
近年、労働局への相談件数や民事上の労働紛争において、ハラスメント(パワハラ・セクハラ・マタハラ等)は常に上位を占めています。特に2022年4月の「パワハラ防止法」の全企業義務化以降、企業の法的責任はより厳格に問われるようになりました。
本稿では、使用者側の弁護士として、ハラスメント疑義が発生した際に企業が陥りやすい「落とし穴」と、紛争を最小限に抑えるための実務的な対応策を解説します。
ハラスメント紛争が企業にもたらす「真のリスク」

多くの経営者は「慰謝料の支払い」を最大のリスクと考えがちです。しかし、現代の紛争において真に恐れるべきは以下の3点です。
安全配慮義務違反による高額賠償:
単なる不法行為(民法709条)だけでなく、会社が環境改善を怠ったことによる債務不履行責任(安全配慮義務違反)が問われます。従業員がメンタルヘルス不調に陥り、休職や退職を余儀なくされた場合、賠償額は高額になる場合があります。
レピュテーションリスク(社会的信用の失墜):
SNSの普及や口コミサイトの台頭により、「ブラック企業」とのレッテルが貼られるスピードは劇的に早まりました。採用力の低下や既存社員の離職ドミノは、直接的な賠償金以上の損失を招きます。
組織のガバナンス不全:
ハラスメントを放置することは、コンプライアンス意識の低い職場風土を容認することと同義です。これは、優秀な人材の流出と生産性の低下に直結します。
「やってはいけない」初動対応:3つのNGパターン

紛争が激化するケースの多くは、ハラスメントそのものよりも、その後の「会社の対応」に問題があります。
① 「加害者の言い分」を鵜呑みにし、調査を打ち切る
「彼は熱心な指導のつもりだったと言っている」「昔なら当たり前の指導だ」といった加害者の弁解を優先し、被害者の訴えを軽視することは極めて危険です。客観的な状況把握を怠ったまま「ハラスメントではない」と決めつけることは、それ自体が二次被害(セカンドハラスメント)となり、会社の法的責任を重くします。
② 拙速な配置転換や不利益な取り扱い
相談を受けた後、良かれと思って(あるいは厄介払いとして)被害者を同意なく異動させることは「不利益な取り扱い」とみなされるリスクがあります。被害者の意向を確認せずに環境を変えることは、問題の解決ではなく「排除」と捉えられ、訴訟に発展する契機となります。
③ 秘密保持の不徹底
相談内容が社内に漏洩することは、被害者のプライバシー権侵害となるだけでなく、会社の相談窓口に対する信頼を根底から覆します。「誰が言ったか」が漏れた時点で、会社は被害者からの信用を失います。
実務的な解決へのロードマップ

紛争を未然に防ぎ、あるいは最小化するために、以下のステップを徹底する必要があります。
ステップ1:迅速かつ客観的な事実調査
相談があった場合、直ちに「被害者」「加害者」「第三者(目撃者)」からのヒアリングを実施します。ここで重要なのは、「いつ、どこで、誰が、どのような言動をしたか」を時系列で整理し、メールやチャットログ等の客観的証拠を確保することです。
ステップ2:ハラスメントの該否判断
厚生労働省の指針に基づき、以下の3要素を客観的に検討します。
優越的な関係を背景とした言動
業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
労働者の就業環境が害されるもの
※弁護士等の専門家の意見を仰ぎ、裁判例に照らした冷静な判断が求められます。
ステップ3:適正な処分の検討と事後措置
事実が認定された場合、就業規則に基づき加害者を処分します。ただし、処分の重さがハラスメントの程度と不釣り合い(重すぎる)な場合、今度は加害者から「不当処分」として訴えられるリスクが生じます。
また、被害者に対しては、謝罪、メンタルケア、必要に応じた環境調整(席替えや異動)を丁寧に行い、紛争の終結を図ります。
弁護士の視点:予防法務としての「仕組み作り」

紛争が起きてから弁護士に依頼するのではなく、「起きにくい組織」を作ることが真のコスト削減に繋がります。
就業規則の整備と周知:
「ハラスメントは許さない」というメッセージを規定に明文化し、懲戒規定を明確にしておくことが、有事の際の強力な武器となります。
管理職向け研修の定期開催:
「指導」と「パワハラ」の境界線は時代とともに変化しています。管理職のアップデートを会社が主導することは、リスクマネジメントの基本です。
外部相談窓口の設置:
社内の人間には話しにくいという心理的障壁を取り除くため、顧問弁護士事務所などを外部窓口として活用することは非常に有効です。
結びに代えて

ハラスメント問題は、もはや「個人の人間関係のトラブル」ではありません。企業の存立を揺るがす「経営リスク」です。
問題が発生した際、会社がどれだけ誠実に、かつ法的に正しい手順を踏んで対応したかが、その後の企業の運命を左右します。少しでも対応に迷いが生じた際は、事態が深刻化する前に、労働法務に精通した弁護士へご相談いただくことを強くお勧めいたします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 企業が直面する様々な法律問題については、各分野を専門に担当する弁護士が対応し、契約書の添削も特定の弁護士が行います。企業法務を得意とする法律事務所をお探しの場合、ぜひ、当事務所との顧問契約をご検討ください。
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