遺言執行者は必須というわけではありません。
しかしながら、特に以下のケースに当たる場合には、遺言執行者がいたほうが相続問題の早期終結に効果的です。
弁護士として、遺言執行者の指定を必ずおすすめするケースかと思いますので、次のような場合には、ぜひ遺言執行者の指定をご検討ください。
⑴ 遺言内容に相続人から不満が出そうな場合
例えば相続人が複数あって、特定の相続人に多く遺産を配分するような内容の場合、法定相続分より少なくしか遺産をもらえなかった相続人は不満を抱くことが多いと思います。
このような場合に、その相続人が、相続手続きに非協力となってしまって、なかなか遺言を執行できないということがあり得ます。
法定相続分とは異なる遺言を遺す場合、特に特定の相続人に遺産を集中させたり、相続人ではない第三者にたくさん遺贈したりする内容で遺言を作成する場合は、遺言執行者を指定しておくことを強くおすすめいたします。
⑵ 相続人に相続手続きを任せられない事情がある場合
相続人のなかには、上記の事例で出てきたように高齢であったりして、相続手続きを担うのが難しい方がいる場合があります。認知症、心身の病気や障害、多忙、あるいは行方不明・音信不通ということもあるかもしれません。
こういった場合は、相続人にやる気があっても遺言の執行(実現)は難しい可能性がありますから、誰か「この人になら任せられる」という人を選んで、遺言執行者として指定しておくことが望ましいと言えます。
⑶ 遺言の執行に労力がかかる場合
上記⑴⑵のような事情は無くても、遺言執行者を指定しておくことには意味があります。
遺言執行には、資料収集から様々な手続きまで、かなりの手間がかかります。
特に遺産が多い(金額的に多いというよりも、数・種目が多い)場合には、手続きの煩雑さはかなりのものとなるでしょう。
昨今は投資機運の高まりなどから、不動産(特に自宅不動産)のみならず、株・投資信託等といった金融資産など、様々な財産(遺産)を持つ方が増えていますので、手間という意味では増えているのではないかという考えもあります。
遺言によっては、不動産や金融資産を換価(売却)して、相続債務を清算した上で、相続人に分配しなくてはならないこともあるでしょう。
こういった手間から相続人を開放するためには、第三者(特に弁護士などの専門家)を遺言執行者に指定しておくことが有用です。
遺言執行者が別にいれば、相続人は、いくらか手続きに協力することはあるものの、自分たちで諸手続をするよりははるかに楽なはずです。
特に遺言執行を任せるのが専門家であれば、手続き的に確実な遺言執行が期待できます。
「相続人のために」遺言執行者を指定しておくという、配慮のあるやり方といえますね。
まとめ

いかがだったでしょうか。
遺言に対する関心は年々高まっているものと思われますが、遺言を作成する際には、遺産の配分だけではなく、ぜひ「遺言執行者の指定」もあわせて考えてみてください。
ただし、誰を遺言執行者とするべきかは慎重に判断する必要があります。
そのため、遺言作成の折には、ぜひ、一度弁護士にご相談ください。
お客様のご希望を丁寧にお伺いし、ご不安な点や起こりうるトラブルなどを踏まえて、遺産の配分や遺言執行者の指定について適切なアドバイスをすることができると思います。
また、必要に応じて、公正証書遺言の作成や遺言執行者への就任もご相談ください。
皆様の遺言が無事にそのお役目を果たせるよう、弁護士が真摯にサポートいたします。
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